世界は、滅亡する!
秘薬めいた水薬の為にスロットが一つ消え、こんな状態で鍛錬もクソもあるかと最低限の丸太以外の重りを抜かれた俺は第二階層を走っている。
数字は38、二階層であった怪物は樹人とカメレオン、蝶にカエルだが…
「構っている時間はない」
探索者としてのスペックをフルに使い木を足場に環境破壊走法を使って立体機動しながら敵を避ける。
精神の水薬は10個、最初に一個飲まされ残り9個は外套の中だが、一回の食事と睡眠で人間が活動できる時間は決まっているし、俺は現状定期的に水薬を飲まねば気が狂う。
薬物依存は勘弁だが、死ぬのはもっと勘弁だ。ついでに言えば大仕事、やり甲斐は…一応、ある筈だ。うん。
俺は記憶を掘り起こす。
「権限解除によって、伝えられることが三つあるけど…どれから聞きたい?」
そう、これはつい昨日、俺がここに来る前ダンジョンの成長についての話を聞いた直後だ。
「どこまで聞けるんだ?天使が人類への積極的な接触を許されるのは緊急事態だけだが、ここはいつでも緊急事態みたいなもんだった。それでいてようやく情報の開示だからな…」
「ふむふむ、まあ懸念はわかるよ、けど今回は正真正銘このダンジョンが関わる全ての情報を開示できるから、安心して聴くといいよ!」
「それでも伝えることは三つなんだな…」
俺はカエル肉と引き換えに精製された栄養価の管理された食事を食べながら言う。
今更だが、やはり天使と世界樹と言うのはこの世のものではないんだなと感じる。
「イエス、なにせ重要なことはシンプルですから!」
「数学者みたいなことを言ってるが口が半開きの状態だとアホの子めいてるぞ」
「ムフフー、いいでしょうこの顔、何となくアホ可愛く見えません?」
ちなみに何度も言うがこの天使の容姿は非常に整っている。有り体に言って美人だ。うん、そう、美人なんだよ、非常に遺憾ながらな!
「で、一体何を教えてくれるんだ。」
「現在のダンジョンの階層数、大まかな怪物の傾向、そして…今回君に殺してもらう五階層のボス、正確にはそうだった物の事だよ」
通常ならあり得ない情報の上に、さらに重要な情報を出してきやがったこのポンコツ、というかその情報は一探索者に渡して問題ない物なのか?
「いいえ、普通はダメです。」
「ナチュラルに心を読むな」
だが、普通…ね。
「ええ、普通は、通常は、普段通りならばここで一人類である貴方と一端末である私はその存在の一片も残されずにダンジョンに巻き込まれる事になるでしょうが、今回はそれだけで済まなさそうなのでこのような措置がされました。」
「具体的に言うと?」
少し食い気味に尋ねると感情的な表情に乗っかっている無感情な瞳に一瞬何かがよぎり、即座に回答される。
「この地域、と言わずこの大陸にある全ての世界樹が連鎖的に緩み、人類初となる大陸を巻き込んだダンジョン化が発生、魔獣を超える災禍が生まれます。」
「バカジャネーノ?」
精神の水薬の所為で凄まじく安定している精神が揺らぎ、狂気の合併症とも言える頭痛と思考の離散が起こる。
「勿論、また新たにダンジョンが攻略されれば世界樹とダンジョンは均衡を取り戻し天上の支配力が異界の進行を抑えるでしょうが、その傾向が薄いため、そして万が一のために貴方に情報が開示されました。」
まあ、ひどい話である。
最高に最悪なコンディションでさらに最悪なことを聞いてしまった俺は最低な気分で進んで居た。
「まるで愚連隊だぜ、はぁ…」
探索者と言う無謀な職にいて、無謀と蛮勇を一切切り捨ててきた俺に、世界の命運(保険)をかけるとどうかしている。
…と言うかせめてメインにして、そのサブミッションみたいな感じで俺をすっと添えるのやめて欲しい、やり甲斐の有る無しは結構精神的に来るのだ。
と言うかなんだよ、起こる予定の災害に対して俺みたいなのがやれる事なんてたかが知れてるって言うのにこの仕打ちかよ!
「ほんっと…死ね」
立体機動による回避をやめ、ひらけたボスの領域に突入した俺は意識的に身体能力強化を全身ではなく脚に集中させ、地面を蹴る。
加速は悠々と音を置き去りにし、哺乳類をベースとした巨大生物はまたもや質量攻撃の前に膝を折った。
「がァァァ!!」
巨獣の咆哮、それが威嚇によるものならば、定まった敵意のあるものならば威圧感もあるのだが、前足2本に尖った丸太を打ち込まれた悲鳴だと言われると途端にその激しい痛みを訴える悲壮なものに聞こえる。
「俺程度でこの速度が出るのならば、身体能力に恵まれた上にダンジョンからの強化を得たボスクラスは普通にそれ以上の速度を出してくるだろうなぁ」
もちろん、速さ以外のパラメータが高いこともまた然り、普通に考えて人というのは弱く儚く戦いには向かない、前時代も今も猛獣とは言わず飼い犬や猫に対してガチンコ勝負して負ける事もあるのが人間だ。
「だからごまかすし、だから計算するし、だから排除する。犬猫を飼いならし、その動きを観察し、自らの限界を見ながらなお鍛える。」
前足の折れたジャガーのような黒く、しなやかな猛獣は自慢の牙を俺に向けるが、動きがあまりにおざなりだった。
勿論、丸太のは毒が塗ってある。今回は適量だが…まぁ…
「で、最終的に努力を上回る武器を持って、自分の力以外で勝つ。」
死ぬ。
「第三階層は砂漠…ね、しかもボス単体とか漢気配置すぎんだろ…」
だから俺もせいぜい相手にも自分にも殺されないようにしないとなぁ、自分以外の力って、結局制御出来てるようで出来てないからね。