21ページ
次に気付いた時、由希子はベッドに横たわっていた。
「あなた、由希子が気付いたわ。あなた、あなた」
父親を呼びに行った母親を見て、由希子は現世に戻った事を知った。同時に、由希子の脳裏にバスがトラックと衝突横転し、一緒に乗っていた友人と自分が横転したバスの中で揉みくちゃになった映像が蘇る。由希子は思い出せなかった空白の部分を思い出した。
退屈な入院生活のあと、由希子は無事に退院した。強打による頭部の亀裂骨折と脳内出血になっていた由希子だったが、今のところ後遺症は無く、奇跡的にこの程度で済んで良かったと医師は何度も由希子に説明した。
で、由希子は今どうしているのかというと。
「退院してすぐテストだなんて……」
溜め息を吐きながら高校で授業を嫌々受けていた。
日本史の教師は若い男性で、プリントをみんなに配る。
「もう授業が終わる時間だが、時間が少し余ったのでテスト勉強の息抜きついでに、最近話題になっている、この話でもしようか。朝のニュースを見て知ってる者もいると思うが、飛鳥時代と思われる古墳内で発見された、眠る翡翠の剣士の名前が分かったそうだ」
教師はプリントを配りながら言う。
「そういえば広田さんは知らないかな。広田さんが入院中に、古墳が見つかってね。新発見という事で大ニュースになったんだよ。古墳には剣を胸に抱いた男性の亡骸が眠っていて、首に翡翠の首飾りをしている事から翡翠の剣士と呼ばれているんだ。胸に大きな刺し傷があり、それが元で若い頃に亡くなり埋葬されたらしい」
渡されたプリントには、発見された古墳と埋葬された翡翠の剣士の写真画像があった。
白骨化したガイコツ顔の剣士は長い髪を後ろで一つに留めていた。胸に抱いている剣は錆びて変色しているが模様などの装飾が施されているのを見ると当時は高価だったに違いない。剣士はそれ相応の身分のある者だろうか。次に、剣に寄り添うようにしてある翡翠の曲玉を見た。
「これは!」
由希子は声を上げる。
教師は由希子を見る。
「どうした、広田さん?」
由希子は教師の声で授業中に無用な声を出してしまったと気付く。
「いえ、なんでもありません。すいません」
俯いた由希子に教師は笑いながら言う。
「これはテストに出ないから、そんな真剣に見なくてもいいぞ」
教師の言葉に、ほかの生徒は笑う。
由希子は、皆の笑い声を聞きながら亡骸の胸にある翡翠の曲玉を見ていた。曲玉の色は緑白色で、ねじれて紙縒りのようになった布が通してある。
それは間違いなく青年の胸で揺れていた曲玉だった。
「古墳の中にあった壷に『藤原正前が黄泉の国で食べ物に困らないように』と文字がある事から、翡翠の剣士の名前は『藤原正前』の可能性が強いそうだ。まだ調査中だが、いずれ大化の改新に関わった武将、もしくは武士として『藤原正前』が教科書に載るかもしれんな」
そして授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
「では、終わるか」
教師の声で生徒に号令がかかり、皆は教師に一礼をする。教師は教室を出て行き、生徒は帰り支度が済んだ者から教室を出て行く。そして、由希子の友人も帰り支度をして由希子の所にやってきた。
「由希子、帰ろ」
友人の腕の、バスの衝突事故でついた傷跡が痛々しい。
「順子、ごめん。今日は病院に行く日なんだ」
「なら、途中まで一緒に行こう」
「うん」
由希子はカバンを持って順子と教室を出た。




