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青黒い鬼は由希子を抱いたままエスカレーターを下りる。
由希子は鬼の肩から顔を出して、煙の中で水色に輝く剣を見えなくなるまで見つめた。
鬼は息を乱すことなく軽快にエスカレーターを駆け下りる。
このまま一階まで下りて外に出れば消防車と救急車が来ているはず。救急隊員に助けれを求めれば、きっと助けてくれるだろう。でも、鬼になった青年はどうなる? 由希子の脳裏に疑問が浮かび、脳は青黒い鬼を助けたがっている。不幸な結末が待っている昔話に出てくる鬼。でも、幸せになった鬼もいたと由希子は思い出した。
「外に出たらダメ」
「はあ? 今度は外に出るなだと!? オレを散々叩いておいて何を言ってるんだ」
「鬼の姿だし、こんなに血塗れになっていたら絶対に捕まる」
由希子はきれいな空気を吸って、幾分楽なった胸を大きく膨らませて続けて言う。
「捕まって、研究所に送られて……。じゃなくって、お祓いされるかも」
由希子に言われ、鬼は低い声で笑い出した。
「お祓い!? あははは。あんたは、本当に何も知らないんだな」
鬼の顔で笑う青年に戦いの時の緊張感は無い。エスカレーターを降りきって床の1Fの文字を踏む。
「知らないんだな。って笑ってる場合じゃあ」
由希子は、言った直後に鬼に運ばれて外に出た。
外はやはり消防車と救急車が何台も並び、消防隊が火事になっているデパートの消火活動をしている。
「大丈夫ですか?」
救急隊が鬼の下に駆けつける。
「彼女、煙を吸って自分で立てなくなっているから」
「分かりました。おい、ストレッチャーを」
救急隊は鬼と普通に会話をしている。由希子は、もうこの奇妙な光景に慣れてしまい驚きはしないが、やっぱりなぜか知りたい。
鬼は由希子をストレッチャーに寝かせた。
「じゃあな」
「あの、名前」
呼吸が楽になったはずなのに肝心な時に声がかすれて出ない。救急隊は由希子を運び酸素マスクを由希子の口に宛がうが、由希子は酸素マスクを押し返す。由希子は救急隊に運ばれながら喉に力を入れた。
「私、由希子」
鬼は遠ざかる由希子を見る。しかし、鬼が何も言わないので、由希子はもう一度言った。
「私の名前は由希子。あなたの名前は?」
「オレは」
そのあとの声は、不運にも野次馬の悲鳴で掻き消された。何が起きたのか分からない由希子は辺りを見回す。野次馬はデパートの上を指さしていた。悲鳴は次々に起こり、まだ収まらない。由希子が何かと思い見上げると、死んだはずの鬼がデパートの壁に掴まっていた。二体も。
「さっきの九階だわ」
二体の鬼は壁から手を放して飛び降りた。
野次馬の悲鳴が大きくなる。
鬼は救急車の上に降り立った。大きな音を立てて救急車の屋根が凹む。その鬼は右腕が無かった。
もう一体の鬼は由希子の近くに降り立つ。首が逆Vの字に曲がり、鬼が足を動かすたびに頭が肩で揺れている。斜めになった顔の瞳が瞬いて、牙が出ている口から低い声が出る。
「由希子っていうのか。かわいい名前だ」
首の曲がった鬼に言われても嬉しくない。由希子の心の中にやっと消え去った恐怖がまた湧き起こる。
「来ないで。助けて!」
由希子は救急隊に助けを求めるが、救急隊は由希子を置いて逃げ出した。




