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『ツインクロス』番外編  作者: 龍野ゆうき
8.月だけが知っている
8/9

パラレル?:『プリズム!』没案

※注意※

・直純×夏樹

・雅耶が駄目な奴

・本編とはあくまで別物


以上を踏まえて大丈夫な方のみどうぞ。

合同イベントの実行委員になった雅耶は、毎日ミーティングに大忙しだった。



『Cafe & Bar ROCO 』の一角を陣取って、両校の生徒たちが数人ずつ集まって話に花を咲かせていた。


この光景は今日のみならず、このところ毎日のように続いている。


皆で集まる場所を探していた所、この店にしたらどうかと薫が皆に提案したのだそうだ。



「直純先生、何かすみません。今日もあの一角を占領しちゃってて…」


雅耶が気を使ってカウンター越しに挨拶に来た。


そんな雅耶に直純は笑顔を見せると、


「いや、あくまでお客様だからな。こちらとしては、いつもご贔屓にありがとうございます。…だよ」


と言った。


その横に他のテーブルからグラス類を下げてきた夏樹が来たのを見て、雅耶がさりげなく声を掛ける。


店に入った時は薫に手を引かれ、夏樹とろくに挨拶を交わせなかったのだ。


「夏樹、元気か?毎日バイトお疲れさまなっ」


そう、声を掛けたその時だった。



「もお、久賀くん!何やってるの?早く、こっちこっち!」



雅耶をすっかりお気に入りの薫が呼びに来る。


「薫先輩…」


「久賀くんがまとめてくれないと話が進まないのよ」


そうして、何だかんだと手を引かれて行ってしまう雅耶。


その後ろ姿を無言で見送った夏樹は、すぐに気持ちを切り替えるように仕事に戻るのだった。


そんな夏樹の様子を、直純は複雑な思いで見つめていた。





(…何だろ、調子悪いな…)



夏樹は仕事をこなしながらも、何処か己の不調を感じていた。


少し熱っぽいのかも知れない。


(でも、これ位大丈夫…)


そう思っていた夏樹だったが、普段と違う夏樹の様子に気付いた直純が声を掛けてきて「今日はバイトを切り上げるように」との店長命令が下ってしまった。



直純先生は凄い人だ。


いつだって周りの人のことを良く見ていて、具合が悪いことにも一番に気付き、過保護な程に心配してくれる。


それでも素直に認めることが出来ない自分に対し『店長命令』という形で大事を取らせてくれる。そんな先生の優しさにはいつだって救われていた。



(…ホントは不調の原因なんて、分かってる…)

 


更衣室兼事務所から出てきた夏樹は、店内のある一角を見つめた。


見慣れた二校の制服を着た学生たち男女数名が話に花を咲かせて盛り上がっている。



(…雅耶…)



早乙女さんと仲良く笑い合っている、その後ろ姿。


そんな二人を、これ以上見ていたくなかった。


(そんなのが原因で仕事を続けられないとか、無責任にも程があるよな。こんなじゃ直純先生に帰れと言われても仕方ない…)


夏樹は苦し気に目を伏せた。


そして、直純と仁志に「お先に失礼します」と頭を下げながら手短に挨拶を済ませると、すぐに店を後にした。



夏樹がバイトを早く切り上げて店を出たことに、雅耶は気付くことはなかった。





フラフラと店を後にした夏樹を、直純は心配げに見送った。



今日の夏樹は微熱があるようだった。


いつもと様子がおかしいので額に手を当ててみたら明らかに自分と比べて熱かったのだ。


だが、それ以上に何処か思い詰めた顔をしていたので大事をとって上がらせた。



実は、夏樹の不調は今日に始まったことではない。


この数日間で日に日に体調を崩していってる…直純の目にはそう映っていた。


(今日は、いつになく調子が悪そうだった…)


一人で帰れるだろうか?それさえも心配になる程に。


だが、客席の雅耶を見ても夏樹が上がったことにさえ気付いていないのか、隣の席の薫と相変わらず楽しそうに話している。



(雅耶の奴、いったい何をやってるんだ…)



誰よりも彼女のことを大切に思っているんじゃなかったのか?と問いつめてやりたくなる。


ミーティングに参加するのは仕方のないことだ。


だが、夏樹の働いているこの店で毎日のようにこんな状態を見せつけるのは、あまりに酷というものだ。


明らかに無理している夏樹を見ていると、己の中に何とも言えない気持ちがわいてくるのを、直純は感じずにはいられなかった。


(いい加減、夏樹の気持ちに気付いてやらないと可哀想だぞ。雅耶…)



お前が、そんなことだと…俺は……。



どうしても気になった直純は、仁志に相談を持ち掛けた。


「なぁ、少しだけ席を外しても良いかな?」


明らかに夏樹を心配しての言葉と受け取った仁志は、


「今は空いてるし、もうピークも過ぎた。…心配なんだろう?行ってやれよ」


何もかもお見通しの友人に、直純はニッコリと笑うと。


「サンキュ」


すぐに店を出て夏樹のあとを追い掛けるのだった。





夏樹は自宅のアパートまでの道のりを、とぼとぼと歩いていた。


頭がガンガンする。



(何で『好き』な気持ちだけじゃダメなんだろう…)



自分が雅耶を好きな気持ちは変わらないのに。


本当は、それだけで十分な筈なのに…。


なのに、何故…こんなにも胸が痛むのだろう?



(早乙女さんは、女の自分から見ても本当に魅力的で…)



到底、かなわない。


自分は、あんな風にはなれない。


未だに中途半端で、男勝りで、気も利かなくて…。


どうしたって劣等感しか感じない。



(当たり前だ。お前はこの前まで『冬樹』だったんだから…)



雅耶だって、あんな人に好意を向けられたら嬉しいに決まってる。


どう見たって、お似合いの二人。



(胸が、痛くて苦しい…)



こんな自分は嫌なのに。


こんな弱い自分なんて、いらないのに。



何故だか涙が止まらなかった。





直純は夏樹の姿を探していた。


店を出て、わりとすぐ追い掛けた筈なのに既に夏樹の姿は周辺にはなく。


店のある駅前裏通りを抜け、既に住宅地へと入って来てしまった。


静かな住宅街は人通りも少ない。


月明かりに照らされて電柱の影が寂し気な道路に伸びていた。


その先の薄暗い場所に、ひとつ人影が見えた。


電柱に手をついて俯いている、その後ろ姿は…。



「夏樹…?」


直純は傍へと駆け寄ると、その細い肩に手を掛けた。


途端に、ビクリ…と震える身体。


「…大丈夫か?どこか具合が悪いのか?」


優しくその背を支えるようにすると。



「…なお、ずみ…せんせ…?」



ぼろぼろと涙で頬を濡らす夏樹がそこにはいた。


肩を震わせて明らかに泣いていたのだが、すぐに夏樹はゴシゴシと手の甲で涙を拭うと。


「どう、したんですか?こんな所まで…。私、何か…忘れ物でもしましたか?」


まるで口調は至って普通に、何事もなかったかのように振る舞う。


だが、それでもこらえきれない涙がまた一筋頬を伝っていった。


「夏樹…」


「すっ…すみませんっ。ちょ…っと、…っ…私…」


顔を伏せて涙を必死に抑えようとする夏樹。


その小さく震える肩を見ていたら、たまらなく切なくなって直純は自らの拳を握りしめた。


そして…。



「…っ…?」



ふわりと…自らの腕の中へとその身を引き寄せると、そっと抱き締めた。


「せん…せ…?」


「お前は何もかも独りで我慢し過ぎだよ。泣きたい時は泣いていい。無理に押し込める必要なんてないんだ」


「……っ…」


緊張に身を固くしながらも震えてしまうその背を、まるで小さな子どもをあやすようにポンポンと優しく撫でる。


「お前がまだ『冬樹』でいた時から、俺はお前が夏樹だと気付いていた。それでもお前が、すごく一生懸命だったから敢えて気付かない振りをして見守ることに決めたんだ。でもな、夏樹。誰にも頼らないのが『強さ』じゃないんだよ。弱い部分は人間あって当たり前。それを認めることも大切だし、それこそが次の強さに繋がっていくんだよ」


「…先生…」


「お前の気持ちは分かっているつもりだよ。俺の胸じゃ役不足かもしれないが、こうしてお前を支えること位は出来る。たまには誰かに寄り掛かったって罰は当たらないんじゃないかな」


「…直純せんせ…っ…」



震えながら再び泣き出した夏樹を。


直純は愛し気に、その腕の中に優しく抱き締めるのだった。



そんな二人を月だけが静かに見下ろしていた。





それから数日後のこと。



「先生。お話があります」


「ん?どうした、雅耶?そんな改まって」



このところ、この店に良く顔を出している雅耶だが、今日は例のミーティングではなく一人だった。


思いのほか真面目な顔で目の前のカウンターに座っている彼の、その顔はどこか怒気を含んでいるようなピリピリした雰囲気を纏っている。


そう、まるで空手の試合前の時のような気迫さえ感じる真剣な眼差し。



「俺、見ちゃったんです」


僅かに視線を落とすと、雅耶がポツリと話し始めた。


「…何を?」


「こないだ…。夏樹が仕事を早く上がった日…」


そう言って、再び視線を上げた雅耶と直純は目が合った。



「先生と…夏樹が抱き合っているのを…」


「………」



今日、夏樹は休みだ。


あの日以来、調子を崩している夏樹に直純は少し休暇を与えた。


本人はやる気があると言っていたのだが、あまり無理をさせたくはなかった。


彼女は頑張り過ぎるのだ。


辛い時は、まるで自分を痛めつけることでそれを乗り切ろうとするかのような危なげなところがある。


直純は、そんな夏樹をどうしても放っておけなかった。



カウンター越しで睨み合うように対峙している二人の横で、仁志は何食わぬ顔でコーヒーを入れると、先程オーダーの入ったブレンドコーヒーを「お待たせしました」と、雅耶の前へと置いた。


仁志的には、この二人の話に特に触れるつもりはない。


直純は直純で、しっかり意思を持っての行動だと思っているし、直純程ではないが、それなりに自分も彼女を心配していた。そこに深い意味などは何もないが直純の気持ちも分からなくはないのだ。


だから、自分はあくまでも中立…というよりは、店側のマナーとして聞かない振りを決め込んでいた。




「…それで?」


不意に見つめあっていた視線を和らげると、直純が聞き返した。


「お前は、どうしたいんだ?」


直純の表情は柔らかかったが、だが有無を言わせぬ、どこか雅耶の出方を見極めているかのようなそんな瞳をしていた。


「先生…」


「不満を持ったのか?『俺の夏樹に手を出すな』とでも?」


「………」


「それとも、ただ確かめたかっただけか?ただ確かめたかったというのなら、それは事実に違いないよ。抱き合っていた…というのは少し語弊があるが、泣いていた夏樹を慰めたのは事実だ」


「………」


雅耶は悔し気な表情を出さないように努めているようであったが、ギリ…と奥歯を噛みしめるのが見ていて分かった。


そんな雅耶を静かに見下ろしながら、直純は穏やかに続ける。


「あの日…。何で夏樹が泣いていたか、お前は知ってるか?何故あいつがこのところ体調を崩していたのかも?」


「夏樹が…体調を…?」


それさえも気づいていなかったのか、雅耶は驚きの表情を浮かべた。


そして次の瞬間には「なぜ…?」と呟くと、雅耶は視線を落として何か考えを巡らせているようだった。



実際、気付かないのは無理もないのかも知れない。


雅耶がこの店に訪れる時は数人のメンバーといつも一緒であったし、解散するにしても、いつだって雅耶の隣には薫が居た。夏樹と接する場面など見ている限り殆ど皆無だったのだ。


他で二人が連絡を取っていたかは自分には分からない。だが、少なくとも此処では夏樹も誰にも悟られないように必死だったし、気付くことは難しかったかも知れない。


だが、それではあまりに夏樹が不憫で。



薫が雅耶を気に入ってることは見ていればすぐに判る。


そんな薫に対し雅耶自身に他意はないにしても、彼女に良いように振り回されて夏樹をないがしろにしている状況は見ていて許せなかった。



『知らない』ということは、時に罪だ。


知ろうとしないことと同じなのである。



「分からないようじゃ、お前には夏樹を任せられない」


「……っ…!?」



その声に驚き、顔を上げた雅耶は思いのほか鋭い直純の視線に射られ、微動だにすることが出来なかった。



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