第二階層
「相変わらずあちぃ…」
鬱蒼と茂る木々、その間を縫う様に第一階層からのポータルは存在していた。
皮鎧といえど容赦なく蒸し焼きにしてくる様な、湿度と気温の暴力、第二階層の洗礼であり、この厳しくも多くの生物にとっては楽園の様な環境は多様な怪物の潜む証拠である。
「取り敢えず…」
そう言って短剣を木に向かって振り抜き、更に打撃を加えたたき折った。
「うむ、やっぱそうか…」
手の甲の数字が一つ増え10になっていた。
「ダンジョンの力が強くなってポータル周りの空間が縮小してんのか…」
そう、ダンジョンの景色はそうそうかわるものではない、変わる様な特殊なところは大体がこの様な環境型ではなく迷宮型、おそらく多くの人が想像しうるカタコンベの様な薄気味悪いダンジョンである。
逆にいえば環境型のダンジョンで景色が変わると言うことは、変わる要因があるという事、つまりそれは…
「怪物、モンスターの仕業だろうねぇ…」
この樹海型の環境では第一階層の常識は通用しない、安全地帯はポータル付近か自分で作り出すしか無いし、怪物の居所もエリア区分もない、純然たる環境の再現、それが第二階層の樹海型の持つ特徴だった。
その樹海で最も多く。そして弱い怪物の一つである樹人、トレントが今の魔魂の出所である。
「ま、樹人っても意識があったり幻惑の異能を使ったり時たま即死トラップを仕掛けてくる以外は動きもしないし喋りもしないただの木だがな」
俺の目は木と怪物の違いくらいすぐに教えてくれるし、そもそも普通の木と違い脈がある。植物の様だがこいつら自体は伝承再現の怪物、つまり動物なのだ。
目を開く。
敵が多すぎても危険の気配が見える俺のは煩わしいだけだが、今はそうも言ってられない、この樹海に生える木はこいつらの様な怪物ともう一種、動きも脈もない植物の木だけだ。
そしてそれを辿ればどうやってもこの樹海の中心部、わかりやすく言えば次の階層への道を守るボスの元へたどり着く。
…ちなみにこいつらは打撃斬撃にはさほど強くないが、火にはめっぽう強く木っぽいから燃やしてみようという短絡的な考えはやめたほうがいい、範囲伐採したいときは戦鎚や一本一本は細いのでやはり丸太を振り回すのがイイ、イイのだが、鬱蒼としている様に見える樹海の半分以上は幻の様なもの、こいつらは地下茎的な何かによって自分と同性能の子株を生み出せるのだが、そいつらは親株を殺せば一気に消え、しかも親株を殺さないと魔魂にならないという生命力の塊なのだ。
…まぁ、御察しの通り稼ぎは良くない、むしろ悪い、範囲攻撃できる属性系の異能や某剣士くんの様な斬撃延長の様な物の上位版、剣聖と呼ばれる探索者が持っていたという斬撃による遠距離砲撃などの異能が無いと殲滅は無理だし、労力に見合った収入を得るのは不可能だ。
今も鉈でバキバキと道を切り開いているが手の甲の数字は変わっていない、つまりそういう事だ。
「楽な道なんてのはねえんだよなぁ…」
今回の目的、目標としては強化されているであろう第二階層の戦力評価、および魔魂稼ぎだ。
「筋トレやらなんやらは続けるがな…」
相変わらずスロット一つには丸太を詰めてある。自分にかかる重さが増えるのは敏捷性の低下と共に重いことによるメリットを生む。
身体強化によって上がった身体能力はこの状態でも問題なく作用し三角飛びで木を登ったり、突進がグレイズなどに必要な敏捷性は十分に確保できている上で自重が増している状態なので、身体能力を据え置きではあるが、一撃一撃は異様なまでに重くなっている。
「その結果が短剣なんていう小柄な武器で木を伐採できた真相ってやつかなぁ…」
そんな無茶苦茶な状態でもきちんと武器をふるえているのは一重に努力と日々の入念な整備のおかげである。
というかそもそも彼は探索者という職業柄消耗品とそうでないものの扱い方がはっきりとしている節がある。
例えば鎧や武器は使うたびに洗ったり微細な傷を専用の薬品で埋めたり(今は上からカエルの皮や他の鎧の部品を貼り付けて補修している)、使っていない日も研ぎ、磨き、いつでも万全に使える様に備えている。
それに比べて消耗品、例えば薬品や使い捨ての道具は管理は最低限に使うときは一気に使う。
つまり…
歩いて数時間かかるはずの中心部に居たはずの大型の怪物、階層のボスが目の前に突如として現れたなら、
「ヌゥン!」
致死性の毒と麻痺毒をそれぞれ塗られた破城槌の様な先端の丸太を叩きつけ、更には少ないと言って温存していたはずの爆弾を全て消費し、目の前に現れた敵を、おそらく強化されたために樹海というこのフィールドに溶け込むことに特化した能力を獲得し、意気揚々と目の前の探索者を粉砕しようとしたネコ科動物の骨格を持つ巨獣の命がいとも簡単に粉砕されたのは別に不思議なことではなかった。
「あ…」
戦闘後の警戒をしつつも手の甲に29の文字が刻まれ、改めて自分の消費した物資を思い出した彼はしばらく頭を抱え、当たり前のようにドロップを残す事なく消えていく死骸にため息をついたのだった。




