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高嶺の花。  作者: 空雪
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1.差し出された缶コーヒー

 春は嫌いだ。

 新入生が希望に満ちた瞳をして、期待に頬を染め……薄いピンクの桜が舞い、何もかもが輝いて眩しいから。かと言ってほかの季節が好きなわけでもないのだが。


 できれば今日も家から出たくなかった、なんで俺がこんなことを。

 暇つぶし同好会、とデカデカと書かれた看板を手に持ち構内を歩き回る。あまりの人の多さに辟易するも、愛しのみゃあちゃんのために頑張るのだ。なんせみゃあちゃんの1日がかかっているのだから。我ながら本当にこんなこと、だと思うけれど。


「暇つぶし同好会ー部長の愛川みあでぇーす!よろしくー!」


 少し離れたところではみゃあちゃんが元気よくサークル勧誘しているのが分かる。その華々しい容姿は誰が見ても惹き付けられてしまうオーラがある。

 現に彼女の周りには無数の冴えない男どもが群がって、熱を帯びた目で彼女を見ている……くそ、下心ありありな目で観やがって。


「うわー何あの格好?」


「ゴスロリってやつ?可愛いけど近寄りたくねーな」


 ごくごく普通の感性を持っている一般男性にはみゃあちゃんの魅力は分からない、こんな何も考えていないような頭空っぽなリアルが充実してそうなやつに、分かってたまるか。

 コソコソとみゃあちゃんの悪口を言った奴らを睨むと、彼らは大して気にした様子も見せずに去っていく。


「もぉー!ひずみくんってば!まーた怖い顔してる」


「みゃあちゃんの悪口言うから、アイツらは全然分かってねーよ」


「仕方ないよ、みあはちょっと変わってるみたいだから。それに今はひずみくんたちもいるし楽しいの、今年もたーっくさん部員が入ってくるといいね」


 俺の睨みに気づいたみゃあちゃんは嬉しげに近寄ってきた。


 笑顔が眩しい。なんて言うんだろう、新入生の何も知らないアホっぽい眩しさではなく、花畑の中でも特に華麗で目立つ花のような愛らしさ、眩しさ。そう……向日葵のようだ、と部員の誰かが言っていた。まさにそれ。

 今年のみゃあちゃんの誕生日プレゼントは向日葵のアクセサリーにでもしようか、夏生まれだし。


「みゃあちゃんと一緒にいられる時間がなくなるのは俺としては悲しい」


「もーやだなぁひずみくんったら、ヤキモチ焼きさん。安心してーみあはみーんなのみあなの!平等に愛すよ?ね?」


 もう今年で21になるというのに幼く舌っ足らずなしゃべり方は、普通なら失笑ものだがみゃあちゃんがすると不思議と魅力的なものに感じる。


 ふわふわな長い髪の毛も二重でぱっちりとしてるのにタレ目なとことか、赤い唇とか……油断するとつい目がいってしまう大きな胸だとか。彼女を構成するものすべてが美しい、彼女こそまさに高嶺の花に相応しい。

 高嶺の花とは遠いところから見て憧れるだけのことを言う、彼女はそうじゃないけど。でもなぜかその言葉がしっくりくる。


 誰もが近づけるけど、誰にも近ることは出来ない。


 みゃあちゃんの言う平等に愛すは、文字通りだ。部員の男と毎日デートをし、愛を囁あって、抱きしめあい、キスをし、愛情を確かめ合う。毎日毎日毎日毎日、違う男と。よくもまあ、飽きないな。


「さすがみゃあちゃんだね、3週間に1回しか会えないけど、会う度にテクニシャンになってて俺も驚きだよ……今日は俺の日、だよね?」


「もーひずみくんったらまだお昼だよ?それに勧誘を頑張ってくれたら!だからね?ふふっ、スケベ魔人さん、…………また後で連絡するね」


 その唇が妖艶に言葉を発する、色っぽい暗い色を感じる。知る人ぞ知る彼女の二面性。みゃあちゃんは男がいないと生きていけないのだ、そんな哀れで愚かな女の子。みゃあちゃんのそういう所は大嫌いで大好き……いや、大嫌いだ。


 去っていく後ろ姿を何となく見る、1分も経たぬ内にまた男に囲まれていた、その中心の彼女は生き生きと恍惚な表情をしているのであろう。

 自分が周りより美しいという優越感に侵され、まったくもって自己中で、周囲を見ることができない。自分の快楽のためだけに心と体を簡単にあげてしまえる女の子。俺の初めては、何もかもあの子に奪われた。

 何十人の男が、彼女に魅了され虜になってその豊満な白い体に溺れたのだろうか?いやそもそも、何十人で済むのか?


「よお、兄弟」


「やめろ」


「いいじゃん、どうせお前いつもみゃあを存分に味わってるだろう、俺と同じで」


 みゃあちゃんを見ながら惚けていると、いつの間にやら隣に立っていた男はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。


「新城」


「まあ一番みゃあのことを分かってるのは俺だけどな?ほかの奴らはみゃあのことなーんにも分かってない、もちろんお前を含めてだ!みゃあは俺にはとびっきり甘えてくれるし、涙さえ見せてくれる。こんなのは俺だけだ、お前には見せない顔だろ」


 捲し立てるように、或いは勝ち誇ったように俺を見下す。本当に馬鹿馬鹿しいありもしない優越感。


「そうだな」


 みゃあちゃんは誰にでも泣きつき、辛いという。そして、こんな話できるのは貴方だけ、みあはみんなのみゃあだから付き合えないけど好きなのって、毎回言ってるだろう。違う男に。大して好きでもないくせに。


「人混み疲れた、パス」


  ごちゃごちゃうるさい新城に看板を押し付ける。お前が勧誘したところで、その見た目じゃあ誰も来ないと思うがな。


「大体ほかの男は……っておい!ひずみ!どこ行くんだ、まだ勧誘は終わってないしこの看板だって」


「どうせ、勧誘なんてしたって無駄だ。みゃあちゃん目当ての男しか来ない。今の部員がみゃあちゃん以外に女1人しかいない事実が有るしな、みゃあちゃんがさらに人気になるだけだ」


「だからって」


「ま、頑張れよ新城クン、俺の代わりに看板でも振っといて」


「おい待て!」


 新城がなんか文句言ってるが、人混みに紛れてしまえばもう俺の姿は分かるまい。まあ少し周りよりは身長はあるが問題なないだろう。


 疲れた。早く家に帰りたい、ああでもその前に公園で缶コーヒーでも飲みながら桜でも見るか。

 家の近所にある廃れた公園の廃れた湿気た桜。大学に咲いている桜とは比べ物にならないくらい小さい上に1本しかはえていない仲間はずれな桜。

 もう殺されることが決まっている桜だ、俺のお気に入りの廃れた公園は、今年の夏で壊し新しくマンションが建つらしい。


「当たり前か……」


 遊具なんて錆びたブランコと滑り台しかない、あとは枯葉まみれの砂場とベンチとテーブルがあるだけだ。

 過去に遊具があった形跡だけが虚しく残っている。最近は子どもには危ないだのなんのと全てを取り上げようとする大人たちが多い。


「俺もそんな大人たちの仲間入りか」


 嫌になるな。



 大学から30分も歩けばもう公園は目前だ。公園の目の前にある自販機で無糖のコーヒーを買う、いつもならそこで終わりなのだが。


「お?」


 自販機を見ると、ルーレットが当たりの文字を示していた。あーこれ当たり付き自販機か、今まで2年間買い続けてきて当たったことないからこんな機能あったの忘れてた。

 当たりの文字とともに、自販機からもう1本選べるよ!という無機質な機械音が響く。


「うーん……」


 そんな事言われても。

 もう1本同じのをもらうか、それともここは1番価額が高いやつを選ぶか迷うところだ。缶コーヒーは130円、高いのはエナジードリンク200円。70円の差は大きい。別に寝不足ってわけじゃないから要らないけど。

 万年寝不足と言っていた新城にあげて借りを作っとくのもありか。

 腕を伸ばしエナジードリンクを押そうとする、その直前にガコンと自販機から飲み物が落ちた音がした。


「……は?」


 まだボタン、押してないよな?

 自販機が勝手に動いたのか?いやいやそんなはずは……。

 状況を飲み込めず腕を自販機に伸ばしたまま立ち尽くしてしまうも、数秒後それは人為的なものであったと気付く。

 小さな影が、目の前にあったからだ。

 その影はしゃがんで缶を2個取り出し、すぐに立ち上がって1本を俺に差し出した。


「どうぞ」


 差し出された手見ると俺が買った無糖の缶コーヒーが握られていた、意味がわからなさすぎてその手の持ち主を睨むように見てしまう。

 切りそろえられた艶やかな黒い髪、無感情そうで眠たげな海色の目。そして何より小さい。140もないくらいだ……小学生か?


「誰だお前」


「……」


 当然、見たことがなかった。こんな小さい知り合い俺にはいない。


「……、…………」


 小さい奴は俺の顔をまじまじと見て顔を傾けキョトンとする。いやいや、なんなんだよ一体。


「……秋月。秋月りん」


「秋月?聞いたことねーな。っていうかお前か、勝手に他人の当たりを横取りしたのは」


「うん……、お兄さん迷ってるみたいだったから」


「は?たかが数秒だろ。そのくらい待てないとかどんだけ我慢出来ない奴なんだよ」


「……何かに悲しんでて悩んでる目、してたの。迷子の目。何かに迷ってるかお」


 通り魔に鋭利な刃物で腹を刺される気分というのは、こんなものなのだろうか?それほどまでに秋月りんと名乗る少女は意味不明だが今の俺の状態を表しているかのように思える。

 そんなに表情が顔に出やすい方ではない、というより出ることはほとんどない。最後に笑ったのはいつだったのだろう、覚えていないレベルだ。

 あと普通に腹立つ。


「今は飲み物の話だろ、っていうか知らない成人男性に名前を教えるな。親はどういう教育してんだよ。俺なんて見るからに怪しい男じゃねーか」


「お兄さんのお名前は?」


「なんで名前の話になるんだ」


 なんでこう、小さい子どもというのは話の脈絡がないのか。


「お名前聞けば、怪しい人じゃなくなるかもしれないし……、私はちゃんとお名前教えたよ?」


 その発想はまずいぞ、近頃は身内の中であれこれなんて腐る程聞く。嫌な世の中、本当に。まあそんなこと言っていたら何もできないんだが。


「その理屈は分かんないが。俺は自分の名前が嫌いなんだ、だから教えたくねー」


「……そうなの?お兄さんとっても綺麗なお名前してると思うけど」


「お前に何が分かるんだ、ひずみだよひずみ、かげのひずみ」


 かげのひずみ。影の歪み、ある意味とても俺に似合っている名前だと思う、名前の漢字を除けば。


「……そうなの、よろしくね。ヒズミさん」


 ニッコリと、何も知らない無垢な目で、純粋にただただ俺を見て、秋月りんは笑った。

 みゃあちゃん、愛川みあのような闇の深い色ではなく、鮮やかで凛とした海色が似合う……綺麗な女だと思ってしまった。


 だが俺はロリコンじゃない。そう思った自分に嫌になるな、本当に。

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