表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

序章 トラブルメーカー

「おい、クソガキ。てめぇ、よくこの状況で平然としてられんな?」

 頭の上から降ってきた酷く苛ついているような台詞に、のんびり本を読んでいた少年はゆっくりと顔を上げた。

 するとそこには、声色通りの表情を浮かべた、いかにも悪党ですと言わんばかりのガラの悪い男が、睨め付けるように少年のことを見下ろしていた。年の功は、少年より十歳は上に見える。

「……何のことだ?」

 少年は、読んでいた本に栞を挟んで閉じつつ答えた。

 男が口にした『この状況』という言葉の意味を理解していながら、少年は敢えて惚けたフリをした。わざわざ聞かれるまでもなく、現状はすでに把握している。


 少年が乗っているこの列車は、ほんの数分前から妙な連中によって占拠されているのだ。


 その妙な連中の素性はわからないが、恐らくは強盗の類だろう。腰には鞘に収められた短剣、右手には黒光りする拳銃と、ご丁寧かつわかりやすい格好で武装している。

 少年が乗り込んだ車両は列車の最後尾だが、先程からの騒がしさを鑑みるに、先頭車両の方にも何らかの武装をした人間がいることは間違いない。

 だからこそ、目の前の男は気に喰わなかったのかも知れない。

 この緊迫した状況下に於いて、我関せずといった様子で本を読み耽っていた少年の態度が。

「頭悪ィのかてめぇ? この列車は、今現在俺らに占拠されてんだよ。なのに澄ました顔して呑気に読書なんか続けやがって。人をバカにすんのも大概にしとけよクソガキ」

 凄味のある声で捲し立てる男に対して、しかし少年はあくまでも冷静だった。

(まぁ、そう思うのも無理ねぇか……)

 告げられた言葉を反芻してみて、少年は思う。いくら相手が強盗とはいえ、その苛立ちはご尤もだな、と。

 列車が占拠されるまでの数分間、他の乗客達が悲鳴を上げているにも拘わらず、少年は動揺も狼狽も一切見せず、ただ黙々と本を読み続けていたのだ。強盗する側からすれば、まだ成人もしていない子供にそんな態度を取られては商売上がったりである。憎たらしいガキだと思われるのも当然だ。

 ……などと少年は考えたりしていたのだが、件の強盗様が気に喰わなかったのは、それだけではなかったらしい。

「大体てめぇ、その髪の色は何だぁ? ガキのくせに紅い色なんかに染めやがって。気取ってるようにしか見えねぇんだよ」

「……」

 男の言う通り、少年の髪は紅く染まっていた。

 例えるなら、煌々と燃え盛る炎のような色に。

 が、一つ訂正しておかなければならないのは、少年の髪の色はあくまでも地毛であるという点。決して染料を使って染めた訳でも、況して気取っている訳でもない。

 それを声に出して、言葉にして伝えればよかったのだろうか? わざわざ説明する必要もないだろうと無言を貫いていた少年の胸倉を、強盗は乱暴に掴んで無理矢理立ち上がらせる。

 乗客の何人かが、短く悲鳴を上げた。

「聞いてんのかクソガキ! 何とか言ってみろ!」

 怒鳴り散らす男の様子を目の当たりにしても、それでも少年は揺らがなかった。どこか冷めた目付きで強盗を見つめ返し、ようやく重たい口を開く。

「あんた、よっぽど暇なんだな」

「ああ!? 何だと!?」

「だってそうだろ? 列車中を占拠してるってことは、あんたは見張り役のはずだ。なのに自分の仕事サボってこんなガキに絡んでるなんて、他にやることがなくて暇なだけなんじゃねぇのか? ……ああ、ってことはあれか。あんた超が付くくらいの下っ端な訳だ。ははっ、そりゃあ暇にもなるよなぁ」

「てっ、めぇ……っ!!」

 言いたい放題とは、まさにこのことだった。怖じ気づくどころか、相手を挑発するような言葉を口にする少年の不遜な態度に、強盗の怒りは頂点に達したらしい。少年の胸倉を掴む手が、小刻みに震えている。

 傍から見ればなんと沸点の低いことかと言わざるを得ないが、生憎異論を唱える者などいない。他の乗客達は皆、不安げな表情で状況を見守っているだけだ。

(自分から絡んで来といて挑発されてりゃ世話ねぇよ。……とはいえ、どうすっかな)

 強盗に詰め寄られていることなどどこ吹く風か、少年は乗客達の方を一瞥する。

 この列車は、機関室となる先頭車両を入れて七両編成。列車全体を占拠されている以上、機関室はもちろん、他の車両にも強盗の仲間が複数人いるはずだ。一車両毎に一人の見張り役がいると仮定すると、目の前の男を除けば、最低でも構成員はあと六人はいる計算になる。

(思わず挑発しちまったけど、ここは大人しく引き下がっといた方が賢明か……)

 今更ながらに危機的状況を再認識した少年が、考えを改めようとしたまさにその時。歯止めの利かなくなった男が、右手の拳銃を少年の眉間に突き付けてきた。

 暗く、底の見通せない井戸を思わせる銃口が、皮膚に触れそうな程の位置にある。

「頭吹っ飛ばしてやる! どうせてめぇみてぇなクソガキが死んだ所で、悲しむ親なんていやしねぇだろうしな!」

「……あ?」

 男の台詞を耳にした瞬間、少年の雰囲気に変化が生じた。

 明確な死が間近に迫っているというのに、いつまで経っても冷やかだった少年の態度に、表情に、明らかに熱が籠り始める。

「……俺に親がいないって?」

 決して聞き逃していた訳ではない。聞こえていたからこそ、確かめなければならなかった。

 目の前の愚か者が、一体何を罵倒しようとしているのかを。

「何だぁ、図星かクソガキ! こりゃいい! その様子じゃあ、どうせ親の顔も知らねぇんだろ? はははっ、いい気味だ! だがまぁ安心しな! てめぇの親はてめぇと同じで、碌でもねぇクソみたいな野郎に違いねぇんだからよ! ヒャハハハハ!」

「……黙れよ」

「あ? 何か言ったかクソ――」

 ガゴッ、という鈍く重い音が響いたのは、その直後だった。

 音の原因に何ら不審な点はない。ただ単純に、少年が男を殴り飛ばしたのだ。

 一切の迷いなく華麗に放たれた右拳が、たった一撃で男の意識を奪い去り、列車の床へと誘う。

 あっさりと気絶して倒れている男に向かって紅い髪の少年――ディーンは、聞こえていないと理解した上で、それでも語気を強めて言い放つ。

「俺の親をバカにする奴は、どこの誰だろうと許さねぇ!」

 水を打ったように静まり返った車両内に、ディーンの声が響き渡った。彼を除いた他の乗客達は、皆少し口を開けて呆然としている。

 そんな乗客達を尻目に、ディーンは右拳を握り直しつつ、列車の進行方向へと視線を投げた。

 それは待ち受ける苦難に対する、宣戦布告の意思表示。

(前言撤回だ。大人しくなんてしてられるか!)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ