3.輝く空の下で迷子
宇宙の片隅にあるひとつの惑星。そこに広がる草原に一組の男女が大の字で寝そべっていた。
片や半袖のYシャツに制服のズボンという出で立ちの短髪の青年。もう一方はパンツスーツに身を包んだ妙齢の女性だ。
二人はお互いに空を見上げ、手足を投げ出したまま間延びした問答を続けている。
「先生~ここどこですか~」
「さあな~辺りを探せば何か見つかるんじゃないか~」
青年は寝そべったまま首だけを起こし、辺りを見回す。しかし目に入るのは広大すぎる草原と青空のみで、あまりの大自然ぶりに感動を覚えるほどである。
目の前に広がる現実という名の緑色は、青年の間延びした思考を打ち砕き、気分を下げ切るのには充分だった。
「やっぱり、今日は厄日だ」
今ありのまま起こったことを話すぜ、ボランテイアの手伝いに行ったと思ったら知らない惑星で先生と一緒に日向ぼっこをしていた・・・・・
いや本当にわからん。誰か説明しろ。俺が覚えているのは炎天下の中で焼きそばを作らされていたこと、そして・・・・。
体の痛みは引いていた。その上不思議なほど体が軽い。あれは夢だったのか、そう思った時、手元に虹色に輝く宝石があることに気付いた。
それは野球ボールほどの大きさで、傷一つない綺麗な球体をしている。空に透かしてみると存外に輝くので眺めていて飽きない。
手で宝石を転がしていると、ふっと輝きが消えた。何者かが目の前に立ったようである。逆光に照らされながらその人物は言った。
「目が覚めたか、それなら結構。状況を整理するから君も付き合いたまえ」
そして話は冒頭へ戻る。
いつまでも寝転んでいても仕方がないと、地面に手を着き体を起こす。一足先に立ちあがっていた先生は体を目いっぱい伸ばし、こちらを振り返る。
「無事なようで安心したぞ。急に倒れるものだからどうしようかと・・・・」
その割に扱いが雑な気がするのは気のせいだろうか。
「それで、ここはどこなんです?」
広大な草原、雲ひとつない大空、そして何より・・・星ではなく、空そのものが輝いている。こんな風景を見るのは生まれて初めてだ。
「少なくとも、地球でないのは間違いなさそうだな。第一村人を見つけるほかあるまい」
「そんなこと言ったって、見渡す限り人工物なんてありませんし、当てもなく歩くのは・・・・」
「よしこっちだ、ついてこい小野田」
「言ってるそばから!?」
一人で路頭に迷う訳にもいかず、渋々先生の後を追う。勘が当たったのか、1時間程歩くとビル街が目に入った。本当に運がいい。
街中は活気に溢れ、異邦人である俺たちにも快く接してくれた。住人の服装や町を走る車などから地球とほぼ同じ文明レベルの星なことが推測できる。
情報収集を兼ねて路肩にある小洒落た喫茶店の扉を開く。それと同時にとても香ばしい香りが鼻をついた。
「いらっしゃいませ!」
俺たち二人を出迎えたのは髪を後ろに束ね、エプロンを着込んだ年頃の少女だった。
「どうぞどうぞ!奥へいらしてください!」
その勢いに押され、されるがままに奥の四人掛けテーブルへ誘導される。
「ご注文をどうぞ!」
着席すると間髪いれずにオーダーを要求される。これには先生も苦笑い。
「こらこら薫、お客さんを困らせるものじゃない」
カウンターの方から声を掛けられる。目を向けると、がたいの良い渋めの男性が豆を挽いているところだった。
「すみません。うちの孫娘が迷惑をお掛けしまして」
歳は6~70代程だろうか、見た目通りの渋い声で男性は続ける。
「い、いえ、迷惑だなんてとんでもない。こっちは大丈夫ですのでお構いなく」
先生も何言ってんだよ。それじゃここに入った意味ないだろ。
「あ、はい。わかりました!」
納得しちゃうのかよ。もうちょっと粘れよ。
・・・・・・仕方ない、ここは自分が流れを変えるしか
「やっぱりコーヒー一杯、おねがいします」
ああ”あ”ぁッもう!!!!!!
俺たちは喫茶店のマスターである立花さんにコーヒーをご馳走になりながら、この星について、詳しく話を聞いた。
この星の名前はヴァースと言い、かつては工業で栄えた惑星らしい。だがそれにしては妙だ。栄えたと言うわりには町の外には見渡す限りの緑が広がっており、とてもそうは見えない。
栄えたのがはるか昔の話だとするならば街はもっと困窮しているはずである。喫茶店を構える余裕などできるはずがない。
胸に燻ぶる疑問をぶつけようとしたその時、薫さんがテーブルを激しく叩きながら立ちあがった。
「そんな昔話聞いてもわからないですよね!いっそ外に繰り出しましょう!」
右腕を掴まれ、半分引きずられるような姿勢で無理やりに立たされる。構わず駆けだした彼女の顔はとても輝いていて、文句を言うのには憚られてしまった。
人に振り回されるのもまあ悪くない。そう思った。
街中を引きずりまわされた後、郊外にある公園で休憩をとることになった。既に見た街並みだったが、楽しそうな彼女を見ていると砂だらけになっただけの甲斐はあったと思う。
「すみません・・・えっと・・・・あの、服を汚してしまって・・・・」
先程の表情とは打って変わり、この世の終わりの様な顔をして薫さんは言葉を発した。それもそうだ、客のことを街中引きずりまわす店員など普通はいない。
「いや、気にしてないんで」
・・・・・沈黙が痛い。何か話してくれ、お兄さん気まずくて死にそうなんだが。
そうこうしているうちに砂をはたき落としきったので、二人でベンチへ腰かける。
「すみません。お客さんが見えるのも久しぶりで・・・ちょっとはしゃぎすぎましたかね?」
自嘲したように彼女は笑う。先程の明朗快活な様子からはまるで対極な人物の様に俺の目には映った。
「ごめんなさい・・・さっきから謝ってばっかりで、でも他に何を言えばいいかわからなくて」
相当な迷惑をかけたと思っているのだろう。気にすることは無いのだが、ちょうどいい機会だと思いひとつ疑問を投げかけてみることにした。
「じゃあかわりに聞きたいんですけど、何で急に街を案内しようと思ったんですか?」
ポカンと、薫さんの表情が変わる。
「俺が立花さんに質問しようとしたら急に外に引っ張り出しましたよね。何か理由があるんじゃないですか?」
「理由なんてありませんよ。強いて言うなら落ち着いていられなかったから、ですかね」
けらけらと笑いながら彼女は言った。
「でも、お客さんが来て嬉しかったのは本当ですよ。是非常連になってもらいたい位に」
そう言葉を発し、くすりと笑うとおもむろに立ちあがった。
「日が暮れる前に店に戻りましょう。そろそろおじいちゃんの長話も終わっている頃でしょうし」
空を見上げると、それは大きな黒い穴が深く広がっていくかのように見えた。空全体が等しく、まるで照明を徐々に落とすように暗くなっているのだ。
果てしなく、空を包む黒色が広がっていく様は、さながらこの星が目蓋を閉じ、眠りにつく予兆の様に感じられた。
公園を出るのと、ビル街から女性らしき悲鳴が響いたのは同時のことだった。
「コーヒーのおかわりをどうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
私の目の前の席に立花さんが腰を下ろす。
小野田が薫さんに連れ出された後、私はこの喫茶店のマスターである彼から主にこの星の歴史についての話を聞いていた。
「ここはつい数十年前まで戦争が絶えない星でね。今となっては過去の話ですが、統合星府が生まれる前はおちおち外も歩けなかったんですよ」
にわかには信じがたい話だ。今の街の様子からはとても考えられない。
「ということは、工業で栄えたというのはやはり軍需産業ですか?」
「ええ、おっしゃる通りです」
「その割には、街の周りには緑があふれている様に見えますが」
そう言うとマスターは窓の外に目を向け、懐かしむ様に口にする。
「あれは戦争で生き残った人々が植えたんだ。当然私もね。食糧不足の改善と失われた自然の再生。それが我々の戦後最初の課題だった」
結論から言うと戦争の決着は着かなかったらしい。ドミナイトの出現により、無理やりに統合星府が樹立された為だ。
戦争によって困窮した国々にドミナイトに逆らうだけの力は残されていなかった。結果論で言えばそのおかげで復興がスムーズに進んだのかもしれないが。
「星全体を巻き込むような戦争だなんて・・・・いったい何が原因なんですか?」
そう尋ねると、こちらを見据えて彼は重々しく口を開く
「神器だよ」