6.一息
不思議な雰囲気は出せているのだろうか・・・・
警官隊がやって来た後俺は無事救助され、流れから薫さんとともに事情聴取を受ける運びとなった。それまでの経緯や人殺しの怪物、そしてあの赤目の・・・・
常軌を逸した事件のはずだが、それにしてはどこか警官の仕草はルーチンをこなすような姿に見えた。訳を聞くと、どうやらこのような事件は数年に一度起こるらしい。だが事件が起こるのは決まって日が暮れた裏路地、いざ通報を受け駆けつけてみれば、そこにあるのは無残に解体された死体と大量の塵のみ。いたずらに人々の不安を煽るのを避けるため
に公表はされておらず、夜間外出を控えるよう注意を呼び掛けるのが精一杯何だとか。
依然として怪物たちの正体は不明、それどころか今回の件によってその存在がようやく明るみになったのだ、解決までの道のりは遠い。
そして舞台は喫茶店へ戻る。
「人を殺す化け物か・・・・」
先生は足を組み、深く味わうように瞑目し、コーヒーを口にする。
ほんと黙ってれば美人なのになこの人。
「まあ無事なようで何よりだ」
最初からそう言え・・・・・。
「ところで、お二人は泊まるところはもう決めたのかい?」
立花さんが話題を変えるように尋ねる。
そういえば・・・先生には収獲はあったのだろうか?
ちらりと先生を見やると、気まずそうに視線を逸らしている。マジかよ・・・。
「はっはっは、だったらここに泊まっていくといい。孫の命の恩人を無下には扱えないからねぇ」
「本当に!!」
俺の手当として包帯を巻いていた薫さんが立ち上がる。
喜んでくれるのは嬉しいが、傷に響くので複雑な心境である。
「すみません。私のせいなのに・・・」
こちらの様子に気づいた薫さんが表情を曇らせる。
別に彼女が気に病むことではない。この人は顔も知らない誰かの為に、一目散で駆けつけたのだ。結果はともかく、むしろ誇ってもいいと俺は思う。
「いや・・・怪我したのは奴のせいなんで、気にしなくてもいいですよ」
そう言うと彼女の顔がぱぁっと明るくなる。
「本当ですか!?えっと・・・・じゃあこれからどんどん恩返しさせてくださいね!!ユウさん!!」
不意に名前を呼ばれ、顔が熱くなる。
「まあ・・・お手柔らかに」
「まったく・・・素直じゃないな君は」
先生のそんな呟きが聞こえた気がした。
年若い二人が就寝した後、私は夜風に当たりながら今日の事件について考えていた。
人を殺す怪物。それに人だけを襲うわけではなく、怪物同士での争いも起こりうる事になる。小野田によれば、一体目の怪物は襲った人物の心臓を手に掴んでいたらしい。何らかの意図があって、人々を襲っているのは明確だろう。それに・・・
「事件の直後に一人で外に出るなんて、少々不用心じゃあないかい?」
背後から声を掛けられる。そこに立っていたのはこの喫茶店のマスター、立花さんだった。
草木も眠る丑三つ時、街中のある喫茶店。そのテラスに二つの影が差している。
空には星一つ見えず、ぽつぽつと建つ街灯だけがそれをうっすらと照らしていた。
「彼には神器の事は話さなかったのかい?」
がっしりとした体格の老人が尋ねる。
「ええ。無暗に危険なことに首を突っ込ませたくはないので」
妙齢の女性は視線を交えず、テラスの脇に肘を掛けながら答える。
「・・・そうか。なら彼が、あの力で戦うと言っても?」
「私が止めます。私は、教師ですから」
「彼の意思で、でもかい?」
その言葉に目を見開く。人の意思をねじ伏せるほどの気概は今の彼女には無かったのだ。
「人はいずれ、試練に真っ向から立ち向かわなければならない時が来るものだ。それが今かどうかはわからないがね」
「命を投げ捨てても、ですか・・・・?」
「さあ、それは人によるだろうねぇ・・・」
老人はおどけた様に笑うと姿勢を正し、テラスを後にする。
何が正しいのか、それはまだわからなかった。