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第一章 紅い髪の少年 chapter-2

 瞬間、ディーンの頭に浮かんだのは、純粋な疑問だった。

 四角く区切られた機関室には、黒い鉄製の装置類が所狭しと並んでいて、列車の走行音とは別に、無機質な駆動音が車両内を満たしている。車両の両側と運転席に備え付けられた窓の向こうでは、荒れた大地が次々と後方へ流れていく。その様は、まるで自分が翼を得て、大空を飛行しているかのようだ。

(……?)

 決して広くはない機関室を見回し、ディーンはただただ首を傾げる。

 ここに辿り着くまでに仕入れた情報によれば、この機関室には強盗一味のリーダーと、部下二名が待機しているのではなかったか?

 だが意を決して突入した機関室には、誰もいない。

 そう、誰もいないのだ。

(何で運転手と整備士までいなくなってんだ……!?)

 異常な光景を前に、ディーンは焦りを覚えずにはいられない。その理由は、彼らが乗っている列車の動力に関係している。

 この『ジラータル大陸』に存在する乗り物の多くは、『導力石』という特殊な鉱石によって動いている。特殊な波動を放つこの鉱石は、大陸の一部の地域で採掘され、かつて巻き起こった戦争では兵器として利用されていた。それが今では、こういった列車などの移動手段となる乗り物の動力として使われている。

 この『導力石』を使用する列車を動かす場合、機関室には二人の人間がいなければならない。

 一人は、列車の速度調整などの操作を行う運転手。そしてもう一人は、動力となる石の波動調整を行う整備士と呼ばれる者だ。

 ディーン自身、整備士が一体どのような作業を行うのかを、細部まで知っている訳ではない。だが、整備士がいなければ列車が暴走事故を起こすとまで言われている程、その役職が重要なものであることは知っている。

 にも拘らず、辿り着いた機関室には誰一人いない。

 無人の運転席に、虚しい駆動音を響かせ続ける装置類。

 つまり今この列車は、運転手も整備士もなしで、ただ線路に沿って進んでいるだけの状態ということだ。このままではいずれ脱線するか、最悪最寄り駅に突っ込んで甚大な被害を出してしまいかねない。

「おいおい、冗談じゃねぇぞ……! このままじゃ――」

「任せて!」

 思わず頭を抱えそうになったディーンの横を足早に通って、リネは無人の運転席に腰を下ろした。

 彼女はその白く細い両腕で、眼前にある円形の金属で出来た操縦桿を握る。

「あんた、運転できるのか?」

「運転だけならね。昔知り合いに、一通りの操作方法を習ったことがあるから」

 少女の意外な発言に胸を撫で下ろし掛けたディーンだったが、しかしあることに気付く。

「ちょっと待て。運転だけってことは、もしかして『導力石』に関する知識は持ってないのか?」

「う、うん……。だから、もし『導力石』が暴走しちゃったら、あたしには対処のしようがないし、それに――」

「列車を止めようにも、運転席での操作だけじゃ完全に停車させることはできない。……そうだよな?」

 ディーンが尋ねると、リネは不安げな表情で頷き、操縦席の横にある装置類を一瞥した。

 今の所、手がつけられない程の異常が発生している様子はない。だがそれも、整備士がいなければ時間の問題だ。一刻も早く消えてしまった整備士、そして運転手を見つけ出さければならない。

「わかった。そういうことなら任せとけ」

 言いつつディーンは、手早く準備運動を済ませ、不敵な笑みを浮かべながら告げる。

「あんたは運転に集中してていいぜ。『導力石』が暴走を起こす前に、俺が整備士を連れて来てやるよ」

「連れて来るって、どこに行ったかわかるの?」

「車両内は全部見てきたんだ。だったら行き場所は一つしかねぇだろ」

 怪訝そうな顔付きのリネに背を向け、ディーンは機関室の隅に設置してある、鉄製の梯子へと向かった。この梯子は、列車の上部へと繋がっている。

 機関室へ突入した際、少々狼狽してしまったディーンではあったが、ほんの少し前から一つだけ、疑問に思っていたことがあった。

 それは機関室の隣の客車で、ディーンが暴れていた時のこと。

 なぜ、あれだけの大立ち回りを演じたにも拘らず、機関室から様子を見に来る人間が一人もいなかったのか。普通なら騒ぎを聞きつけ、何が起こったのかと覗きに来ても可笑しくはない。それがリーダーのいる車両の隣ならば尚更だ。

 つまりその時からすでに、機関室は蛻の殻となっていたということに他ならない。そうなると必然的に、相手の行き先は列車の上部、屋根の上だと推測できる。

 ディーンは梯子を上り、鉄板でできた重い蓋を押し開け、屋根の上へと這い出た。するとその途端、進行方向から強い風が流れてくる。

 砂埃を防ぐ為に纏った萌葱色のマントをなびかせながら、ディーンは後部車両の屋根に視線を向ける。

 するとそこには予想通り、屈んでいる数人の人影があった。

「やっぱりな……」

 強風に煽られて落下しないように、細心の注意を払いながら、ディーンは屋根の上を歩いていく。

 列車の連結部分を飛び越え、屋根の上を歩き、また飛び越え、また歩きを繰り返して、徐々に人影との距離を縮める。

 やがて相手の人相を確認できる位置まで辿り着いたディーンは、思わず嘆息してしまう。

 五メートル程離れた位置には、強盗の一味と思われる男三人と、青い作業服に身を包んだ男二人の、計五人が身を屈めていた。

 ミレーナの行方を捜して旅をしている以上、ディーンは移動手段として列車をよく利用する。だからこそ、何度か目にして知っていた。

 列車の運転手と整備士が、青い作業服を着ていることを。

「何だぁ? ガキがこんな所で何してやがる」

 ディーンの存在に気付いた五人の内の一人が、吸っていた煙草の煙を吐き出しながら言い、立ち上がった。

 何してやがるはこっちの台詞だ、とディーンは内心で吐き捨てた。特にこの台詞は、青い作業服を着た二人の男に対してぶつけてやりたい。

 なぜこんな所で、強盗と仲良く煙草なんか吸っていられるのか、と。

「下っ端連中は全員制圧させてもらったぜ? 強盗団さん」

 つまりは、そういうことだろう。運転手と整備士が、初めから強盗団の一味。

 いや、ここまで大掛かりな真似をするとなると、目的は恐らく強盗などではない。ディーン自身勝手に強盗と決めつけていたが、この者達の正体は――

「あんたら、テロリストって奴か」

 ディーンが断言してみせた瞬間、五人の顔が一気に険しくなった。どうやら見事に当たりを突いたらしく、五人の内の一人、リーダー各らしき男が口を開く。

「その通り。ガキにしては中々鋭いじゃねぇか」

「そりゃどうも」

「だが、少し調子に乗り過ぎたなぁ。俺達の邪魔をしようってんなら、死んでもらうしかねぇ」

 その言葉を皮切りに、男達は次々と立ち上がりながら武器を手に取る。ニヤニヤと不快な笑みを浮かべる四人の男達が握るのは、黒光りする拳銃や切れ味の良さそうな短剣だ。

 丸腰のディーンに警戒する様子もなく、リーダー格以外の男達は、徐々に歩み寄ってくる。

 だがディーンは全く動じず、リーダー格の男に向けて淡々と問い掛けた。

「あんたらは一体何が目的なんだ? 殺されるにしても、それぐらいは聞かせてもらいたいね」

 自分達の勝利を確信しているからなのか、或いは単なる暇潰しか。ディーンの質問に対して、リーダー格の男は意外にもあっさりと口を開いた。

「この列車の終着駅がどこだか知ってるか? クソガキ」

 吸っていた煙草を屋根の上に捨て、靴底で乱暴に踏み締めながら、男は不敵な笑みを浮かべてみせる。

 またしてもクソガキ呼ばわりされた苛立ちを抑え込み、ディーンはどうにか答えを返す。

「『首都・テルノアリス』だろ。それが何だってんだ?」

「決まってんだろ! この列車を乗客諸共、停車駅に突っ込ませるのさ! 俺達の意志を世間に知らしめる為になぁ!」

「……は?」

 男の思想がまるで理解できず、ディーンは真顔で聞き返した。

 だが熱の籠もり始めたテロリストには、ディーンの声が聞こえていないらしい。進行方向から流れてくる強風を物ともせず、邪悪な熱意を燃え上がらせていく。

「今のテルノアリス王は堕落してやがる! 生温いったらありゃしねぇ! 何が『倒王戦争』だ! 何が『倒王歴(とうおうれき)』だ! 平穏とやらに毒されたバカな貴族共に統治されるなんて堪ったもんじゃねぇ! だから俺達の手で、連中の目を覚まさせてやるんだよ! かつて『魔王』と呼ばれた、前テルノアリス王の方が正しかったってことをなぁ!」

「……なるほど。あんた、『倒王戦争』の生き残りか」

 かつてこの『ジラータル大陸』は、『首都』に座する一人の王の手によって独裁的に支配されていた。

 虐殺と内戦。血で血を洗う争いが日常茶飯事となっていた時代。従わない者は全て殺し、障害となり得る者も全て殺し、多くの血の上に無理矢理成り立たされた独裁国家。

 その王として『首都』に君臨していたのが、残虐非道な振る舞いから『魔王』と揶揄されていた、前テルノアリス王だ。

 だが今から十二年前、『首都』でクーデターが引き起こされた。

 前テルノアリス王の所業に不満を抱えていた一部の貴族達が、秘密裏に『反旗軍』と呼ばれる勢力を立ち上げ、神をも恐れぬ『魔王軍』に戦いを挑んだのだ。

 その際貴族達は、『反旗軍』の中核メンバーとして、『とある技術』に秀でた五人の人間を集結させるに至った。

 その『とある技術』とは、『魔術』。

 自然現象では有り得ない力を、現実に引き起こす技術。数百年前から存在したとされるそれを操る者を、人々は総じてこう呼んでいる。


 魔術師、と。


 伝承によれば、かつてはこの大陸にも、魔術師と呼ばれる者が数え切れない程存在していたとされている。だが大陸内で起きた様々な戦争によって、多くの魔術師が犠牲となり、その存在は近代に進むにつれ、徐々に希少なものとなっていった。

 そしてそれは、『倒王戦争』当時に於いても同じだった。

 すでに希少な存在となっていた魔術師である五人の人間達は、『反旗軍』の中核メンバーとして『魔王軍』を席巻し、長き戦いの末『魔王』を討伐するに至ったのだ。

 後にその戦いが『倒王戦争』、王を倒したその年の暦が『倒王歴』と呼ばれるようになり、『ジラータル大陸』は、しばしの安寧に身を委ねることとなった。

 戦禍は確かに過ぎ去った。しかし、戦争の残り火と言える小さな争いは、各地に根強く残り続けている。その理由は、『魔王』の危うい思想を受け継ぐ、『倒王戦争』の生き残りや同志がいるからに他ならない。

 終決から十二年が経過した今でも、『魔王』の軍勢と称するテロリスト達が大陸各地で騒ぎを起こし、現政権を脅かす悩みの種となっている。

 今目の前にいる、この男達のように。

「犠牲が出れば民衆の反発は大きくなる! それをさらに煽る為に、俺達がテロ行為を繰り返す! その先には一体何が待ってると思う!? そうさ! 『倒王戦争』の再来だ!! あの戦争の時と同じように、今度は俺達が王から玉座を奪い取ってやるんだよ!」

 リーダー格の男はそう締め括ると、愉悦に塗れた高笑いを上げる。

 だがディーンは、興奮する男達を一瞬で冷却させるかのような、深い溜め息で応じた。腹の底から湧き上がる哀れみと怒りは、堰を切って今にも溢れ出しそうだった。

「くだらない野望だな」

「! ……何だと?」

 侮辱されたことに憤るような表情で、リーダー格の男はディーンを睨み付ける。

 だがディーンには、どんな圧力も意味を成さなかった。動じず、揺らがず、紅い髪の少年は、感じたことをそのまま口にする。

「俺達の意志を知らしめる? 『倒王戦争』の再来? バカみたいなこと抜かしてんじゃねぇよ。何をどう言おうと、結局あんたらは自分達のことしか見えてねぇんだ。あんたらのくだらない行いのせいで、一体どれだけの人間が不幸になってるか考えたことあんのか?」

「うるせぇんだよ! 何も知らねぇガキが好き放題抜かしてんじゃねぇ!!」

「知ってるさ。俺も一応、戦争経験者だからな」

「もういい! こんなガキさっさと殺しちまえ!」

 リーダー格の男が怒鳴ると、ディーンに近付いてきていたテロリストの一人が銃口を向け、その引き金を迷うことなく引き絞った。

 発射される鉛の塊。無慈悲なる殺傷兵器。

 乾いた銃声と共に、彼の髪と同色の鮮血が辺りに飛び散る――ことはなかった。

 ディーンの身体を貫通する為に飛来するはずだった銃弾は、その中途で跡形もなく消え去ってしまう。なぜなら、彼の身体を中心にして巻き起こったとある現象が、銃弾の行く手を阻んだからだ。

「なっ!?」

 ディーンを取り囲もうとしていたテロリストの一味、そしてリーダー格の男が息を呑む。

 突如として巻き起こったその現象は、肌身を焦がす程の莫大な熱量を持ち、同時にディーンが嫌いな、彼自身の髪と同じ色をしていた。


 すなわち、炎。


 列車の屋根に、正円を描く形で発生した灼熱の炎の渦は、自然現象などではない。

 かつて『反旗軍』の中核メンバーとして活躍した、五人の魔術師の内の一人。紅き炎を司る、『深紅魔法』の使い手。

 その者の名は、ミレーナ・イアルフス。

『魔王』を倒した『英雄』の一人として、彼女の名は大陸の歴史に刻まれている。

 そんなミレーナから、紅い髪の少年は息子として姓と名を授かり、同時に弟子として魔術を教授された。

 ディーン・イアルフス。

 彼自身もまた、魔術師と呼ばれる存在だった。






 ◆  ◆  ◆






「魔術師になりたい? また突然何言い出してんのよ、あんたは」

 ミレーナは軽く頭を抱えると、とても呆れた表情で溜め息をつく。この台詞が、ミレーナからの記念すべき第一回目となる否定の言葉だった。

 その後もしばらくの間、ディーンとミレーナは似たような押し問答を繰り返す日々が続いた。

 ディーンが魔術を教えてほしいと懇願し、ミレーナが即座に却下する。少年が本気で願えば願う程、ミレーナのような立派な魔術師になりたいと告げれば告げる程、彼女は首を縦に振ろうとはしなかった。

「どうしてそんなに反対するんだよ?」

 ある時、余りにも頑ななミレーナの態度に我慢し切れず、ディーンがそう尋ねたことがあった。

 すると魔術師ミレーナは、真剣な表情で信じられない台詞を口にした。

「あんた……、人殺しになりたいの?」

 突然紡がれたその言葉は、まだ幼さの残る少年を絶句させるには、充分過ぎる威力を持っていた。

 人殺し……? 魔術師が? なぜそんな、自分自身をも陥れるかのような台詞を、彼女は平然と口にするのか?

 少年の、無知故の純粋なる疑問。ただミレーナへの憧れだけで魔術師になりたいと願うその行為は、今にして思えば、実に幼稚なものだったと言える。

「いい? 魔術って言うのは、相手を殺すことだけに特化した最悪の技術なの。あんたは知らないだろうけど、私はこの力で何人もの人を殺した。世間じゃまるで当たり前みたいに、『倒王歴』を創った英雄なんて呼ばれてるけど、私はただの人殺しよ。決して称賛されるような立派な人間なんかじゃないわ……」

 ミレーナの言葉はどこまでも真摯で、どこまでも深い悲しみを孕んでいた。彼女は魔術師である自分自身を嫌い、自らが持つ魔術という力を嫌悪していた。

 その時初めて、ディーンはミレーナが抱えている苦悩や後悔に、ほんの少しだけ触れられた気がした。全てを悟ることはできないまでも、彼女には彼女の業が存在するのだと、理解することができた。

 だからこそディーンは、ミレーナに対してとある誓いを立てたのだ。

「だったら俺が魔術師になって証明してやる! 魔術師はただの人殺しじゃないって! 誰かを守ることができる存在なんだって!」

 子供の幼稚な発言だと、切り捨てることはいくらでもできただろう。

 だがミレーナは、一瞬たりともそんな素振りを見せなかった。少々驚いた様子で目を瞠った後、愛おしげな笑みを浮かべて、ディーンの頭を軽く小突く。

 そのすぐ後だった。

 ミレーナが、魔術の師匠となることを承諾してくれたのは。






 ◆  ◆  ◆






 ディーンが発生させた炎に撒かれ、テロリスト達は戦慄くかのように顔を顰めた。恐らく彼らの肌には、炎の熱によって焼け付くような痛みが走っていることだろう。

 だが『深紅魔法』の使い手であるディーンは、自分の炎の熱さを感じない。自らの周囲を舞う炎の渦は、彼にとっては吹き抜けるそよ風と同じである。

 煌々と燃え盛る炎に気圧されたのか、リーダー格の男が憤慨したかのように言い放つ。

「バカな、有り得ねぇだろ……! てめぇみてぇなガキが、魔術師だと!?」

 響き渡る男の怒声を無視して、ディーンは即座に行動に移った。

 掌を上にする形で、両腕を水平に構える。すると、ディーンの周囲を舞っていた炎の渦が、彼の両掌に吸い込まれるように集束し、松明の炎を思わせる二つの紅い塊が造り上げられた。

 瞬間、ディーンは二つの炎の塊を勢い良く投擲する。

 狙ったのは、短剣を構えていた二人の男だ。

「ぐああああっ!!」

「ぎゃああああっ!!」

 まるで吸い込まれるかのように命中した炎が、二人の男の身体を燃え上がらせる。

 悲鳴を上げながらその場に倒れ伏した仲間を呆然と見つめているのは、青い作業服を着た男達。服装が全く同じである為、どちらが運転手でどちらが整備士なのか、ディーンには見分けがつかない。

(ま、どっちにしろ両方連れて帰れば問題ねぇか)

 今も一人、機関室で奮闘しているであろう黒髪の少女の姿を思い浮かべながら、ディーンは男達に近付こうと一歩踏み出した。

 その瞬間。

「う、うあああぁぁっ!」

 呆然から一変。自分も炎に焼かれるかも知れないという恐怖が追い打ちを掛けたのか、青い作業服の男達は後先考えずに銃を乱射した。

 が、もちろんその銃弾の雨は、一発たりともディーンの身体に届かなかった。

 踏み出した瞬間から、すでに炎の渦を出現させ始めていたディーンは、テロリストの反撃を意に介さず前進し続ける。

 やがて弾切れを起こして二人の男が硬直した瞬間、炎の渦を突き破る形で一気に距離を詰め、鳩尾に両拳を叩き込んだ。

 急所を鋭く突かれ、二人の男はほぼ同時に意識を失い、屋根の上に乱雑に倒れ込む。

 これで残すは、あと一人。

「こっ、の野郎……!」

 目の前で仲間を次々と撃破され、リーダー格の男は、自身に内包されていく不満と怒りが抑え切れなくなったらしい。腰に携えていた鞘から乱暴にロングソードを引き抜き、切っ先をディーンへと差し向けながら叫ぶ。

「てめぇみたいなガキに、俺達の計画を邪魔されてたまるか! ブッ殺してやる!!」

 これだけ力量の差を見せつけたというのに、男の戦意は萎えていない。むしろ激昂している分、より増しているようだ。

 ならば望み通り迎え撃ってやろうと、腰をやや低くしようとしていたディーンは、ふとあることが気になった。

(そういえばこいつら、一体どうやってこの列車から脱出するつもりだったんだ?)

 今更の疑問に、ディーンは少々首を捻る。

 先程あれだけ自分達の意志について熱弁していた人間が、まさかこの列車と共に心中しようなどとは考えないだろう。そもそも最初から死ぬつもりなら、ここまで頑なに抵抗しようとはしないはずだ。

 ならば考えられる脱出方法とは何か。

 飛び降りる、のは自殺と大差がない。

 飛行船、なんて物が近くを飛んでいる様子もない。

 何かが可笑しい。俺達の計画と豪語した割には、脱出の為の手段が蔑ろにされている。まさかこれは……。

「なぁ。ちょっと聞きてぇんだけど、この計画を考えて指示したのはあんたなのか?」

「ああ? そんなことてめぇには関係ねぇだろ!」

「あーまぁそりゃそうなんだけど……。もしこの計画があんたの発案じゃないんだとしたら、ちょっとヤバイことになってんじゃねぇかと思ってさ」

「……何だと?」

 怪訝そうな顔付きになる男に対して、ディーンは警戒を怠らないように注意しながら、改めて口を開く。

「この列車からの脱出方法だよ。いくら何でも、列車と心中するつもりなんてないんだろ? だったらあんたら、どうやってここから逃げるつもりなんだ?」

「ハッ! 何を言うかと思えば……。生憎だったなクソガキ。俺達には便利な物があるんだよ」

 自慢げに告げるリーダー格の男は、懐から青い水晶のような物を取り出した。そして見せびらかすように左手で握ったそれを、こちらに差し向け、言う。

「こいつは特殊な力が込められてる『転移石』っていう代物でな。こいつがあれば、俺達はすぐにでもこの列車から脱出でき――」

「そんなモン、存在しねぇよ」

 ディーンが呆れ顔で、冷たく言い放った瞬間。両者の間に、数秒の沈黙が訪れた。

「………………は?」

 男がやっと捻り出してきたのは、言葉というより動作だった。訝しそうに眉根を寄せ、僅かに首を傾げている。

 言葉が通じていないはずはないのだが、仕方がない。少し惨い気もするが、さっさと真実を告げて楽にしてやろう。

「だからー、存在しねぇんだよ『転移石』なんて。石どころか、『転移』なんて便利な魔法は存在しない。一体誰が用意したのか知らねぇけど、今手に持ってるそれ、多分ただのガラクタだぜ?」

「ふっ、ふざけんな! そんなハッタリ――」

「じゃあどうやって発動させるんだよ? まさかとは思うけど、目を瞑ってただ祈ればいい、とか言うんじゃねぇだろうな?」

「なっ!? 何でそれを……」

 ディーンはやれやれと溜め息をついた。つまりはそういうことである。

 このテロリスト達に水晶(ガラクタ)を渡した者は、最初からこの者達の口も封じるつもりだったのだろう。

 いくら『倒王戦争』の生き残りとはいえ、魔術に疎い者は大勢いる。何の知識もない人間なら、『転移石』などというありもしない代物に引っ掛かり、騙されてしまうのも無理はない。

(だけど、こうなると……)

 そう。気になるのは、一体誰があんなものを用意したのかという点だ。

 先程の会話から推測するに、この列車テロを計画したのは、恐らく目の前の男ではない。となると、計画を指示した人間と、彼らに水晶を手渡した人間は同一人物なのではないだろうか。相手の狼狽えようから考えても、その可能性が高い。

 ならば彼らを操っていた人物とは、一体どのような立場の人間なのか。

 魔術に関することで誰かを騙す為には、騙す相手よりも魔術に詳しくなければならない。つまり必然的に、その黒幕はテロリスト達よりも多く、魔術に関する知識を持ち合わせているということになる。

 瞬間、ディーンの頭に浮かんだ、一つの可能性。

(まさか、魔術師か?)

 確証が得られた訳ではない。だが決して、有り得ない話でもないはずだ。

 もしかしたらこの一件は、思っていた以上に複雑で、厄介な事件なのかも知れない。

「ふざけやがってぇぇぇっ!!」

「!」

 思考に囚われていたディーンは、男の怒鳴り声と、何かが砕けるような音で我に返った。

 どうやら憤慨したリーダー格の男が、さっきの青い水晶を屋根に叩き付けたらしい。彼は怒りが収まらないのか、砕けて無数の破片になった水晶を、更に足で踏み付けている。屋根を踏み抜かんばかりの強さで、何度も何度も。

 やがて男は、息を荒げながら顔を上げ、明らかに激怒した表情を浮かべながら、ディーンを睨み付けてきた。

「殺してやる……! てめぇも、この列車の乗客も、一人残らずブッ殺してやる! 列車を衝突させるまでもねぇ……。俺がこの手で皆殺しにしてやる!!」

「おいおい……」

 ほんの少しだけ、男の戦意喪失を期待していたディーンは、吐き出される怨嗟の言葉を前に頭を抱えた。全く以て本当に、世の中上手くいかないものである。

 彼らを不憫に思う気持ちが全くない訳ではないが、乗客にまで八つ当たりするというのなら話は別だ。

 男の行く手を阻む為、ディーンは即座に頭を切り替えた。

 真っ正面から対峙する構図。立ちはだかるディーンに対し、男は怒気を孕んだ声で言う。

「どけ、忌々しいクソガキがぁ……ッ! 高が人殺しが、『英雄』呼ばわりされてるどこぞのクソ魔術師共の真似事でもしてるつもりか!?」

「……何だって?」

 身構えようとしていたディーンは、聞き捨てならい台詞を耳にして、やや硬直した。

 恐れをなしたから、ではない。怒りを覚えたからだ。

 目の前の男の、戯れ言に。

「……今、何て言った?」

「馬鹿馬鹿しいって言ったんだよ! 何が『英雄』だ、くだらねぇ……! 俺に言わせりゃあんな連中、どいつもこいつもただの偽善者だ! あんなバカみてぇな連中に入れ込むなんて気が知れねぇぜ!」

「――!」

 それが、決定的な引き金となってしまった。

 胸の内から湧き上がる憤怒の感情は、紅く煌めく現象へと具現化される。

 ディーンの周囲に発生した炎の渦は、彼の激しい怒りを形にするかのように、圧倒的な熱量を振り撒きながら、その勢いを増していく。

「なっ……!?」

 発現された魔術の力に畏怖を覚えたのか、リーダー格の男が静かに息を呑む。

 非常に、愚かであると言わざるを得ない。名指しではないとはいえ、よりにもよってこの男は、ディーンの目の前で侮辱してしまったのだ。

 彼の親であり、師匠でもある大切な存在を。

 彼が誰よりも尊敬している、ミレーナ・イアルフスを。


「もう容赦しねぇぞ三下……。てめぇは消し炭にしてやる!!」


 激しく火の粉を振り撒いていた炎の渦が、ディーンの意思に呼応して、右掌に集束していく。

 やがて全てが集まる頃には、炎は一つの形を成していた。

 刀身も、鍔も、柄も、全てが紅く染め上げられた片手直剣。

『深紅魔法』の基本能力である、『紅蓮の爆炎剣フレイム・ロングソード』だ。

 炎を剣の形に押し固めたそれを、ディーンは一振りしてから構える。するとその動作に合わせて、刀身から火の粉が舞い散った。

「どうした? 掛かって来いよ」

 怒気を孕んだ瞳で鋭く睨み付け、ディーンは苛烈なまでに男を挑発する。

 だが男は、ディーンの迫力に威圧されているのか、剣を構えようともしない。それどころか、ジリジリと後退りさえしている。

「う、くぅっ……!」

「来ねぇなら……、こっちから行くぜ!!」

 戦意を薄れさせている男の姿に痺れを切らせたディーンは、力強く屋根を蹴り付けて疾走を開始した。その時になってようやく、無防備だった男は剣を構えるような仕草を見せた。

 だが当然、一連の動作はディーンの方が圧倒的に速かった。

 右手に握った炎の剣を水平に振り抜く形で、ディーンは男と交差する。

 静寂と沈黙が、一秒にも満たない僅かな間、両者を包み込んだ。

 だが次の瞬間――

「ぐぎゃああああぁぁぁっ!!」

 耳の奥にまで響きそうな大絶叫が、背後から聴こえてくる。ディーンが肩越しに男を一瞥すると、その身体が紅い炎によって激しい勢いで燃え盛っていた。

 男が膝を折るのと同時に、炎が徐々に勢いを弱め始め、その姿を消し去る頃には、男の身体は炭のように黒くなっていた。

「うっ……、あっ……」

 炎剣を握ったまま、ディーンは静かに男の許へと歩み寄る。

 屋根の上に倒れ伏す男は、弱々しいながらも微かに息をしているようだ。

「安心しろ。火加減はしておいたからな」

 男の耳に届いているのかはわからなかったが、ディーンは静かにそう告げた。

 殺そうと思えば簡単に殺せる。『深紅魔法』の力を本気で行使すれば、確実に。

 だがディーンは、男を殺さなかった。優勢な立場であるにも拘わらず、力を加減し、手を抜いて、止めも刺さない。

 彼がそうした理由は、ただ一つ。

 ミレーナと交わした大切な約束を、破る訳にはいかなかったからだ。

 例え相手がどれだけ非道な人間だったとしても、己の師匠との約束を重んじるディーンは、他者の命を奪う為に魔術を行使したりはしない。

 それに――

(あんただってきっと、こうするよな? ミレーナ)

 紅く煌めく炎剣を手に、かつて見た師匠の戦う姿を思い浮かべて、ディーンはやや感傷に浸っていた。

 が、そんな彼の意識を現実に引き戻す光景が、視界の端から飛び込んできた。

「うおっ!? 何だこの尋常じゃねぇ量の煙は!?」

 進行方向から流れてくる大量の黒い煙。その発生源がどこなのかということは、深く考えなくても容易にわかる。無論その原因も、ディーンは瞬時に理解した。

「やっべぇ! のんびりしてる場合じゃなかった!」

 握っていた炎剣を消滅させたディーンは、気絶しているテロリスト達をある程度拘束した後、青い作業服の男二人を、ほとんど引き摺るような格好で運び始めた。

 目指す機関室は遥か先。

『導力石』が暴走を起こす前に整備士を連れて帰る、という約束の方は、どうやら破る羽目になってしまったらしい。






 ◆  ◆  ◆






 斯くして、前テルノアリス王派のテロリストによる列車衝突事件は、未遂という形で幕を閉じた。

 列車は終着駅の一つ手前、『ディケット』という街にどうにか停車させられたものの、そこに至るまでの経緯は、中々に骨の折れる作業の連続だった。

 ディーンが機関室に戻ると、案の定、半泣き状態で慌てふためいている(当然と言えば当然だが)、リネ・レディアの姿があった。

 遅れたことへの詫びもそこそこに、ディーンは青い作業服の男達を無理矢理覚醒させ、例の如く暴力で脅してから一旦拘束を解き、一人奮闘していたリネと列車の運転を交代させた。

 その甲斐あって、列車は何事もなかったかのように、最寄り駅だった『ディケット』の街にゆっくりと停車したのである。

 駅に着くなり、乗客達は一斉に車両から降り、口々に「『ギルド』に報告しろ」だの「鉄道警備隊を呼べ」だのと、大いに騒ぎ始めた。

 その騒ぎに乗じて、ディーンは自分の荷物を取りに戻ると(無論、運転手と整備士は再度拘束済みである)、さっさと列車を降り、上手く人混みに紛れて駅から離れた。

『ギルド』の人間や鉄道警備隊に捕まってしまえば、事情聴取やら何やらで長い足止めを喰らうのは目に見えている。別に先を急がなければならない訳でもないが、面倒なことは極力避けておきたい。

 実に華麗な退散方法を披露したディーンは、通りの一角で足を止め、身体を軽く伸ばしながら街並みを眺めた。

 暖かな陽差しの下、駅から真っ直ぐ伸びる通りのあちこちには、少々疎らではあるものの、大小様々な商店や露店が並んでいる。『首都』近郊ということもあってか、行き交う人の多さが目立つ賑わいのある街だ。

 やけに駅周辺が騒がしいのは、列車テロが起きたという情報が早くも広まっているせいだろう。暇を持て余した野次馬達が、のんびりと佇んでいるディーンの傍を駆け抜けていく。やはり早々に駅から出ておいて正解だったようだ。

(さて、とりあえず今日の宿を探すとするか)

 進行方向の見やり、歩き始めようとした、まさにその時だった。

「あっ! やっと見つけたー!」

 背後から響いてきたそんな台詞が、ディーンの足を地面に縫い付ける。

 何か聞き覚えのある、明るく弾んだ声。少女のものと思しきそれは、硬直する少年の心中に嫌な予感しか運んで来なかった。

 心機一転踏み出そうとしていた気概はどこへやら。心底鬱陶しそうな表情になったディーンは、ゆっくりと声のした方を振り向く。

 本当に予想通りだった。何の捻りもなかった。

 視線の先に佇んでいるのは、先程までディーンと濃密な時間を共にしていた黒髪の少女、リネ・レディアだ。ディーンと目が合うなり、小走りでこちらへと近付いてくる。

「もう、何で勝手にどっか行っちゃう訳? 話したいこと色々あったのに」

「勝手にって……、あんたと一緒に旅してた覚えは一切ねぇよ」

 まるで冷気そのものを発しているかのようなディーンの台詞に、リネはその白い頬をぷくっと膨らませて、不満そうな表情を作った。

「あー、酷い。何でそんな言い方するの? 一緒にテロリストを退治した仲じゃない!」

「どんな仲だよ」

「お互いに頼れるパートナー!」

「一人で言ってろ」

 相手にする必要もないだろうと思い、ディーンは溜め息混じりに歩き出した。

 するとどういう訳か、リネは歩調を合わせるかのように、一定の距離を保ってディーンの後を付いて来る。こちらが止まれば向こうも止まり、また歩き出せば向こうも歩き出す、という構図。一体何がしたいのだと指摘せずにはいられない。

「付いて来んな。鬱陶しいんだよ」

 肩越しに背後を見つつ、突き放すつもりでそう言ってみた。が、件の少女には効果がないらしく、尚も明るい口調で話し掛けてくる。

「さっき言ったでしょ? あなたと色々話したいことがある、って」

「俺にはない」

「でもあたしにはあるの」

「……」

 話が平行線を辿りそうだったので、ディーンは黙して無視を決め込むことにした。

 だが黒髪の少女リネは、意に介した様子もなく、ずっとディーンの後を付いて来る。

 無論この時のディーンは、全く考えもしていなかった。

 この出会いが、少女との旅の始まりを暗示していたとは。


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