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 神父は神に使える者。なのに、神父も()せられた者とは、どういう事だろうか。

「現世のわたくしは牧師(ぼくし)でした。教会に懺悔(ざんげ)をしに来る、迷える子羊の話を聞くのが役目だったわたくしは、自分の利益になる子羊には手を差し伸べ、利益にならない子羊には手を差し伸べなかったのです。お陰で、現世での生を終えたわたくしは、地獄に送られ刑を科せられました。由希子さんのように、生きながらにして地獄に来てしまった人を現世に戻すようにと。我が(しゅ)から頂いた、願いを叶える天使の羽は五十枚。わたくしは五十人の迷える子羊を現世に戻さなければ、人として生まれ変わる事が許されないのです」

 神父は、地面で苦しみのたうちまわっている、青黒い鬼となった青年を見る。

「彼の場合は、悪魔になってしまった者を神の(もと)へ送らないといけないようです。当然、悪魔は彼の言う事を聞かず、彼の持つ力欲しさに(いど)んで来るでしょう。そんな悪魔と闘わなければならない過酷な条件を科せられるとは、彼は生前にかなり重い罪を犯したようですね」

「鬼変率一〇〇%」

 一〇〇%となった時、雷鬼(らいき)は急に動かなくなった。一瞬だけ静寂が広がったが、次に雷鬼はゆっくりと身を起こした。口から涎を垂(よだれをた)らしながら立ち上がる。体の表面がバキバキと音を立てて、皮膚が硬い(うろこ)状に変わっていく。それを喜ぶかのように、雷鬼は拳を振り上げて空に向かって()えた。

「鬼変率一一〇%」

 神父は胸の辺りで十字を切る。

「ああなるともうダメですね。(しゅ)よ彼の御霊(みたま)を救い給え、アーメン」

「そんな」

 悲愴感(ひそうかん)を浮かべて言う由希子の前で、雷鬼は手を広げた。

絶鬼の剣(ぜっきのつるぎ)よ」

 雷鬼の手に絶鬼の剣が現れる。雷鬼は絶鬼の水色の刃を見た。

「結局、生きている時の繰り返しなのか……」

 雷鬼は笑う。

「ははは、ふはははは」

 青年の笑いは(しばら)く続き、神父は全身を淡く光らせる。

「あの者は狂い始めたようです。由希子さん、天使の羽を使って早く現世に戻って下さい。わたくしは地獄の番人として、あの者と戦う事になると思いますので」

 神父の口調がきつくなる。のん気に歌っていた神父とは大違いだ。

 雷鬼の体は、(うろこ)状の皮膚がささくれ立って刃物のようになり、鋭利な刃を持った(よろい)をみにつけているようだ。青年だった雷鬼の笑いはまだ続き、ガラス細工のような半透明の絶鬼の刃に、(みに)くくなってしまった青年の、雷鬼としての顔が映る。雷鬼は笑いをやめて黄金(こがね)色の瞳で刃に映った自分の顔を見ていたが、暫くして黄金色の瞳から涙がこぼれた。

「生きていた時は正義の名の下に人と闘い、地獄に落ちれば悪鬼の粛正(しゅくせい)という大義名分の下で人だった鬼と闘う。生きていても、死んでいても、結局は同じ。オレは闘う宿命から逃れられない。そして最後も同じ」

 雷鬼は絶鬼の刃先を自分の胸に向ける。手に力を入れ心の臓を(つらぬ)いた。剣を掴んだ姿のまま、雷鬼の体は地面に横たわった。

 余りにもあっけない雷鬼の最後。周りにいた人々の誰が、雷鬼の自決を予期しただろうか。

 由希子も、またその中の一人。

「あの人はどうなったの?」

 由希子は神父に聞く。彼の死を受け入れられないのだ。

「あの悪魔は地獄での生を終えました。普通なら、彼の御霊(みたま)は神の下へ召され、過酷な試練を受けてから再構成され、また輪廻に戻されるのですが、あのままの状態を見ると、それも許されないようですね」

 由希子は雷鬼に歩み寄った。

「なんで、なんでなの。悪い鬼を倒して私を助けたわ。きっと、その前も、その前も、悪い鬼を倒してきたんでしょ。私も鬼だったけど、まだ人に戻れるって教えてくれたわ。善い事もしてるじゃない。なんで神様はこの人の罪を許さないの」

 由希子は空を見上げて泣き出した。

「なんで許してくれないの。せめて人の姿に戻してあげてよ」

 刃物のようにささくれ立っている雷鬼に触れることができず、由希子は雷鬼の(そば)で泣く。

 神父は由希子の隣に腰を下ろした。

「地獄で善い行いをしても(ぬぐ)えないほど、生前の罪は重いのでしょう」

 由希子は握っている天使の羽を見た。

「確かこの羽って、私の願いを(かな)えてくれるのよね」

「それはダメです。願いを叶えたらその羽は消えてしまいます。あなたが現世に帰らないと、ご両親が悲しむと思いますよ」

 神父の言葉を聞いて由希子は眼を閉じる。

「パパ、ママ……」

「そうです。ご両親の下へ戻って下さい」

 神父が安堵(あんど)の笑みを浮かべた時、由希子は眼を開いた。

「パパ、ママ、ごめんなさい。天使の羽さん、お願い。彼を生き返らせて」

「由希子さん!」

 (あわ)てふためく神父の前で、由希子の手の中の天使の羽は再び輝いた。

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