知らない場所だ…
石畳、それも上等に均された完璧に平らな石畳、罠の動作スイッチや僅かに傾斜をつけられており戦闘時に限ってこけたりするなんていうのはよくあるが…はて、こんな階層があっただろうか?
軽く精神の水薬をキメ、未知の土地という不安にざわつき始める狂気を無理やり抑えながらも砂漠モードを解除した外套に毒入り丸太があるか確かめる。
「ッチ、一本ロストか…」
出て来たのは砂、おそらく落下直前に収納を発動したが、丸太ではなく着地した瞬間にあった砂しか拾えなかったのだろう。悪態をつきながら目に力を入れ、周囲を見ながら砂を撒き散らして進んでみる。何の気なしに進んでいると、いつのまにか元の砂が撒いてある場所に着く。
「迷路か…」
それも特定順序で動かないといけないタイプの面倒なやつだ。そして何よりそのパターンを見つけるまで出口にも戻れず入り口にも行けないとかいうクソ仕様だが…
「こんな階層…無かったはずなんだがなぁ?」
そう、三階層を突破して四階層目だが、あいにく俺の知る限り、そして町として滅びるまでの間もこんな場所の話は聞かなかった。
…いやぁ…待てよ?
「もしかしなくても特殊階層…か?」
そう俺がつぶやいた次の瞬間、鈍色の何かが凄まじい速度で突進してくるのを幻視した俺は盾を斜めに構え短剣を握った。
特殊階層というのは通常とは違う階層に突然接続されたゆらぎを通ってしまった際に発生するどこにも所属せず。そもそもそのダンジョンとは違う法則によって生成されている階層のことだ。
このような階層はダンジョンの規模に関わらず。というかそもそも稀に見れるかもしれない程度の存在なので資料自体が少ない、しかしわかっていることが一つある。
特殊階層には『魔道具』や、場合によっては世界樹の加護の外側に存在する異次元の異能を得られる機会があると言う事だ。
勿論、難易度は高い、それこそ怪物は大抵が伝承再現級や非動物ベースの物しか居らず。今回のように出れなければ死ぬような構造なことも多いと言う。
「っ!」
案の定、というか、想定内と言うべきか、相手は伝承再現の怪物では無いものの非動物、有り体に言えばおよそ一般的ではないか、そもそも前時代では目に見える大きさでは無かった生物、若しくはほんとうにただのアンノウンか…そう言う類の物だった。
その見た目は鈍色の液体のような物で、水銀を平らな場所に一滴垂らしたような、饅頭のような形をしており目や耳などの感覚器官が見当たらない、俗に言うアメーバ的な物とも違うようだが、その体から発生するのは初速から最高速度の探索者の目から見ても弾丸のような突進、一撃目を抑えた盾の表面は大きく凹んでおり、突き立てた短剣は溶かされはしなかったが何も貫けなかった。
再び姿が搔き消えるような速さに加速したソレを視界の訴える数瞬後の危機感で持って回避、どうやら停止状態ならばその体は液体状らしいが加速状態では金属的な硬さがあるらしく壁面や床に打撃の様な跡を残しながら跳ね回る。
だが、単純な速さは問題ではない、俺の視覚は地味ながらもそれなりに強力な異能を宿しており前から言っている通り視界に危険度に応じた色がつく。…そう言えば最近見えてなかったしそれを気にして無かったな…精神異常系の状態異常は稀だがやはり警戒するべきだと感じる。
「…ふぅ〜」
息を吸い込み止める。風切り音が聞こえるが視界に集中する為に情報をカット、体の機能全てを相手を地面に叩きつける事だけに集中する。
一度動きを止めた時に、集中してなかったのでわからなかったが、こう言う類の怪物は核を持つ。俺の視覚は見ることと見たものを色分けする事に特化し、それ以外の機能をほぼ持たない、弱小の魔眼擬きだが弱点くらいは見抜ける。感覚では俺の背後と足元から、しかし視界は真正面からの攻撃をしてくると訴える。こういう時は…
「目を信じろ!」
感覚は自身の錯覚も含んでいる。しかし俺の視界は俺の主観でも目から送られてきた情報を脳が処理した際の錯覚も発生しない、世界樹の観測する事実が見えている。
少なくとも感覚を信じていい目にあったことがないし、遺伝した異能に最も近い異能の効果としてそう言うものがあると言うだけだが、幻惑系の異能やそれらの状態異常が効かないのである程度真実味のある仮定だ。
正面に盾を構え斜め下に傾けながら衝撃を吸収する為に肘を軽く曲げ、下半身を沈ませる。
ドッ、と言う衝撃音と破滅的なまでに加速した物体の起こすソニックブームがダンジョン内の迷宮に致命的な破損を与えるがそれは瞬時に修復される。
ついでに言えば盾も、その持ち主すら無傷だった。
なす術なく地面に押さえつけられ異常な色彩を感じれる彼の攻撃に核を壊された怪物は、その液体金属的な見た目を保持したまま流動性を失った。
「…回避が無けりゃ死んでたなぁ」
死骸を丸太を失ったことで空いたスロットに入れ、汗を拭う。異能を行使した精神的な疲れはあるが、視覚に異常はない、まだ正気だ。そうして思い出したように手の甲を見ると…そこには185という数字があった。
「は?」




