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第二章 捜し人は何処? chapter-2

 ……などと格好良く考えたりしていたのだが、結局の所、他に頼る術がないのも事実だった。

 我ながら不甲斐ないと思いつつも、ディーンは道行く人間に声を掛け、『ギルド』の位置を教えてもらいながら『ディケット』の街を歩いた。

 無論、リネ・レディアも同行する形で、だ。

 ディーンが渋々『ギルド』へ行くことを決めると、彼女は「あたしも協力するよ! ミレーナさんを捜すの!」などと言い出したのだ。

 ミレーナ捜索の手伝いが、自身の目的のついでであることは火を見るより明らかだったが、正直もう、ディーンはリネへの対応を諦め始めていた。故に半ば投げ遣りな形で「好きにしろ」とだけ告げてやると、彼女はまた無邪気に喜んで、ディーンの後を付いて来たのだ。

 という訳で、食堂から歩くこと十分程。『ディケット』の『ギルド』前に辿り着いたディーンとリネは、揃ってある一点を見上げている。

 木造二階建ての建物の上部。切妻型の屋根に近い位置に、『GUILD』と記された長方形型の鉄板が掲げられている。

「ここが『ギルド』かぁ〜。立ち寄ってみるの初めてなんだよね」

 ディーンの事情を一切知らないリネは、実に呑気な感想を述べてみせる。

「……? ねぇ、入らないの?」

 目的地には着いたというのに、一向に動き出そうとしないディーンを不思議に思ったのか、リネが首を傾げながら尋ねてきた。

「……そうしたいのは山々なんだけどな」

 殊更大きな溜め息を吐いて、ディーンはやや項垂れる。

 こうして入口の前まで来たというのに、ディーンの決意はかなり揺らいでいる。入りたくない、というのが正直な気持ちだ。

(せめてもう少し、立ち寄るのに相応しい理由を作ってくるべきだったかな……)

 今更ながらに、ディーンは自らの準備不足を痛感した。

 そう、せめてもう少し、もっともらしい理由を作ってくるべきだったのだ。


 例えば、大陸の各地で問題になっている、『魔術兵器』を屠るなどして。


 この大陸では、『倒王戦争』以前から、ある問題が根強く残り続けている。

 問題とは即ち、『魔術兵器・ゴーレム』だ。

 今から数百年前に起きたとされる『魔術戦争』において、魔術師と共に恐れられた『ゴーレム』は、魔術によって造り出された人型の兵器であり、意志を持った人形と呼べる存在だった。

『魔術戦争』時代は、今よりも魔術師の数が圧倒的に多く、数々の『ゴーレム』が兵器として造り出され、戦場を荒らし回っていた。

 そして『魔術戦争』、更には『倒王戦争』を経て造り出された数多くの『ゴーレム』達の中で、破壊されなかった一部の兵器達が、荒野に、平原に、山に、あらゆる場所にそのままの形で残っている。

 兵器として造り出された彼らの意志となるものは、ただ一つ。それは、製作者マスターの命令に忠実に従うことだ。

 製作者の命令とはつまり、敵を殺すということ。その命令を、数百年経った今でも忠実に守り続ける『ゴーレム』は、目に映る全ての人間を敵と認識して襲い掛かる。彼らが、彼らの時代に敵として戦った者達の影を、重ねるかのように。

 無差別に人間を襲う彼らは、最早ただの化物と言っても過言ではない。

 その化物を退治する為に、『首都』の正規軍とは別に組織された民間の団体。それが『ギルド』だ。

『ギルド』は『ジラータル大陸』に点在する街や村、殆どの場所にある。活動内容は主に『魔術兵器』の討伐だが、他にも運搬業務や災害救助、先程のようなテロリスト一味を捕縛し、正規軍に引き渡すという仕事も行っている。

 多種多様な仕事を行っている為、各地の『ギルド』には、名だたる腕利きの猛者達が揃っているという訳だ。

(……仕方ねぇ。ここで立ち止まってても始まらないしな)

 ディーンはようやく覚悟を決め、リネと共に建物の入口に向かって歩き出した。が、一歩進む毎に、やはり気分は重たくなっていく。

『ギルド』の情報網を侮るなかれ。例えどんなに小さなものであろうと、所属している猛者達の手によって、噂は瞬く間に大陸中の『ギルド』に知れ渡るとさえ言われている。

 しかもディーンの場合、炎のように紅い髪を生やしているという、致命的な特徴がある。仮に名前を知られていなくても、容姿ですぐに露見するはずだ。

 あいつがギルドメンバーと諍いを起こした奴か、と。

(いや待て待て。落ち着いて考えろ)

 嫌な鼓動を上げ始めている左胸を、ディーンは深呼吸で抑え込む。

 確かに『ギルド』の情報網は凄いらしいが、かと言って、ディーンの話題が常に挙がっているとは考え難い。

『あの出来事』は、今から半年くらい前のこと。あれ以来、ディーンはできるだけ『ギルド』に立ち寄らないようにしていたし、つい何時間か前の列車テロ事件のような騒ぎに、首を突っ込むことも極力控えていた。

 そう考えると、だ。年がら年中『ゴーレム』の討伐やら何やらの処理に追われているような連中が、半年も前に一度起きただけの諍いの相手を、わざわざ覚えているものだろうか?

 油断するのは早いが、身構え過ぎるのもどうかと思う。ここはいつも通り、今まで通りに振る舞うのが正解だろう。

(そうさ。何も怖がることなんてない。俺は自分が正しいと思ったことをしただけなんだから)

 どうにか心の整理をつけた所で、ディーンは『ギルド』の中に足を踏み入れた。

 入口に扉という物はなく、一歩踏み入るとそこは、どこか酒場のような雰囲気を醸し出していた。

 先程の食堂には及ばないだろうが、丸い木製のテーブルが行く手を遮るかのように、不規則にいくつか配置されている。一番奥に見えるカウンターの向こうには、大小様々な棚が置かれていて、書類以外に酒瓶らしき物も仕舞われている。どうやらこの『ギルド』では、本当に酒を出しているらしい。

 入口左手には、二階へ行く為の階段が壁に沿って設置されている。が、ディーンが目指しているのは二階ではなく、建物の一番奥だ。

「凄い……。何かみんな、ホントにこれから戦いに行くみたい」

 先導するディーンの後ろで、リネが周囲を見回しながら呟いた。

「まぁ、討伐を目的に動いてる奴が殆どだからな。人捜しの情報を求めてここに来る奴なんて、俺達くらいだろ」

 反応を返しながら、ディーンも辺りを一瞥してみる。

 視界の及ぶ範囲には、まるでこれから戦争でも始まるんじゃないかというような、多種多様な格好をした人間が大勢いた。

 背中に、何を分断するつもりなのかわからない巨斧を担ぐ大男もいれば、リネのように華奢な身体をした女が、その身長よりも長い槍を片手に、他の仲間と酒らしき物を飲みながら談笑している姿もある。

(……単独行動が基本の俺とは大違いだよな、ホント)

 賑やかな周囲の様子を横目に見つつ、ディーンは内心で溜め息をつく。

 以前『ギルド』の仕事に関わった時も、日頃から単独行動が身に付いているディーンは、酷く居心地の悪さを感じたものだった。

『ギルド』に所属している人間は、ほとんどが魔術とは無縁の者だ。故に戦力強化の観点から、彼らは『ゴーレム』を退治する際、連携と共闘に重きを置いて行動している。

 それこそが、ディーンとの決定的な違いだった。

 一人旅である以上、旅先で『ゴーレム』に襲われれば、当然一人で対処するしかない。そんな行動指針を持っていたからこそ、ディーンには彼らの言う、集団戦闘の概念がいまいち理解できなかった。

 一貫して個人主義。それも、彼らから反感を買った理由の一つだったのかも知れない。

 ……と、そんなことをぼんやり考えながら、丁度一階の中程まで来た時だった。

「久しぶりにその顔を見たな」

「!」

 横合いから聞こえたその声に、ディーンは心当たりがあった。

 一体どの辺りでこちらに気付いて近付いてきたのかわからないが、見るとそこには、白と黒の特徴的なラインが入ったローブを着た、銀髪碧眼の少年が立っていた。

 少年、と言ってもディーンより二つも年上の彼は、もうすぐ青年と呼ばれるようになるかという年齢だ。風貌にも、どこか落ち着いた雰囲気が感じられる。

 背中に鍔の形が違う、二本の剣を担いでいる少年の肩を、ディーンは軽く叩いて笑い掛ける。

「ジン! 久しぶりだな! 元気だったか?」

「ああ、特に変わりない。お前も相変わらず、といった感じだな」

 そう言って、銀髪の少年は優しげな笑みを零した。

 彼の名はジン・ハートラー。ディーンが『ギルド』を訪れるまで気にしていた人物とは、彼のことであり、ディーンとは何度か交流を繰り返した友人と呼べる存在である。

「ディーン、知り合いなの?」

 少し遅れてディーンの許に歩いてきたリネは、興味深げに尋ねてきた。

 一瞬、答えを返すのが面倒になったディーンを嗜めるかように、ジンが素早くリネにお辞儀をする。

「初めまして、ジン・ハートラーと言います。失礼ですがあなたのお名前は?」

「え? あ、えと、リネです。リネ・レディア。初めまして」

 呆気に取られるディーンの横で、リネはあたふたした様子でお辞儀を返した。

 初めて会った時からそうだが、この男は初対面の人間に対する礼儀がしっかりしている。ここまで自分との差を見せつけられると、正直肩身が狭くなるディーンである。

「それにしても珍しいな。お前が『ギルド』に顔を出すこと自体珍しいのに、まさか女の同行者がいるとは……。お前の師匠が知ったら、泣いて喜ぶんじゃないのか?」

「え? 師匠って?」

 話が不味い方向へ転びそうな気配を瞬時に察知し、ディーンは慌ててジンの肩を掴んで、リネに背中を向けさせた。そして彼女に聞こえないよう、小声で事情を語り始める。

「その話はしないでくれ。ミレーナを捜してるってことはあいつにも話してるけど、ミレーナの正体とか俺が弟子だとか、その辺は一切説明してねぇんだ」

 以前、ジンにはこちらの素性について話しているので、彼は大抵の事情を知っている。だからだろう。ジンはあからさまに呆れたような表情を浮かべて、ディーンに言う。

「また、騒がれるのが嫌だとかいう理由か? 全く……。そんなこといちいち気にしていたら、人間関係の幅が広がらないぞ?」

「う、うっせぇな。俺の勝手だろ?」

「大体あの子とどういう関係なんだ?」

「何て言うか……、テロリストを退治した仲?」

「どんな仲だそれは」

 と、どこかで聞いたようなツッコミを律儀に入れてくるジン。

 しかしふと、その端正な顔に疑問の色が浮かぶ。

「――ちょっと待て。テロリストだって?」

 久しぶりに友人と会ったことで気が緩んでいたディーンは、今更ながらに自分の軽率さを呪った。友人とはいえ、ジンは正式に『ギルド』に所属している人間だ。彼の前で『テロリスト』などという単語を口にすれば、追及を受けるのは目に見えている。

 恐る恐る、ジンの顔を覗き込むディーン。すると案の定、銀髪の友人は、やや鋭い目付きでこちらを見つめていた。

「お前まさか、さっき起きた事件に……」

「……悪い。関わってた」

 相手が相手だけに、下手な誤魔化しは通用しないだろうと観念したディーンは、実に呆気なく自白してしまった。

 それを見て、浅く息を吐くジン。彼の表情から察するに、辟易しているのは間違いない。

「お前の顔を見た時から、何となく嫌な予感はしていたが……。その様子からすると、さては事情を説明せずに逃げてきたな?」

「いやー鋭い! やっぱさすがだぜ、ジン!」

「……小一時間ばかり説教が必要か?」

「ごめんなさい反省してます」

 友人の声が明らかに低くなった瞬間、平謝りに徹するディーン。やはりこの男、ふざけてやり過ごせるような相手ではない。

 やれやれと言いたげな顔を浮かべつつも、ジンは再び息を吐き、表情を緩める。

「まぁ、お前にも事情があるのは理解している。今回は目を瞑るが、例え友人でも次からは容赦しないぞ。いいな?」

「……わかったよ。悪かったって」

 最後にもう一度詫びを入れた所で、ディーンはジンから身体を離した。

 すると背後から、少女の声が聞こえてくる。

「ねぇ、二人で何話し込んでたの?」

 振り向き、ああそういえばこいつもまだいたんだっけ、と身も蓋もないことを思うディーン。

 一人蚊帳の外に置かれていたことが不満だったのか、リネはどこかいじけたような顔をしている。

「別に大したことじゃねぇよ。――そういえばジン。お前何でこの街に、しかも『ギルド』にいるんだ?」

 話題を無理矢理変えようとするディーンに、ジンは肩を竦めつつ応じる。

「何、単なる偶然さ。この街に立ち寄った直後に、『どこかの誰か』が列車襲撃犯を捕えたらしいと小耳に挟んだから、少し様子を見に来たんだ。だがまぁ、事件の方は早めに収拾がつきそうだから、俺も本来の仕事に戻らなきゃいけないんだが……」

 前半部分は明らかに面白がっている様子のジンだったが、後半になるに連れ、その表情が真剣な物へと変化していく。

「お前に会ったのも何かの縁だ。ディーン、悪いが少し、俺に付き合ってもらえないか?」

「……? 何だよ、急に改まって」

 問い詰めようとするディーンを、ジンは軽く右手を上げることで制した。

 透き通った水面のような碧眼で周囲を一瞥し、告げる。

「少し場所を変えよう。ここで長話をするのは、お前には都合が悪いだろ?」

「え? あ、ああ……」

 こちらへの配慮を忘れない友人に感謝しつつ、ディーンは一旦、二人と一緒に『ギルド』の外へ出ることにした。

 出入口へ向かう途中、先導しているジンが、肩越しに振り返りながら口を開く。

「ところでディーン。お前、本当に彼女と一緒に旅をしてるのか?」

 黒髪の少女を一瞥するジンに倣い、ディーンも、相変わらず離れる気配のないリネに視線を送ってから、溜め息混じりに告げる。

「何言ってんだ、そんな訳ねぇだろ。こいつとはさっき知り合ったばっかで――」

「あー、またそういう冷たい言い方するー! 一緒に事件を解決したのに、何で仲良くしてくれないの?」

 否定しようとするディーンの言葉を遮る形で、リネは傷付いたとばかりに抗議の声を上げてくる。

 カチン、という音が頭のどこかから聞こえた気がしたディーンは、『ギルド』の外に出た所で少女の方に向き直り、人差し指を突き付けて叫ぶ。

「知るかそんなこと! 言っとくけどなぁ、俺はまだてめぇを信用した訳じゃねぇんだよ! 馴れ馴れしくしようとすんな鬱陶しい!」

「うわーん、ジンさーん! ディーンが虐めるー!」

「だぁぁぁぁっ、もうっウザってぇぇぇっ!!」

 助けを求めるようにジンの背後に回り込み、実にわざとらしい台詞を吐くリネ。対してディーンは、腹立たしさのあまり両手でワシャワシャと髪を掻き回す。

 相手が幼気な少女である以上、暴力に訴える訳にもいかず(そもそもジンの目の前でそんな真似はできない)、怒りの矛先が見つけられない。元々あまり沸点の高くない彼の性格上、今の状況は苦行に等しいのである。

「さっきからいまいち事情が呑み込めないんだが……。とりあえず、知り合いなのは確かなんだろう?」

「……まぁ、不本意ながらな」

 ジンを混乱させる訳にも行かず、渋々認めるディーン。視界の端では、リネが不満そうに頬を膨らませているが、鬱陶しいので無視しておく。

「ならこの際だ。お互いの事情を詳しく知る為にも、どこか落ち着いて話せる場所を探さないか? 俺も、お前に話しておきたいことがあるんだ」

 それは、先程『ギルド』で言い掛けていたことか、とディーンは推測する。

 どことなく不穏な気配を漂わせるジンの口調。そして、目下の所ディーンを悩ませているリネの存在。これらのことを一気に解決するには、ジンの言う通り、会談の席を設けるのが正解なのかも知れない。

「しょうがねえなぁ……」

 浅く息を吐き、やや項垂れるディーン。

 こうして、三人が話し合いを行うことは、済し崩し的に決定となったのだった。






 ◆  ◆  ◆






 話し合いの場所を決めるにあたって、判明した事実が一つ。それは偶然にも、三人が同じ宿屋に宿泊しているということだ。

「俺が泊まっている宿の部屋はどうだ? あまり広くはないが、この人数なら問題ないだろう」

 そう切り出したジンの言葉に甘え、彼が宿泊しているという宿へと足を運んだ一行は、建物を前にして固まってしまった。こんな偶然があるのか、と。

 若干戸惑いを感じたディーンではあったが、代わりの場所を探そうにも宛てがない。その上、徐々に太陽も西の空へと傾きつつあった為、異論を唱えるのは断念しておいた。

 ディーン達が泊まっている宿屋は、駅から程近い場所にある。茶色い煉瓦で造られた三階建ての外観は、どこかゆったりとした雰囲気を醸し出していて、旅の疲れを癒すには最適な場所だ。

 何時間か前は、妙な少女に付き纏われていた為(それは今もだが)、宿の外観や内装などを気に掛ける余裕がディーンにはなかった。が、改めて観察してみると、我ながら中々良い宿を選んでいるものである。

 宿について早々、ジンが宛てがわれた二階の一室へと直行したディーン。彼は今現在、リネと肩を並べてソファーに腰を下ろしている。

 座り心地は良いのだが、いかんせん隣に座っている少女が気になって落ち着かない。

 もちろん悪い意味で、である。

「――なるほど。事件の経緯は大体わかった」

 テーブルを挟んで、ジンに列車での出来事を説明すること、約十分。彼は現状にようやく得心がいったらしく、腕を組んで数回頷いてみせた。

 その上で、未だに面倒臭いという表情を崩さないディーンに、緩い笑みを浮かべながら言う。

「付いてくるくらい許してやったらいいじゃないか。別にお前に危害を加えようとしている訳でもないし、事件の際に助けられたのも事実なんだろう?」

「そりゃまぁ、そうだけど……」

 簡単に言ってくれるよなぁと思いつつ、ディーンは横目でリネの様子を窺ってみる。

 ジンという協力者を得たせいだろう。リネは良い返事を期待するような眼差しで、ディーンを見つめている。

 彼女の思い通りに事が運ぶのは非常に癪だが、ここで自分が折れなければ、話は平行線を辿ったまま先へ進まなくなる。

 これはあくまでも時間を無駄にしない為の措置だ、と自分に言い聞かせながら、ディーンは一度溜め息を吐いた。

「あーもう、わかったよ。お前の好きにしやがれってんだ」

「わーい、やったー!」

 諸手を上げて嬉しがる少女を目にするのが、腹立たしいやら悲しいやら。

 色々思う所はあるにしろ、とりあえずはとリネから視線を外し、ディーンは閑話休題とばかりに、ジンに声を掛ける。

「ところでジン。列車テロの件、お前はどう思う?」

 声色からこちらの意思を察したのか、ジンは真剣な表情になって口を開く。

「計画を立てた人間が他にいるかも知れない、という可能性のことか?」

「ああ。確証はねぇんだけど、俺はその計画を考えた奴は、魔術師なんじゃねぇかと思ってる」

「……」

 ディーンが自らの意見を述べると、ジンは視線を逸らし、難しそうな顔を浮かべて押し黙った。

 初めは、頭の中で情報を整理している最中なのだろうと思ったディーンだったが、すぐに異変に気付いた。

 たまにしか顔を合わせないとはいえ、付き合いが長くなってきたからこそわかる。ジンがこういう表情を浮かべる時は大抵、話題にし辛い何かを抱え込んでいる時だ。

「そういえば、さっき話したいことがあるって言ってなかったか?」

 故にディーンは、追い討ちを掛けるつもりでジンにそう問い掛けた。以前からこうして、二人の間では遠慮のないやり取りが交わされている。

 やがて観念したかのように、ジンは少々重苦しそうに話し始めた。

「実は今、元老院からの依頼で、ある調査をしている最中なんだ」

「調査って何の?」

「現政権の顛覆を狙って、反王族派のテロリスト達が集結している、という噂の真偽を確かめる調査だ」

「何だって……?」

 つい数時間前にテロリストと対峙したばかりのディーンにとって、ジンの言葉はこの上なく現実味を帯びたものに感じられた。

 さすがに不穏な空気を察したのか、リネが真剣な顔付きでジンに尋ねる。

「そんな噂、一体どこから広まったんですか?」

「最初に噂が囁かれ始めたのは二ヵ月程前、『首都』から東に二十キロ程離れた所にある、『ツェペル』という街だったそうだ。それから日を追う毎に北、南、西と、噂は徐々に広まり、今では各地の『ギルド』にまで届いている」

「じゃあまさか、俺がさっき戦った奴らって……」

「ああ。噂になっているとされる、テロ集団の一味だった可能性が高い」

 そう、その可能性は充分に考えられる。現にディーンが遭遇したテロリスト達は、列車の屋根で相対した時、高らかに宣言していた。『倒王戦争』の生き残りとして、かつての『魔王軍』に与した者として、現政権に自分達の意志を示すのだと。

 そんな危険人物達の存在が噂になるということは、相当大掛かりなことを計画しているはずである。もしかしたら先程の列車テロは、その計画のほんの一部に過ぎなかったのかも知れない。

 嫌な予感が、ディーンの脳裏を過る。

「お前のことだから、その調査ってのも大詰めに差し掛かってんだろ? なら何か他にわかってることはねぇのかよ?」

「……」

「……おい、ジン?」

 先程から、やけにジンの口が重い。重過ぎると言ってもいいくらいに、彼は何かを話し辛そうにしている。

 ディーンが訝しく思っていることに気付いたのか、ジンはまるで、誤魔化そうとするかのように話を続ける。

「察しの通り、一つだけ有力な情報がある。実はとある街で、テロリストと思しき人間と接触している、魔術師の姿が目撃されているんだ」

「! そうなのか?」

「ああ。だからお前の予想は、恐らく当たっている。俺はこの事実を、『首都』の元老院に報告しに向かう途中だったんだ」

 ジンは一旦言葉を切ると、今まで以上に真剣な表情を浮かべ、真っ直ぐディーンを見つめてきた。

「そこで相談なんだが、今回の一件を解決する為、俺と一緒に『首都』へ向かってくれないか? 相手側に魔術師がいるとなると、軍や『ギルド』の人間だけでは対処し切れない事象も、充分起こり得るからな」

「そりゃまぁ、協力するのは全然いいけど……」

「そうか、良かった」

 安堵したように微笑みを浮かべ、ジンは軽く息を吐く。

 そんな友人の姿が、ディーンにはなぜか、酷く焦っているように見えた。まるで、早くこの話を切り上げようとしているかのような、奇妙な違和感。

 内心首を捻るディーンを他所に、ジンは窓の外へと視線を送りながら言う。

「だいぶ日も暮れてきている。『首都』への出発は明日にして、各々旅の準備を整えよう。――当然、キミも付いてくるんだろう?」

「はい! もちろん!」

 ジンに問われ、無邪気な笑顔で即答するリネ。

 そんな二人のやり取りを、微妙な表情で見つめていたディーンは、一瞬口を開き掛けて、結局は噤んだ。本当は横槍を入れてやりたかったのだが、入れたら入れたで、後々面倒なことになりそうな予感が嫌という程したのだ。

 我ながら、妙な第六感が働いているものである。

「なら、キミは先に準備を始めていてくれないか? 俺とディーンはもう少し、今後についての詳しい話を詰めておくから」

「わかりました。――じゃあ、また後でね♪」

 立ち上がってジンに会釈した後、リネは柔らかく微笑みながら、ディーンに小さく手を振ってきた。

(何でわざわざ俺に手を振る?)

 という、ディーンの疑問の表情をどういう意味に受け取ったのか、リネは嬉しそうに、軽やかな足取りで部屋を出て行ってしまった。

 正直な所、ディーンは未だ、リネに気を許し切れていない面がある。だからこそ、やけに懐いてくるリネの態度に戸惑いを覚えてしまうのだ。

 やはり彼女のあの遠慮の無さは、自分の目的を達成しようという気概の表れなのだろうか。

 閉じられた部屋の扉に、しばらく視線を送っていたディーンは、頭を切り替えてからジンの方に向き直る。

「――それで、要件はなんだ? わざわざあいつを先に行かせたのは、何か聞かれたくない話があるからなんだろ?」

 ジンの様子がおかしいことに気付いていたディーンは、単刀直入にそう切り出した。

 一瞬目を瞠って沈黙したジンだったが、降参だと言いたげな様子で、やや苦笑する。

「お前が彼女に素性を話してくれていれば、こんな回りくどいことをする必要もなかったんだがな」

「あん? どういう意味だよ」

「今回の一件が少なからず、お前の素性に関係していることだからだ」

「!」

 告げられた瞬間、ディーンはようやくジンの意図を理解した。

 ジンがやけに早く話を切り上げようとしていたのは、唯一ディーンの素性を知らないリネを、会談の席から外すのが目的だったのだ。つまり、先程まで彼の様子がおかしかったのは、他でもないディーンへの配慮を優先するが故だったということになる。

 確かに回りくどいやり方だが、あの少女に対しては効果的だったと言えよう。下手に「二人だけで話がある」などと言えば、しつこく喰い下がってくる可能性は充分考えられるのだから。

「悪いな、余計な気を遣わせちまって……」

「俺にそう思うのなら、早くあの娘にも話してやるんだな。後回しにすればするだけ、話し辛くなる一方だぞ」

「……」

 面倒な役回りをさせてしまったせいか、ジンは仕返しとばかりにそんなことを言ってきた。

 耳が痛い発言ではあったが、今はそれよりも気になることがある。

 先程ジンはこう言ったのだ。今回の一件が少なからず、お前の素性に関係している、と。

「一体どういうことなんだ? 俺の素性に関係してるって……」

「とある街で、テロリストと思しき人間と接触している魔術師の姿が目撃された、と言っただろ? その目撃された魔術師が、お前のよく知る人物だったんだ」

「……!」

 放たれた言葉が鼓膜を通過した瞬間、ディーンは全身が凍り付いていくような感覚に襲われた。

 嫌な予感、どころの話ではない。ジンの言葉はもう、それそのものが答えになっている。

 自分がよく知る魔術師など、片手の指で足りるくらいしかいない。

 その中で自分の素性に関係する人物など、一人しかいない。

 まさか、まさかまさかまさか――


「ミレーナ・イアルフス」


「!!」

 自分の耳を疑い、硬直するディーンに畳み掛けるかのように、ジンは静かな口調で告げる。

「お前の、師匠だ」


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