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無謀にも、とある新人賞(短編)へ応募した人生初の作品になります。
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「ダメッ、つってんだろうがァ!」
天地を震わすかのようなこの雄叫びには、正直びびった。先刻、扉を抜けた酒場から聞こえてきたのだから、おそらくは、あの傭兵のものだろう。雄叫びの少し前、農夫が入るのを見たから何となく事の顛末は想像できる。
「……ただ者ではないな」
ロングソードを油断無く構えながら、剣士--ラシャーダは、誰にも聞かれないよう--な小さな声でつぶやいた。
その頬から首筋に、汗が伝う。ドラゴンに対する焦りか、それとも冷や汗か。それは彼自身にも分かりかねる事だった。
「こんのクソドラゴン、とっとと降りてきやがれ!」
相棒の戦士--ダルガンが、またもや我慢の限界とばかりに大声を張り上げた。
もっとも、普段から気の短い彼がこの状況で冷静さを保っていられるはずも無いが。
「いくらわめいてもドラゴンが降りてくる訳なかろう、無駄な事はやめておけ・・・・・・」
ラシャーダは心底うんざりした口調で相棒を諭す。しかし、彼の想像を絶する出来事が、その時起こった。
そんなダルガンの声に応えるかのように、ドラゴンが翼をたたんで急降下してきたのだ。
「ば……、ばかな……」
特攻するような猛スピードで、地上めがけて突っ込んで来るドラゴン。これは相棒の起こした奇跡だろうか。
いや、今はそんな場合ではない。どう対処すべきかを考える時だ。
思考を切り換えて頭脳をフル回転させるラシャーダの全身から、汗が噴き出す。
「うおおぅ、来いやあぁ!」
ダルガンは、バトルアックスの柄を雑巾のように絞り、気合いの激昂をあげた。彼は普段から何も考えずに行動する。
どういう事になるか、多分この男は分かってないだろう。
「こうなったら……」
剣を鞘に収めたラシャーダは、生死紙一重のタイミングを掴むべく、ドラゴンの動きを見据える。そして腰を落とし、横飛びする為の体勢を整えた。馬鹿な相棒はこの際見捨てろ。それが、彼の頭脳が弾き出した答だ。
しかし、地上へ近づくドラゴンの姿を追ったラシャーダは、狙いが大きくズレている事に気付く。
「酒場を狙っているのか……」
そのつぶやきから少し間を置いて、ドラゴンの巨体が直撃した。
「今だ!」
地上に留まっている今こそ、千載一遇の好機。ラシャーダは走りながらロングソードを抜き放つ。
その姿を見て、相棒のダルガンも力強く大地を蹴った。
土煙の中から、ドラゴンの巨体がのっそりと姿を現す。
「うおぉりゃりゃあ」
ダルガンの口が猛る。その叫びと共に、刃よ届け。
「グォゴオォォォォ」
負けじとばかりにドラゴンの咆吼。そうだ、その調子だ。
「きええぇぇぇぇぃ」
全体重を前へ、地面すれすれの前傾姿勢で風のように駆け抜けるラシャーダは、必殺の奇声をあげた。
だがその時、ドラゴンが翼を広げる。まだだ、そのままじっとしていろ。
「グギョオォォォォ」
もう一度の咆吼、そしてドラゴンの周りから突風が巻き起こった。
「まけるかあぁぁぁ」
足の筋肉に有りっ丈の力を送り込んで空気の壁を突き破ったラシャーダは、ロングソードを振りかぶるのだった。
しかし、剣は鱗にすら届かなかった。
その巨体に似合わぬ驚くべきスピードで、ドラゴンは空へと舞い上がったのだ。
ラシャーダの全身から力が抜けてゆく。
がっくりと、彼はうなだれた。
「くっそぉ!」
地団駄を踏むダルガン。足下には瓶の破片が散らばっているのか、硝子の音が聞こえてくる。
(いや、お前の亀のような鈍足では、どう足掻いても間に合わなかっただろうが!)
ラシャーダはそんな相棒に、心の中で毒づかずにはいられなかった。
がらっ--。
そんな時、石の崩れる乾いた音がかすかに聞こえた。
「……気のせいか」
こんな状況で生きている者などいないだろう。剣を収めて一通り見回した後、手頃な瓦礫の上に腰掛けるラシャーダ。
「やれやれ……」
もう、我々では手が付けられない。別に傭兵としての契約など交わしてないし、命を賭けて戦う義理も無い。
ただ単に竜殺しの名誉が欲しかっただけのボランティアだ。
「このまま逃げるか……」
そう、命あっての物種という言葉もある。優れた傭兵は、引き際を心得ているものだ。
勇気と無謀をはき違えてがむしゃらに突っ込む奴は、ただの馬鹿である。
「こんのクソドラゴン、とっとと降りてきやがれ!」
さて、今日何度目の台詞であろうか。馬鹿の一つ覚えのように、大声を張り上げる相棒。
「降りてきて、俺と勝負しろやぁ!」
「そこどけ、このクソ野郎がァ!」
馬鹿の言葉がハモった。
ついに、張りつめた神経がピークに達し、幻聴まで聞こえてきたか。
ラシャーダは耳を塞ぎながら、頭を激しく振った。そうする事によって、全てを振り払うかのように。
「よし」
村を見捨てるのは忍びないが、このままではどのみち全滅である。ついに、ラシャーダが決断を下したその時--。
「うぉわぁ!」
いきなり、腰掛けていた瓦礫が持ち上がった。不意を衝かれたラシャーダは、受け身も取れずに前へつんのめる。
「てんめェ、俺様の上に座り込むとはいい度胸だ。顔貸せや、オラァ!」
瓦礫の下から這い出てきたのは、酒場で入り浸っていた黒マントの傭兵だった。
彼は、倒れているラシャーダにずかずかと歩み寄り、胸ぐらを掴んで軽々と持ち上げる。
しかし、意外な事に。
「まあ、てめェなんざ、どぅでもいいか……。それよりも、俺様をわざわざ狙って来るたァ、ふてェドラゴンだ。ぶっ殺してやるぜェ」
やけにあっさりと、ゴミでも捨てるかのようにラシャーダを手離したではないか。
外見だけで察するに、短気な性格なのは間違いない。
とりあえず、無用な争いをしている訳にはいかないのでここは安堵すべきだろう、が。
「こんの野郎、今頃のこのこ現れるたぁ、いい身分だな!」
傭兵に向かって、火に油を注ぐ余計な事を言ったのは、相棒のダルガン。
この短気な上に馬鹿な相棒を、心底恨めしく思ったのはこれまでで何度目であろうか。
「こんな弱ッちィドラゴン一匹仕留められねェ、てめェらが悪りィんだよ。バァ~カが」
「なんだと、こんの野郎っ!」
少しは時と場合を考えろ。と、相棒にたっぷり時間を掛けて熱弁を振るいたかったが、それこそ本末転倒である。
何とか宥め賺す言葉をラシャーダは探るのだった。
「そのデッカイ斧は、木を切る為にあるってか? 木こりはすっこんでろ、ばァ~ろゥ」
「おめぇのクロスボウは、どっかの砦からパクって来たんだろ? あんな大きなモノ、どこ行っても売ってないぜ。こんの泥棒野郎がっ!」
瓦礫に混じって、並はずれて大きいクロスボウが確かにある。
あれなら、憎たらしい事この上ないドラゴンに、一矢報いる事ができそうだ。
しかし、その持ち主は今、相棒と子供の喧嘩を繰り広げている。
「くそ馬鹿が……」
「んだと、てめェ!」
頭痛に苛まれて漏らしたラシャーダの本音は、運悪く傭兵の耳に届いてしまった。
「と、あのドラゴンが言っておるぞ……」
傭兵の矛先をドラゴンへ向けるべく、ラシャーダはとっさに取り繕う。
しかし、どんな単細胞でも引っかかりそうに無い、果てしなく低次元な発想だった。
よほど神経がまいっているのだろうか。彼は深いため息を吐きながら、そんな自分に苦笑した。
「あんだとぉ、つくづくふてェドラゴンだ! ぶちキレたぜェ!」
されど、こんな誘導話術に乗せられた馬鹿が、ここにいた。
まさかうまく行くとは、ラシャーダ自身、夢にも思わなかった。かえって気味が悪いぐらいだ。
「このルグス・リヴィオン様を怒らせた事を、今すぐ後悔させてやっからよォ。待ってろや、コラアァァ!」
彼が叫んだその名を、様々な噂と共に思い出したラシャーダ。
なるほど、あの悪名高きルグス・リヴィオンだったとは。やはり、ただ者ではなかったようだ。
もちろん、一次落選の結果に終わってしまいました。
梗概あらすじの書き方もなってませんでしたし、話の作りも無茶苦茶です。
この辺りから、なんだかノリが良くなってきます。




