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由希子は自分の手より大きい羽を見る。羽は仄かに温かい。
「あの、これは?」
「天使の羽です。一回だけ願いを叶える事ができます。現世のあなたは集中治療室で生死を彷徨っています。生身の体が存在する今のうちに、その羽に戻りたいと願えば、現世に戻る事ができますよ」
「本当なの?」
「はい」
神父の頷きを見て、由希子は喜ぶが、喜びの中に疑問が浮かぶ。
「でもなんで集中治療室に?」
「下校途中にバスが衝突事故を起こしたのです。ほかの方は意識が戻ったのですが、あなただけまだ意識が戻らない状態なのです」
青年が天使の羽を見て言う。
「そんで戻れるなんて、あんた、よっぽど現世での行いが善かったんだな」
「私、何をやったのか覚えてないけど、とにかく嬉しい。これでパパとママの所に帰れるのね」
「わたくしも迷える子羊をお救いする事ができて嬉しいです」
由希子は羽を握り締めた。
「天使の羽さん、お願い。パパとママの所へ連れてって」
由希子の願いを聞いた羽は淡く輝き出した。
同時に青年が苦しみ出す。
「どうしたの?」
「なんでもない。あんたは早く現世に戻れ」
由希子の心配に、青年は笑顔で答える。額に脂汗を浮かせて青年は由希子から離れた。背を見せて歩き出す。
「天使の羽さん、ちょっと待って、今のお願いはキャンセル」
「キャンセル!?」
神父は、由希子の前に立ち、素っ頓狂な声をあげる。
由希子の言葉に天使の羽は輝きを失った。
「本当にキャンセルされてる!」
神父の驚きはまだ続いている。
「願いをキャンセルしたのは、あなたが初めてです。由希子さん、なぜですか? 早く現世に帰らないと、あなたの体は本当に死んでしまいますよ」
「そうだけど、あの人が……」
由希子は、青年の事を神父に聞いた。
「神父様、あの人はどうしたの?」
「なんとお話してよいものか」
神父の気づかいが由希子の直感を刺激する。
「私のせいなの? ねえ、そうなの?」
由希子に詰め寄られて、躊躇いながらも神父は口を開いた。
「あの悪魔は、悪魔になったあなたを助けるために、あなたから魔の力を吸収しました。その前にも赤い悪魔から魔の力を吸収していますから、きっと彼の体に無理がきたのでしょう」
「悪魔!? さっきは鬼って」
「あなた方は鬼と呼んでいますが、わたくし達クリスチャンは、角が生えおぞましい姿になった者を悪魔と呼んでいるんです」
青年はいきなり倒れた。苦しみ悶え、姿はまた雷鬼に変化する。
そしてまたあの声が。
「鬼変率九五%」
「ちょっとなんで? あの人は地獄の番人なのに」
由希子は姿無き声に向かって言う。
野次馬からは、恐怖の声があがる。
「あいつ悪鬼になるぞ」
「地獄の番人が悪鬼になったら大変だ。この辺り一帯が血の海になるぞ」
青年は地面に手をついて体を起こす。
「冗談じゃない、誰が悪鬼になるものか。あと一体、悪鬼を倒せば、オレは輪廻の輪に戻れるんだ。絶対に悪鬼になるものか」
青年は心に届く声と闘っているようだ。
神父は遠目で雷鬼を見る。
「ほう、彼はわたくしと同じ、科せられた者のようですね」
「科せられた者!?」
由希子は神父を見た。




