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天使の羽は由希子の手から離れ、分散して小さな羽根になり、雷鬼を包み込んだ。羽は一つの輝きの塊となり、その輝きが弱くなった頃、中から人に戻った青年が現れた。服は以前と変わりなくボロボロだが青年にあったアザと返り血は消えている。
「ふう」
横たわっている青年の口から呼吸が漏れた。
「生き返ったわ」
「由希子さん、何て事を……」
喜ぶ由希子の隣で神父は頭を抱える。
青年は瞳を開いて、ゆっくりと体を起こした。翡翠の曲玉が胸で揺れてぶら下がる。
「なんで生きているんだ!?」
青年は自分の体を見ている。
「良かったぁー」
由希子は青年に抱きついて涙を流した。
神父は疲れ切った表情で、事の経緯を青年に説明した。
「彼女があなたを生き返らせたのです。お陰でわたくしは彼女を現世へ送り届ける事ができませんでした。この事が我が主に知れたらと思うと、わたくしは気が遠くなりそうです」
青年はそっと由希子の腰に腕をかけて優しく抱いて頭を撫でた。
「あんたは相当なお人よしだな」
由希子は涙を拭いながら笑顔を作った。
また女性の声が響く。
「幽鬼神レベル、雷鬼。百八体の悪鬼の粛正を確認。刑の終了です。これより輪廻の輪に加わる事が許されます」
そして緩やかな風が吹いた。その風でデパートの火事の炎が消えていく。消防隊はこの不思議な現象を見て、消火ホースを持ったまま棒立ちになった。
野次馬も今起こっている不思議な現象を静かに見ている。
由希子も不思議な風に気付いて顔を上げた。
「風が気持ちいい。なんか癒されるっていうか」
「奴らのお出ましだ」
青年は空を指さして見上げる。
「奴らって?」
由希子も空を見上げる。
空に人が八人浮かんでいた。淡い光に包まれながらゆっくりと降りて来る。八人は地面に素足をつけると、納衣を揺らしてゆったりとした身のこなしで歩いて青年に近づいた。彼らの身を包んでいた光は消えていく。八人は青年を取り囲んで見下ろした。
「自身の中の悪鬼を倒し、百八体としたか」
その内の一人が、首の向きを変えて由希子を見る。
「ふむ、どう見ても普通の娘に見えますね」
由希子はじろじろと見られても黙っていたが、心の中では「美形が八人もいる!」と騒いでいた。
「奴らは八大童子だ」
青年は小声で由希子に教える。
「何それ?」
由希子が聞いているうちに、空からまた人が光に包まれて降りてきた。




