すっ飛ばしてレベルアップ
代わり映えしない、というより、日々負荷を強くしていくだけの鍛錬だった。
二日目の夜は筋肉痛に悩まされたが、四日目にはそれが無くなり、五日目には視界にダンジョン内を蠢く力の流れがようやく捉えられる様になった。
六日目は特に変化がなかったが、外套の中に一つスロットが増えた様で肉をストックするのが楽になった。
手の甲には63の文字、今朝すでにギガントは討伐してある。
最初は10本だった丸太は既に30本を超えているが、まだ動ける。劇的に筋力が変わった訳だが、見た目的な変化は大きくない、水辺で確認したが、腕や脚腰、首などが大きくなったが、装備品の大きさを変えるほどじゃない、この世界の人間はかなり真祖とはかけ離れていると、わかってはいたし、理解していたが、効率が変わっただけでこうなるかと思うと改めてマトモな人間はもういないのだと思う。
勇者さん方は別な方法で強化されているが、こんな世界に作られた俺たちの肉体的頑健さと成長の速度はそれを大きく上回る。
「ま、この外套が重量を外套全体に纏わり付かせているからこそ結果か…」
重力、物の重量を生み出す星の力、この外套は内側にしまった物の重量に応じてかかっている重力を持ち主の全身に散らす様にかける様にしている。
もちろん、本当に重力を操っている訳ではないが、体にかかる負荷はそれに遜色ないものであり、本物だ。トレーニング器具としても優秀であると言える。
「さて…ただ狩り尽くすのも…飽きたとは言わないが、些か訓練として的確じゃなくなってきたのかもなぁ…」
慢心なら良かったのだが、今ひとしきり石を投げるだけで事が済んでしまっている。外套による正確性、器用さの向上と敏捷性向上、さらに言えばこの一週間で急激についた筋力、それらが合わさり凄まじい加速を伴った小石は正確に怪物の目を貫くか頭蓋を粉砕している。
「っふ…石投げの達人とでも名乗ろうか?」
勿論、ダサいので不許可である。
ついでにこれによってスリンガー君の出番がひっそりと息絶えた…別に毒を塗った物や手で持ちたくない物を射出するのには良いのだが、それなら自分が加速して外套の内側から撃ち出せば良いし…
哀れ、時間をかけてまで作られた彼に出番はこなかったのであった。
「と…言いつつ出して使ってみるぅ〜」
革の多い所に石を置き、掴んで、引いて、止める。
「…」
狙いを定める。一応試射した時はマトのほぼ真ん中に当てられたが…
ギリギリ…
既になんかゴム、というかカエルの皮が引きちぎれそうなくらい引き延ばされているが、腕力的な余裕もなくなってきた。どうやら俺はまだカエルのこと舐めていたらしい…ま、引き方を間違えると一箇所に力が集中して瞬く間に引きちぎれてしまうんだがね?
手を離すと小石は加速し、反動でこちらの方にまで伸びてきたゴムを受け止めつつ着弾したウサギを見るが…
「これは…使えないなぁ…」
かつての人類が野球ボールと呼ばれる掌に収まるサイズの投げるのに理想的な球体を投げた時その初速として最高で時速170km近くを投げたというが、今の世界で投擲といえば小石や場合によっては鉄球などを初速にして時速200kmほどで投げるのが一般的だ。
なにせ怪物どもは硬い、自然に居る動物ならばプロ野球選手のボールで弱らせるくらいはできるかもしれないが、この世界のほとんどであるダンジョン、そこにいる怪物は野生動物を大幅に強化した別物か、神話や物語で語られる様な文字通りの怪物だ。投擲を主な殺傷手段とするには些か固すぎるのだ。
そこで、我々人類の叡智が光る。
肉体のみで限界があるならば道具を、推進力を生み出すのに腕力ではなく火薬の爆発を…そういう風に原始人が進化した様に、弓矢や銃は存在している。
で、目の前には頭を狙ったはずが頭を中心に前足を含む半身が吹き飛んだウサギの死体がある。
たしかに、小石と言うよりは石、正確に描写するならそれこそ野球ボール的な重さの石をつがえて撃ったが…
「ま、ラケットで撃ち返すだけでボールは加速するから今の身体の身体能力で道具使ったらどうなるかなんて…お察しなんだよなぁ…」
…とりあえず第二層への準備第一段階は済んだ。キノコやら肉やら集めて久々の地上に帰ろう。
「ぱんぱかぱーん!」
「それは巨乳にしか許されねえから、虚乳天使様には出来ない感じのあれだから」
喜びの舞から一転四つん這いになって打ちひしがれている天使様を尻目にマントの中から資材を取り出す。
一週間経っているだけあって前回回収した麻痺キノコはきっちりと乾燥されているし、霊芝も水分が飛んで独特の香りを放っている。
そんな確認をしているとがっしりと何かに足を掴まれる。
「ふふ…こんなことで心折れる私ではありません、今日も今日とて魔魂を納めてもらいましょうか!」
今更だがなんで最高神とやらは天使に感情やらなんやらをつけたのだろうか?疑問でいっぱいである。
「はい、今回が63魂で、累計3134魂溜まったので今日から祝福が第五階梯、所謂lv5ですね!超能力なら最高レベルですよ?」
「本筋より売れたスピンオフの話はやめておけ、と言うかネタが過多だと外宇宙の圧力に消しとばされんぞ?」
「いいじゃないですか!それもまた侘び寂びというやつです。」
絶対に違う。
「まあ、いいじゃないですか結構どうでもいいですし…第四階梯の時点では身体強化2脚力1異能:回避でしたが…なんと!第五階梯では身体強化が2から3になりました!」
いえーい、ぱちぱちーと煽ってるのか喜んでくれているのか微妙にわからない無表情での祝福をされるが、これは単純に嬉しい、
「いやー本当に良かったです。もし今まで通り卑劣卑怯非道の三コンボのままで階梯を上げていればまた妙な異能やら祝福が生えるところでしたからね!」
「…やっぱりそういうのってあるのか?」
迷信だと思ってたんだが…
「ええ、この祝福、階梯を上げることで授けられる力と言うのは魔魂というエネルギーリソースによってそれを収集してきた人物の潜在能力を顕在化させるものです。例えば…多くの探索者が身体強化を持つのは何事も身体が資本であるしやはり動き回るからです。ですが高位の身体強化、例えば5よりも上の祝福の持ち主はなかなか居ません、それは何故か、というとそういった高位の祝福の持ち主は探索者としての基礎的な動きに加えて異常なまでの鍛錬、修練を積み肉体の持つ能力というものを限界まで引き出そうとした人物であり、魔魂のエネルギーが流れ込むのに耐えうる強靭な肉体を持っているから、祝福が得られるのです。」
長文乙、という感じだが、言いたいことはわかる。
つまりは魔魂による強化はあくまで最後の一押し、キッカケであり重要なのは過程である。と言うことだ。探索者の間では当たり前に用に言われてきたが、実際に相応事情や仕組みを天使自ら聞けることはまず間違い無く無い、きっと学者どもから高い情報量を取れるだろう。
「あ、ちなみに知ってる人は知ってますよ?ただ、あんまり広めると属性異能を得るために火で体を炙ったりする様な愚か者が現れたりして大変なので…言いふらしたら祝福を暴走させてパーンですよ?」
「アッハイ…」
恐ろしい天使様だが、たしかに一理ある。
子供に望みの技能を目覚めさせるために非道が起こるのは俺も直視したくはない、邪悪というのは認識できると我慢ならないものだ。
俺がちょっと納得しているとポンコツ天使様がこちらをじっと見て首をかしげる。
「ですが、まあ、なんというかあなたは捻くれてますね?」
「あ?」
「だって、そんなに身体も知識も、技術も鍛えてまじめに修練も積んでいるのにそれを踏まえてやるのが爆殺とか串刺しとか天井落としとかですからね…」
天井落としは昔試して出来た対巨大生物抹殺非道技の一つ…なんで知ってるんだ?
「ま、それはおいといて、ですよ、なんでなんです?真っ正面から戦っても楽に倒せるじゃないですか?」
「馬鹿だな、天使殿、どうやら頭まで植物化してるらしい。」
俺は笑う。
「仲間も居なければ天才的な才能も無いんだから…努力して研鑽して、用心には用心を重ねてうっかり殺すくらいが丁度いいだろう?」
少なくとも戦力過多であるのは過少であるよりよっぽどいい、過ぎたる力は…とかなんとか言うが結局ダンジョン相手も人間相手も暴力が強い方の勝ちなのだ。
ならば俺のようなか弱いボッチは爪を隠して布で包んでそれでいて勝つくらい用心して無いとダメだろう?
天使様はつまらなさそうに口を尖らせる。
「これからダンジョン制覇の英雄になる様な人らしくないですね?大多数の人はソロだろうがパーティーだろうがひたすらに、がむしゃらに前に進んで勝った時には倒れてる様なもんですが…」
「俺は死にたがりじゃないし、英雄願望もないんで、遠慮しとくわ」
探索者は生き残ってなんぼ、そういう商売なのだから。
「ほら、飯食ったら世界樹様をなんとかしてくれよ?俺は二階層に進むための準備と素人大工で忙しいんだ。」
「…ていうか真面目に拠点作るんですね?」
なんだよ、俺が何のために丸太やら石やらを外套に詰めてきたと思ってんだ。というかそろそろ青空状態だと寒いんだよ!季節の変わり目何だよ!
「ま、私に関係あるのは階層攻略だけですね、頑張ってください?」
「何で疑問系なんだよ!もっと応援しとけ!」




