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あやかし邸の嫁候補  作者: 烏居あす
第二章
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解夢 -ほどけるゆめ- ①


 ――おねえさま

 ああ、また来てくれたのね。

 ――遊びましょう、おねえさま

 ――ほら、新しい鞠を貰ったの

 本当、綺麗な青色……矢車菊ね。

 ――おねえさま

 ――ねぇ、おねえさま


 わたしを慕ってくれる、幼い小さな手。

 わたしの、妹……?



 また無理をして――いけませんよ

 体を冷やしましたね

 お気持ちはわかりますが

 さぁ、お部屋にお戻りください



 夢うつつに誰かの声を聴いた気がして、希沙良(きさら)は目を開く。

 紫葵(しのあおい)の屋敷に来てからというもの、何かを紐解くように夢を見る。……ちゃんと夢から覚めているのだろうか。ゆっくりと視界が形を結んでいき、帳台の天井の模様が見えた。

 周囲に鈴鳴(すずなり)の姿はなく、代わりに枕元に薄紅色――萩色の鞠が転がっていた。


(鞠……青じゃない)

 夢で見た鞠の色を思い出し、手の上の鞠をしげしげと見つめる。

 青い鞠――あれは……

「誰の鞠、かしら……」

「はぎまりつきの」

 いつの間にか口に出ていた疑問に答える声がある。驚いて顔を上げると、傍に女童が立っていた。萩鞠月(はぎまりつき)が腕を上げると、耳の下で真っ直ぐに切りそろえられた黒髪がさらりと揺れる。

「おはよう、萩鞠月」

 どうぞ、と鞠を手渡すと、萩鞠月は大事そうに胸に抱えた。


「昔ね、青い鞠で遊んだことを思い出したの」

「あお」

「貴女のは萩色ね」

「しのあおい、くれた」

「名前に合わせてくれたのね。綺麗」

 二人で鞠を見ていると、とつとつと障子が叩かれた。花飾(はなかざり)の影が映っている。

「朝ごはんみたい。行きましょう」

 萩鞠月を伴って広間に行くと、紫葵の姿はなかった。


 ほっとして、それからじわじわと喉元に込み上げる何かを感じた。昨夜の言葉を思い出して、緊張で全身が強張る。

「えっと、紫葵は……?」

 希沙良の問いに、花飾は困ったように首を横に振る。始めは控えているだけとも思ったけれど、どうやら喋れないらしい。希沙良が首を傾げると、舟持(ふなもち)が現れた。

「紫葵様は、お出かけですよ」

「そうなの」

 顔は合わせづらい。けれど、一人で食事するというのも、今となっては味気ない。紫葵以外は従者の役割を守って、はっきりと線引きして共に食事をとることはなかった。

(いつ、帰ってくるのかしら)



 紫葵はその翌日も、姿を見せなかった。

(何か、おかしい)

 希沙良には確信めいたものがあった。紫葵が近くにいる。何故かはわからないが、感覚的に彼を感じていた。そして、嫌な胸騒ぎがする。

(そういえば、紫葵の部屋ってどこなのかしら)

 聞いてしまえば早いし、おそらくは教えてもらえるはずだ。けれど、出かけていると欺かれた以上、今は隠される可能性がある。それならば、勝手に探すしかない。屋敷内を散策した時、奥までは入って行かなかったため、まだ知らない区画がある。

(奥……よね)

 しばらくあちこち捜し歩いて、渡り廊下の先から舟持が歩いてくるのを見つけた。常に笑い顔で表情の変化があまりない男にしては珍しく、驚いたような顔をしている。

「希沙良様」


「紫葵は、いるのね」

「流石です……隠せませんね。ここには主の結界が張られているのですよ?」

 苦いものが混ざった笑みを浮かべつつ、ふぅと一息つくと、舟持は体の向きを変えて、希沙良に奥を指示した。

「眠ったところですので、お静かに」

「具合が、悪いの?」

「紫葵様は大分弱っておいでです」

「なぜ――」

 胸がひやりとして呟き、月夜に見た消え入りそうな紫葵の姿を思い出す。舟持の返事を待ったが、わずかに首を振るのみだ。


(理由は言わないのね……言えない?)

 紫葵から口止めされているということか。

「紫葵様は心配させまいと、黙っていたのです」

「そうなのでしょうね、わかっているわ」

 紫葵は希沙良のために動いている。それだけは、わかっていることだ。

 随分屋敷の奥まで来たように思う。いくら広い屋敷とはいえ、外から見るよりも広く感じる。それもあやかしの術なのだろうか。


 どうぞ、と舟持に示されて、希沙良は一人で部屋に入った。薄暗く、肌寒い。帳をめくってみれば、青白い顔で横たわる紫葵がいる。生気のない作り物めいた美しい貌にぞっとする。耳を近づけると、微かな息遣いがあった。

(そうね、わたしが見ていたのはいつも笑っている顔だった。それから、困ったような顔)

 こんなに弱っていたなんて――それにしても、あやかしにも人間のように体が弱いとか病気だとか、そういったことがあるのだろうか。額に触れてみたところで、ただ冷たいだけだ。


(元から肌は冷たかったわね)

 屋根の上で触れた手を思い出し、ぶるぶると頭を振る。顔が熱い。それどころではないのに。

「舟持め――黙っていろと言ったものを」

 微かな掠れた声に、慌てて距離をとる。とたん、紫葵の顔が曇った。もう一度傍に寄れば、ゆるりと笑みがこぼれる。

「大丈夫?」

「希沙良がいれば元気になる」

「もう……いつから、こうなの?」

「すぐ良くなるよ」

「本当に?」

 紫葵は頷いて、身体を起こそうとするから、希沙良は手を伸ばしてそっと押し留めた。

「寝ていないと、だめよ」 


「……話しておきたいことがあって」

「元気になってからでいいわ」

「……わかった。やっと決心が固まったんだけど」

 紫葵は苦笑して一度目を閉じて、肩に置かれた希沙良の手を握った。

「花飾達と、仲良くしていて。あまり一人で外に出ないようにね。何かあったら僕を呼んで」

「わかったわ。時々、来てもいい?」

「うん。希沙良が来るなら、嬉しい」

 紫葵の穏やかな笑みを見ていると、心が落ち着くのを感じる。自分がそうなれたらいいと、思う。

「元気になって」

 希沙良は心からの笑みとともに言った。まだぎこちない希沙良の笑みだけれど、紫葵もまた、微笑んでくれた。


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