復活2
菊代は先ほどから机に尻を預けつつ、五角形の面を切頂二十に継ぎ合わせたような紋様に黒色の、色の重ならぬよう打たれたるツートンカラーの球、つまりもっともポピュラーかつ古典的なのデザインのサッカーボールーーF.I.F.A.の規格におけるそれはとうに変更されていてもうちょっと現代的だーーを、蹴り上げては両足の甲に器用にも乗せていたりしたのだが、キリリ目尻を鋭く吊り上げたかと思うと急に立ち上がり、すう……と垂直の落下運動をしつつあったそれを回し蹴りに「えいやっ!」蹴り飛ばした。
高速回転するボールは螺旋を描きつつ、それの出口であった窓枠をソニックブームで細切れに切り刻み、建物やら山肌やらをえぐり取り、本校舎の方角に消えていったーーその勢いはいっさい衰えることなく、大陸間弾道ミサイルよろしく追尾・捕捉した、ちょうどカノジョたる糞女と一緒に下校していたつい先だって吹奏楽部員にセクハラした軽音楽部員の二年男子生徒の顔面を、糞女もろとも原形も留めずメタメタに破壊した。やったぜ。
「当たったかな」
菊代はかつて窓の存在した場所から彼方を眺めながらポツリ言った。
「当たったでしょ。まあ、多少はね?」
それよりも活動を始めよう。
「おっ、そうだな」
われわれは今度の学祭で例のごとく機関誌を発刊することになっている。全部員分の短編、エッセイ、論文。なるべく十日後には印刷所に持ち込みたいのであるが、論文に関してはいちおう体裁だけは整っているのだが、短編がまだ完成していない。
というか、ぶっちゃけ一編も書けていない。
「お前は何を書こうと思ってるんだ」
「もう書いたよ。原稿用紙換算でちょうど80000枚」
「なんだってそんな世紀の大長編書いて来やがる」
「いや、さっきの出来事をさっき書いたのさ」
「長えよ。『トリストラム・シャンディ』か。どんな脳みそしてやがる。見せろ」
「ほいさ」
読んでみる。さすがに長いな。読む間に7回くらい日が沈んだり落ちたりした。作中時間ですわずか10分ほどのくだりに7000枚費やした文章を見て、この小説はつまりエクリチュールの問題ではないかと思った。
「よくできてるだろ?」
「どうする? 普通の書式にしてたら広辞苑くらいの厚みになるぞ。これだけで文芸部の予算が10年分は飛ぶぞ」
「まあ、書いたものはしょうがないよ。ーーキミのは?」
「ほれ」
おれは原稿を見せる。菊代はひどい近眼だ。原稿にキスしてんじゃないかというくらい顔を近づけてーー小泉八雲かーーページをめくりだした。