番外編:『ツインクロス』『プリズム!』後
それは、本当に偶然だった。
以前、好きだった彼の姿を街で見かけたのは…。
(あれは…久賀くん…?)
久し振りだった。
人混みの中でも分かる、背の高い彼。
変わらない後ろ姿。
後ろから見ただけでも分かる。それ位好きだった人。
でも…。
(隣を歩く…女の子?)
胸にチクリと刺す痛み。
でも、どんな娘だろう。興味がわいた。
回り込んで物陰から二人の様子を伺う。
(…え?…野崎、くん…?)
それは、彼が大切にしていた幼馴染みの友人に良く似ていた。
(似てるけど、違う…?)
幼馴染みの彼は中性的な顔をしていたけれど、そこにいるのは紛れもない女の子だった。
そこで不意に、以前彼が話してくれたことを思い出した。
幼馴染みの彼には双子の妹がいるのだということを。
(そっか…。妹の方だ…。さすが双子。本当に野崎くんに良く似てる…)
綺麗な顔。
男である兄の方でさえ、思わず見惚れて嫉妬してしまう程だったのに。
(その容姿をそのままに、女の子であるとか…狡い…)
横に並ぶ彼を見上げて笑っている、綺麗な横顔に。
無性に腹が立ち、怒りさえ込み上げてくる。
…許せない。
何で今頃出てきて、平然と彼の隣を歩くの?
二人の笑顔が胸に突き刺さる。
私の前では見せたことさえない彼の満面の笑顔。
それを独り占めするアイツ。
…許せない。
「どうした?唯花。急に走り出したりして。何かあったのか?」
「あ。ううん、何でもないの」
私の横には、久賀くんとは比べ物にもならない程の三流の男。
以前、街を歩いてた時にナンパされて何となしに付き合っているだけの男だった。
この辺りでは、それなりに顔の利く名の知れたワルらしく、従えているチンピラみたいなのが何人もいるのを知っている。
そんな普段は威張り散らして歩いているような男だが、存外私にはゾッコンなので、そういうのも悪い気はしないかなって。本当にその程度。
(あ…でも、そうか。その手があった!)
我ながら名案が浮かんじゃった。
「ねえ、あんたさ…私のこと、好き?」
甘えを含ませながら上目遣いで男を見上げる。
「何だよ?急に改まって…。いつも言ってるだろ?俺はお前に惚れてんだ。お前の為なら俺は何だってしてやるぜ?」
出た。いつもの口癖。
「ふふ…。それなら、ひとつ唯花のお願いを聞いてくれる?」
「ん?何だ?」
「あのね…。連れてきて欲しいコがいるの」
男の大きく太い節くれ立った指に自らの指を絡ませると、おねだりするように首を傾げて微笑んだ。
「何だよお前…。可愛いヤツだな」
単純な男は、これで意のままに操れるのだから容易い。
「それって女だろう?随分と簡単なお願いだが、何だ?お前、気に食わねえダチでもいんのか?」
「ふふ…。まあ、そんなところかな。少し位手荒な真似しちゃっても構わないから、私のところに連れて来て欲しいの。よろしくね」
唯花は楽し気にクスクスと笑うのだった。
「嬢ちゃん、悪いがちょっと顔貸してもらおうか」
ある日。夏樹が一人で歩いていると路地の横から数名の柄の悪い連中が一斉に出て来て取り囲まれた。
声を掛けてきたゴツい男が多分その中のボス的存在の奴なのだと夏樹にはすぐに判った。
だが、どうしても絡まれる心当たりがない。
(見たこともない連中だな。年齢も少し上っぽいかな?)
明らかに高校生ではない貫禄の者もいる。
(…絶対知らない奴等だ。何でだろう?)
夏樹が冷静に取り囲んでいる面子を伺いながら考えていると。
「ある女に頼まれたんだ。少し位乱暴にしても構わないから連れて来いと、な。だが、声を上げたりせずに素直に言うことを聞きさえすれば、とりあえず手荒な真似はしない」
その男が有無を言わせぬ眼力で夏樹を見やった。
「…女?」
尚更、心当たりがない。
「人違い…とかでは?」
とりあえず穏やかに聞き返すと。
「いや、アンタだよ」
と、逃げられないように腕をガッシリと掴まれてしまった。
不穏な空気を感じながらも、夏樹はとりあえず大人しく連れられて行くことにした。
今ここで、こいつらを撒くことは簡単かも知れない。
だが、相手が確実に自分を指定してきていて、尚且つこうして待ち伏せをして出て来た以上は、またいつだって同様のことが起こり得るということだ。
今逃げれば相手を逆上させ、次はもっと強引な手に出てくるかも知れない。
そんな面倒ごとは御免こうむりたいし、何より相手の女が誰なのかが気になった。
(こんな連中に命令出来る女なんて…。いったい誰なんだろう?)
どうしても分からなかった。
『冬樹』であった頃ならいざ知らず…。
そもそも『夏樹』として関わった人物など、未だ僅かに数える程しかいないのだから。
(考えられるのは…。高校?かな?)
自分が知らなくても女子高に通っている以上、学校には確かに女が大勢いるが。
(でも別に目立たず大人しくしてるし、誰かの反感を買う程何もしていないと思うんだけど…。いや、そうでもないか…?)
自信がなくなってきた。
だが、とりあえずその人物に会ってみないことには分からない…と、夏樹は腹を括った。
「例の女、連れて来たぜ」
男は自分たちが普段溜まり場にしている廃ビルの一室の扉を開けると、足を組んで椅子に腰掛けながら、スマホをいじっている女の後ろ姿に声を掛けた。
「そう。ありがと」
唯花は振り返ると鮮やかに笑った。
「どうだった?少しは怯えて泣いたりした?」
「いや…。あの女、相当肝据わってるぞ。俺等が出て行っても動揺すらろくに見せねぇ」
実際、只者じゃない。そう思っていた。
見た目通りのただの可憐な少女ではなさそうだ。
だが、男はそれ以上のことは何も言わなかった。
下手に他の女のことを口にして、彼女にへそを曲げられては敵わないからだ。
唯花は、男の話に不満そうに首を傾げた。
「そう。つまらない子。少しは泣き叫んだり怯えたりすれば、こちらの気も晴れるのに…」
そうして口を歪めて小さく笑うと、立ち上がった。
数人の男達に囲まれながら連れて来られた薄暗い廃ビル。
ごろつきの溜まり場としては、いかにもな場所だった。
ボス的存在の男が、その女を呼びに一旦その場から離れていく。
奥へと入って行くその男の背を見送りながら夏樹は考えを巡らせていた。
(いったい、どんな奴が来るんだろう。ホントに想像もつかない…)
周囲を取り囲んでいる男達は夏樹からは一定の距離を保ち、何も仕掛けて来なかったのでとりあえず様子を見ながら静かに待った。
すると…。
先程のゴツイ男を従えるようにして奥から出てきたのは――…。
(え…?唯花…ちゃん…?)
それは、以前雅耶と付き合っていた女の子…唯花だった。
(何で、唯花ちゃんが…?)
驚き固まっている夏樹に唯花は数歩近付くと、腕を組んで立ち止まりクスリ…と笑った。
「本当にけろっとしてるのね。キモの据わった可愛げのないオンナね」
「何で…」
それは、きっと…どんなに鈍い者にでも解る程の『敵意』。
「あなた、野崎くんの妹さん?でしょう?」
「………」
そう声を掛けられてはた…と気が付いた。
(…そうか。私は今『夏樹』なんだった。唯花ちゃんとは直接面識もない筈なんだ)
彼女と出会ったのは、まだ自分が『冬樹』であり、成蘭高校に通っていた頃のことだ。
だが、それなら尚更何故自分をこんな所に連れてくるのだろう?
…分からない…。
唯花は「二人だけで話したい」と言うと、周囲にいた男達を部屋の外へと出させた。
部屋の出入り口は一つしかない。
その扉の前で待ってると先程のボスらしき男が唯花に伝え、部屋から去って行った。
そうして、薄暗い部屋に二人だけが残される。
(いったい…何が、目的なんだろう)
何処か前に会った時と雰囲気の違いすぎる唯花に夏樹は警戒していた。
すると、唯花がゆっくりと口を開く。
「久賀くん、元気?」
「…えっ?」
思わぬ人の名前が出てきて戸惑う。
「ふふ…実は、この前…私、久賀くんとあなたが歩いているところを偶然見掛けたのよ」
「………」
「仲良さそうに楽しそうに歩いてた。あなた野崎くんの妹さんよね?ってことは久賀くんと幼なじみってことよね?…仲良いハズだわ」
最後の部分を吐き捨てるように言うと、ギッ…っと睨み付けてくる。
「あなた、久賀くんの何?もしかして後から出てきて、すっかり彼女気取りなの?」
(ああ、そうか…)
夏樹は察した。
(唯花ちゃんは、まだ雅耶のことが好きなんだ…)
唯花が発したその言葉には、すごく棘があって。
『面白くない』という感情を隠すことなく瞳に表していて。
彼女がまだ雅耶のことを好きなんだということを理解した。
二人がいつ、どんな別れ方をしたのか自分は知らない。
雅耶は「自分の気持ちに正直になっただけ」と言っていたけれど。
(唯花ちゃんは、納得…してないんだ…)
その想いをぶつける相手に、見も知らぬ『夏樹』を選んでしまう程。
「あなたは知らないかもしれないけど、私と久賀くんは付き合っていたのよ。いつも一緒に帰って、色々な話をして…」
知ってる。
そんな二人を自分はいつも近くで見ていたから…。
「久賀くんの好きなものの話。家族のこと、仲の良い友人のこと。幼なじみの野崎くんのこと…。沢山教えて貰ったわ。でも彼は、あなたの話なんか一度もしなかった。彼の中に、あなたの存在そのものがなかったのよ。なのに今頃出て来て何なの?図々しいのよっ」
唯花は夏樹の制服の襟元をギッと握り掴むと、後ろの壁へとその身体を力任せに押し付けた。
「……っ…」
女性のわりに意外にも強い力で押され、夏樹はコンクリートの壁に軽く背を打ち付けてしまった。
明らかな『嫉妬』。
本来なら、こんな仕打ちを受けるいわれは自分にはない筈だ。
(…だけど…)
夏樹は唯花の行動に驚きはするものの、怒り等の感情は浮かんでこなかった。
雅耶のことが好きだという気持ち。
そこから生まれる嫉妬心。
それを隠すことなく表せる、そんな彼女を羨ましくさえ思う。
こんな気持ちは、彼女からしてみれば「馬鹿にしている」と取られてしまうかも知れない。
けれど、自分はそんな風に素直に想いのままに行動することが出来ないから…。
「何なの?その取り澄ました顔。この状況でまだ余裕ぶってるつもり?…ホントにムカつく女ね」
そう言うと、唯花は何処からか小さなカミソリの刃を取り出した。
「その綺麗な顔に傷を付けてあげましょうか?二度と久賀くんの前に出て行けないくらい…」
唯花は、それを人差し指と中指の間に挟み込むと夏樹の首元へと近付けようとする。
だが、夏樹はその腕を咄嗟に掴んでそれを制した。
「なっ…!!」
思いのほか強い力で握られ、唯花は動揺を見せる。
「何よあんたッ。気やすく触るんじゃないわよっ!離しなさいよっ!」
ぐいぐい腕を引こうとするが、びくともしない。
表情を変えない夏樹の瞳が、唯花を静かに見つめている。
「こ…のっ、馬鹿力っ!」
焦りだした唯花に、夏樹は静かに口を開いた。
「駄目だよ。唯花ちゃん…」
「なっ…?」
「そんなもの、使っちゃ駄目だ」
夏樹は掴んでいない方の手で、そっと唯花の持っているカミソリの刃を奪うと遠くへ放り投げた。
カシャーーン…という、音が室内に響き渡る。
「あんた…何で、私の名前…」
唯花は呆然とした。
自分は目の前のこの女に名前を名乗ってはいない筈だ。
それに、この声には聞き覚えがあった。
見た目の可憐な少女には若干似つかわしくない、その中性的な低めの透る声。
そして自分を静かに見つめる涼し気な、まっすぐな瞳。
それは、彼の大切な幼なじみだという少年のそれに似すぎていた。
前に自分が数人の男たちに絡まれた時、助けて貰った彼のものに。
あの時も、自分に対して振り上げられた男の腕を彼はこうして掴んで、静かに諭すような瞳をしていて…。
双子だから似ているのか…とも思ったが、違うと。
心のどこかで自分の勘がそう告げていた。
「あ…あなた…っ…」
動揺を隠しきれず、知らず震えてしまう声。
それを全て汲み取るように、目の前の人物は僅かに眉を下げた。
「ごめんね、唯花ちゃん…」
「あなた…やっぱり、野崎くん…なの…?」
有り得ないと、そう思いながらも。
どこか寂し気な表情を浮かべたまま、こちらを見つめているその真っ直ぐな瞳は、まさしく彼のものであり、無言で自分の言葉を肯定しているのだと理解した。
「何…で…?」
こんなことって、あるのだろうか?
先程までは、何処から見ても同年代の少女にしか見えなかったというのに。
目の前にいる人物は、以前の彼の面影を隠すことなく静かに口を開いた。
「唯花ちゃんが雅耶のことを本当に好きなんだってことは、近くで見ていたから知ってるよ。でも、こんなことをしたって何の解決にもならない」
「あっ…」
ずっと掴まれたままだった腕を、そっと外される。
「唯花ちゃんが後々、辛い思いをするだけだ」
唯花の性格上、本来ならば同性にそんなことを指摘されようものなら反感から逆上しているところだ。
だが、以前出会った少年の面影が、それらの言葉を飲み込ませた。
何より嫌味のない真っ直ぐな彼の言葉が、心にストン…と落ちてくる。
「唯花ちゃんと雅耶の間に何があったのか、オレには分からないけど…。キミと別れるなんて雅耶は女の子を見る目がないなって…。ずっと、そう思っていたよ」
「……っ…」
あの時の少年の瞳でそう語る目の前の人物は、それ以上は語らず寂し気に微笑むと、呆然と佇んでいる唯花の横を通り抜け、ゆっくり出口へと歩きだした。
「あっ…待っ…」
何故『冬樹』が現在、少女の姿をしているのか。
唯花がどんなに考えても答えが出てくることはなかったけれど。
去ってゆく、その寂し気な背中に唯花はそれ以上声を掛けることが出来なかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
番外編…それからパラレル等、いかがでしたでしょうか?
今回は、ブログの方で書き溜めていたネタを番外編という形で小説にまとめさせていただきましたv
本当は、まだまだ色々なストーリーが浮かぶのですが今回はこの辺りで一旦区切り、完結としたいと思います。もしかしたら、また他のお話が浮かんだ時にこちらに追加していくかも知れませんが…。
(そういうのも大丈夫なんでしょうか?(汗))
折角の番外編なのに、雅耶と夏樹のハッピーなお話がなかったので作者的にも少しだけ消化不良だったりします。…なので次に書くとしたら、その辺りのラブラブなやつが良いですね♪予定は未定ですが(汗)その時は、また覗いてくださると嬉しいです。
それでは、本当にありがとうございましたv
龍野ゆうき