その時日本は、、、その六
畑の石井商店から小さな木箱とガソリンタンクを一つぶらさげて猟は出てきた。畑の[毎度どうも]と言う声を後に。とめてある黒のワゴンRの側に北朝鮮人民帝国の軍服をきた男が二人厳しい表情で立っていた。片方の男は北朝鮮人民帝国軍少佐の階級章をつけている。猟は無言のまま車に近づいていった。すると少佐の方が今まさに猟を呼び止めようとした瞬間、後ろのレンガ造りの家の影から高級そうな黒の服に黒眼鏡をかけた男が吸っていたタバコを後ろに投げた。少佐ともう一人の北朝鮮人民帝国軍人はビクッとして足早にその場を去って行った。少し離れた所にいる黒眼鏡の男をチラッと眺めると猟は車にガソリンを入れた。入れ終わると猟は側の石に座り、持ってきた北朝鮮防災用品とかかれてある木箱を開けた。中には小さなペンダントナイフ一本と酒と書かれた空の瓶が一本入っていた。猟は一瞬だけとまるとゆっくりナイフで酒と書かれたラベルを削り剥がした。剥がしたラベルを口の中にいれて噛むとピリッとした感触が奥歯に走った。[粋な贈り物だ]猟は思った。元日本国自衛隊特殊部隊員への命令権をもつICチップだった。
小さなペンダントナイフを首からさげると猟は車に乗りクラクションを一回鳴らして旧福島市を後にした。旧北茨城に入ると最寄りの旧水戸駅前に車を停めた。現在の帝国支配下においては電力事情の悪化により旧日本国の地上の鉄道は何処も動いていなかった。駅構内に入るとそこには浮浪者が沢山地面に寝ていた。猟は一度構内を出ると近くの草原に生き名もない野草を手で摘むと首から下げたペンダントナイフで切り取りながら生で食べた。小一時間程して同じくスズキ会社の軽自動車に乗った畑が猟のワゴンRの側に車を停めた。ボロボロの服をきた畑を見つけると猟が小走りに近づいた。猟が[どうだった?]ときくと畑が緊張感のない笑顔のまま[猟大佐を尾行していた二人は始末しました。他にもいるのかと思い探索しましたが、目下その様な形跡はありません]と嬉しそうに言う。[そう。御苦労様。これからも苦労をかけるよ]と猟が言うと[苦労じゃありません。楽しみです]と畑は言った。旧日本国自衛隊特殊部隊員の中でも指折りの殺害技術をもつ畑はこれ以上ない武器であると同時に長年苦労を共にした戦友だった。気が付くと旗も首から小さなペンダントナイフを下げている。
駅構内に二人で戻るとそのまま線路まで出た。迷うことなく線路を南方向に歩き出した。寒空の元、三十分程歩いた所の線路脇に非常口と書かれた蓋に小さなナイフの刻印がうってある。その蓋を猟は首から下げたペンダントナイフの尻で五回コツンコツンと叩いた後に三回叩いて何かを待った。すると蓋が中から開いて敬礼をする若い男が二人に言った。[証明を]短く言う若い男に猟と畑は首から下げたペンダントナイフを見せた。ナイフには小さく英字でモキとかかれている。[お待ちしていました。猟大佐。畑中佐。目下旧日本国自衛隊特殊部隊員生き残り全てが万全を期して命令を待ってます]
降りていくとそこには旧日本国自衛隊の指令部と瓜二つの部屋があった。かなり広く服装はまちまちだが200名近い男女が戦術コンピューターのモニターの前に座って忙しく動いていた。中にはモールス信号機器もある。どの人も猟を見ると懐かしそうかつ嬉しそうに敬礼を施してくる。部屋の真ん中の椅子に座ると、側に畑が直立不動で立ち先ほどまでの緊張感のない顔から一転して厳しい表情になった。戦術コンピューター部の東谷中佐が猟に敬礼をしながら報告をした。猟は関元日本国首相からの手紙の件を東谷と畑に言った。
東谷中佐が[目下快総統と思われる人物は三ヶ所にいます。全てが影武者の可能性もありますが我々の分析では旧日本国の東京地下核施設か旧大韓民国ソウルのどちらかであると思われます。残りの一ヶ所平壌は影武者の可能性が非常に高いですが暗殺命令はすぐに出せるようになっています。旧自衛隊特殊部隊員324名は平壌、1024名は東京地下施設、204名はソウルに潜入を終えています。今の所これが分析の限界です]と言った。猟は独り言のように[関さんからの手紙から推定するに東京地下核施設にいる可能性が高い。またこれは長年の勘だがこの北朝鮮人民帝国軍の配置から考えてもそうだと思う。自分は東京地下核施設に潜入し乾坤一擲地下核施設の核を爆発させ快総統を抹殺しようと思う。地下核起動の鍵となるペンダントナイフの本物は自分が下げているのしかない。この命令を
このICチップを使って流すように。同時に他の二ヶ所にも暗殺命令を出すように]とだけ言った。東谷中佐が[何も猟大佐自ら行かずとも。大佐には生きてこれからの私達を率いて貰わねば困ります。]と言った。猟は[私はあの日から十年以上生きた。もう十分だ。これからは関さんの言う通りになるのを信じて任務を遂行しようと思う。それが日本人の矜持だ。もう決心している。十年以上かけてここまでの布陣をしいてくれた君たちには感謝の言葉もない。]と言った。




