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 順子は廊下を歩きながらロングヘアーを手で()く。

翡翠(ひすい)の剣士って、なんか恰好いいよね」

「そうかな」

 由希子は青年の顔を思い出して答える。

 順子はうっとりとした表情をする。

「きっと結婚の約束をした彼女がいて、その人を残して戦地に(おもむ)いたんだわ」

 順子はニュースの影響で翡翠の剣士の妄想が膨らんでいた。

 由希子は、彼女がいるように見えなかった、と思いつつ言う。

「彼女いたのかな」

「いたわよ。だって昔の人は結婚が早かったもの」

「じゃあ、奥さんがいたかもよ」

「えぇー、そんなぁー」

 由希子の言葉に、順子はがっかりした表情をするが、気を取り直して静かな表情で一緒に歩く由希子を見た。

「なんか由希子って、事故で入院している間に大人になったよね」

「そう?」

「だって、以前の由希子だったらすぐ話題に乗ってきて、私以上に騒いだじゃない。今の由希子は現実を見るようになったっていうか、冷静に判断してから言うようになったよね」

「そんなつもりはないけど、やっぱり怖い目にあうと変わっちゃうのかな」

 由希子は下駄箱で靴を履き替える。

 順子も靴を履き替えながら言う。

「私もママから、事故のあと変に大人びた。って言われるもの。それが()けたって言われているようで、イヤでイヤで」

「それ、分かる」

 由希子も同調した。

 順子は携帯の時計を見る。

「あ、そろそろバスが来るから行くわ」

「うん、またね」

 由希子は順子に手を振る。

 順子も手を振ると、バスが来る時間がすぐなのか、バス停へ走って行った。

 由希子は一人になり、ゆっくりと歩く。いつもなら順子と同じバスで下校するのだが、退院して間もない由希子は、退院後の体調がどうか病院で検査を受けるべく、地下鉄の駅に向かっていた。

 入院中も、退院してからも、由希子は暇ができると地獄での出来事を思い出していた。人並み外れた美形の八大童子。図書館で調べると、八大童子は明王や菩薩の使者の役割をしている神様らしい。明王も東西南北に座す四人の明王と、中心の不動明王を合わせて五大明王とされているようだ。不動明王は由希子も地獄で会っているが、由希子が知るどこかの寺の不動明王は天地を見つめ、美形には程遠い威厳に満ちた表情をしている。そして、由希子の目の前で闘いを繰り広げた、赤鬼と青鬼。あれは本当の出来事だったのだろうか。入院中、意識が混濁(こんだく)していたせいで見た夢ではなかったのか。そこで出会った青年も。

 目覚めたばかりの頃は、由希子の心にも順子のような甘く切ない思いがあったのだが、今の由希子は溜め息を吐く。

「初恋だったのに……。やっと名前が分かったと思ったら、白骨化した飛鳥時代の人だなんて」

 青年が飛鳥時代に実在していた事実は、由希子には苦い現実のようだ。

「墓の中のガイコツの写真をもらっても、好きな人として部屋の写真立てに置けないじゃない」

 由希子は、ガイコツの青年が入った写真立てが部屋にあるのを想像して、表情を(ゆが)ませる。それでも、大切にガイコツ写真を持っていようと思う由希子は、未練(みれん)たらたら。大好きな相手が手の届かないガイコツと分かっても、地獄で青黒い鬼として闘っていた青年の、火事の中で由希子の手を引いて走っていた青年の恰好いい姿がロマンス映画のように美化されて、今も鮮明に由希子は思い出し、簡単に断ち切れない思いが込み上げていた。

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