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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第一章 風の旅立ち 水の都編
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第7頁 愛する塔で唄う少女

 その後、泣き終わった彼女にはいつもの笑顔が戻っていた。しかし、それが無理している様にもみえ、リードは心が痛かった。

「じゃあ夕飯でも作るから、ふたりは二階の空いてる部屋でくつろいでいいよ。できたら呼ぶね」

 エリナはそういい、夕飯の支度をする。イノとリードは部屋へと向かう。

 質素な部屋だが、整った空き部屋だった。掃除もされているのか、埃ひとつない。

 イノは「やった、ベッドだー」といってベッドにバフッと身を任す。リードは傍の机の椅子に腰を下ろした。

「ここにベッドひとつしかないからリードは隣の部屋ですね」

「そうだね」

 リードは少し暗い顔でそう答えた。その様子には流石のイノも気がついたようだ。

「元気ないですよ。大丈夫ですか?」とリードの顔を覗き込む。

「……なぁイノ」

「はい?」

「……エリナさんのこと、どうにかなんないかな」

 まるで自分のことのようにリードは悩んだ様子でイノに尋ねる。

「エリナさんのことって?」

「ほら、エリナさんが最後に言ってた願いとか、借金のこととか」

 イノはうーん、と言い、寝返りをする。そして枕に顔を埋めて、「どうにもなんないですね」と素っ気なく言った。

「どうにもなんないって、でもこのままじゃエリナさんが」

「塔を売ったってまだ足りないんでしょう。でも売る気はない。そして身を引き渡すことになる。これって塔を売る売らない関係なしにエリナさん、人身売買されちゃいますね」

「そ、そんな風に言うなよ。なんとかなんないのかよ」

「お金関係じゃどうにもならないです」

「それに」と付け足し、

「あれはエリナさん自身の責任です。フィルさんは死を覚悟していたのにエリナさんは自分自身の都合で手術を受けさせた。それがなかったら今の厳しい生活を受けることもなかったし、もう少し長くフィルさんと過ごせたはずですよ」

「自業自得ですね」と軽く言った。

 すると、ガタッとリードは立ち上がり、キッとイノを睨む。


「そんな言い方すんな! いくらなんでもひどく言い過ぎだろ!」

 しかし、イノは再び寝返りをし、仰向けに寝転がって眠そうに言い続ける。

「でも事実ですよ。お金については僕もあまりわからないのですが、僕らが思う以上にお金は重たく、どんな私情があれ、どんな事情があれ、お金はそれを押し潰します。エリナさんはきっと手術に賭けたのでしょう。しかし失敗して、借金を負った。これを批判するのは身勝手だと思いますよ」

「だからといって、そんなに冷たく言う必要はないだろ! 可哀想だと思わないのかよ!」

「可哀想だと思うことが可哀想ですよ。それに、エリナさんの願いは残念ながら叶いません。フィルさん、もうこの世に居ませんもん」

 すると、リードはイノの胸ぐらを掴んでは起こし、思い切りイノの左の頬を殴った。子供なのでまだそこまで力はなかったのか、痛そうな音はしなかった。

「いい加減にしろよ! おまえは人に対する思いやりとかないのかよ! なんとかしようって思わないのかよ!」

 リードは叫ぶ。しかし、何一つ顔色を変えないイノは平然としていた。その平然っぷりにリードは一種の恐怖を覚える。しかし、それも怒りで塗りつぶされる。

「思いますよ。気持ちはリードやエリナさんほどではないですが分かります。でも、リードのその分かる気持ちやなんとかしたい、エリナさんを救いたいという気持ちは目の前の現実に打ち勝てますか? 世界に、勝てるんですか?」

「勝ってやるさ! 何が何でも!」

 リードはイノから手を放した。その眼は強くイノを見た。イノは気怠そうに首元をぽりぽりと掻く。

「どうやってですか?」

「お金を何とかする!」

「どうやってですか?」

 すぐに質問は返ってきた。一瞬だけ考えたリードは言葉を少し噛みながら答える。

「は、働いて返す!」

「リードも協力するんですか。エリナさんの為に?」

「ああ! それで、他の人にも協力してもらって」

「うーん、いますかね、そういう人」

「い、いるさ! なにもしないよりやった方がいいだろ!」

「それはちょっと難しいですね」

 いちゃもんをつけるイノに、とうとう呆れを越えて、リードは更に憤慨した。

「……っ、うるせえ! だったらそうやってイノは逃げるのかよ! いつもの旅みたいに!」

 リードは怒鳴り続ける。イノはきょとんとした表情で話を聞く。

「イノが寝てるとき列車でアウォードさんから聞いたよ! あんな生き方は逃げてるとしか思えないって! 結局おまえも逃げてんじゃねーか! 仕方ない仕方ないって、どうにもなんないって諦めて! そんなこと勝手に決めつけて面倒なことと関わらないようにしてんだろ! おまえみたいなやつがいちばん弱くて情けねぇよ! この負け犬!」

「……」

「おまえなんか大っ嫌いだ!」


 リードはすべて吐き捨てたのか、息切れをしながらイノを睨み続ける。しかしイノはぽりぽりと頭を掻くだけで、怒ることなく、悲しむことなく、ただいつもと変わらぬ呑気な表情を保っていた。

「そうですか」

 発した言葉は曖昧なものだった。言葉が響いていない。そうリードは思い、心のどこかで落胆を覚える。

「……なんだよ、なんか言い返すことはないのかよ……!」


 そのとき、下の方からエリナの声が聞こえる。夕飯の支度ができたようだ。

「……」

 リードは無言で部屋を出る。バタン! と荒々しく閉めた音が部屋に響き、しん、と静まり返る。

「……」

 無音と化した一室。イノはベッドから立ち上がり、窓から見える夜の景色を一瞥した後、一階へと向かった。


     *


 夕飯は3人とも楽しく会話をし、エリナも笑顔だったが、昼の時と異なったのは、リードがイノに対し素っ気なくなっていたことだった。リードから話すことはなく、愛想ない表情になっていたことにエリナには気になっていたようだったが、訊いても「なんでもない」と答えるだけだった。その割にはイノは特にこれといった変な様子はみられなかった。

 明日はサドアーネを案内するとエリナは提案し、イノは賛成した。夕飯後、風呂を済まし、全員各部屋でベッドに寝着いた。リードはなかなか寝付けなかったが、列車での旅を含め、疲れていたので次第にすやすやと眠った。

「……」

 夜中の2時近く、突然イノが起き上がり、外へと出る。


     *


 悲哀の獣の塔。そこにイノはいた。

「……幽霊出るのかな?」

 半ば楽しそうな表情で塔へと近づく。かさかさと音を立てることもなく、辺りを歩く。塔に入ろうかとしたところで、あることに気が付いた。

「……お、なんだこれ」

 見てみると塔の石壁に何か黒いものがゆっくりと動いていた。

「アメーバみたいだなぁ。粘菌かな?」

 イノはまじまじとそのアメーバみたいな粘り気のありそうな黒い物体を見続ける。

 粘菌にはアメーバ体という時期があり、比較的活発に移動するそうだが、流石にここまでわかりやすく動いてる粘菌なんてそうそういるものなのか。

「……あ、ここにもいる。お、あっちも」

 見渡せば見渡す程、壁や地面、木の幹など、至る所に黒い物体が発生していた。

「どこから湧いてきたんだろう、このまっくろくろすけ」


 その時、近くからガサガサと何かが来る音がした。しかし、イノは隠れようともせず、傍で活発に動いている黒い粘菌を落ちてた枝でつつきながら、ただそこに立っているままだった。

「……人だ。来たら危ないんじゃなかったっけ?」

 しかし、よく見ると訪れてきた数人の服装が普通のとは異なり、雀蜂スズメバチ対策用に似た全身武装のような姿だった。暗い為か、イノの存在は誰も気が付いていない。

『おーおー、たくさん湧き出ているなぁ』

 ひとりが他の人に話しかける。野太い声だ。

『どんどん回収しちまおう。こんだけいることだしなぁ』

 もう一人の男が言う。

『でも、最近やたらと増え続けている。どうしてなんだろうな』

『いいじゃんか別に。たくさん回収できればなんだっていいさ』

「……回収ってこのまっくろくろすけのことかな?」

 イノはその人たちの様子を近くで見続けた。次々と動く黒い物体は何かの装置に吸い込まれ、収納ボックスらしき大きな箱に入れられる。



『……よし、これだけ集まりゃ充分だろ。撤退するぞ』

 誰かにばれないようにしてるのか数人の男たちはそそくさと帰っていった。

「なんだったんだろうな……ん?」

 イノは先ほど黒い物体がいた木の幹を見た。木の幹がそこだけ腐食していた。つついていた枝も長い時が経ったかのように、ぼろぼろに朽ちていた。

「……へぇ、だからか」

 イノは何かに納得したのか、枝をまじまじと見つめていた。それを地面に置く。

「……ここで寝たら気持ちよさそうだな」

 そう言ったイノはそのままエリナの家へと帰ることなく、森の中の木の根元で身を倒してぐっすりと寝付いた。


       *


 夜が明け、日が昇る。イノは森の草の上でぐっすりと眠っている。直接的な日の光は来ずとも、弱い光はちゃんと暗かった森を照らしてくれる。

 ゆっくりとまぶたを開き、イノは目を覚ました。頭に留まっていた青い小鳥が羽ばたいていく。

「……なんか聞こえる」

 静かな森の中、どこからか歌声か聞こえてくる。小鳥のように透き通った歌声。

「塔の方からだ……」

 起き上がったイノは眼を擦りながら塔へと向かう。静かな朝に聞こえるのは、土や草を踏み込む旅人の足音だけ。



 森を抜け、塔がそびえる広間に出る。8階建て程の高さを誇るそのヒビやシミがある、蔦や苔の生えた白い塔からは何かの神秘を感じる。

「塔の中からか」

 入口というよりは壊れた壁のような大きな穴にイノは入る。内部までも蔦が張っており、年期の古さが醸し出されていた。

 見た目も随分と廃れている獣の塔だが、内部も相当な廃墟と化しているあまり、雑草や葉が生い茂っている上、蔦が蔓延し、瓦礫も混じり、蜘蛛の巣も張っている。壁も所々崩れており、少しだけ薄暗い中、開いた穴から日が差し込んでくる。

 閑静で広い空間。そこは外よりも静かだった。

 そんな静寂の空間にひとつの唄が聞こえてくる。そこにはエリナがいた。

「あれ、エリナさんだ」

 イノはエリナに近づくも、彼女はイノに気が付いていないようだ。

 きれいな唄だなぁとイノは呟き、瓦礫の岩に座り、唄を聞き入った。




 Was ki ra qwitte laa yorr yaha yanje art nasya.

(あなたがずっと笑顔でありますように)


 夜が来るその度に 私は寂しいと笑う


 かけがえのない思い出は 悲しくも淡く輝く


 あなたが居ない日は とてつもなく冷たいの


 Was quell gagis presia accrroad ieeya.

(でもどうか希望を与えて欲しい)


 あなたと過ごした日々


 別れを告げる 過ぎ去った想いに


 それでも私は 忘れることなんてできない


 Was ki ra qwitte laa yorr yaha yanje art nasya.


 涙零れてゆく


 瞬く星空を仰ぎ 変わらぬ笑顔を願う


 大切な想いすべて あなたに見せたい


 Was ki ra qwitte laa yaha yanje ware yos erphy.

(あなたの思い出の中の私が笑顔でありますように)


 時流れてゆく


 この手がふれあえなくても この声が届かなくても


 心は傍にいるよ ずっと、ずっと


 Was ki ra qwitte laa yorr yaha yanje art nasya.




 唄が終わり、再び静寂を迎える。

 エリナはイノの存在に気が付き、びっくりする。それだけ唄の世界に入り込んでいた。

「うわぁっ! い、イノ! いつのまにいたの?」

「はい、唄声が聞こえたので様子を見に来ました」

 聞こえたという言葉にさらに焦りを覚える。もしかして森の外にまで聞こえているの? と勘違いしたエリナだった。

「そ、そうなんだ……え、と、とりあえず、おはよ~」

 驚きがまだ続いてるのか、ぎくしゃくとしていた。まさか人に聞かれるとは思わなかったのだろう。イノは相変わらずの淡々とした口調で返す。

「おはようございます」

「で、その……唄、どうだったかな?」

 エリナは恥ずかしげな表情で目を逸らし、身体をもじもじとする。

「とっても綺麗な唄声でしたよ」

 純粋に思ったことをイノは微笑みながら告げた。

 すると、ぱぁっと笑顔が戻り、嬉しそうに照れた。

「ホントに? えへへ、嬉しいなぁ」

「その唄ってフィルさんへの歌ですか?」

「うん。言語や民謡はフィルが教えてくれて、この塔でいつもいろんな唄を唄ってたな。毎朝この塔に来て唄ってるの。フィルへ届くようにって」

 届いてるかなー、とエリナは上の天井を見て呟く。

「届いてますよ。エリナさんの声、透き通ってますから」

「そ、そんな風に直球で言われると少し恥ずかしいよ」

 エリナは顔を少し赤らめ、顔を逸らす。イノは「?」を頭に浮かべていた。


「そういえば、フィルさんって銀髪ですか?」

「え? ええ、そうだけど……?」

 突然の問いにエリナは戸惑った。

「やっぱりあれはフィルさんだったのかな?」

「え?」

 フィルという愛した者の名にさらに疑問を抱く。その目は驚きを示していた。

「それって、どういうこと……?」

「僕らがエリナさんの家に来れたのは銀髪の青年が案内してくれたからなんです。エリナさんの家の通りについたときにはもういなかったですけど」

 一瞬、エリナの目が大きくなる。だが、現実を見たかのように、少し俯いた。

「そう、なの……でもフィルはもう……」

「でも、見えたんです」

「……」

 黙り込む、否、何も言えなかったエリナに、イノはやさしく声をかける。

「それが亡霊であれ、なんであれ、フィルさんは今でも、エリナさんを見守っていると思いますよ」

 イノは微笑む。早朝の光で、その笑顔は輝いていた。

「……うん、そうかもしれないね。ありがとう」

 エリナはイノのやさしさに応えるように、優しく微笑んだ。

「あ、エリナさん。朝食はいつですか?」

 ぱっとイノは思いついたかのように唐突に話題を変える。その唐突さにまたも少しだけ戸惑った。

「え? えーと、帰ったらつくるつもりだけど……あ! そうだった。採りたての木苺のジャムを作るって約束してたね」

「それです! それを思うとおなかがすいちゃって」

「あはは、本当に楽しみにしてたんだね。なんだか嬉しいな。それにしてもイノって結構食いしん坊だよね。夕飯もがっつり食べてたし、無くなるんじゃないかと思ったよ」

「食べるのが大好きですから」

 二カッと自信満々にいった。その笑顔につられ、エリナも笑顔を見せる。

「ふふ、じゃあ特別にスコーンもつけちゃおう」

「スコーン? なんですかそれ」

「えっと、外はさっくり、中はふんわりとした焼き菓子だよ。この街で人気のお菓子なの」

「おお! それもおいしそうです!」

 腹の虫を盛大に鳴かしたイノに、エリナはくすり、と笑う。

「うん、イノもリード君もきっと気に入ると思うよ」

「そうですね。早く食べましょう!」

 イノは先を急がんばかりに先を歩く。そのとき手を掴まれ、エリナはびっくりし、思わず手を離してしまった。

 しかし、イノは「あれ、どうしました?」と気にもすることなく、エリナを見つめた。「あっ」と紅潮した顔は慌てて「な、なんでもないよ、ごめんね」と言い、そして気持ちを切り替えるように、すぐに別の話題に変える。

「リード君、今でも寝てるかな。起きていて誰もいなかったら焦るよね」

 エリナは苦笑するも、少し心配し始める。

「大丈夫ですよ。疲れてるからぐっすり寝てるはずです」

 何の根拠もなく、イノはそう言った。

「じゃあ、帰ろっか」

 髪を揺らし、イノの方へ顔を向けたエリナはやさしく微笑んだ。

 ふたりは塔を後にする。早朝の風は少し寒く、しかしほんのり温かかった。


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