5ページ
青年は由希子を見て苛々していた。
「なんで、あんたはそんなに遅いんだ?」
「遅い、遅いって言わないでよ。余計下りにくいじゃない」
「オレのせいにするな」
言い合いをして下りているうちに二人は九階まで下りて来た。
エスカレーター降り場の床にある9Fの文字を見て由希子は息を切らしながら言う。
「まだ九階なの」
青年は、追って来る三人のエスカレーターの下りる音を耳にしながら言う。
「止まるな。奴らはあんたを狙っているんだぞ」
「だって」
振り返った由希子は硬直した。青年のすぐ後ろに、あの三人がいたからだ。恐怖で由希子の唇が震える。青年も由希子の異変に気付いて後ろを振り返った。少し見上げた所に三人がいる。一人が足早に段差を下りて来て、持っていたハンマーを振り上げた。上から降ってきたハンマーを青年は手斧の柄で受け止める。
「くっ」
硬直して動かない由希子に言う。
「逃げろ」
由希子は気がついたように頷いて、不器用にエスカレーターを下りだした。
ハンマー男は、青年が持っている斧の柄を握った。
「こうすれば斧は動かせないよな」
階段の上の段だという立場を利用して体重を青年にかけて押す。青年もすかさずハンマーを掴むが、上から体重をかけられては、階段下の青年の方が不利になってくる。青年は顔を歪めて二、三段下りてから踏み止まった。そこに手ぶらの男が来て同じく手斧の柄を握った。
「よくも俺の斧を。返せ!」
青年が手斧から手を離さないため、男は青年の顔を殴った。
「斧をよこせ」
それでも青年は手斧を手放さない。
もう一度男が殴ろうとした時、男の顔に何かが当たった。男がエスカレーターの階段に転がった物を見ると、かわいい恐竜のぬいぐるみだった。
「やめなさいよ。おじさん達、一人相手に卑怯よ」
由希子は、床にある9Fの文字の上で仁王立ちになって怒っている。手当たり次第に集めた商品を抱えて男たちに投げつける。当然それもぬいぐるみだったりする。なので、顔に当たっても全然痛くない。鬱陶しくて邪魔なだけ。手ぶらの男は顔にぬいぐるみを受けながら言った。
「あの女はアホか」
サバイバルナイフを持った男が、青年を押し退けて階段を下りる。目的は由希子。
「そのアホさ加減が堪らなくかわいいんだ」
「いやー、来ないで」
由希子は手にあったぬいぐるみをどんどん投げつけた。腕の中のぬいぐるみはすぐになくなってしまう。ぬいぐるみ置き場も空になっている。エスカレーターを下りて逃げたいが、エスカレーターからはサバイバルナイフを持った男が追って来る。由希子は、見回して最初に目についた店内の通路を走り出した。
「誰か助けて。お願いだから、誰か返事をして」
由希子は、店内に残ってる人がいるかもしれないと思い声を上げるが、自分の声がむなしく響き渡るだけ。
「お嬢ちゃん、そっちは行き止まり。逃げても無駄だよ」
サバイバルナイフの男は、由希子を優しく呼びかけながら追いかける。
ハンマーの男は、階段の上から由希子を見下ろして叫んだ。
「女、止まれ。この男が死んでもいいのか?」
呼ばれて由希子が振り返ると、青年はハンマー男に捕まっていた。青年の左頬は腫れて青アザになっている。青年が持っていた手斧は男の手に渡っていた。
手斧を取り戻した男は上機嫌で斧の刃を青年にあてがった。
「言う事を聞かなければ、この男の命はないぞ!」
由希子は足を止めて棒立ちになった。
青年は二人の男によってエスカレーターから引き摺られるようにして下ろされる。ハンマー男は青年を9Fの文字がある床にうつ伏せにして押さえ付けた。
青年はそれでも声を絞り出して言う。
「オレに構わず逃げろ」
「でも、でも、どうやって?」
唯一の逃げ道であるエスカレーターには男達がいて、青年は人質になっている。次の逃げ道として選んだ店内の通路も行き止まりで、いくら由希子が逃げたいと思っても、どうする事もできず、どう逃げていいのかも分からない。
手斧の男は青年を容赦なく踏みつける。
「うるさい、黙ってろ」
青年は苦しんで呻く。
サバイバルナイフの男は、青年に気を取られている由希子の死角からゆっくりと近づいて由希子の腕を掴んだ。
「かわいいねぇ。肌も滑らかでスベスベだ」
サバイバルナイフの男の、気味の悪い笑顔が由希子に近づく。
「触らないで」
悲鳴をあげ騒いで腕を引く由希子に、ナイフを突きつける。由希子の動きが止まり怯えた表情を見てニヤつくと、セーラー服のリボンにナイフの刃を当てる。リボンを切り、ナイフの先端にリボンを絡めてセーラー服から抜くと、由希子の目の前でナイフを振ってリボンを床に落とした。その後ナイフも手放す。サバイバルナイフが床に落ちて転がる甲高い金属音が響いたと同時に、由希子は男に押し倒された。
由希子は倒された衝撃を背中に受け、痛みとショックで声が出なくなる。
覆い被さって来る男は、抵抗する由希子の手を床に押さえつける。そして、由希子の首筋に吸い付き、滑り気のある舌で舐めあげた。
生温かい身の毛も弥立つ感触が由希子の全身を貫いた時、由希子は今までに出した事のない力を出して、掴まれていた手を振り解いた。背中の痛みも忘れ全身に力が入る。
「いやぁー」
由希子は絶叫した。




