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昔語 -むかしがたり-

 今は昔、真田伯爵家の御当主が狩りに出かけた折。

 深い山に分け入り、奥へ、奥へ、進んで行かれた。

 気が付くと、後ろにいた家臣達がいなくなっていた。

 名を呼んでも、声も音も返らない。

 驚いた御当主は来た道を戻ったが、どれだけ歩いても景色が変わらない。

 そうこうしているうちに、日は傾いて辺りは夕焼け色に染まった。


 ――ああ、夜になってしまう

 御当主は疲れ切って、途方に暮れて座り込んだ。

 ざわざわと、木々が風に揺れる音がひとの話し声のように降りかかる。

 頭を抱え、長い間恐ろしさに震えていた御当主は、ふと顔を上げて目を見開いた。

 どれだけ時間が経ったことだろう。しかし辺りは、未だ夕闇の中だった。


 ――これは、一体……?

 とうとうおかしなことになってきた、と御当主は立ち尽くした。

 相変わらず、ざわざわと木々が鳴っている――いや、今度こそ人の声だ。

 御当主は人の声がする方を向いた。

 ――おおーい、おおーい

 人影を見つけて駆け寄ると、それらは大きく開けた場所で車座になって集まっていた。

 人影ではない。それらは、黒い何かの塊だった。

 ばきりと、御当主が踏んだ枯れ木が砕けて、黒い塊が一斉に御当主を見た。


 人ノ子デハナイカ。子デハナイ。コレハモウ老イテイル。何故ココニ人ガイル。


 何か硬い物を擦り合わせたような、ざらざらした声が幾重にも重なる。

 オ前ハ何ダ。何故ココニイル。喰ッテシマエ。喰ッテシマエ。

 ――ひっ

 御当主が腰を抜かして、迫って来る黒い物から顔を背けた時。


『待って』

 涼やかな声。黒い物達の声がぴたりと止まる。

 蹲る御当主の耳元で、涼やかな声が囁く。

『その懐の笛を吹いてごらん』


 ――笛……?

 御当主は震える指と唇を宥め賺し、どうにか笛を吹いた。

 その見事な腕前に、黒い物達は聞き惚れて静まっていった。

 何度か曲を変えて吹くうちに、黒い物達は元の車座に戻る。宴を始めたらしい。

 馨しい酒匂に御当主がうっとりとしていると、先ほどの涼やかな声が耳元で言う。

『今のうちに抜けるといい。この灯りを持って、ここから真っ直ぐ降りるんだ』


 ――助かった、君のおかげだ。どう礼を返したらいいだろう

『いらないよ』

 ――いや、当家に姫が生まれたら必ず貴方に差し上げよう

『……早くお帰り』

 御当主は軽く肩を押され、数歩たたらを踏んで振り返ると、そこにはただ木々が生い茂るばかり。


 涼やかな声も、車座の黒い影も、幻だったかのように消え失せていた。

 しかし、手には受け取ったばかりの朱色の提灯が揺れている。

 ――山の怪異だったか……

 御当主は首を捻りつつ、夕日に染まる山を下り始めた。

 途中で御当主を探していた家臣達に行き会い、屋敷に着く頃にはすっかり夜になっていた。


 御当主は大変に義理深いお方だったため、亡くなるその日まで、自分を救った妖が現れた時には必ず礼を尽くすようにと屋敷の全ての者に伝えた。

 しかしながら、伯爵家にはなかなか姫が生まれなかった。


 そうして、時が経って御当主の言葉も薄れた頃に、一人の娘が生まれるのであった。


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