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第七章 紅蓮の炎は全てを滅す

 魔術とは、相手を殺傷することだけに特化した技術。故に人を生かし、活かせる力は存在しない。その事実を、ディーンは改めて認識した。

 確かに今、相対しているこの魔術師は、本気でディーンを殺そうとしている。殺すこと以外考えていない。それが手に取るようにわかってしまう。

 辺り一面に飛び交う岩石の槍を躱しつつ、ディーンは攻撃者の姿を一瞥する。

 回避に専念するディーンを嘲笑っているのか、仮面の魔術師は心底愉快そうに口許を歪めている。アーベントといい、この男といい、悪趣味な連中であると言わざるを得ない。

 と、魔術師の動きに気を取られていたディーンは、建物の影から出て来た『ゴーレム』、『エルザ』に気付くのが一瞬遅れた。

 慌てて急停止するディーンに向けて、彼女はその巨大な右拳を容赦なく振り下ろす。

(やっばッ!)

 反応が少し遅れたものの、ディーンはほとんど転がる格好で右に跳躍し、紙一重でその一撃を躱した。我ながら、拍手を送りたい程の華麗さである。

 距離を取ると同時に体勢を立て直し、『紅蓮の爆炎剣フレイム・ロングソード』を握ったまま、左手に新たな炎を生み出すディーン。

 炎を纏った左手を、左から右に横一文字に払う。するとその動きに沿って、まるで真っ白な紙に紅い線を引くかのように、生み出された炎が空中に静止した。

 その炎と交差させる形で、今度は上から下に向けて炎の線を引き、虚空に十字型の炎を作り出す。

「俺だってやられっ放しじゃないぜ、『エルザ』ちゃん!」

 叫ぶと同時に、ディーンは炎を纏ったままの左手で、虚空に描いた十字型の炎の中心を思い切り殴り付ける。

 これは『深紅魔法』の技の一つ、『烈火の十字爆撃(バーニング・クロス)』という名の魔法だ。

「行っけぇ!」

 殴り付けた十字型の炎が、『エルザ』の胸部付近に飛来し、紅い光を放つと同時に爆発を起こす。

 爆発の衝撃で彼女の身体は大きく揺らぎ、その巨体を後ろ向きに仰け反らせると、体勢を立て直すことなく地面に倒れ込んだ。

 轟音と共に、辺りに大量の土煙が舞い上がる。

(よし! このまま一気に――)

 片を付けるつもりで息巻いていたディーンは、止めの一撃を『ゴーレム』に放とうとした。

 ところが、背後から突然無数の岩石の槍が飛来し、その内の一つが彼の右肩の辺りを掠めた。

「がっ!」

 またもや不意を討たれたことで、ディーンは前のめりに倒れ込んだ。

 傷の痛みを堪え、すぐさま立ち上がろうとして肩越しに上空を見上げたディーンは、そこで愕然とする。

 彼が視界の中に捉えたのは、先程自分の右肩を掠めた物と同じ、無数の鋭利な岩石の槍だった。

 上空から飛来する凶刃達は、まるで降り注ぐ雨水のように、容赦なくディーンの身体を傷付ける。

「がぁああぁぁあぁあああっ!」

 皮膚が焼けるかのような激痛が全身を駆け巡り、辺りには岩石の槍が地面を貫く音が響き渡った。

 一瞬意識が飛び掛けたが、ディーンはどうにか持ち堪えて立ち上がる。そして自分の身体に視線を向けた。

 萌葱色のマントと服のあちこちが破れ、随分とみすぼらしい格好になっている上、身体の至る所に擦過傷ができている。

 確かに痛みはあるが、それでも大きな怪我は負っていない。むしろ身体のどこかに槍が突き刺さらなかっただけ、幸運と言えよう。

「随分悠長な戦い方をなさるんですねぇ」

 身体の負傷個所を調べていたディーンの耳に響く、随分と余裕を感じさせる声。その主は言うまでもなく、ディーンの身体に傷を付けた張本人だ。

 岩石の槍による破壊で巻き起こった土煙の向こうから、魔術師は酷く落胆したような様子で現れ、続ける。

「やはりあなたが未熟者だとするアーベント様の見立ては正しいようだ。少しはできる方なのかと思っていたんですが、興が削がれてしまいましたよ」

(……いちいち物言いが偉そうな奴だな)

 ただでさえ癇に障る発言ばかりな上、妙に丁寧な口調も相俟って、ディーンは余計に腹立たしさを感じてしまう。

 嫌味のような台詞を聴き続ける必要はないと思い、ディーンは魔術師との距離を詰める為に走り出した。

 すると、その瞬間。

「『エルザ』」

「!」

 魔術師が名前を呟いた瞬間、ディーンの行く手を阻む形で、突然地面が大きく盛り上がり始めた。

 轟音を響かせながら地中より現れたのは、ついさっき破壊したはずの『エルザ』だった。地面を割って現れた彼女は、その巨大な腕でディーンの身体を殴り飛ばそうとする。

 巨大な拳が届く寸前、ディーンは炎剣を水平に構え、胸の前に翳す形で防御体勢を取った。

 が、しかし――

「ぐっ、おわ……ッ!」

 いくらディーンが魔術師とはいえ、ゴーレムが放つ圧倒的かつ超重量の一撃を、人間如きの力で止め切れる訳がない。

 真正面から襲うとんでもない衝撃に圧され、ディーンの身体は軽々と宙を舞い、あっさり数メートルもの距離を吹き飛ばされてしまう。

 体勢を立て直す暇などないまま、ディーンは通りの一角にあった出店の屋根を突き破る形で、背中から地面に叩きつけられた。

 轟音を上げて出店が崩れ、瓦礫へと早変わりする。

「突然地面から『エルザ』が出て来て驚きましたか?」

 瓦礫に埋もれるディーンの耳に、悠然とした魔術師の声が聴こえてきた。

 何とか瓦礫を押し退けながら這い出る間にも、魔術師は自分の力に酔いしれているかのように、どこか楽しげな口調で続ける。

「彼女は少し特別でしてね。一度身体を破壊されても、『核』となる心臓部が無事なら、身体を再構成することができるんですよ。今のはそれを利用して、地中から奇襲を掛けたまでのことです」

 ようやく瓦礫の中から立ち上がったディーンは、勝ち誇ったような表情の魔術師を睨み、再び炎剣を構える。相手の自慢話に付き合う気は全くなかった。

「どういう理屈だろうが、いちいち説明する必要ねぇんだよ。あんたの行使する魔術に興味がある訳でもねぇしな」

「……! フフ、何ということだ。とても魔術師とは思えない発言ですね」

「あん?」

 やや声を荒げるディーンに対し、魔術師は呆れた様子で答える。

「我々魔術師は、相手の魔術を解析し理解することで、それらを知識として自身の身に蓄積していくのです。それは言わば、我々魔術師が『賢者』となり得る為に必要かつ重要な事柄だ。にも拘らず、あなたのように魔術に興味を示さない人間が魔術師を名乗るとは頂けない。滑稽の極みですね」

 自らの持論を得意げに披露した魔術師は、少々怒りの籠ったような目付きでディーンを見つめている。

(知識として自分の中に蓄積していく、ね……)

 確かに、彼の言う魔術師のあるべき姿みたいなものがわからない訳ではない。だがディーンには、それよりも必要だと思えることがある。重要だと教えられたことがある。

 この辺りは、見解の相違というものだ。

「生憎俺は、知識よりも大切なことがあるって教えられたモンでね。知識ばっかり詰め込んでも、それを扱う人間が破綻してたら知識に意味なんてないんだよ。人を殺すことしか考えてない、今のあんたみたいにな」

「ほう。それがミレーナ・イアルフスの教えという訳ですか。――フッ。どうやら彼の『英雄』は、私が思っていた程聡明な人物ではないようだ。大した知識も持ち合わせていない、愚かで哀れな人間と言った所ですかね」

「……おい。てめぇ今何て言った?」

「はい?」

「今何て言ったのかって聞いてんだよ」

 怪訝な顔付きの魔術師に向かって、ディーンは右足を一歩、力強く踏み出した。

 どうやら目の前の男は、気付くことができなかったようだ。

 ディーンが一体、どれだけミレーナを尊敬しているのかということを。

「大した知識を持ってない? 愚かで哀れな人間? てめぇは一体、どこの誰を侮辱してやがるんだ?」

 ギリッと、炎剣を握る手により一層の力が籠もる。煮え滾るような激しい怒りは、すでに頂点を迎えようとしていた。

 そんなディーンの様子を察した気配もない魔術師は、呑気にこう口にした。

「何を言ってるんです、そんなの決まっているでしょう? あなたの師匠、ミレーナ・イアルフスのことですよ」

 その言葉が、最後の引き金だった。

 標的を見定めたディーンは、岩盤を踏み砕かんばかりの勢いで疾走を開始した。そして瞬く間に魔術師との距離を詰め、その顔面に速度を乗せた左拳を叩き込んだ。

「ぐおっ!?」

 あまりにも綺麗に命中したせいか、左手に鈍い痛みが走る。

 だがディーンは、そんなことなど気にも留めず、標的を切り替える。

 狙うは、後方に仰け反った魔術師ではなく、『エルザ』だ。

 突進と同時に、右手に握った炎剣を下から斬り払い、彼女の右肘の辺りを爆炎で吹き飛ばした。

「うおおおおぉぉっ!!」

 獣の如く咆吼しつつ、ディーンは『エルザ』の巨体を利用して踏み台代わりにし、右に左に跳躍しながら、その巨体を炎剣の一撃で抉り取っていく。

 反撃の余地も、身体を再構成する暇も与えない。何十回とそれを繰り返す内に、彼女の身体は徐々に、原形を留めない程削れていく。

 だがそれでも、ディーンは攻撃の手を緩めなかった。

 彼女の正面に降り立ち、『紅蓮の爆炎剣フレイム・ロングソード』を消滅させ、頭上に炎の塊を作り出す。

『深紅魔法』の技の一つ、『深紅の流星(クリムゾン・レイン)』。

 凝縮した炎の塊を頭上に静止させたディーンは、今頃になってようやく起き上がった魔術師を、冷ややかな目で一瞥する。

「最後にもう一度聞くぞ。アーベントの野郎はどこにいる」

 これで決めるつもりだというのが、魔術師にもわかったのだろう。僅かに身動ぎするその姿は、酷く滑稽なものに見える。

 だが、それでも魔術師は口を割ろうとせず、声を荒げて挑み掛かってくる。

「こ、この程度で勝った気になるな! 私が本気を出せば、貴様のような未熟者など――」

「答える気がねぇなら、いい加減黙りやがれ三下がァッ!!」

 最大級の熱量を込めた怒号が発動の合図となり、巨大な炎の塊は、轟音を上げて爆散した。

 無数の火球となった炎達は、まるで流星群の如く、魔術師と『エルザ』の許へと降り注ぐ。

「ぎゃああああぁぁっ!!」

 無数の火球による連鎖爆発は、辛うじて残っていた『エルザ』の身体を吹き飛ばし、同時に彼女の傍らにいた魔術師をも巻き込んだ。

 静寂の訪れと共に、周囲にはしばらく爆煙が立ち込めていたが、やがてそれも晴れ、また遠くの方から戦闘音らしきものが聞こえ始める。

 ディーンは短く息を吐くと、地面に倒れている魔術師の許へと歩み寄った。

『エルザ』が再生する気配が感じられないということは、どうやら上手く『核』とやらを破壊できたらしい。

 魔術師の方も無事では済まないだろうが、死ぬようなことはないだろう。ミレーナとの約束を破る気のないディーンには、その辺りのことも調整済みだ。

「おい、生きてんだろ。気絶すんのは別にいいけど、せめてアーベントの居所を答えてからにしろよな」

「し……、知りません。わ、私は……聞かされていない。ほ、本当です……」

 喉が焼けているせいか、酷くしゃがれた声で魔術師は白状した。ここまで追い込んでいる以上、嘘をついている可能性は低いだろう。

(って言うか、結局てめぇも知らねぇんじゃねぇか……)

 呆れて思わず溜め息をついたディーンは、未だに戦闘音の響き続けている周囲の様子を窺いながら、静かに思考を開始する。さて、これからどう動けばいいものか。

 アーベントの配下であるはずのこの男ですら、奴の居場所を知らないという事実。ここまで手掛かりがないとなると、まるで捜しようがない。そもそもあの男は、本当にこの戦いに参加しているのだろうか?

 あの男の行方と同時に、リネの安否も気に掛かる。恐らく今もどこかで、拘束されているに違いないのだが……。

「……ん?」

 少しの間考え込んでいたディーンは、『首都』の街並みの中に、妙なものを見つけて思考を止めた。

(何だ、あの紅い光?)

 大通りに立ち並ぶ、大小様々な大きさの建物。その建物の隙間から見える遠方に、微かに紅い光の柱のようなものが見える。その光の柱はゆっくりと、天に向かって真っ直ぐに伸びて行っているようだ。

 どうやら『首都』の外壁付近で発生しているもののようだが、周りの建物が邪魔で、ここからだと正確な位置を割り出すことができない。

 どこか別の場所、もっと高所からなら、あの光の発生源を突き止めることができるはずだ。

(『テルノアリス城』からなら見えるかも知れねぇな)

 この街で一番高い建物と言えば、街の中心に聳え立つあの城をおいて他にはない。目的地が決まれば、後は行動を起こすだけだ。

 踵を返して走り出そうとしたディーンだったが、しかし一旦、その足を止めた。そして肩越しに振り返り、地面に倒れたままの魔術師に声を掛ける。

「……途中で正規軍兵士でも見つけて、保護してくれるように頼んどいてやる。有り難く思えよな」

「……」

 魔術師は気絶している訳ではないようだが、返事が返ってくることはなかった。

 とはいえ、ディーンも最初から期待などしていない。無視したいのならすればいいと、視線を前方に戻して走り出した。






 ◆  ◆  ◆






 二時間くらい前に後にしたばかりの『テルノアリス城』の巨大な門を潜り、ディーンは敷地内へと足を踏み入れた。

 門を抜けると、そこには幅二十メートル程の石畳が城の入口まで続いていて、その至る所に負傷兵らしき者やその手当てをする者など、大勢の人間がごった返していた。門の近くでは、再び戦場へ戻ろうとする負傷兵らしき者達が、それを制止する者達と言い争いになっている。

「ディーン……?」

「!」

 丁度、城の入口付近に差し掛かった時だった。横合いから聞き慣れた声がした為振り向くと、少々驚いた表情のジンが佇んでいた。

「なぜお前がここに? アーベントを捜していたんじゃないのか?」

「そんな簡単に見つかったら苦労しねぇよ。魔術師やらなんやらに絡まれて、正直それどころじゃなかったぜ。――って、おいジン。その身体……」

 目の前のジンを見て、ふと気付く。彼の服は所々破れたり裂けたりしていて、そこから覗く身体には、白い包帯が巻かれている。

 思わず言葉を濁すディーンに対し、ジンは苦笑しながら応じる。

「お前と同じく、俺も魔術師に絡まれてな。少々大袈裟に包帯を巻かれてしまっただけで、そこまで酷い怪我じゃないさ」

 こちらを心配させまいとしているのか、強がりのような台詞を吐くジン。

 しかしよくよく考えてみると、怪我を負っているとはいえ、彼はこうして生きている。つまりそれは、絡まれたという魔術師を撃破してしまったということに他ならない。

 魔術を扱える者と扱えない者との間には、圧倒的なまでの力の差がある。にも拘らず、この男は魔術師に勝利しているのだ。

(やっぱさすがだよ、お前)

 頼もしい友人の姿に、感嘆から来る苦笑を漏らすディーン。初めて会った時からそうだが、彼には色々と驚かされっぱなしである。

「それよりもディーン。この戦い、少し妙だとは思わないか?」

 ディーンの内心に気付いた様子もなく、ジンは少々眉根を寄せて尋ねてきた。

「妙? どの辺りが?」

「敵の人数がだ。本気で『首都』を攻め落とそうとしている割には、数が少ないように思えてならない。正規軍と『ギルド』の本部があるこの街を相手にする以上、それ相応の戦力が必要となることくらい、あの男も理解しているはずなんだが……」

 そう言って、ジンは腕を組んで難しそうな顔をする。

 確かに、彼が吐露した疑問は、ディーンも少なからず感じていたことだった。それにもう一つ、ディーンには気になっていることがある。

 そもそも敵側の兵隊達は、今まで一体どこに潜んでいたのだろう?

 ただ街の中に潜伏しているだけでは、彼らの格好は目立ち過ぎる。服装を変えていたとも考えられるが、ここは街中にすら正規軍兵士の監視の目が光る、天下の『首都』だ。不審な動きをしていれば、すぐに見つかってしまうだろう。

 にも拘らず、今日この瞬間に至るまで、彼らは全く目撃されていない。果たしてそう簡単に、正規軍の目を欺き続けることなどできるものなのだろうか?

 恐らくは、ディーンと同じ疑問を抱いているジンと共に、黙り込んでその場に立ち尽くす。

 何か見落としている点はないか。そんな熟考を続けていた時だった。

「――もしかしたら、地下に潜んでいたのかも知れないね」

 やけに落ち着き払った、聡明さの感じられる声が聴こえ、ディーンとジンは同時に顔を上げる。声のした方を見ると、すぐ傍に大人しい雰囲気を漂わせる青年が立っていた。

 長い若竹色の髪を後ろで一つに纏めたその青年は、眼鏡を掛けているせいか知的な雰囲気を醸し出している。少し眼がつり上がってはいるが、その顔には優しい笑みが湛えられている。

 見覚えのない青年だな、とディーンは思う。

「誰だ、あんた?」

 然して何も考えずに、そう口走った瞬間だった。まるで罪人を咎めるかのように、ジンが慌てた様子で口を開いた。

「何を言ってるんだディーン! この方は現在の『テルノアリス』を統治する元老院の一人、ハルク・ウェスタイン様。俺が厚意にしてもらっている王族の方だ!」

「………………ええっ!?」

 放たれた言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要したディーンは、思わず盛大に叫んでしまった。

(この、何かヒョロッとした感じの大人しそうな奴が、元老院の一人!?)

 辛うじてその台詞は飲み込んだディーンだったが、それでも驚きを隠せない。

 王族という言葉の響きから、もっと威厳のある武骨な男性を想像していたのだが、見事に予想を裏切られてしまった。しかも彼が身に纏っている服装も、白い長袖のシャツに黒い革のズボンという、豪華さが微塵も感じられない地味な格好だった。

 どうやらディーンが思っていた以上に、理想と現実は掛け離れているものらしい。

「って言うか、あんた随分のんびりしてんな。さっさと避難しないと、ここにも敵が攻めてくるかも知れねぇぞ?」

「おいディーン! 口の利き方を――」

「良いよ、ジン。いつも言ってるだろ? ボクに気を使う必要はないってさ」

「は、はぁ……」

 敬語を使おうとしないディーンをジンが咎めようとすると、ハルクは笑って止めに入った。どうやら王族だからと言って、変に威張り散らしている人間ではないようだ。

「キミがディーンくんだね。ジンから色々聞いてはいたけど、まさかあの『英雄』の弟子がキミのように若い人だなんて思わなかったよ。とりあえずよろしくね、ディーン・イアルフスくん」

「……どうも」

 何だか掴みどころのない感じがして、ディーンは生返事をするしかなかった。苦手、とまではいかないにしても、妙に話し難い印象を受ける。

「ところでハルク様。今仰った地下とはどういう……」

 呆けていたディーンの代わりに、ジンがハルクに随分と畏まった様子で尋ねた。

 こんなジンの姿を見ることになるとは、何とも複雑な気分がするディーンである。

「この街の地下には、随分昔に戦乱時の避難場所として造られた壕があるんだよ。今はもう使われていないけど、出入り口は街の決まった場所にある。恐らく敵兵達は、そこに潜んでいたんじゃないかな?」

「この街の地下にそんなモンが? でも、仮にそうだったとして、何で奴らがそんな物の存在を知ってるんだよ?」

 ディーンが疑問を投げ掛けると、ハルクは急に真剣な顔付きになった。さっきまでの少し頼りない雰囲気が、一瞬で消え去る。

「キミも知っての通り、今回の戦乱の首謀者であろう男、アーベント・ディベルグは元貴族だ。さっき言った壕の存在は、ボクら王族と一部の貴族のみが知っていてね。奴もその一人だったという訳さ」

 言いつつハルクは、自分の足許に視線を下ろす。

「その壕が潜伏場所だったかどうかは、今現在調査中だ。アーベントがそこに残っているとは思えないけど、放っておく訳にもいかないからね」

 ハルクの話を聞く限り、敵が突然現れた理由はそれで説明がつきそうだ。

 しかし、だ。ハルクも懸念している通り、肝心のアーベントの行方が依然としてわかっていない。例え敵兵を全員倒すことができたとしても、あの男を見つけ出さない限り、また同じことが繰り返されるのは間違いない。

「……ってそうだ! 俺、ちょっと確かめたいことがあるんだけど、今城の中って入っても大丈夫か?」

 ようやくここに来た目的を思い出し、ディーンはどちらにともなく問い掛けてみた。

 ここへ来る途中に見た、あの紅い光。

 あの光が一体どこから発生しているのか、それを確かめないといけない気がする。

 ディーンは聳え立つ城を見上げ、少し不安な気持ちになった。






 ◆  ◆  ◆






「――あの紅い光。街の外、丁度外壁の角の部分から発生してるんじゃないか?」

 ハルクに事情を説明し、入城の許可を取り付けてから五分程経った頃。ディーンはジン、ハルクの二人と共に、『テルノアリス城』の上層階にある展望室へと来ていた。

 地上から三十メートル程の高さにあるその部屋には、応接もできるようにする為か、金属製のテーブルと椅子が部屋の中央に置かれている。窓以外の壁の部分には、値が張りそうな絵画や美術品らしき剣や盾が、所狭しと飾られている。まさしくディーンが苦手とする、豪華な貴族の部屋だった。

 遠くに見える『首都』の外壁の辺りを指差して、難しい顔付きで告げるジン。

 その言葉を反芻して、ディーンはやや首を傾げる。

(街の『中』じゃなくて、『外』……?)

 この部屋からだと、街の景色は北側しか見ることができない。だが確かに街の外壁の角、それも外側の部分から、例の紅い光が柱となって天に昇っていくのが見える。

「おや? あれもそうなんじゃないか?」

「え?」

「ほら、あそこ」

 そう言ってハルクが指差しているのは、ジンが指摘した方向とは正反対の位置にある、外壁の北西角の辺りだった。ハルクの言う通り、確かにそこからも紅い光の柱が伸びている。

(まさか……)

 嫌な予感がした。正体不明の気持ち悪さが、胸の内に溜まり始める。

 気のせいだと否定する反面、間違いないと叫ぶ声が、頭の中で鳴り響く。

 なぜなら、自分が持ち得ている魔術に関する知識の中に、今起きている現象と符合するものがあったからだ。

「この部屋と同じように、街の南側を見渡せる部屋はあるか?」

 心中の焦りが表情から伝わったのか、ハルクは少し躊躇いがちに答える。

「あ、ああ。さっき歩いてきた廊下を逆に進めば、何部屋かあるよ」

「どうしたんだ、ディーン?」

 真剣な表情で尋ねてくるジンをほとんど無視する形で、ディーンは足早に展望室を飛び出した。

 紅い絨毯の敷かれた廊下を進むに連れ、歩調が徐々に、しかし確実に速くなっていく。

(俺の予想通りだとしたら……あの野郎、とんでもないこと考えてやがる!)

 ハルクに教えられた通りに廊下を駆け抜け、南側の展望室の一つに辿り着いたディーンは、扉を蹴破るような勢いで部屋に飛び込み、窓際へと向かった。


 そして、吐き気のするような現実を目の当たりにしてしまった。


「……嘘だろおい。何考えてんだアーベントの野郎!」

 嘲笑しているアーベントの姿を思い浮かべてしまったディーンは、窓辺に拳を叩き付けた。

 南側の外壁の角二カ所には、北側と同じく紅い光の柱が立ち上っている。それが意味する所を察して、ディーンは憤慨せずにはいられなかった。

 どうやらアーベント・ディベルグという男は、思っていた以上に頭の狂った人間だったようだ。

「一体何がどうしたと言うんだ。説明してくれディーン」

 ディーンに少し遅れる形で、いつの間にかジンとハルクが室内に入り込んでいた。

 それぞれが説明を求めているような表情で佇んでいる為、ディーンは意を決して口を開く。

「今見えてるあの四つの紅い光は、『首都』を囲むようにして組まれた、『術式魔法陣』っていう魔法だ。この魔術は、陣の内部に強力な破壊エネルギーを生み出すことで、陣内の対象物を一瞬で消し去る破壊力を持ってる。つまりアーベントは、『術式魔法陣』を発動させてこの街を、『首都』その物を消し去ろうとしてるんだ!」

 ディーンが真実を告げた瞬間、ジンとハルクが同時に息を呑んだ。

 そう、恐らくこれこそが、アーベントの本当の狙い。

 敵兵の数が少ないのは、勘違いなどではない。なぜなら敵方は、最初から白兵戦に重きを置いていないのだ。

 敵の真の目的は、正規軍やディーン達をこの場に足止めして、『術式魔法陣』で一掃すること。四つの駅を爆破したのも、街の中に注意を向けさせるのが目的だったのだろう。

 だからどれだけ捜しても、アーベントの行方が掴めなかったのだ。

 最初から『首都』その物を、消し去るつもりだったのだから。

「……つまりアーベントは、初めからあの仮面の人物達も犠牲にするつもりだった、と言うのかい?」

 ハルクは信じられないといった様子で、手で口許を覆いつつ、吐き出すように告げる。

 ディーンはそれに頷きながら、尚も自らの見解を口にしていく。

「今思えば、似たようなことがあったんだ。『ディケット』に着く途中で起きた列車テロ。あの事件の時も、実行犯達は騙されて囮に使われていた。多分あの計画を考えたのも、アーベントだったんだ」

 初めて遭遇した際、あの男はいとも容易く、ディーンの魔術を『深紅魔法』だと見抜いたのだ。あれ程魔術に精通している人間なら、魔術に疎い者を騙すことなど朝飯前だろう。

 確信しつつ、ディーンはもう一度窓の外に視線を向けた。

 紅い光は徐々にだが、その光の強さを増しているように思う。恐らく『術式魔法陣』が発動するまで、猶予はあまり残されていない。その僅かな時間で街の人間全てを避難させるのは、さすがに不可能だ。

「止める手立てはあるのか?」

 背後から聴こえた強い決意を感じさせる声に、ディーンはもう一度振り返った。

 声の主であるジンは、真っ直ぐにこちらを見つめている。その真摯な眼差しを見つめ返して、ディーンは冷静に言葉を紡ぐ。

「『術式魔法陣』は破壊力がある反面、組み上げて発動するまでに相応の時間が掛かる。況して『首都』全体を囲む程の陣となれば尚更だ。時間がないのは確かだけど、まだやれることはある」

「具体的にはどうすればいい?」

「多分あの光の柱の下に、魔術師が一人ずつ配置されてるはずだ。『術式魔法陣』を安定させてるその魔術師を倒せば、陣の発動を邪魔できる。……と思う」

 断言しようとして、しかしディーンは躊躇いを覚えた。

 これはあくまでも個人的見解であって、確定事項ではない。もしかしたら、配置されている魔術師は一人ではないかも知れないし、魔術師を倒しても、陣が発動してしまう可能性だってあるかも知れない。

 どれも絶対にないことだとは言い切れない。

 魔術師として経験を積んできたからこそ、楽観的にはなれない。

 やや視線を落とし、黙り込んでしまうディーン。すると、そんな彼の弱気な心の内を読み取ったかのように、ジンが可笑しそうにフッと笑ってみせた。

「自信を持て、ディーン。俺はお前の言葉を信じてる。『英雄』ミレーナ・イアルフスの、たった一人の弟子であるお前の言葉をな」

「!」

 励ますような友人の言葉に、ディーンはようやく顔を上げる。

 全く、彼の言う通りだった。

 今更何を迷っているのだろう。昨日エリーゼと言葉を交わし、決意したはずではなかったか。

 どんなことがあろうと、もう迷わないと。

「ありがとな、ジン」

「礼なんていらないさ。それよりも早く、その『術式魔法陣』とやらの発動を止めよう」

「ああ、もちろん。……でも悪い。陣を安定させてる魔術師の討伐は、お前が実行してくれないか?」

 こちらの突然の申し出が意外だったのか、ジンは若干目を丸くしながらも、躊躇いなどなさそうに首を縦に振る。

「それは構わないが、お前はどうするんだ?」

「やらなきゃいけないことが残ってるから、それを果たしに行ってくる。――それから、ハルクは魔術師討伐の為に、ジンの補佐として割ける人員を選出してくれ。数はできるだけ多い方がいい」

「わかった、任せておいてくれ。……ところでキミは、何をしにどこへ行く気なんだい?」

 二つ返事で了承してくれたハルクが、不思議そうな顔で尋ねてくる。

 ジンとハルク、二人から怪訝な視線を浴びながら、ディーンは意地の悪い笑みを浮かべて、力強く切り返した。

「決まってんだろ。アーベントの野郎をブッ飛ばしに行くんだよ!」






 ◆  ◆  ◆ 






「――さて、そろそろ時間だな」

 あちこちから煙を上げる『首都』の街並みを眺めながら、アーベントは感慨深げに呟いた。余裕を湛えたその表情は、勝利を確信しているように見える。

「これ以上何が起こるって言うの?」

 疑問に思ったリネが尋ねると、アーベントは勝ち誇ったように口を開く。

「『術式魔法陣』という魔術を知っているか、化物?」

「……」

 わからないという理由と、『化物』と呼ばれることへの抵抗感から、リネは黙っていた。質問したのは自分だが、返事をしてしまうと、自分が『化物』だと認めてしまうような気がしたからだ。

 リネの沈黙をどう受け取ったのか、アーベントは愉快そうに説明を始める。

「『術式魔法陣』とは、簡単に言えば『限定空間破壊』だ。魔法陣を設置した限定空間に、陣を安定させる役割を持った魔術師数人の力を流し込み凝縮することで、莫大な破壊エネルギーを生み出すと同時に対象物を瞬時に消滅させるのさ。『倒王戦争』の頃には、敵軍を罠に嵌める際に用いられたこともある魔術だ」

 どの辺りを簡単に言っているのかリネにはさっぱりわからないが、とにかくアーベントは、その力を使って『首都』を消滅させようとしているらしい。

 しかし、だ。

「ちょっと待ってよ。今あの街には、あなたの仲間だっているはずでしょ? それなのに――」

「仲間? 笑わせるな」

 リネの言葉をすぐさま遮ったアーベントは、忌々しそうに鼻を鳴らす。

「奴らはただの駒であって、仲間などというものではない。目的を遂行する為だけに集めた人間だ。――言っただろう? その辺にいる人間の命など、俺には全く興味がないと。誰が死のうが生きようが知ったことではないと」

 完全に他人事だと断じ、冷笑するアーベント。その表情からは、人間らしさというものが酷く欠落しているように見える。

 相手に対して何も感情を抱かない。大勢の人間が死ぬかも知れないというのに、顔色一つ変えない。

 本当に悪魔みたいだと、リネの身体に怖気が走る。

「大体、貴様は人の心配が出来る立場ではないだろう? 貴様にはこれから、俺が更なる力を得る為の生贄になってもらわなければならんのだからな」

「……!」

 アーベントの意図を瞬時に察して、リネは身体を強張らせた。

 一刻も早くこの男から離れなければという思いに反して、拘束されている身体は自由を奪われ、成す術がない。

 それでも必死に身体を揺さぶり、脱出を試みるリネ。そんな彼女を嘲笑うかのように、アーベントはゆっくりと歩み寄ってくる。

「貴様の身体から一滴残らず血を絞り出し、俺の魔術の増幅剤として使わせてもらう。ククク……、人間一人分の血液の総量を知っているか?」

 アーベントは悍ましい笑みを浮かべ、黒いマントの内側から取り出したナイフの刃を、唾液に塗れた舌でベロリと舐める。

 言い表せない嫌悪感と恐怖が、リネの身体を、心を縛り付けていく。

「安心しろ。貴様一人が死んだ所で、悲しむ者などどこにもいない。所詮貴様は人ならざるもの。化物も同然なんだからなぁ! クハハハハハハ!」

「……ッ!」

 悔しくて、悲しかった。

 こんな最低な人間に化物呼ばわりされて、何もできない自分が。何も言い返せない自分が。

 それはきっと、心のどこかで認めてしまっていたからだ。

 自分は他の人間とは違う。『妖魔』という魔の力を持った、人であって人でない者。

(……もう、いい。もうたくさんだよ……)

 抵抗しようとしていた気概が次第に消え去り、全身から力が抜けていく。最早現実を直視していられなくなったリネは、静かに瞼を塞いだ。

 今までにも、彼女の正体を知って離れていった人間は大勢いた。孤独に苛まれることの方が多かった。

 本当に悔しくて、本当に悲しかった。

 いつの間にか瞳に溜まっていた涙が、ゆっくりと頬を伝っていくのがわかる。

 きっとこの男の言う通り、自分は誰にも悲しまれることなく、惨めに死んでいく運命なのだ――


「そいつは化物なんかじゃねぇよ」


 突然聞こえたその声に、リネは驚きのあまり目を見開いた。聞き違いなのではないかとさえ思ってしまった。

 だが、そうではない。

 その声は、彼女が忘れ掛けていた懐かしい声だった。ほんの一日ぐらいしか経過していないはずなのに、本当に懐かしく感じる温かい声。

 リネはゆっくりと、声のした方に視線を向ける。

 そこには、炎のように紅い髪を生やした少年が立っていた。

 自分がよく知っている、少し無愛想な、紅い髪の少年が。

「そいつは化物なんかじゃねぇ。リネ・レディアっていう、立派な名前があんだよ」

 紅い髪の少年は、ディーンは、そう言って快活に笑ってみせる。

 その表情は、まるで太陽のような温かさを感じられるものだった。






 ◆  ◆  ◆






 ディーンが笑ってみせると、リネは涙で顔をクシャクシャにしながら、ゆっくりと口を開いた。

「ディーン……。もうっ、来るのが遅いよ」

「何だぁ? まるで待ってたみたいな言い草じゃねぇか。自分からいなくなったくせに、随分勝手な奴だな」

「だって……、だってぇ……ッ!」

 リネはまるで子供のように泣きじゃくり、大粒の涙を零しながら話す。

 きっと彼女自身も辛かったはずだ。悲しさや寂しさを必死に我慢して、一人アーベントと戦っていたはずだ。

 今ならそう、素直に思うことができる。

 だから、今度はこちらが戦う番だ。

「あ~もう、わかったから泣くなって。心配しなくてもすぐに助けてやるから、そこでジッとしてろ」

 わざと面倒臭そうに言うと、リネはどこか満足そうに、黙ったままゆっくりと頷いた。

(あいつには色々言いたいことがあるけど、とりあえず後回しだ)

 ディーンは気を引き締め直すと、拘束されているリネの傍らにいる男を鋭く睨み付けた。

 すると、アーベントはそれに答えるかのように、数歩ディーンの方へと歩み寄ってくる。

「よう、元貴族さん。こんな所で何やってんだ?」

「フン。皮肉のつもりか未熟者。よく俺がここにいるとわかったな」

 少々不愉快そうなアーベントは、こちらを射抜くような鋭い目付きのまま佇んでいる。

 現在地は、街の北側にある第二検疫所を抜けて、さらに一キロ程北上した地点。ここには北へ向かう鉄道の警備を行う為の、正規軍の詰所がある。が、今は兵士らしき者の人影は見当たらない。

 そんな場所に、こうしてアーベントがいる理由。検疫所の兵士が敵の一味だったことを踏まえると、アーベントはこの戦いが始まる直前、第二検問所を潜って北に逃れていたのだろう。『術式魔法陣』の発動を目論んでいる点から見ても、彼が街の中に残っていないのは当然のことだ。

 そして街の北側から、『首都』の様子を確かめられる場所となれば、自ずと範囲は絞り込まれてくる。

 それらの点を考慮し、ハルクからこの詰所の存在を聞き出したディーンは、無駄足になるかも知れないとわかっていてここを訪れたのだ。

 しかし結果として、それは功を奏したらしい。

 今こうして目の前には、敵対者たるアーベントと、拘束されているリネの姿があるのだから。

「あんた意外と単純そうだからな。必ずどっかで、今の『首都』の状況を嘲笑いながら見てると思ったよ」

「ほう……。どうやら未熟者とは言っても、それなりの観察眼はあるようだな」

 そう言ってアーベントは、右手に持っていたナイフを捨て、黒いマントの内側からロングソードを引き抜いた。

「貴様がここにいるということは、『術式魔法陣』の存在が見破られたということなんだろう?」

「ああ。今頃あの光の下には、ギルドメンバーや正規軍の腕利き達が集結してるはずだ。直に魔術師達も討伐される。あんたの目論見は失敗に終わるんだよ」

 ディーンは対峙するアーベントの顔を見据えつつ、最後通告のつもりで言い放つ。

「大人しく投降しろ。あんたにはもう、勝ち目はない」

 そう、これでようやく終わるのだ。

『首都』に齎された破壊の渦が。

 このバカらしい戦乱の全てが。

 内心で安堵し掛けていたディーンは、しかし一向に不敵な笑みを崩さないアーベントを見て、妙な不安に駆られた。

 この状況に於いて、彼には追い詰められている様子が全くない。それどころか、再び身体を揺らし、心底愉快そうに高笑いを始める。

「クハハハハハ! 失敗に終わるだと? 勝ち目がないだと!? 全く……、何を根拠にそんな戯言を言っている?」

「!? どういう意味だ?」

「こういう意味さ!」

 アーベントが不敵に叫んだ瞬間だった。

 乾いた大地に罅が入る程、地面が激しく揺さ振られ、ディーンとアーベントの間に割って入るかのように、地中から何かが這い擦り出て来る。

 バランスを崩しそうになりながら後退するディーンの目に映ったのは、瓦礫と砂塵に塗れながらゆっくりと起き上る、銀色に輝く人型の巨体だった。

『魔術兵器・ゴーレム』――

 ついさっき、街中で遭遇した魔術師が操っていた物とは違い、全身を鋼鉄で固めているその姿は、まるで鎧を纏った騎士のようだ。岩の塊のように巨大な顔の部分には、淡く明滅する双眸のような物がある。

「貴様は本当に、あの光の下にいるのが魔術師だけだと思ったのか?」

「!」

 呆然と『ゴーレム』を見上げていたディーンの耳に、嘲笑うかのようなアーベントの声が響く。

「あの光の下には術式を安定させる魔術師と共に、その護衛を務める『ゴーレム』が三体ずつ配置されている。討伐に向かったという貴様の仲間とやらは、果たしてそれらを退ける力を持った人間なのかな?」

「くっ……!」

 一体どこまで用意周到なのだろうか、この男は。こちらも予想しなかった訳ではないが、まさか各場所に三体も『ゴーレム』を配置しているとは思わなかった。

 これではいくらジンがいるとはいえ、術式発動までの僅かな時間で、『ゴーレム』と魔術師を倒すのは無理がある。

 想像し得る中で、間違いなく最悪の展開だった。

「文字通り、万事休すと言った所だな。――だがそんな貴様に一つ、逆転のチャンスをくれてやろう」

「!?」

 最悪の事態に顔を顰めるディーンに、涼しげな表情のアーベントが、妙なことを口にし始める。

 何を企んでいるのかと身構えるディーンに対し、アーベントは悠然と言い放った。

「今、『首都』を囲んでいる『術式魔法陣』が有している属性は……、炎!」

「!」

「俺が言おうとしていることがわかるだろう?」

 その言葉の意味を、真意を理解したディーンに向けて、アーベントは挑発するような邪悪な笑みを見せながら、続ける。

「そう、貴様が『紅の詩篇フレイム・リーディング』を発動できさえすれば、『首都』を守ることができるかも知れん、ということだ」

 愕然とするディーンの背後、遥か彼方にある『首都』を囲む四つの紅い光が、その輝く強さを徐々に増していく。

 突き付けられた事実に歯噛みするディーンを、愉快げに見据えるアーベント。

 宿敵たる男の耳障りな高笑いが、辺りに響き渡った。


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