その時日本は、、、その二
それから10年後。
北朝鮮の総統は朝鮮半島だけでなく汚染地域と化した日本の国土の内北海道を除く全てをその掌中に治め朝鮮民主主義人民帝国となっていた。始めは北朝鮮に踊るだけ踊らせて漁夫の利を得ようとしていたロシアと中国もあまりに強国となった北朝鮮の顔色を伺わなければならない立場となっていた。最初に日本を黙殺する決断を下したアメリカ合衆国大統領はその決断を生涯悔いる事となった。あのきらびやかな希望に満ちていたクリスマスイブからたったの10年で、日本は名ばかりの国連から食料、エネルギー援助を受けなければならない世界第三位の危機的貧困国家となっていた。唯一汚染を免れた旧北海道が名ばかりの最後の日本となり本州、四国、九州には北朝鮮人民帝国総統となった快総統が設置した回りをコンクリートむき出しの壁に囲まれた防災都市とそれを繋ぐ地下の防災トンネルによって蟻の巣のような状態となっていた。地名や都市名は基本的に旧名を引き継ぎ快総統の[恩赦]によって降伏した自衛隊の生き残りは北朝鮮人民帝国軍人となる事で自身の生活を成り立たせたのだった。
そんな旧日本東北のある小さな街に周囲から一目おかれ名前を猟という時々目付きの鋭い壮年の男が住んでいた。防災都市にすら指定されないその小さな古ぼけた街の、これまた古ぼけた、というよりほとんど廃墟といった方がいいお化け屋敷の様な旧私立病院の一室で蝋燭の灯りをたよりに猟とその叔父がこれだけは綺麗な将棋盤で黙々と指していた。突然[参りました。叔父さん]と人懐っこい笑顔で猟が言った。[まだまだだな。と言いたい所だが猟。お前中盤で二手手を抜いただろう]と叔父が言う。叔父の名前は次郎と言い、旧日本で軍人つまり自衛隊員を志したが旧日本海軍出身の祖父の猛反対にあいやむなく医者となって開業していた普段優しいが怒ると鬼のような男だった。[いえ、本当に本気で指しました。自分の全力でした]と猟が言うと[もし、手を抜いていたら二度と指さんからな。ほれ約束の南部煎餅だ。もってけ]と後ろのボロボロの箪笥からとっておきの品を猟に渡した。北朝鮮民主主義人民帝国の支配下に置かれた旧日本に住む日本人にとって煎餅は闇市でもてに入らない超のつく高級品だった。満面の笑みで猟は[四十二手目に三、二金引くでしたかね]とだけ言うとボロボロのダウンジャケットを深手に羽織って煎餅を懐に仕舞うと足音をたてない独特の歩き方でその部屋を出て行った。次郎は[42手目?むむ]っと将棋盤に覆い被さるように駒をにらみだしていた。
猟は表通りにでると雪のちらつき始めた暗い空の下道の両側で物ごいをしている自分と同じ人々を見ながら歩いた。ふと何も敷かずに石段の上にいる若い母親と四歳位の娘を見つけて、その前に何も言わずに猟の昼飯の水とんの入った竹の筒を置いた。その若い母親は何も言わずにその半分を娘に分け与え、残りを大切そうに胸にしまった。猟は寂しそうにその光景をみながら,後で残りを娘に分け与えるんだな。と思った。歩き出してから10分後に表通りから向かって右に曲がった狭い路地裏に麻雀と書かれた看板だけは立派な粗末な小屋に猟は入っていった。[よう猟ちゃん。今日は客はさっぱりだ]痩せた小柄な目元は優しいが動きが妙に素早い初老の男が声をかけてきた。[やあ。正さん。相変わらずだね]と猟は言った。猟とはあのクリスマスイブの前からの友人だった。元自衛隊員なのを知っているのは猟外数人だけだった。[今日はもう店じまいだ。麻雀やるより猟ちゃんと将棋だ]正は言う。この男は麻雀店の店主の癖に将棋の方が大好きというちょっと変わった男だった。続けて正が[平手で取って置きの魚の缶詰め二個でどうだ?]ともう今日は終わりですという小さな板を入り口のドアにぶら下げながら猟に言った。[いいよ。但し正さんと昼食一緒も条件ね]と言った。正は[勝ったら例のアレ貰うからな]と意気込んだ。猟は[勝ったらね]とだけいって小さな椅子に行儀悪く座った。十五分後に[さあ昼食一緒ね。缶詰めは一個あげるよ]と猟が言った。[それ俺の缶詰めだよ猟ちゃん。]としょぼくれる正だった。猟は缶詰めを食べながら[実は正さんにおすそわけがあるんだ。これ]と言って煎餅を正の目の前に出した。途端[煎餅。煎餅じゃないか!]正の目の色が変わった。[半分ね]と言って猟は丁寧に懐から紙切れを出して煎餅を五枚包んだ。[ありがとう。猟ちゃん。]正は無類の煎餅好きだった。途端入り口のドアを蹴破って二人の大柄な男たちが入ってきた。[おい。こないだの麻雀はどう考えてもおかしい。俺たちからふんだくった缶詰めを返せ!]と目の色をかえて言う。正はあわてて[麻雀は勝負です。勝つときもあれば負けるときもあります。]と言った。途端正に近い方の大男が正を殴る。ガシャーンと音がして正は机の下に転がると動かない。猟はゆっくり近付いて正を起こす。ぼーっとした目で男たちに[息をしていない。死んだらどうするんですか?]と言った。途端にさっきまでの威勢は消え失せそそくさと男たちは店を出て行った。帝国支配下では犯罪は人民帝国軍人がとりしまり連れて行かれた人たちは帰ってこないともっぱらの噂だった。男たちがいなくなったのを見計らって猟が言う。[正さん。もういいよ]むっくりと正は起き上がった。[大した拳じゃないが死んだふりは疲れる]正がいうと猟はクスっと笑った。直ぐに一瞬だけ鋭い目になり[真面目な話、正さん。麻雀から足洗ったほうがよくない?]というと正は[麻雀があるから将棋で猟ちゃんに負けても生きていられるんだ]と本気か冗談かわからない事を言う。猟が[取り敢えず俺は帰るよ。缶詰め旨かった]とだけいって店を出た。




