ラジオドラマ 「ミドリ」
※ラジオドラマ台本《1》
【 ミドリ 】
作・倉橋 里実
キャスト タカシ 22歳 新入社員
ミドリ
♪M1
ミドリM「春。花咲き緑萌える春。新しい出会いが溢れる季節。数百万の出会
いの中、私は唐突に、何の前触れも選択の余地もなく・・・彼の同居人となったのだ」
タカシ 「ふぅ、やっと片付いた。今日からここが・・・俺の城だぁ!」
ミドリ 「城っていっても、6畳一間だけどね」
タカシ 「買い忘れはないよなぁ。あれと、あれも大丈夫だし」
ミドリ 「明日初出勤なんでしょ。しっかり確認しといてね。ってかそれより
もまず私の!」
タカシ 「そうそう、うっかりしてた。お前の」
ミドリ 「日当たりのいいところお願いね」
タカシ 「名前決めなきゃ」
ミドリ 「おい! そんなのどうでも」
タカシ 「夢だったんだよなぁ。一人暮らし始めたら、絶対!部屋に飾ろうっ
て決めてたんだ。ちょっと高かったけど、奮発してよかった。かー
わいいぜ、コイツ!」
ミドリ 「ちょっと・・・なでなでしてくれるのはいいけど、私は」
タカシ 「いってー! トゲ刺さった!!」
ミドリ 「・・・ばか」
♪M2
ミドリM「キレイな花にはトゲがある。緑の私もトゲがある。そんなこともう
っかり忘れるちょっとドジな同居人・タカシくんは、今年から社会
人だそうだが・・・大丈夫か?」
タカシ 「決めた! お前は『ミドリ』。ミドリちゃんだ! いえーい!(缶ビ
ールを開けて)かんぱーい!!」
ミドリ 「私が緑色だからミドリ? ホント単純。それよりもさぁ、こんな部 屋の真ん中に置かないで、ガンガン陽の当たるところがいいんですけど」
タカシ 「(本のページをめくり)ふんふん。水や肥料はほとんど必要なくて・・・陽がいっぱい当たるところがいいのかぁ。なるほどね。ミドリ、お前って手間かかんないなー」
ミドリ 「ええええ。デキる女は違いましてよ。てかさ、私に話しかけながら晩酌なんてやめてよね。友達いないのかタカシくんよ」
タカシ 「俺さ、田舎でもあんまし友達いなくてさ」
ミドリ 「げっ! 聞こえてる?!」
タカシ 「人見知りっていうかさ。人付き合いってのがどうも苦手でさ。就職
して、新しい土地で心機一転!環境もこの性格も変えてやる! な
んて思ってたんだけど・・・そう都合良くなんていかないよなぁ」
ミドリ 「ちょっと今から諦めてんの?」
タカシ 「大丈夫かなぁ、俺。仕事とかちゃんとできるのかなぁ。親友とか恋
人とか・・・俺には縁がない他人事だと思ってるんだ、今も」
ミドリ 「そんなこと・・・ないんじゃない?」
タカシ 「あ、暗いヤツだと思ってるだろ」
ミドリ 「・・・ちょっと」
タカシ 「昔観た映画でさ、サボテンを部屋に飾りだしてから人生に生き甲斐
を見つける男の話があってさ。俺もそうなれるかなぁってさ。なぁミドリ、なれるかなぁ・・・」
ミドリ 「そんなの私に聞かないでよね。・・・でもねタカシくん。人間ってさ」
タカシ 「ぐぅ・・・」
ミドリ 「おい!! ・・・もう、ちょっとそんなとこで寝たら風邪引くぞ。
私は君のお母さんでも恋人でも友達でもないんだから、布団掛けてあげるなんてできないんだから。慰める言葉もかけてあげられないんだから。ただここでじっと。じっとね」
タカシ 「(泣いて)うう・・・」
ミドリ 「じっと・・・傍で話しを聞いてあげるしかできないんだから」
♪M3
ミドリM「春。新しい出会いが溢れる春。数百万の出会いの数と同じだけ、き
っと躊躇いや不安も満ち溢れているのだ。このタカシくんと同じように。誰だって怖いのだ。でも、それ以上に新しい出会いには喜びも沢山あるんだよ。
・・・タカシくん。大丈夫だよ。君とはまだ出会って間もないけど、君はまっすぐで誠実な男の子だ。そのまま、あと少しだけ勇気を持って。私が見守っててあげるからさ」
翌朝 SE・鳥の声
タカシ 「うわー! ちち遅刻だぁ!!!」
ミドリ 「ほら言わんこっちゃない! 出社一日目から遅刻なんて先が思いや
られるわ」
タカシ 「あ、ミドリ」
ミドリ 「なによ。早くしないと」
タカシ 「昨日、お前の声を聞いたような気がするんだ」
ミドリ 「え?」
タカシ 「不安なのはみんな一緒だって。楽しいこともいっぱいあるから、も
う少しだけ勇気を持てって」
ミドリ 「えっと・・・」
タカシ 「あはは、夢だと思うけどさ。ミドリ、お前の声だってなんかそう思
えるんだ。ありがとな」
ミドリ 「・・・いーえ」
SE・バスが通り過ぎる音
タカシ 「わー!バス行っちゃった!! わ、えとえと、行ってきまーす!」
SE・勢いよくドアが閉まる
ミドリ 「ちょっと!鍵は?! ・・・(ため息)ホントドジ」
♪M4
ミドリM「こうして彼との同居生活が慌しくスタートした。不安と同じだけ
期待もある。そんな春の日。どうしようもなくドジで弱くて淋しが
り屋の同居人のために、私はいってらっしゃいとお帰りを言ってあ
げよう。いっぱい話を聞いてあげよう。そして彼が今よりもう少し
だけ勇気が出るように見守っていてあげよう。それが彼が私に名前
をくれたささやかなお礼。
・・・大丈夫、タカシくん。あなたにも、きっとあなたを見守ってくれているひとがいるよ。あなたの気付かないところで」
END
初稿・2009/3/11