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高嶺の花。  作者: 空雪
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2.一方的な再会

 

 コーヒーは好きだ。

 特に微糖の缶コーヒーはあの絶妙な甘ったるさが癖になる、まるでみゃあちゃんのようだ。

 まあこの公園で飲むのは無糖って決めてるんだけども。


 みゃあちゃんと俺は幼馴染みだった、その事実を知る奴は少なくとも俺の知り合いではいない。小学生の頃は少し病弱程度で誰に対しても優しく、勤勉でよく笑う超美少女で男女問わずモテていたし、そんな幼馴染みを持つ俺は誇りだかかった……とうっすらと記憶している。

 小学生なんてもう10年近く前の話、悲しいことに記憶はどれだけ残しておきたいと願っても、時間はそれを許してはくれない。

 日に日に薄れていってしまう、楽しかったことなんて特にあっという間で、忌々しく消したい記憶だけが積み上がっていく。そんな経験すら、してない奴がとても憎たらしく思えた。


「小学生が無糖か、似合わねー」


「それは“へんけん”」


 ……隣にいるこの小さいヤツとか。

 つい数十分前に俺の自販機の当たりを横取りした少女、秋月りんは無糖の缶コーヒーを手にしてなぜか俺の隣に座っていた。

 俺が買ったのは無糖の缶コーヒー、秋月りんが横取りした当たりでもらったのも無糖の缶コーヒーで、なんだか俺が小学生の頃無糖のコーヒーを飲めなかったということもあり、負けた気がする。そしてこの考えはすごく子どもっぽい気もしてる。


「私、甘いのは好きじゃないの」


「へぇ、オンナってのはみんな甘いのが好きなんじゃねーの」


「それこそ、へんけんだよ」


 顔を見ずとも声色で不服そうにしているのは丸わかり。

 湿気た桜が良く見えるベンチに見知らぬ成人男性と腰掛け花見もどきをする小学生女なんて、このご時世普通に考えたら事案ものだよな。

 なんで俺はさっき一緒に公園に来るというコイツを追い払わなかったんだろう、本当に後悔してる。よろしくなんてしないで名前なんて名乗らないで全無視してれば、今こんな自身の社会的地位がやばくなりそうな状況に置かれることなんてなかったのに。


「偏見なんてむずかしい言葉、よく知ってるな」


「……お父さんが、言ってるの。この世の中はへんけんの塊なんだって」


 へえ。この世の中をよく見てる父親だな、でもそんなことより今ここにいる自分の娘をもっとよく見た方がいいと思うけど、この無警戒さはやばい。

 それに俺はロリコンじゃないが、コイツはかなり顔が整っている、小学生でここまで完成されているなら中高生になる頃には驚くほど美人になるだろう。なんで分かるかって、そりゃあ身近にそんな奴がいたから。


 ああそういえば……。


「何でも偏見なしで見るなんて難しいだろ、そんなことは」


 みゃあから連絡来るんだっけ、今日は俺の日か、本当に嫌なくらいきっちりと3週間周期で連絡来るし。仮にも幼馴染みなのに……この扱いか、別に今更文句なんてないんだけど。


「なんで?」


「……」


 でも少し心配だな、今日かなり無理してたっぽいし。会ってもお楽しみなんてできないかも、そう考えると途端に会う気がなくなってくる気もする、だって情緒不安定なみゃあほど面倒くさいもんはないしな。

 アイツ注意して見てないと、すぐに死にたがるからこっちが疲れる。


「……大人にはいろいろあるんだよ」


「ヒズミさんは大人なの?」


「さあ?まあ少なくともお前よりは大人だよ」


 汚れたものを色々知ってしまった、嫌なオトナ。大学生っていうのは中途半端だ、何もかも。


 俺がみゃあから離れられないのは、きっと耐えられないからだ。俺の生き甲斐はみゃあちゃんでありそれ以外は何も持ってないからなのだろう、目標も何もない、どっかに忘れた。

 だからみゃあちゃんに依存することで自我を保っていられるんだ、彼女に必要とされることで生きている実感ができるんだ。これがダメなことにもうとっくに気付いているのに、甘ったるいこの関係に終止符をうつことができない。

 ……こんなのは、コドモだな。


「ヒズミさんは何さいなの?」


「20、今年で21」


「私より10さい上なんだね」


 ってことはこの小学生10歳か、小学五年生くらい?

 はーいいな、俺も小学生に戻りてぇ、何も考える必要のなかったあの頃に。


「そーだよ、だからお前と俺が一緒にいると怪しまれるの、分かるか?」


「私とヒズミさんはおたがいお名前知ってるし、大丈夫だよ」


「そういう問題じゃないんだよ、ほんっとバカだな。俺が悪い男だったらどうするんだよ、お前のこと食うような男だったらどうするわけ?」


「……?」


 しまった、小学生相手に食うとかNGワード言ってしまった。

 予想通り意味は通じなかったらしくしばしの沈黙が訪れる。


 それにしても、俺も俺でなんでこんな長時間コイツと会話してるんだろう。怖いもの見たさってやつかな、不思議とすごく惹かれるもんがある、やっぱ美少女だからだろうか……ロリコンではないんだけど。

 俺がこんなにロリコンじゃないと念を押すのは現にサークルにロリコン男がいるからだ、悪いやつではないし3次元の小中学生には興味はないようだが……まあみゃあの餌食になったのを考えるとやつも男だな、油断できない。


「よく分からないけど、でもヒズミさんなら大丈夫だと思う」


「何を根拠に言うんだよ」


「こんきょ……理由?簡単だよ?私はヒズミさんのこと好きだから」


「ぶっ!………は!?……げほ、げほっ!」


 何言ってるんだこの小学生!

 口にコーヒーを入れている最中、あまりにも突飛なことを言い始めたので思い切りむせてしまった。

 思わず立ち上がり小学生の真正面に立ち睨み付ける。傍から見ればもう完璧にアウトな図だが、元をたどればコイツの発言もかなりアレだし、これで動揺しない方がおかしい。


 むせて息が苦しい、涙目になりつつ睨んだところでそんな怖くないか。


「どうしたの?」


「あの……げほっ、あのな……初対面、の、男に向かって好きとかっ、げほ、友達としてお兄ちゃん的な意味だとしても軽率すぎる」


「初対面じゃないよ?」


「は?」


「やっぱり…………覚えてないの?」


 会ったことあるのか?その顔からして嘘を吐いているようには見えない。


 小学生に似つかわしくない目を伏せて切なげな、儚さを感じさせる表情はひたすら俺に罪悪感を募らせるには十分なものだった。

 ここで嘘吐いてかまをかけて聞き出すことはできるだろうが、こんな表情をする小学生に嘘を吐くことはできない。

 あーあ、将来は男どもを手玉にとって踊らしそうな雰囲気持ちやがって、そんな顔で見るなよ……嫌になるな。


「俺に小学生の知り合いはいねー」


 弱いんだ、こういう顔に。


 本当に記憶のどこを探したって、秋月りんという少女の影すら見つけることができなさそうだ。

 まずこの不健全が人間の形して生きてるような俺に、こんないたいけな少女の知り合いがいるはずがない。以前にどこかで会ったことあるかもしれないが、そんなこといちいち覚えてないし。


 道行く人、会話した人の全ての顔を覚えていられるほど、記憶力は良くないし、覚えていられたらそれはそれですごく苦痛を伴いそうだ。


 さて、話が逸れてしまったが、今目前の問題はどうやったらこの顔を変えられるのかということだ。ついつい現実に目を向けたくなくて自分の頭の中の殻に閉じこもってしまうのは、俺の悪い癖だ。


「悪いな」


「覚えてなくても、ヒズミさんは悪くないよ」


「その感じだとどこかで会ったことあるんだよな」


「うん、私その時からずっと、ヒズミさんのことが好きなんだ。こういうのなんて言うんだっけ、……あ、ヒトメボレってやつなのかな」


 悲しんだかと思えば、嬉しそうに口角を微妙に上げて微笑む。海色の瞳が陽の光を受けてあざやかに光っている……ああ、目の中に穏やかな海があるんだな、と詩人っぽいが思ってしまった。

 当たり前だが目の前にいるのはみゃあじゃない。全ての基準をみゃあで考えてしまっているので、俺が表情を変えなきゃ何も変わらないという偏りきった考えも、拭わなければいけない。


 一目惚れか、いつ、どこで?

 いろいろと疑問がわいてくるが不思議と海色の瞳を見ると、さっきまでの動揺が嘘のように落ち着き、すんなりと状況を把握することが出来た。とてもやばい状況である。


 ……要するに今俺は、小学生に告白されているわけか。事案ものだな、シャレにならない。

 生まれてこの方女に告白されるなんてこと、一度もなかった。その原因はまあ……みゃあにあるんだけど、今はそんなことは大した問題ではない。

 相手が同い年とか近しい女なら嬉しいとは思う、しかしなんというか10も年下に告白されてもな。


「一目惚れね、趣味悪いな、変えた方がいいぞ。今すぐ健全な方に」


「……なんでヒズミさんが決めるの?それを決めるのは私だもん」


「あのなぁ、大学生が小学生に手を出すのは犯罪、いけないことなんです。分かってる?」


 それに小学生ごときの想いの強さなんてたかが知れてるだろ。流行りのイケメン芸能人見て、きゃーかっこいーって言って流行りが終わると、また次のイケメンを騒ぎ立てる。


 それと同じだろ。


「……でも、ヒズミさんさっき私とよろしくしてくれたし……それって、お友達になってくれるってことだよね」


「どんな解釈だ。よろしくなんて俺は言った記憶が無い。…………もう帰るわ。今日は行くところがあるんだよ」


 そうだよ、皆同じ。

 みゃあをあれだけ持て囃してその体を味わったのにあっけなく捨てて、今はサークルもやめて新しい彼女と楽しく過ごしてる奴らみたいに。


 どうせ人の想いなんてものはすぐに変わってしまう、なんでそんな不確かなものを口に出して、相手に伝えられるのだろうか……ああ、腹が立つな。

 ほんの少しだけ申し訳ないとは思う、俺は何も覚えていないのに。だけど、俺は好きだとかその類の感情は信じることはできない。


「あ、明日も公園いるから……!」


 これ以上表情を見たくなくて、早々に秋月りんに背を向けて歩き始める俺に、そんな恐ろしい言葉が飛んでくる。


 だから、会いに来いって?


 相手を縛るような言葉だって、気づいているのだろうか、気付いてないんだろうな、小学生だもんな。

 こんな脳内が情緒不安定な俺に?会話をすればけっこうな割合で支離滅裂になったりする俺に?会いに来いって?


 ……多分俺は明日、行くんだろうな。

 それが自分の性格だと分かってるんだから、嫌になるな……本当に。

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