ピースフルケルベロス編 第10話 甘いでございますか
「あ、自己紹介してほしいってこと? いいよ。私はドロシー。両親とも演奏家で私も演奏家を目指してる」
「惚けやがって。ねぇ、アイちゃん、こいつ知ってはいけないことを知った以上、生かすわけにはいかない。口が堅くても、拷問でもされたらあっさり吐いてしまう」
「あれ? もしかして私、やっちゃった?」
まあ、それが一番手っ取り早いだけど。
「まあまあ。とりあえず話を聞こうよ」
「アイちゃんがそう言うのなら」
こいつがスパイだと仮定して、どこのスパイなのか、どうやって私の正体を把握したのか、まずは情報を引き出さないと。
「で、どうして私の部屋に?」
「実はね」
「あ、ちょっと待って」
何か嘘を見破る方法ないかな? 嘘つくと心拍数が上がると聞いたことある。あと手が冷たくなったり、手汗がかくとか。とりあえず握手しながら、空いてる手で脈を測ろう。
「えっ、ええ?」
「さあ、答えなさい。どうして私の部屋に?」
あれ? 心拍数高くない? 手汗も出てる。まだ答えてもないのに? ああ、そういうことか。わざと心拍数を上げて……。いや、それなら動揺しないように訓練した方が……。あっ、顔が赤い、もしかして……。
「ミ、ミシェルさ、可愛いって自覚ある?」
「あ、まあ。それがどうした?」
「で、この新設楽団はトーマス商会が創設した楽団で、結構注目されてるのよ。各地から有望な演奏家を集めて……」
待て待て待て。私の下手さを目立たないように上手い人呼ばないでってトーマスに言わなかったっけ。まあ、有名な子を呼んだ方が会談を見る人増えるけど……。
「とにかく私みたいな上手い子が集める楽団なんだよ。ミシェルもアマチュアにしては上手いけど、プロを目指す私達と比べるとな」
え? ひょっとして私だけが下手な演奏、大陸全土に放送されてたの? ちょっと恥ずかしいかも……。
「で、その容姿でしょ。だからミシェル注目されてるのよ」
視線は気にしないようにしてるから。
「続けて」
「みんな、ミシェルは実は体を使って裏口入団したんじゃないかって、噂になってるのよ。でもミシェル無口だし、何を考えてるかのもわからないし。なんと言うか、ちょっと神秘的で素敵だなって思ったの。だから普段何してるのかな、何考えてるのかなって気になっちゃって」
「それで私の部屋に潜入したと?」
「そうだけど」
「アイちゃんのストーカーってこと?」
「何を言う! 私は断じてストーカーなどではない」
女の子だから考えてなかったけど……。なんかすごく時間を無駄にしてるような気がする。
「いや、ストーカーじゃん。ま、嘘だと思うけど」
「私はスパイでもストーカーでもない! ストーカーってあれだよね。好きな人をつきまとう、嫌がらせする人のことでしょ! 私のはただの人間観察だ」
「アイちゃん、どの道、私達の秘密を知ったこいつを生かすわけにはいかない」
だね。でも、私はね、今になってようやくこの世界でやりたいことが見つけたの。桜子とアサとこの世界で知り合った人や魔人達と何気のない幸せな日々を過ごしたい。アサを沢山殺させたし、ロッティだって散々利用して捨てようとした。今までのように自分を一番大事にして、自分しか愛せなくて、それで本当に幸せになれるでしょうか。もっとやり方があるんじゃないかって思ってしまう。私、今までのやり方で、リリーナのままで本当にすずしろの幸せを取り戻せるでしょうか。
「ロッティ、私達は平和のためにここにいるのよ。できる限り穏便に、ね」
「でも……」
甘すぎ、それは分かってる。でも……。
「ドロシー、あなた先私に一理あるって言ったよね。私の考えに賛成、ということでいいよね」
「うん」
「なら、私達のことを秘密にしてくれる?」
「うん」
「アイちゃん! だめよ。スパイでなくても、拷問でもされたら!」
「本当にドロシーを捕まえるような人がいるとすれば、楽団が怪しいってその人達がもう把握してるってことでしょう」
「いや、そうなったら私がアイちゃんを守るよ。アイちゃんは絶対に拷問なんかされないから」
ダメだ。ロッティは殺し慣れすぎてる。まあ、私のせいでしょうけど。
「ねぇ、ロッティ……私、あんまりロッティに殺させてほしくないの。お願い」
そう。私は私が可愛いってこと、ちゃんと自覚してるよ。だからこんなこともできる。必殺、裾掴み上目遣い。
「アイちゃん……それはずるいよ」
「ねぇ〜ねぇってば……」
「う……分かった! 分かったから!」
「ロッティ、ありがとう」
「その代わりに! アイちゃんのこともっと知りたいの。今晩、一緒に寝ていい?」
それはちょっとアサに悪いかな。アサに恋愛感情がなくても、アサと恋人になった以上、裏切ることはできない。恐らく私に友達以上の感情を持ってるロッティとは一緒に寝られない。
「話するのはいいけど、一緒には寝られない」
「ショボン……私はアイちゃんのお願いを聞いたのに、アイちゃんは私のお願いを聞いてくれないんだ。じゃあ、やっぱこいつを殺そうか」
「ロッティ、私は……」




