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高嶺の花。  作者: 空雪
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5.甘いコーヒー、淡い夢

 

『ひずみくんはお父さんと同じで、甘いものが好きなのね』


 そう言って呆れた顔でシュガースティックを渡してくる。大好きなあの子によく似た笑顔で、仕草で、さすが親子と言うべきか。

 目の前にはおやつとしてだされたホットケーキと、すでに大量のミルクとシュガースティック一本分が入ったコーヒーが置かれていた。

 向かい側の席では、大好きなあの子が砂糖の入れすぎは体に悪いよと笑っていた。


 俺は親が朝早くて夜遅い仕事だったから物心ついた時からよく隣の家……愛川家に預けられたいた。本当によく、お世話になっていた。

 愛川家の一人娘、みあはとても美人で中学に入ってからはよく男どもに嫉妬されて茶化されていたが、彼女と幼馴染みという事実は誇らしかったので、構わず自慢していた記憶がある。


『みあだって人のこと言えないだろ』


『私はいいの!女の子だから!』


 みあも甘いものが大好きで、特にコーヒーに関しては器の半分くらいはミルクを入れないと飲めない。

 可愛いなとか思いながらみあを見ていると、彼女は俺の視線に気付いたのか恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかんだ。


 ……今、手を伸ばせば。


 そう思って手を伸ばしかけたたころで、いつも目が覚める。

 何度も何度も見た夢、みあの発言ひとつひとつ全部覚えている、忘れることはないだろう。親という言葉を聞いてからずっとこんな夢ばかりだ、後悔だけが募っていく。


 枕元のデジタル時計に目をやると午前3時過ぎを示していた。

 まだはっきりとしない視界の端っこに空になった無糖の缶コーヒーが無造作に転がっている。

 なんだか無性にコーヒーが飲みたい。


 ベッドから出て粉を入れて注ぐだけのインスタントコーヒーを作る。我ながらすごくボーッとしながらカップにお湯が注がれていくのを見ていたと思う。夢見心地のまま、何も考えず砂糖と牛乳を入れてカップに口をつけていた。


「……甘い」


 あまりの甘さにむせそうになったが、ようやくそこで目が冴えてきた。何やってるんだ俺は、馬鹿か。こんな時間にコーヒー飲んだら二度寝できなくなる、今日だって朝から講義があるのに。


 みゃあの親が来ると聞いて3日経ったが、得られるものはなかった。とりあえずみゃあの様子を見るため同好会に顔を出したが、見るからに顔が強ばっていたので、その付近で会う男は災難な目にあっているだろう、ざまぁみろ。

 ……待てよ、可能性は低いけどそのみゃあと会う予定または会った男にちょっと聞いてみようか。葉月に言っていないことをみゃあが他の取り巻きに言うとはあまり思えないが。

 ベッドの下に落ちているスマホを拾い、とりあえず素直に答えてくれそうな奴数人に連絡する。夜中だから返ってくるのは朝か昼だろうがかまわない。


 露骨に親が来るのかとか聞くのは同好会仲間の亀裂を入れかねないので、避けるべきだ。そもそも、俺とみゃあが幼馴染みだということを知っているのは現状葉月しかいない。と、なると……。


 一通り連絡し終えて、もう一口コーヒーを飲む。スマホの画面には一年前に待受画面に設定しといた公園の湿気た桜が映し出されている。そこで俺はようやく気付いた、というか思い出した。りんのことを。


 ……やばい。

 3日前、朝にあった時りんはまた後でと言っていた。あの様子から察するに放課後公園に来て待っていたんじゃないか。待ちぼうけくらってた?いやそんなまさか、大体あんなのは宣言であって約束には入らない、勝手に公園に行くって言ってただけ。俺は悪くない、事実悪くないと思う、なのにこの罪悪感は何なんだろう。


 ほぼ無意識のうちにコーヒーを一気に飲み干し、ハンガーにだらしなくかかっている上着をとり外に出ていた。しかも手ぶらで。頭が働く前に体が動いていた、というのが正しいのかもしれない。

 ちょっと前に葉月は無頓着だと思っていたが、今のこのジャージに冬用の上着という、格好は比較するのもおこがましいくらい酷いものだった。


 頭では理解していた、今行こうとしている場所に行ったところで何の解決もしないことに、だけど足が止まらない。思考回路と行動はちぐはぐで一致しないこの感覚を俺はよく知っている。



 寂れてしまった公園に着く。いつ消えてもおかしくないような弱々しい光が公園全体を照らしていた。

 予想通りそこには誰もいなくて、ただただ静けさだけが辺りを支配している。その様子は更にこの公園の寂しさを加速させているようだった。

 中央の時計は3時半過ぎを指していた。


「な、なんなんだよ……なんでこんなこと」


 思わず口に出さずにはいられないほど、今の俺の行動は異常だ。公園にはもう誰もいないことが分かっているのに、公園に行かなければという行動を自制できなかった。


 ああ、嫌になるな……。


 いつもこうだ、いざというときに体のコントロールができなくて勝手に動いてしまう。今だけのことに限った話じゃない、みゃあに対しても同じだ。


 いつも座っているベンチに座り、桜を眺める。もうかなり散ってしまいところどころ葉っぱが見え隠れしている。この桜はもう役目を終えたも同然。今年の夏、冷たいコンクリートマンションを建てるため、この桜は切られてしまうのだから。


「疲れた」


 ようやく自分が息切れを起こしているのに気づく。

 久しぶりに走った。大学に入ってからというものの禄に運動していなかったことが悔やまれる。


 汗が冷えたのか、少し寒くなってきた。それと同時に熱くなりすぎていた頭も冷えてきたのがわかる。


思えば、俺がみゃあの親がいつくるのか知って、何が出来ると言うのだろうか?親とみゃあの問題に俺は迂闊に首を突っ込むことはできない。事態をややこしくして、更にみゃあが傷つくかもしれない、いや、この場合はみあが傷つくのか。

 ああ、俺が俺じゃなかったらなんとかできたかもしれない。愛川みあの幼馴染みというポジションにいなければ。


 ……みあがみゃあになったのは、親が原因だ。


 愛情が足りなかった、とか育児放棄だとか色々世の中にはある。そういうのが原因で病んでしまった人も多くいるのだろう。でもみあはそうじゃない。

 周りが羨むほど愛されていたと思う、日の打ちどころなんてない円満な家族だった。

 みあとそっくりな優しそうな母親に、心穏やかな父親。


 本当にあんなことが起きなければみあはまともに、純粋に育っていただろうし俺の隣で笑っていてくれてたと思う。後からだったらいくらでも言えるけど。


 みあを好きだと気付いたのは中学一年生の時だった。制服を着た姿が大人っぽくて、でも可愛くて、いつも目で追っていた。みあも同じように俺を追い、目が合うとお互い笑みを浮かべる。付き合うとか、そんなことはなかったけどお互いが両想いだと確信していた。なのに。


「女々しすぎる、もうやめたい」


 あまりの情けなさに手で顔を覆う。

 過去のことをずるずると引きずってここまできてしまった。また、あの頃みたいに戻れるんじゃないかっていう希望が捨てきれない。

 そんな希望なんてない、俺じゃ無理だ、分かってるんだ。俺はみあから離れなければいけない存在だってことは確実で、変わってはくれない事実でもある。


 でも、離れられない。

 みあがまだ好きだから。


 改めてそう思ったとき、急激に睡魔に襲われた。そりゃあ途中で起きてコーヒー飲んだにしろ走ったんだからそうなるか。今は夢の中に逃げたい、そんな気分だしきっと寝ても誰も咎めることはないだろう。


 どこまでも自分に甘い俺を、きっとみあは許せないのだろう。


 目を瞑ると、脳裏にはさっきの夢に出てきたみあの笑顔が浮かぶ。

 最後に見たみあの笑顔は、中学の卒業式だった。どうしてもみあとの思い出がほしかった俺は、使い捨てのカメラを持って中学に行った、それで結局バレて怒られたんだっけ。


『もう!何撮ろうとしてるのーバレてるよ!』


『悪い、でも卒業式だからさ』


『仕方ないなぁひずみは、それならひずみも一緒に撮ろうよ!お父さん、写真撮って』


 そうそう、みあのお父さんもいて。撮ってもらったんだった。

 今でも大切に持ち歩いてる、あの写真……。


 これからもずっとみあと一緒にいたいと思ってた。そんな淡い、夢。




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