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青年は体を振るって叫ぶ。
「やめろ」
「黙れ。命が欲しかったら静かにしろ」
男が手斧の刃を青年につきつける。
青年はハンマー男に押さえつけられながら叫びをやめなかった。どこか一点を見つめ姿無き存在に呼びかける。
「まだなのか」
それに女性の声が返事をした。
「現在の鬼変率八〇%。刑の執行にあと二〇%足りません」
非常事態だというのに女性の声は冷静でどこか冷たい。
ハンマー男は青年を床に押さえ付けながら言う。
「誰と話しているんだ」
手斧の男は女性の声の居所を探す。
「今の声はどこから」
青年は体に力を入れる。
「足りないって、このままじゃあの娘がやられてしまう」
「双方の行動内容に関与する必要はありません。任務遂行を最優先にして下さい」
「お前らはいつもそうだ」
青年は拳を握り締めた。
男はハンマーを捨てて両手で青年を押さえる。
「こいつ何を言ってるんだ。気でも狂ったか」
手斧の男は興奮するハンマー男を宥める。
「落ち着けって。きっと、どこかにもう一人いるんだ。あの娘と同じ女がよ。まだ隠れているんだろ。こいつの命が欲しかったら出て来い」
その手斧の男の目蓋は、膨らみ始めていた。
由希子は必死になって抵抗していた。手で男の顔を押し返している。
「来ないで」
サバイバルナイフの男は由希子に伸しかかり、ニヤついた顔の半分は由希子の手に押されて歪んでいる。その男の瞳が黄金色に変わった。
「なんなの。いや、いやー」
由希子は男を押し返しながら悲鳴を上げる。
青年は、ハンマー男によって床に押さえ付けられているというのに、腕に力を入れて体を起こした。男の手を掴み振り解く。
「放せ。その娘もだ」
男は慄いて急いで床にあるハンマーを拾う。
「なんだ!? こいつの力、普通じゃねえ」
青年の前に手斧の男が立ち塞がる。
「大人しくしろ。殺すぞ」
青年の後ろにはハンマー男もいる。
「鬼変率九〇%」
青年は振り翳された手斧を受け止める。
「悪鬼になろうとしているお前らに、もう手加減する必要はないよな」
そして押し返した。手斧男は後ろに転倒して、背中を滑らせ床を三メートルほど移動する。
女性の声がまた響く。
「行動を慎みなさい。まだ悪鬼になると決まった訳ではありません」
「どう見ても悪鬼だぞ」
「過去のデータを見ると、少数ですが、改心する者がおります」
「この状態で? 嘘だろ」
今度は青年の前にハンマー男が立ち塞がる。
手斧男は体を起こしながら言った。
「気をつけろ。あいつ凄い力だぞ」
男はハンマーを持って構える。
「ああ、分かってる。お前、何者だ?」
問われても青年は答えず、ハンマー男の後ろ、サバイバルナイフの男の下で必死に抵抗している由希子を見ている。青年がハンマー男を避けて行こうとするので、ハンマー男はムキになって青年に手を出した。
「この野郎、ぶっ殺す」
青年は、ハンマーを振り回す男を軽々と交わす。
「鬼変率九五%」
ハンマー男はヘルメットを投げ捨て防火服を脱いだ。
青年は、お楽しみ中のサバイバルナイフの男に近づいて、男の両脇に手を入れ引っ張り由希子から引き離した。
「やめろ」
青年は男を横へ投げる。サバイバルナイフの男も床を転がり滑っていく。
由希子は抵抗していた事が幸いして首が赤くなっているだけで無事だった。
「もうダメかと思った」
立ち上がってすぐ青年の腕ににすがりつく。涙を流しながら、青年の胸元で動く緑白色の翡翠の曲玉を見た。革紐でなくチェーンでもなく、ねじれて紙縒りのようになっている布の紐が珍しい。
「あんたが素直に逃げていれば、こんな事にならなかったんだ」
「何よ。私はあなたを助けようと思って」
安心したのも束の間、由希子は男達の異変に気がつき指をさした。
「あ、おじさん達が変」
三人の男は顔が腫れ上がり口から牙が伸びている。
「鬼変率九七%」
「はあ、まだなのか。勘弁してくれよ」
青年は溜め息をつく。
由希子は辺りを見回す。
「今の声は? どういう事?」
由希子は青年に聞く。
「どういう事って、あんたがあっち側じゃなければ、こっち側って事だろ」
「あっちこっちって、何よ」
男達の頭に角が生える。
「鬼変率九八%」
青年は由希子を見た。
「あんた、本当に何も知らないのか?」
「知らないわよ。一体これはどういう事なの?」
由希子はセーラー服の汚れを掃うのを忘れて、青年の横で騒ぐ。
男達の指先から爪が伸びる。足も防火靴を突き破って爪が飛び出している。
「鬼変率九九%」
青年は、事の始まりを予想して呼吸を整えながら言った。
「あれは鬼だ。あいつらは鬼になる事を望んだんだ」
「鬼!? え!? なんで鬼が?」
由希子は訳が分からない。
男達の体が膨らむ。防火服が破れ筋肉が剥き出しになっていく。
「鬼変率一〇〇%。鬼三体のデータを確認。絶鬼の剣を創出します」
青年は由希子の背を押した。
「離れてろ」
「離れてろって?」
「早く離れろ! 俺が動けねぇだろ」
聞きたい事がいっぱいあるが、普通でない雰囲気を感じて由希子は青年から離れた。
青年は手をあげた。手の平に光が集まる。
「ここだ、絶鬼の剣。オレはここにいる」
男達は音を立てて体を軋ませながら、青年が言う鬼へと変貌し近づいて来る。恐怖を感じ再び青年にすがろうとした由希子だったが、青年の手から発せられる光の眩しさに足を止めて手で庇を作り眼をかばう。それでも眩しくて眼を閉じた。




