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無謀にも、とある新人賞(短編)へ応募した人生初の作品になります。
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「ドラゴンだあ~、ドラゴンが来たぞお~」
昼下がりの平和な村に、心の奥底から張り上げた絶叫が突如としてこだまする。その声が通り過ぎた後、恐怖におののく村人達のざわめきが建物の中まで染み込んで来た。
「おおぅ、願ってもねぇチャンスが来たぜ?」
「・・・・・・だな」
がたりと椅子が動く。バトルアックスを背負った筋肉隆々の大男と、ロングソードを腰に帯びた細身の男が、おもむろに立ち上がった。
客が三人しかいない、今にも閑古鳥が鳴きそうな酒場。そして三人とも見るからに傭兵風の格好であった。その内の二人が律儀にも、カウンターに金貨を置いて扉を抜ける。もちろん、叫び声が聞こえた時からマスターの姿は煙のように消えていた。
「ケッ、ご苦労なこったァ」
居残った方の傭兵が吐き捨てたこの憎まれ口は、幸い、誰の耳にも届かなかったようだ。
五つの椅子を並べ、ふてぶてしく寝転んだ姿勢で、つまみの干し肉をくっちゃくっちゃと音を立てながら食べている、如何にもヤクザな風体をした大男である。
傍らの壁には、ヘビー・クロスボウが無造作に立て掛けてあった。おそらくそれは、砦や城の守りに備え付けられていた物であろうか。とにかく、普通の人間が持ち運べるような大きさではないし、店先で売ってるような代物でもなかった。しかし、上空から迫るドラゴンには、最も有効な武器と言えるのだが。
「ドラゴン退治なんぞ、俺様の出る幕じゃねェ~んだよ」
その身を包み込む黒マントから浮き出た、筋肉質な体つき。露出した褐色の肌に刻み込まれた、数え切れない刀傷。彼が幾多の死線をくぐり抜けてきた傭兵である事に、最後まで気付かない者はいないだろう。そう、ルグス・リヴィオンという彼の名は、世界中に響き渡っている、数々のドラゴンを打ち倒した凄腕の戦士の名でもあった。
「さァ~て、せっかくのタダ飯だァ。今日はたらふく食ってやるぜィ」
されど、すでにテーブルの上は戦場のような混沌の極みに達している。葉巻に埋もれた灰皿を囲んで、料理皿が幾重にも積み上げられ、ワインボトルもいくつか横たわっていた。血のような紅い雫がぽたぽたとテーブルの外へ滴り落ち、石の床に染み込んでゆく。更にその隣には、酒樽が塔のようにそびえ立っていた。
悲鳴と怒号が相変わらず外から聞こえてくる。しかし、ルグスは特に気にした様子も無く、コルク栓をぽんっ、と軽やかに抜いた。
「ぷッはァ~、極楽、極楽っとォ」
ワインを一気飲みして、おもむろにボトルを放り投げるルグス。硝子の割れる盛大な音が耳をつんざいた、その時--。
ガチャリ。
間の悪いタイミングで扉を開ける者がいた。
どこをどう見ても、この村の農夫であろう格好をしたオッサンである。
「なんだ、てめェはよゥ?」
相変わらず寝転んでいるルグスの、ドスの利いた誰何の声に、ぴくっと反応した農夫はおそるおそる口を開いた。
「む……村を………」
「俺様の楽しみを奪うヤツは、誰であろうとぶっ殺ォす!」
戦場で培って来た凄みをここぞとばかりにきかすルグス。農夫は腰を抜かして、へなへなと座り込んだ。
その間にも、開けっ放しの扉の向こうから断末魔の叫びがはっきりと聞こえてくる。それに触発されたのか、農夫は有りっ丈の勇気を振り絞って、声を発した。
「おっ、おねげぇしますだ。村を、村を救って下せぇ……」
「アン? 聞ッこえねェなァ~。はっきり言えよォ、オラァ!」
耳に手を当てながら横目でギロリと睨み付けるルグス。農夫の座り込んだ床は、あっという間に水浸しになってしまった。
今度は、先ほど出ていった二人の傭兵の怒号が響き渡る。
「救って下せぇ! おねげぇしますだあ!」
「ダメ」
なりふり構わず、最後の力を振り絞って叫んだ農夫の願いは、そんな一言で無惨に砕け散った。ルグスの悪魔のような言葉を反芻させながら、農夫は絶望の淵に沈み込む。
邪魔者は片づいたとばかりに、テーブルの上へと視線を移したルグスは、無造作に瓶を鷲掴みする。
「おおッ、この酒はなかなかいけるゼェ!」
しかしルグスは、豪快なラッパ飲みで乱暴に酒を流し込んでいた。ゴックンと蛇が獲物を丸飲みするような飲み方で、とても味が分かるとは思えない。しかし、酒のラベルを見た農夫に一筋の希望が差し込んだ。
「そっ……、それはこの村でしか、造れない地酒ですだ……」
「ほゥ」
ボトルをゆらゆらと回し、感慨深げに眺めるルグス。そのボトルの向こうに、上目遣いでうれしそうに説明する農夫の姿が映った--。
「ダメッ、つってんだろうがァ!」
まだ、しつこく期待を抱いている様子の農夫を見て、無性に腹を立てたルグスは山を突き崩すような大声で怒鳴りつける。
「ひぃぃぃぃぃ……」
哀れ。
農夫はついに、口から泡を吹いて失神してしまった。
「なッさけねェの。男のクセによォ」
しかし、ドラゴンをも失神させそうな勢いの雄叫びであった。それに加え、修羅さながらのルグスを目の当たりにして気絶しない一般人が、果たしているだろうか。
「ケッ、ムナクソ悪りぃ。飲み直しだ、ばァ~ろゥ」
地酒が入った飲みかけのボトルを、カウンターに向かって思いっきり投げつけようとしたその刹那、鳥肌が立つような悪寒が走る。長年の傭兵生活で培った直感と言うべきものが、一刻も早くここから離れるよう告げたのだ。しかし、同時に手遅れだと瞬間的に悟ったルグスは、寝転んだ姿勢のまま並べた椅子から転がり落ち、テーブルの真下へと身体を潜り込ませるのだった。
もちろん、一次落選の結果に終わってしまいました。
梗概の書き方もなってませんでしたし、話の作りも無茶苦茶です。
ただ、現在でも色々と考えさせられる作品なので、公開します。
この時の、勢いというか、ノリだけでも欲しいなと……、(´・ω・`)