かつて戦場を共にした者
君はこのゲームに勝ててなんかいない
「貴様のような人間風情が何をほざくかと思えば、笑わせる。このニュクス。世界最強の体を手にした段階で貴様らに勝てるわけなど...」
「ほざけ」
言葉を発したのは、最初に言葉を口に出したエルではなくドースだった。邪神化したコズキはその表情を極限まで歪ませた。
「何?」
「ほざけと言っているのだ邪神ニュクス。貴様は知らないようだから言っておくが、我はそやつ...コズキの事をどこまで追い詰めたか知らぬようだな。」
邪神と化したコズキは、表情を翻し、高らかに笑い飛ばした。
「貴様がこいつ言何をしたか知らないが、貴様ごときに今の私に勝てるわけがなかろうが!」
「なら見せてみよ。貴様がそやつの体になりふるても貴様が弱りておらぬといふ証明を。」
邪神コズキは「きひっ」っとひきつった笑いを見せた。
「勝てるものなら勝って見せてみろ!きひっひひひひひひひひひひひひ...ひひ」
ドースは何かを察したのか、少しだけ厳しい表情になった。
「エル。あんたは隠れてて。」
私は言われたとおりに隠れようとしたが、足を止めドースの方に目をやった。するとドースはこちらを見てニッと笑って見せた。そのえらく余裕そうな顔には、多少の安堵が見られた。私はその顔を見て驚いた。だがそんなことを理解する余裕もなく戦いは始まった。私は勢いよく吹き飛ばされ、障害物の裏にうまくまぎれた。
邪神コズキは迷うことなくドースに剣を振りかざす。だがどれだけ早く攻撃を繰り出してもドースには一撃も当たらない。どころか余裕まで見受けられる。
「確かにただのコズキよりは戦闘技術はあるみたいだな。ニュクス。だが、スピードもなく、攻撃一撃一撃が弱い。昔我がコズキと戦った時は攻撃一つ一つに魂が込められていた。私はその魂に翻弄されたのだ。貴様...明らかに手を抜いているな?」
「何を言うか。これが私の本気だ。」
ドースは大きく堂々とため息を吐いた。
「我の大体の力はドラゴンとしての姿でのみ発揮できる。今我が人間の姿で回避できているということはそれだけ手が抜かれているということだ。まったく...そやつの体を乗っ取っているのだから記憶ぐらいは見れるだろうて。間抜け。」
最後の一言を聞いた瞬間、邪神コズキは極限まで青筋を浮き上がらせて、こう言い放った。
「いいだろう!本気で戦ってやろう!貴様が再起不能になるまで、ずたず...」
最後の一言をかき消すようにドッバーン!!という爆発音が響いた。知らぬうちに邪神コズキが張っていた決壊の一部がかき消されたときの衝撃音だった。その場にいた一同は全員爆発音がした方向に目をやった。
「久方にコズキと会えると思いきや、まさか神に乗っ取られているとはな。かつて戦場を共にした相棒だとは思えん様だ。」
エルは目を見開いた。聖騎士のように堅く整えられた装備に、大きく円形の盾と、矢印のような形の軽量型の槍を構えたパラディン。そこにいたのはランキング二位。ネギ吉。通称Achillesだったからだ。レベルに1000近くのレベル差があるのにも関わらず、コズキとのPVPではいつもギリギリの戦いを見せていたほどの実力者。最強のランス使い。
「なぜ貴様がここにいる...?」
その問いにネギ吉、いや、アキレスは不敵に笑うと、
「無難な質問だな。ニュクス。俺は目が覚めてすぐにゼウスに言われた。「今すぐコズキのところへ行け」とな。だから来てみたが、まさかニュクスが暴走しているとは。」
「ほほう...この私と本気でやりあうつもりか..いいだろう!」
アキレスはドースの肩を掴むと後ろへ引き「ほんとはお前も本気出せないんだろ。」と小声でいい少しの笑いを見せた。
アキレスはたてを構え戦いの姿勢になった。この光景を見るのは二度目だ。
「行くぞ!」
邪神コズキのその掛け声が響いた瞬間、アキレスの目の前に飛び出し、猛攻を浴びせた。右縦縦斜め斜め左、回転切り、バク天からの突きの攻撃×40を秒簡単位で浴びせている。しかし、アキレスは動じることなくすべて防ぎきると、その手に持った槍を一瞬のスキを見つけて、勢いよくついた。鋭く早くハヤテのごとく突き出された、矛先は邪神コズキのわき腹を突き抜き吹き飛ばした。ほんの一瞬の出来事で、全てが終わった。邪神コズキは血を吐き、四つん這いの状態でギリギリ体勢を保てているような状態にまでダメージを受けていた。アキレスはその状態の邪神コズキを見て、笑みをみせ、
「ニュクス。お前は、本当にこの世界をつぶしたかったのか?つぶしたければ自分の本来の姿のまま力を発揮すればよかったものをわざわざなぜお前本体より劣るコズキの体を選んだ?」
すると急に邪神コズキは、涙を流し始め、言った。
「私は、コズキが悲しまないよう、コズキからも、コズキの周りの者からも妹の記憶を消し去った。ここに着た瞬間に。そこにいるエルという...いや、富士宮千春が殺した、不来方雪夜の妹の記憶を。だが、私は消し忘れに気づかないまま、二人を接触させてしまった。記憶になき妹が記憶の片鱗から出てくれば誰だってショックを受ける。コズキはそのショックで死んだ...いや自分にころされて、私の脳に直接つながってしまった。これはもちろん私の記憶も共有するということになる。そこから彼が、知ってはいけない、禁忌を知ってしまった。彼にこの話が渡れば世界も彼も崩壊してしまうと、神々の中では口に出すことさえ許されなかったものが、知られてしまった。だからこの世界ごと消し去ろうと思った。だが、私には、そんなことをする勇気なんてなかった。情けない話だ。この 残酷な世界に、慈悲を覚えていたなんて...」
「コズキは果たして、妹の記憶を消されることを望んだだろうか?消されてさえいなければこんな結果にはならなかったはずだ。むしろ、傷つく前にこの世界に来ているのだから死んだことなど知る由もないはずだ。」
すると元の姿に戻ったニュクスが泣きながらいった。
「雪夜とと葉露は意識がつながっている。だから消さざるを得なかった。雪夜が葉露の死に気付けば意識を平常に保てなくなるからだ。」
その発言を聞き何故かアキレスは、不敵に笑った。
「ならなぜ、今そいつは暴走しないんだ?お前と意識の世界で話してた時も平然としてたじゃないか。」
ハッと目を見開くニュクス。「なぜ気付かなかったのだ」と言葉にしなくてもわかるようなあからさまな表情をし、「いやまさか...」とつぶやく。
「そのまさかだ。葉露はこの世界に来たことで生き残った。俺が葉露を呼びに行ったときここには後から来るといっていた。ちょうど今来たみたいだが。」
ニュクスはアキレスの後ろから歩いてくる少女を見て、ポカンと口を開けたまま、目を極限まで見開いた。容貌は、完璧に葉露のままで、髪型も、元の世界と変わりないツインテールだった。凛々しい瞳をしている割に、恥じらいを持った口元がかわいらしさを主張する。
「彼女はまだ生きてる。生きながらえた。お前がコズキとつながったのは、お前自体が葉露と同じ周波数の脳波を発しているからだ。自己防衛のためにつながったんだ。緊急でな。それにそいつは、ほかの神々が言っているほど、精神的にも肉体的にも弱くない。ゼウスはあの性格ながらそれをすべて見極めていたぞ。俺が認める。やり直すチャンスはいくらでもある。だから、今は好きなだけ泣け。それで気が済むなら」
とうとうあふれ出したかのように泣きじゃくるニュクスを見てみんなが安心した。その涙に安心感が吹き込まれていたから。
そのあと数日間コズキは眠り続けた。起きた時、その場にいた色んな者に抱き着かれたという。葉露もその中の一人だった。コズキは葉露の記憶を何の問題もなく思い出していた。その後ニュクスは、ゼウスに引き取られ、アキレスたちの目の前から姿を消した。コズキは、妹との再開を喜んでいた。エルが隅で、落ち込んでいるとコズキは近づき、優しい声で「気にしてないよ」とささやき、元気づけていた。今コズキの部屋には最高の幸せがあふれていた。この幸せがあとどれくらい続くのだろうか。