毛髪の本数=MPチート MP枯渇はハゲの予感!!
この物語は、勇者と姫の恋愛成就物語です。
決して髪の毛について何か思いがあるものでありません。
「勇者様、よくぞ召喚に応じてくださいました」
ある日、サークルが終わって家に戻った俺は召喚陣によって異世界に呼び出された。
目の前には、絵本なんかに出てくるようなとっても美しいお姫様が立っている。
「ええっと、君は誰だい?」
「ああ、申し遅れました。わたくし、この国の第六皇女のミリアと申します」
ペコリと頭を下げるミリア姫。
姫のわりには随分と頭が低いんだな。
「俺は山田一郎です」
「山田一郎様! なんて素敵なお名前なんでしょう!」
お世辞とはいえ、自分の名前を褒められると良い気になる。若干ニヤつきながらも、俺は疑問を口にする。
「それで、俺はなんで召喚されたんでしょうか……」
「それについてはワシから説明いたしましょうぞ」
王女の脇から、茶色のローブを着た爺さんが割って入ってきた。
うぬぅ、王女の顔だけ見ていたいのに、この爺め。
俺は必至に威嚇の視線を飛ばすが、爺さんは無視して話を続ける。
「実は、我が国は魔王によって攻め滅ぼされようとしておるのですじゃ」
おおっと、いきなりピンチな展開だ。
「魔王の軍勢は、魔王はもとよりその傘下の四天王、四天王直属の近衛部隊と人間には全く歯が立たない状況でごすじゃ」
「それはマズいですね。でも、そんな状況で俺が何か役立つんですか?」
そう、俺は生まれついて別になんの能力も持ってない。サークルだって落語研究会だ。寿限無を唱えればビームが出たりもしない、はずだ。
「そこは召喚に条件を付けておるのです。しからば、このプレートに向かって『ステータスオープン』と唱えてみてくだされ」
そういって爺さんは何の変哲もない銀色の板を取り出す。
「ええと、ステータス、オープン……うわっ!」
ステータスオープンと唱えた途端、銀色の板が光り出し文字を刻む。
光り終わると、板には何やら文字が書いてあった。
名前:山田 一郎
職業:学生
HP :30
MP :100,275
ちから :12
ちりょく:2
すばやさ:7
うん :2
「な、なんだこりゃ」
「やはり! ワシが思ったとおりであった! 姫、これで我が国は救われますぞ!!」
爺さんがはしゃぎ出した。
おいおい、ぎっくり腰になっても知らないぞ?
「んで、俺のステータスはすごいんですか?」
俺が尋ねると、爺さんがズイっと顔を近づけてくる。
あまりにも近すぎてキスでもされそうで怖い。
「すごいなんてものじゃありませんぞ! 少々、知力と運が平均より残念な感じですが、大事なのはMPなのじゃ! このMPがあれば魔王でも倒せましょうぞ!」
「は、はぁ……それはともかく、顔を離してくれません?」
「おお、これは失敬……」
爺さんが顔を赤らめながら距離を置く。
いやいや、あんたに顔赤らめられても困るんだけど……。
ちらりとミリア姫を見ると、こちらも顔を赤らめている。
ちょっと、どういう意味で顔赤らめてるんでしょうか。
気まずい空気に包まれること数秒、爺さんがウオッホンと喉を鳴らして場の空気を替えて話を続ける。
「さて、なぜMPが重要かと言いますと、魔法を使うにあたって、どれだけMPを消費するかによって魔法の強さが変わるのですじゃ。そして、古文書にあった魔王討伐の記録を見る限り、四天王を倒すのにMP10,000、魔王を倒すのにMP50,000が必要だと分かっておるのですじゃ」
ほほう、それぞれに呪文があるのではなく、魔力を込めることで威力が変わる、と。
たしかに、俺のMPは10万もあるから、魔王を5万で倒せるなら余裕がありそうだ。
「しかしながら、一般的にMPは多くて50、世界一の賢者でも100を超えた者は居ないのですじゃ」
なるほど、それでMPの多い者を召喚した結果が俺、というわけか。
「それで、どうやって魔法は使うんですか?」
「簡単ですじゃ。どれだけMPを消費するか頭に浮かべながら『破ァ!』と叫べば出ますのでな」
随分適当な魔法だな。
まぁいいか、とりあえずMP100使うとして……。
「破ァ!」
ドゴォォォォォン!!!!
召喚された部屋の壁が吹き飛び、かなり遠くにある城壁までも一部欠ける。
「……えっと、すみません」
「いやいや、ワシの説明が足りなかったのが悪い。普通、10も使えば大魔法と呼ばれる魔法が使えるほどなのじゃよ……まぁ、終わったことはさておき、改めてステータスを確認してみてはどうじゃ?」
「ああ、そうですね」
そういって俺は先ほどの銀板に向かって「ステータスオープン」と声を出す。
HP :130(+100)
MP :100,175(-100)
ちから :12
ちりょく:2
すばやさ:7
うん :2
「おお、たしかに減ってる。でも逆にHPは増えてるんですけど……」
「ううむ、このような現象は初めて見るぞ。もしかしたら召喚者特有の現象なのかもしれんの」
まぁ、増える分には良いだろう。分からないことは今後調べるとしよう。
ここで、ミリア姫がこちらに近づいてきて話し出す。
「一郎様、誠に身勝手なお願いであることは重々承知しておりますが、何卒魔王討伐をお受けいただけないでしょうか。もしもお受けいただいた暁には、家に収まり切らない金銀財宝をお渡しいたします。それに、わたくしも身を捧げますので……」
ミリア姫は、最後のほう小声になりながら顔を赤める。
耳まで真っ赤である。
「ええ!? お姫様がついてくるの!? なにそのハッピーセット!!」
「わたくしなどでは不十分とは思いますが、お受けいただけないでしょうか?」
「是も非も無いです! お受けしますとも! それで、これから俺は魔王軍と戦えば良いんですか?」
ミリア姫の顔がパァっと明るくなった。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
何度も何度も頭を下げてから、俺の質問に回答してくれる。
「一郎様には一旦元の世界に送還いたします。現在、各地で四天王を中心として魔王軍が暴れており、それに近くて今のところ安全な要塞で召喚陣を準備しておりますので、魔王軍がその召喚陣のある要塞に近づいてきた時に召喚いたします」
それぞれの要塞と四天王の位置は半月から一か月程度かかる距離にあるらしい。
一気に呼び出されるのではなく、パラパラと呼び出されるようだ。
「さらに言いますと、一郎様は前線に出る必要はございません。戦線の後方で待機し、四天王が見えた段階で魔法を放っていただければ十分です」
「なるほど、それなら多少は安心だね」
「では、一度ご送還いたします。一郎様、是非ともわたくしたちの世界を救ってくださいませ」
「任せといてください!」
俺は胸を拳で叩き、約束する。
それとほぼ同時にミリア姫による呪文詠唱が始まり、召喚陣によって元の世界に戻ったのだった。
それから半月ほどのこと、風呂に入ろうとパンツ一丁になったところで俺は召喚陣によって呼び出された。
「勇者一郎様、出番でござ……うひょおお!!」
召喚したと思われる、ローブの女性が奇声をあげる。
「そ、その恰好は何か鼓舞するおまじないでしょうか?」
「違います! 風呂入ろうとしたときに召喚されたの!」
「し、失礼しました!!」
ローブの女性とのどうでもいいやりとりを終えた俺は、召喚陣の間を出て要塞の城壁上に出る。
「一郎様、あれが魔王の軍勢でございます」
「思ったより多いな……」
パッと見で魔王軍は1万を超えるほどである。
あの中から四天王を見つけ出すのは至難の業ではなかろうか。
「どうやって四天王を見つければ良いんでしょう……」
「あ、それなら安心してください。奴らは必ず戦の前に宣戦布告してくるのです。そのとき四天王が前に出てくるので、その瞬間にバーン!とやっちゃってください」
おおう、卑怯だわ。まるで元寇の時の元軍対日本軍を見ているようだ。
しかし、それなら楽勝だろう。
そう考えていると、魔王軍の一角が割れて一人の悪魔が前に出てくる。
「ほら、一郎様、来ますよ!」
「やぁやぁ、我こそは魔王軍最強の四天王が一人、暴虐のグスタ「破ァ!」ウギャァァァァァ!」
名乗りを上げてる最中に、MP1万込めて破ァ!ってやったら簡単に勝てた。
やはり1万も込めただけあって、衝撃の余波だけで魔王軍の7割近くが消滅していた。
「ま、魔王軍一の武闘派のグスタフ様がやられただと……引けぃ! 引けぃ!!」
残った魔王軍が散り散りになって逃げていく。
これを好機と、要塞から騎士たちが躍り出て逃げ遅れた魔王軍を葬っていく。
隣でローブの女性が嘔吐した。
「なんて酷い……これが人のやることなの……」
なにやら暗黒面に落ちかけている気がするが、正義のためならやむを得ないのだ。
こうして無事四天王の一人を打倒した俺は、再び地球へと戻っていった。
とあるサークルの日。
「なぁ、一郎」
ん? と振り向くと、サークル同期の清水がいぶかしげな顔でこちらを見ている。
「どうした、清水?」
「いや、なんかな、お前の様子がちょっと違ってる気がして……」
「いやいやいやいや、そそそそそ、そんなことございませんでござるでざますよ!」
危ない危ない……。戦場を経験した俺は、どうも雰囲気が一般人と変わってきているようだ。
内心で動揺しつつも、平然と清水の疑問を否定する。
「そうかぁ……あ、もしかして髪型かも! オデコあげた?」
「いや、別に何もしてないぞ」
「そっか。ごめん、やっぱ勘違いだったみたいだ」
オデコあげる、が何を指しているかよく分からなかったが、とりあえず上手く切り抜けられたようだ。
俺には「こっそり異世界救って美人連れてきて皆に自慢してやるんだ」計画があるんだ。
今、異世界を救っているのがバレるのは非常に困るのだ。
それから一週間後、再び召喚。
「やぁやぁ、私こそが艶美にして快楽の女王、メルヘンパピヨ「破ァ!」キャァァァァァァ!」
ふぅ、今回も一瞬だったぜ。
しかも今回の相手は女装したボブサップみたいな魔族だったので、随分精神的にダメージを食らったものだ。
そこでふと、この世界ってレベルがあるのか気になってくる。
「ところで、ステータスって上がったりするのかな?」
「それでしたらステータスプレートをお持ちしますね」
俺の疑問に答えるように、そばにいた兵士が銀板を持ってきてくれる。
HP :27,130(+27,000)
MP :74,175(-27,000)
ちから :12
ちりょく:2
すばやさ:7
うん :2
ん? MPが前回含めて減りっぱなしだ。
「あの、MPって回復しないものなんですか?」
「いえ、普通は一晩寝れば回復するのですが……異世界の方だからでしょうか?」
ううむ、これは困ったことになった。MPが回復しないとなると、魔王戦までなんとかMP5万を維持しないといけないな。
これまでバンバン適当に打ってたけど、調整しないとな……。
そして、再び地球に戻ってサークルの日。
「おいーっす」
清水がいつものように肩を叩きながら挨拶してくる。
「うっす」
俺が清水のほうを向いて返事をすると、清水が目を見開き一瞬止まる。
「な、なぁ一郎……。お前、禿げてきてないか?」
出会って早々、清水の野郎が失礼なことを言う。
異世界を救うヒーローになんてことを言うんだ、とカチンとくる。
「はぁ!? ふざけんなこら! どこが禿げてんだよ!!」
「いやだって、お前先週までオデコそんなにM字じゃなかったじゃん! ベジータみたいになってんじゃん!」
「ふっざけんな! ベジータ馬鹿にすんなよごらぁ!」
いいじゃん、ベジータ。カッコいいじゃん。
それに別に禿げてないし。最近、朝の抜け毛が少し心配だけど多分異世界救うストレスのせいだし。
しかし、異世界を救っていることはバレるわけにはいかないのだ。必死に怒鳴って誤魔化す。
「いやまぁ、お前がそういうならいいよ。なんかごめんな……」
清水が謝って去っていく。
ふう、また勝ってしまった。
しかし、このとき既に俺は異変に気付いていたのかもしれない……。
それから二週間後。
「ぐへへへへ、吾輩は世界中の少女の太ももを舐めることを目論む四天王がひとr「破ァ!」ぐばら!!」
ふぅ、変態は名乗らせてはならない。
「さすがです! 勇者様!」
要塞の兵士が俺を称えてくれるが、それより心配なのはMP残量だ。
「そんなことよりステータスプレートを寄越してくれ」
「ただちに!」
いつもの銀板を受け取り、俺はステータスを見る。
HP :39,130(+12,000)
MP :62,175(-12,000)
ちから :12
ちりょく:2
すばやさ:7
うん :2
マズいな……四天王があと一人いるってのに。
なんとか5万残して倒さないと。
そんなこんなで悩みながら、俺は再び地球に戻る。
それから三日後のサークルの日。
「お、おい一郎! 流石にそれは誤魔化せないって!」
挨拶も無しに失礼なことを言ってくるのはいつもの清水である。
「いきなり意味が分からないぞ、清水。きちんと順序立てて話せ」
「いやだって、お前髪の毛減りすぎだろ! 前ベジータだったのがモト冬樹になってんじゃん!」
「誰がモト冬樹だコラ! 失礼にもほどがあるぞ!! ファッションだよファッション!!」
「ファッションで禿げるのかよ……」
ブツブツ言いながらも清水が去っていく。
いや、実のところ俺にも気づいていたんだ。
段々髪の毛が減っているってことに。
朝起きたときに枕に付いてる抜け毛の数。
シャンプーをしたときダイレクトに頭皮に感じるシャワーの勢い。
美容院で店員さんがカット後に後ろの髪の毛を見せようとしていないこと。
全部わかっていたが、巷で話題の鈍感系主人公を気取って「え? なんだって?!」って言っておけば誤魔化せると思ってたんだ。
予想は容易い。きっとMPの使い過ぎなんだろう。
10万という数字、調べてみれば標準的な人間の髪の毛の本数らしい。
恐らく俺のチート能力は、MPが非常に多いことではなく、毛髪をMPとして使用できるということだったのであろう。
つまるところ、MP=毛髪ポイントということだ。
更に言えば、MPが減るごとに増えるHP=ハゲポイントなのだろう。
試しに兵士に剣で俺を切ってもらったところ、一瞬HPが減ったものの、すぐにHPが前回福していたのだ。
つまり俺は、ハゲになるほどMPは使えなくなるが強い生き物になるということ。
そして俺は悩んだ。
これ以上禿げたら、俺はどうなってしまうのか、と。
あと1万本抜けたら俺はどんな頭になってしまうのか……。
江頭2:50か、はたまた海原はるかかなた師匠のようになってしまうのか……。
そうして悩んでいる間に、再び俺は召喚された。
俺を召喚した兵士たちは、過去の実績も知ってか既に戦勝ムードであった。
「ささ、勇者様、一発決めちゃってくださいな!」
人の気持ちも知らずにいい気なもんだ。
お前の髪の毛俺に寄越せ!
ギリギリと歯ぎしりを立てていると、最後の四天王が名乗りを上げる。
「ぐふふふ、ワシは魔王軍四天王の中でも最強、毛髪を自在に操る魔神ヘアー様であるぞ」
くそ、こいつも髪の毛か。
俺の後ろでは兵士たちがざわつき始めている。
「ゆ、勇者様。早く魔法でドーンと倒してください!」
たしかに、「破ァ!」と唱えれば一瞬で相手は倒せる。
が、それは俺の頭髪を犠牲にしてのことなのだ。
そして、俺は戦場に殴り込んだ。
もしかしたら、魔法を使わなくても今のHPならば四天王を倒せるんじゃないかと思ったんだ。
「ぐふふふ、馬鹿めぇ。ワシに近づけると思ったのか!?」
「うぐぁぁ!」
近づいた瞬間、変幻自在に伸びてきた敵の毛髪に絡み取られる。
両手両足を縛られ、もはや動くことが出来ない。
「ぐふふふ、勇者は協力な魔法を使うと聞いていたが、さてはデマだったのかのう。こんなのに負ける他の四天王が情けないのぅ」
「く、くそ!」
「勇者様! 今助けに参ります!」
慌てて要塞から兵士たちが出てくる。
しかし、兵士たちも毛髪に絡めとられたり、雑魚魔物に襲われたりして段々と傷ついていく。
「クソ、どうしたらいいんだ……」
こんな状況でも、情けないことに俺は結論が出せずにいた。
「ぐふふふ、これで王都はワシのものじゃな。あそこには随分綺麗な姫が居るというじゃないか、ワシがいただこうかのう」
ハッ!
俺は思い出した。ミリア姫と約束したことを。
世界を救えば、ミリア姫を自分のものに出来るということを。
そう、何も悩むことは無いのだ。
俺は力を込めて叫ぶ。
「破ァ!」
「ぐふ! ぬぁんと! まさかこれほどの力を持とうとはぁぁぁぁぁ!」
魔神ヘアーが一瞬で吹き飛び、兵士たちも開放された。
「勇者様、助かりました。ありがとうございます!」
「いや、さっきは俺が迷ってしまったせいでみんなに迷惑をかけてしまった。すまない」
「いいえ、勇者様のおかげで世界中の人々が救われているのです。これからも頑張ってください!」
兵士たちに励まされ、たくさん励まされて、励まされまくって俺は地球へと帰った。
それから数日後。
清水が遠くの方から俺を見て唖然としている。
しかし、そんなこと気にも留めず俺は堂々と話しかける。
「よう、清水。ごきげんよう」
「おお……一郎、お前なんか小堺さんみたいになってんじゃん……」
少なくなってしまった髪の毛はもう誤魔化すことはしない。
そう誓い、俺は短髪にした上で髪の毛を染めたのだ。
「ちょっとイメチェンしたんだ」
「イメチェンか……イメチェンなら仕方ないな……」
清水はそう呟きながら去っていった。
それから半月後。
ついに、再びミリア姫から召喚された。
「一郎様、ついに魔王が出まし……きゃああああ!」
「どうしました、ミリア姫!」
俺を見るなり、ミリア姫が叫び声をあげた。
「か、髪が……髪が……!」
「ああ、髪の毛ですか。ちょっとした事故ですよ。ハハハ」
ミリア姫の俺を見る目が尋常じゃない気がするが、仕方ないだろう。
「それで、ついに魔王が出たのですか」
「え、ええ、もうすぐ王都に到着する頃ですの……」
顔色優れないながらも、ミリア姫が答えてくれる。
と、そばに居た爺さんが口を挟む。
「すまぬな。姫様は昔からハゲ恐怖症でのぉ。ハゲを見ると体が固まってしまうのだ」
「なん……だと?」
なんてこった! 姫様のために頑張ったのに姫様はハゲが嫌いとは……。
俺の今までの努力は何だったんだ……。
「い、いえ、これはわたくしが悪いのです。一郎様は悪くございません。当然、魔王を倒した暁にはわたくしは……一郎様の……フゥ」
涙ながらにフォローしようとしたミリア姫が倒れる。
そこまでハゲが嫌いなのか。
「にしても一郎殿、なぜそのようにハゲちらかしてしまったのじゃ?」
「散らかしてない。どうやら、俺のMPは毛髪を犠牲にして魔法を使えるものだったようなんだ」
「なんと! すると、一郎殿は自らの髪の毛を犠牲にワシらのために頑張っていてくれたのですか……」
「それも、ミリア姫様から嫌われたらどうしようもないですよ。これで魔王を倒してハゲになったら、ミリア姫はもう俺に近づいてくれないでしょうね……ハハハ、情けないったらないや」
「一郎殿……」
爺さんが、悲しげな目で俺を見てくる。
「さぁ、そんなことより魔王を倒そうぜ!」
「う、うむ、そうじゃな」
かくして、王都の城壁の上に来た俺が見たものは、今までの魔王軍が豆粒のように見えるほど巨大な影だった。
これこそが世界を恐怖のどん底に落とした張本人、魔王なのである。
「グワハハハ、余の軍を滅ぼしたというのは誰だ! 余が直々に粛清しに来たぞ」
「俺だ! この山田一郎がお前の軍も四天王も全部滅ぼした! そして今、お前も滅ぼす!」
魔王が俺を一瞥すると、鼻で笑う。
「ふん、ただの薄らハゲではないか。貴様などに余が倒せるわけが無かろう」
「そんな口を叩けるのは今のうちだぜ。見てろよ、破……あれ、おかしいな。破……」
魔法を唱えようとしたが、最後の『ァ!』が出てこない。
「ふん、所詮その程度ということだ。素直にワシに降伏するが良い」
魔王がせせら笑う。
何でだ! 何で魔法が出ないんだ!
「勇者様、さては姫様に嫌われたことが精神的に影響しているのかもしれませぬぞ!」
爺さんの声が聞こえる。
「なに!?」
「魔法とは精神力、精神が弱ると魔法が出なくなるのですじゃ」
なんてこった……。
たしかに俺はミリア姫に嫌われたことで凹んでいたが、そのことで魔法が使えなくなるなんて。
「異世界のみんな、ごめん……」
このままでは負けてしまう。
魔王もこちらの様子を見て状況が分かったらしく、高笑いをする。
「ぐわっはっはっは! 最終兵器が薄らハゲで、しかも何も出来ぬとはな! そこなハゲ、無能にもほどがあるぞ!!」
笑いながら、魔王が破壊魔法を準備し始める。
俺は悔しさから涙がにじむ。
すると、遠くから女性の声が聞こえた。
「一郎様は無能ではありません!!!!」
驚き振り向くと、そこにはミリア姫がいた。
「ミリア姫様、どうしてこんなところに?! 危険です、下がってください」
「いいえ、下がりません! 一郎様、すべて聞きました。わたくしたちのために髪の毛を犠牲にしてくださったことも」
なんと、爺さんがばらしやがったのか。
ミリア姫は涙を滲ませながら話を続ける。
「わたくしたちのために髪の毛を犠牲にしてくださったのに、それを嫌悪して卒倒するなんて。わたくし、命を持って償っても償いきれません!」
「そんな、姫様は何も悪くない!」
「いいえ、わたくしが悪いのです! そして、わたくしは今、克服しました! ハゲ恐怖症は今このとき克服したのです!」
ミリア姫の表情が明るくなる。
偶然か必然か、どんよりした雲の隙間から光が差し始めた。
「わたくし、ハゲが怖くありません。どんな姿になっても一郎様は一郎様だと分かっていますから。ですから、魔王を倒してわたくしを好きにしてくださいませ!」
「グワハハハ、下らぬお遊戯はもう終わりで良いか? 幾ら貴様らが頑張ったところで余には勝てな「破ァ!」ウグガァァァァァ!!!! バカなぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」
俺の全身全霊を込めた「破ァ!」によって魔王は消滅した。
同時に、ミリア姫が駆けてきて俺の胸に飛び込んでくる。
飛び散る俺の毛髪を浴びながら、二人はその場でくるくると舞うように回る。
「一郎様、ありがとうございます! 世界は平和になりました!!」
「ああ、良かったね、ミリア姫」
そして見つめ合う二人、抜ける髪の毛、服に張り付く抜け毛。
「ミリア姫、いや、ミリア。俺と結婚してくれ」
「はい、喜んで」
ふいにいたずらな風が吹き、髪の毛が舞い散る。
まるで二人の門出を祝福するかのように……。
それから半年後。
大学卒業と同時に俺はミリアと地球で結婚することになった。
ミリアとのツーショット写真を添えた招待状を送ったら、清水の野郎が慌てて電話をしてきた。
「おいおいおい、一郎! お前、どんどんハゲてったってのにどうやってこんな綺麗な子ゲットしたんだよ!」
電話越しでもわかるほど混乱している清水に俺はこう言ってやったんだ。
「それは髪のみぞ知る」ってね。