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青年は泣きじゃくっている由希子を見下ろした。
「たまに、あんたのような人がいるんだよな。いきなり地獄に来てしまう人が」
由希子は、唯一の感情の捌け口である青年に訴える。叶わぬ事だと判っていても。
「イヤだ、まだ死にたくない」
青年は由希子の横にしゃがんだ。
「普通、死を受け入れられない者は、向こうの世界に残るんだけどな。ここに来てしまったもんは仕様が無い。大丈夫、ちゃんと届出を出せばここの学校に通えるし、部屋も用意してもらえるから」
由希子は泣き腫らした眼で青年を見上る。なんとかなる事を教えられて少し落ち着くが、まだ納得がいかない。諦めの悪い由希子が、考え抜いて出した結論は、とても悲しく残酷で、切なく優美で、狂喜に満ちたものだった。
「ねえ、あなたなら分かるんじゃない。パパとママの所に戻る方法が」
「ここで暮らしながら、輪廻の順番を待てば現世に生まれ変わる事が」
由希子は青年の言葉を遮って言う。
「ここで暮らすんじゃなくて、すぐに戻る方法よ」
強い口調で言ってから、由希子は青年の腕に手をかけて、口説き文句のように声に色艶を含ませて言った。
「私、救急隊の人から聞いたわ。あなたは、神の僕として鬼の力を与えられた、地獄の番人の一人だって。本当は、すぐに戻れる方法を知っているんでしょう?」
「いや、だから……」
青年が言葉を詰まらせていると、救急隊員が言った。
「昔、鬼の力で現世に戻った者がいると聞いた事はあるが、本当かどうかは」
「鬼の力……」
由希子の顔つきが変わる。子供の頃に聞いた鬼が出てくる昔話。それが現世に戻った鬼の事だろうか。
青年は由希子の心情を察して言う。
「現世に戻るために、鬼になってはいけない」
「さっき、あの人達に鬼になれって言われたわ」
火事場泥棒をしていた偽消防士がその後どうなったのか、由希子はもう忘れてしまっている。
「今の心の状態で鬼になったら、悪鬼になってしまう。悪鬼になったら、罪が更に重くなり、重罪人が暮らす地獄へ飛ばされてしまうぞ」
青年に言われても、由希子は一点を見つめたまま動かない。由希子の心は家に帰りたいと、ひたすらに願う。鬼の力を呼んでいるとも知らずに。
何も無ければ、なんの効力も持たない鬼の力。しかし、由希子の強い思いの影響を受けて負のエネルギーを帯びた鬼の力は、集まり増幅し、意思を持ち始める。呼ばれた力は姿を隠して静かに移動し、由希子の背後から忍び寄る。力が由希子の肩に手を置いた時、由希子の心の中で、低い声が優しく由希子を包み込むように響いた。
『由希子、鬼の力が欲しいか? 現世に戻る力が』
「欲しい。だけど、あんな醜い姿になるのはイヤ」
由希子が呟くように言うのを聞いて、青年は焦って由希子の肩を掴む。
「由希子。今、聞こえている声に、返事をしたらダメだ」
『姿など、鬼の力を使えば、どうにでもできる。鬼の力は、それほど偉大なのだ』
「でも、鬼になったら皆に嫌われる」
『なんだ、そんな事か。くっくっく。鬼の力を使い人の姿で暮らせばいい。鬼だとバレさえしなければ嫌われやしない。心配するな』
青年は由希子の肩を揺する。
「由希子、声を聞くな。オレを見ろ」
由希子は顔を上げるが、目の焦点が合っていない。
「本当に大丈夫?」
『ああ、大丈夫』
「だったら欲しい。鬼の力をちょうだい」
青年にただ向けているだけだった由希子の瞳の色が、黄金色に光った。




