平和推進編 第1話 前 理由でございますか?
勇者なら誰もが一度は考えたことあると思う。どうして自分は女神様に選ばれたのか、と。あたしも何度も考えた。
あたしの出身国の宗教国家とも呼ばれており、国を治めるのは教皇猊下だ。権力者は全員中央教会の出身者で、中央教会に入れば成功は約束されるとも言われている。出世への道のりというわけだ。
この国では地位は一代限り。親の地位は引き継げないけれど、財力があればいい教育を受けられるから格差が生まれる。あたしの家は特別貧しくはなかったので、能力を発揮できる環境だった。あたしは必死に勉強して、勉強させられて、10歳で中央教会に入ることができた。
知識の習得もそうだったが、女神様の教えを広めるためにも、女神様の素晴らしさを語る力も重要だった。受験対策の一環として女神様を称える文章をたくさん書いた。子どもの頃のあたしは女神様を称える言葉を並べば周囲から褒められる。あの頃は純粋に楽しかった。
中央教会に入ってからは疑問を抱くようになった。努力の成果はあたし自身のものではなく、女神様の賜物。他人を褒めるより女神様を称えること。感謝も謝罪も喜びも、仲間ではなく女神様と分けちあう。だから、他人も、他人にとってのあたしも、そこにいるようでいないように感じて、辛かった。
その反発からある夜、建物そのものが女神像になっているその女神像に髭を描いた。使ったブラシをなかなか起きない子のベッドの下に隠した。当然大騒ぎになり、犯人捜し始まった。不幸にも深夜にあたしがブラシを持って上に登っていたと目撃され、犯人として突き止められた。
勉強のプレッシャーに押しつぶされそうで、その発散のつもりだと出任せ言ったけれど、普段の素行の良さが考慮され、一ヶ月の便所掃除で済ませてもらえた。
それ以来、あたしは本当の自分を隠し、慎ましく生きてきた。聖なる弓に選ばれたあの日までは。女神様は何故あたしを選んだのか、その理由をずっと考えていた、心当たりがないわけではない。選ばれた日の前の日、眠る前にあたしは思ってた。心の中で女神様に問いかけた。『盲信する者と、利用する人ばかりのこの教会こそが、女神様の望んだ信仰の形なのか』と。そして翌朝、部屋で目を覚ますと聖なる弓が私の傍らにあった。
ねぇ女神様。聞こえるのなら教えてほしい。女神様は何を考えてあたしを勇者にしたのか。あたしに何をさせようとしているのか。




