中二病のアレを異世界でやったら……!?
「うぐぅ!? ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は暗黒の力、『ケイオスドライブ』を宿した右手を抑えつけるべく膝を折って苦痛の声をあげた。
「だ、大丈夫ですか旅人さん!?」
そんな時、何処のシスターかは知らないが、やたら可愛い少女が慌てたように駆けつけてきた。
これには俺も慌てた。なぜならここは俺の部屋で、家族はおろか一般人の入室は固く禁じているのだ。そもそも何の縁も無い部外者が家の中に入ること事態が異常事態。というかこの女の子は誰だ? とりあえず旅人さんっていうのは俺のことでいいよな。今来ている服装もアニ○イトで買ったコートだし。
「……」
「あ、あの、大丈夫……ですか?」
俺は返事をしなかった。それよりも周囲の変化に声を失っていた。
「おい、あの男の子どうしたんだ?」
「分からん、突然現れたかと思ったら急に苦しみ出したんだ」
「腕に包帯巻いてるし、怪我してるんじゃないかしら?」
「大丈夫だよ。今腕利きのシスターさんが看病しているから!」
知らない大人達が俺を取り囲んでいる。というかここは俺の部屋ではなく、見慣れない町の何処かだ。え、何なの? 意味が分からない。
混乱して何も言えない俺に、さっきのシスターらしき少女が険しい口調で言った。
「もしかして痛みのあまりに錯乱しかけてるのかも!? 今、回復魔法を掛けますからね!」
「――ッ!」
回復魔法だって!? まさか、この子も俺と同じ中二病……じゃなくて神話の意思を継ぎし英雄の子孫なのか!
俺は周りを気にする暇もなく、目の前の可愛い少女が自分の同志だと知って嬉しくなった。だが、腕に光が灯った瞬間、彼女の言葉が嘘ではなかったと思い知らされた。
まさか、本物の魔法? え、何で? そういえば皆雰囲気がファンタジーっぽいような。まさかここは……異世界!? いつの間に俺は異世界に転移していたんだ!?
まるで夢のような展開、いや、もしかしたら夢なのかもしれないがとにかく今起きている状況に俺は興奮を覚えた。
「ぐわああああああああああああああああああああああ! ……くうううっ! 無駄だ。俺の腕に宿りし力はあらゆる魔を滅してしまう虚無の力。いくら君が優れた治癒師だとしても、俺の苦痛を晴らすことはできない」
興奮し過ぎていつもの調子で会話を繋げてしまった。はっ! まずい。一般人と同じ言語で話さなければキモがられてしまう!
気付いた時にはもう遅く、少女は目を見開いて俺の顔を覗き込んでいた。そして彼女はこう言った。
「どうすれば……貴方を苦しみから解き放つことが出来るのですか?」
そんな真剣に話されれば俺はこう答えるしかあるまい。
「これは呪いだ。かつて俺が犯した罪によって掛けられた強力な呪い。だから俺は……この苦しみから逃れるわけにはいかない」
「そんな……! でも、わたしは聖職者として民の苦しみを救わなくてはなりません。貴方をこのまま放っておくことなんかできません!」
少女は心から悲しむように顔を伏せた。彼女の魂はきっと誰よりも透き通っているのだろう。だからこそ、彼女の瞳から零れた涙が美しく見えるのだ。マジ惚れそう。
引っ込みが付かなくなった俺はどうするべきか思案したが、結局は何も思い浮かばない。しばらく無言で時を過ごした。
しかし、突然空から猛々しい声が轟いて、俺達の静寂は木っ端微塵に打ち砕かれた。
『グアハハッハハハハハハハハハ! 見つけたぞ! そこにいるのは聖女だな!』
「――! 貴方は! 魔王の眷属、アグニフレイム!!」
「……はい?」
俺はおそらく間抜けな顔をしているだろう。急展開過ぎて、俺は聖女と呼ばれた少女と空に浮かぶ悪魔みたいな男を交互に見比べることしかできなかった。
もしかしてこれはいきなりバトルの予感? え? いやいや! それはヤバイって!
俺はこの場を離れるべく勢い良く立ち上がった。それはあくまで逃避の意思。自分は無関係だと示す行動だったのだが、どうやら悪魔はそう受け取ってくれなかったらしい。
『貴様は……? そうか、貴様は聖女を守る為の騎士だな? ふふふ。馬鹿め! さしずめ勇者に憧れた口だろうが、貴様のような華奢な小僧にこのアグニフレイム様がやられると思っているのか!』
……だそうだ。
どうやら俺は悪魔の中で聖女を守る騎士だと認識されたらしい。冗談じゃない。俺はただの中学三年生ですよ! もうすぐ受験控えてるんでこんな所で死にたくないです!
だけどこのままじゃ格好悪すぎる。だから俺は気丈に振舞って右腕の包帯をゆっくりと外していく。
「アグニフレイムと言ったか? お前……何か勘違いをしているようだな。俺は聖女を守る騎士なんて綺麗なものじゃない。俺はただの咎人。決して償いきれない罪を背負いし闇の住人」
『な、何だと? そこまでの罪を背負っているなど……貴様、何者だ!?』
「旅人さん……」
それぞれ異なる驚き方をする悪魔と聖女。最も悪魔は警戒しているようだが、聖女は悲しんでいるような、寂しそうな顔をしていた。……これなら上手くいくかもしれない。
俺は不敵に悪魔を見据えて、言った。
「俺は退魔師、神崎タケル。仲間からは、『悪魔喰らいの悪魔』と呼ばれている」
『な……に!? 退魔師……だと! まさか、伝説の勇者の力を持つ者がこの世にいるというのか!?』
「勇者……様」
よく分からんが二人は俺を勇者だと思っているらしい。まあ、警戒してくれるなら好都合だ。
俺は全ての包帯を外し終え、竜の血(赤マジック)で封印の術式を刻まれた右腕を晒した。
「心の力で封印した、全ての魔を滅する虚無の悪魔……見せてやるよ。この『ケイオスドライブ』の力を!」
俺がそう吼えた瞬間、悪魔は血相を変えて逃げ出した。
悪魔と聖女が何やら呟いている。
『く、くそ! もし俺がここでやられたら誰が勇者復活の凶報を知らせられる!? ここは一旦退かせてもらうぜ!』
「あ、あのアグニフレイムが逃げていく。……勇者様、なんというお力」
……俺、何もしてないんだけどな。というか、これからどうすれば?
頭を抱えていると、聖女がすぐに駆け寄ってきた。
「勇者様! 頭が痛いのですか!? もしかしてさきほど『ケイオスドライブ』の力を解放した反動ですか! ……ああ、わたしの為にわざわざ身を賭して力を使うなんて……なんてお礼を申し上げたら」
「いや、その、別に、気にしないでくださ」
「いいえ! 是非わたしのお礼をさせてください! そうだ! これからわたしの家に行きましょう! ご馳走します。それから、住む場所にお困りでしたら是非うちに泊まっていってください! 勿論下心とか全然ないですからご安心を!」
凄い勢いでまくしたてる聖女。俺は二の句が告げず、柄にも無くうろたえてしまう。
「お、俺には帰る場所が」
「さあ、さあ! 大丈夫です! わたし、こう見えて尽くすタイプです!」
「何の話!? ねえ! い、嫌あああああああああああああああああああああああああああ!」
ちっともこちらの話を聞いてくれない聖女は、問答無用で俺を連行していった。
お父さん、お母さん。俺は、しばらく帰れそうにありません。
どうか机の上に開きっぱなしの自分ノートだけは見ないでおいてください。
~了~




