2.虹色
「帰りたい・・・」
7月31日。清々しいまでの青空とは裏腹に俺の心模様は曇りきっていた。
「何を言う。これだけ暑い日なんだ、食販には絶好の日じゃないか!」
「先生は後ろで眺めてるだけだからそんなことが言えるんですよ。大体俺の分担は荷物運びって言ってたじゃないですか」
鉄板の熱気に当てられながら、背後でアイスを食べながらくつろいでいる先生へ悪態をつく。
「別にそれだけとは言ってないからな。仕事が急に増えるのも大人になればよくあることだ」
「汚い大人だ・・・」
「聞こえてるぞ」
会場は賑わい、それぞれの非日常を演出すべく騒ぎ回る。一刻も早くここを抜け出したいが、そうは問屋が許さない。
テントという名のしがらみに囚われ、今日という夏休みが終わるのだろう。早く帰りたいからいっそのこと終わってくれ。
客足が落ち着いてきたころ、会場が急に静まり返った。どうやら先生と不毛な会話を繰り返すうちにセレモニーが始まったらしく、壇上のお偉いさんのありがたいお話に皆が耳を傾けている。
「この星に我々が訪れてから50年、今日までいろいろなことがありましたが・・・」
どの星でも偉い人の話がつまらないのは共通らしい。そう思うのは俺だけではないらしく、まばらに雑談をする者やスマホをいじる者も見受けられ始めた。
「そういえば、結局宇宙人の連中は何だって地球に?特にあの壇上の種族」
一様に宇宙人と言っても、地球には様々な星からの移住者がいる。詳しくは知らないが、地球人離れした人物など駅前に出ればいくらでも見ることができる。それはそれは大層な数なのだろう。
基本的にこの星の人間が「宇宙人」と呼ぶのはセレモニーを取り仕切るドミナイト人のことであり、その「彼ら」こそ50年前、初めて地球に訪れた宇宙人である。
「さあな、補給の拠点にするためとか本人たちは言っているらしいが、おそらくは・・・・」
先生の視線を追う。その瞬間、視界を極彩色の何かが覆った。胃酸が逆流したような焼ける痛み。うねり、ほじくり返すような悪寒が全身を駆け巡る。
手を擦りむいたような感覚、鐘を打ち鳴らすような頭の痛みに自分が倒れこんでいたことに気づく。ああ・・・今日は今日は厄日だ。そう思いながら意識を手放した。
私の視線の先には、妖しく虹色に胎動するひとつの宝石があった。
「神器」と呼ばれるそれは、地球人と宇宙人の平和の証として壇上に飾られている。
ドミナイトが地球を訪れた本来の目的だとまことしやかに噂されているらしいが、本当のところはわからない。
曰く、10個集まると宇宙を滅ぼすとの伝説があるとのことだ。馬鹿馬鹿しいが、ドミナイトの支配星権を終わらせることが出来るのなら、充分な利用価値はある。
どうやって手に入れようか・・・考えを巡らせる。その瞬間、大きな音と共に、私の横にいたはずの小野田が倒れこんでいた。
「おい!大丈夫か!!小野田!!!」
反応がない。急ぎ救急車を呼ばなければならない。しかし突如、壇上の神器が眩い輝きを放つ。その極彩色の光に、全て飲み込まれてゆく。だが私は自分の生徒を助けなければならない!
光に抗い、小野田に向けて手を伸ばす。意識が飲み込まれそうだ、すでに視界のほとんどは光に塗りつぶされている。もう少し、もうすこし、てが・・・とどいたッ!
その瞬間、世界は白になった。
―――2050年7月31日 12時21分 セレモニーを行っていたはずの会場は、虹色の光と共に消滅したという。