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 由希子は煙で息が苦しくて床に手をつきながらも、まだ青年の面影が残っている青黒い鬼に言う。

「なんで鬼なのよ。どうして人じゃないの?」

 青黒い鬼が答えないため、体に防火服が残っている鬼が言った。

「お前の恋人が、お前の姿を見て泣き叫んでいるぞ」

「オレの恋人じゃねえ」

 鬼同士の力と力のぶつかり合いは必要以上に続いている。

 由希子は逃げるのを忘れて泣きながら鬼同士の戦いを見ていた。幼い頃に聞いた昔話に出てくる鬼。鬼の話は大概不幸な結末が待っている。今戦っている青年も勝とうが負けようが不幸な結末が待っているような気がしてならなかった。忍び寄る新たな不安を感じながら、由希子は鬼同士の戦いを魅入ってしまう自分の変化に気付かずにいた。

 火事の煙は周囲を漂い鬼の姿を(かす)ませる。鬼同士は激しい取っ組み合いの末、相手の首を掴んだ鬼が、手に力を入れて首を()めた。鬼は楽しそうに、敵対する鬼の首を絞めたまま揺さ振り(もてあそ)ぶ。暫くして、ゴキッと骨が折れる音がして、折れ曲がった首から血飛沫(ちしぶき)が飛び散った。勝った鬼が息の絶えた鬼をぬいぐるみのように片手で投げ捨てる。床に転がった鬼に見向きもせず、勝ち(ほこ)った鬼は体の向きを変えて由希子に近づいた。

 由希子は鬼を凝視する。どちらが勝ったのだろうか。煙で鬼の姿が(かす)んで見にくい。青年だった鬼が勝てば良いが、手斧の鬼が勝っていたら今逃げなければ手遅れになる。由希子は立ち上がるべく床にある手に力を入れた。立とうとするが、近づいて来る鬼から逃げるべきか待つべきか、心の迷いのせいで動けない。鬼がゆっくりと近づいてくるごとに、鬼を包んでいる煙が薄くなる。見えてきた鬼は返り血で体が赤い。青年じゃないかもしれない。と思った時、鬼の胸元で揺れる緑白色(りょくはくしょく)の光に気付く。独特のカーブがある翡翠の曲玉(ひすいのまがだま)を見て、由希子は勝ったのが青年だと知った。

「鬼なの? 人じゃないの?」

「ああ、人じゃない」

 由希子は泣きじゃくる。

「なんで先に言ってくれなかったの? 鬼だって知っていたら、あんたなんか置いて、私一人で逃げたのに」

 鬼は床に座り込んでいる由希子に手を伸ばした。

 由希子は返り血で真っ赤になった鬼を見て、涙を流しながら(おび)えた表情をする。

 鬼は一瞬ためらって手を引くが、無表情になり由希子の腕を掴んだ。

 由希子の腕に血がつき、由希子は悲鳴をあげる。

「血がつくじゃない。私に触らないで」

「それより立て。逃げないと焼け死ぬぞ」

 咳き込(せきこ)んでいる由希子を見て、青黒い鬼は気づく。

「もしかしてあんた、煙を吸い過ぎて酸欠(さんけつ)で立てないのか?」

 由希子の後ろでまた天井が崩れ落ちた。今度は炎が燃え上がる。由希子はまた悲鳴をあげる。

「いかん。悪いが」

 鬼は由希子の腰に手を回して片手で持ち上げた。由希子を持ち直し片腕に乗せて抱いて走り出す。

 鬼に掴まるしかない由希子に粘り気(ねばりけ)のある血がつく。

「いや、おろして」

 由希子は鬼の体を(たた)いて抵抗するが、すぐに酸欠になり意識が朦朧(もうろう)として体に力が入らなくなる。剣の刃を通さない硬い鬼の体を、自分の小さな拳で叩いてもどうにもならないと諦めが生じ、もう由希子には血でベトつく鬼の体にしがみ付くしか方法がなかった。

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