第61頁 儲け話
お久しぶりです。
その後、3人は二人の少女の案内のもと住居登録を済ませた。これがあれば、万が一のことが起きても戻ってこられる等のメリットがある。無料というのが救いだったが、この先問題がひとつ。
「お金どうします?」
円環上の広場。エメラルドとネイビーブルーに光るラインが平面の床を照らす。空はキャンバスのように真っ白な世界に幾何学模様が描かれている。大河のように空と眼下の空間を飛んで流れていく家一軒分の大きさを為す無数のキューブ。
それに目もくれず、シード等は腕を組んで悩む。イノはどこで捕まえてきたのか、ふわりと浮く円盤状の電脳ドローンに乗っかって、さかさまになりながらその場でくるくる回っている。
借りるお金もなければ換金した予算もなくはない。だが、電脳界の歌姫ことメルト・クラシスのライブ・握手会抽選は当然ながら高額だ。その上、当選するために協力させる運命屋「ジャックポッド」に"遭う"にも金が要るという。とてもではないが3人の所持金では破産待ったなしだ。
「そりゃおまえ……」とシードはちらりカティスとウノを見る
「本気で言ってる?」
「わ、私は返してくれれば別にいいけど……」
「いやまだ何も言ってないぜ?」
どれだけ野蛮だと思われているんだとシードは呆れる。
「稼げる場所ってのはあるのかって訊きたかったんだよ」
「なくはないけど、どうせここで就職する気はないんでしょ? バイトも」
「そうですね」と回転を止め、さかさまのままイノは即答。「楽して稼げませんか?」
「働いたことのない奴が言う台詞ベスト3を何の惜しげもなく言うんじゃないわよ」
「賞金首とかいねェのかよ」
「治安は乱さないでくれる?」
「カジノがあれば100倍にして膨らませられるぜ」
「ああもうこいつらクズの極みだよ!」
頭を抱えるウノを苦笑しつつなだめるカティス。フォローするように3人に顔を向ける。
「ちなみに3人とも働いたことは……」
「ないです」とイノ。むん! となぜか誇らしげだ。
「覚えてねーな」とリオラ。長寿故に記憶が薄らいでいるのだろうが、何が悪いと言わんばかりの顔だ。
「あったけどどれもろくな仕事じゃなかったな」とシード。あまりいい思い出がないのだろう、嫌そうな顔だ。
野郎二人とよくわからない白髪頭の不甲斐なさに、カティスも言葉を返せなかった。
「はぁ……まぁ珍しいケースじゃないから驚きはしないわ」
立ち直ったウノは空間から生じたパネルを指のスワイプで3人の眼前に飛ばした。さかさまになった状態からぐるんと起き上がり、パネルに興味が向かう。
「なんですかこれ」
「あんたらに向いてそうな稼ぎ場所よ。堅実に働くなら再現世界が確実だけど、常識知らずには仮想世界で一儲けするのがいいでしょうね」
へへぇ、と納得したようなそうでもないような返事を漏らしたイノは質問する。
「あの、不労所得できるところってありますか?」
「本当に何もしたくねぇんだなおまえ」
限られてはいるが、ここは電脳界。短期間かつ大きな金を得られる場所はハイリスクハイリターン付きでそれなりにある。リスト化されているパネルをリオラとシードはスワイプして謁見する。操作が分からないイノを見、「こうすんだよ」とリオラが教える。ただ、イノの顔は無関心の一言に尽きる。
「まぁでも今は目的最優先でいきましょうよ。メルトさんのなんとかライブと握手会」
「そいつのとこに行くために金が要るんでしょろうが」とウノはあきれ顔で腰に手を当てる。
「あ、おいリオラ。これよさそうじゃねぇか?」
そう言ってはリオラにパネル情報を飛ばすシード。眼前に表示されたリスト表から選択され、流れた映像は何かの闘技が行われている様子だ。
「"DX1"……バトルロイヤルか」
そうリオラが呟くと、ウノが思い出したように「ああ」と言っては、
「電脳界で最近流行ってるフリースタイル格闘技ね。制限されたステータスとアバターでドンパチやるんだけど、負ければ死、脱落すれば所持金のほとんどが失われるわ。その代り、優勝すれば一千万は下らないわね」
「一千万!? ……ってそれ俺たちの世界の通過だとどんくらいだ?」
「あんたらの世界の為替事情まで知ったことじゃないけど、豪邸は余裕で買えるわ」
「へぇ」と呟いたその表情は獲物を狙う獣そのものだった。金というより、戦えることに興味を抱いたようだ。竜人族の笑みに思わず口をつぐんでしまうウノだったが、表には出さない。
「僕のよさそうなのありますか?」
よっと円盤から降りたイノはシードにパネルを見せつける。完全に人任せである。
「えー? ……あ、これいいんじゃねーか? ほらこれ」
渋々ながらもシードは紹介する。全体的に暗い、というよりはおどろおどろしい映像が流れていた。ノイズや赤色が生じる。どれどれ、と横から覗いたカティスはびくっとする。
「"Last Day"!? そ、それはやめたほうが……本気で命を失いかねない完全没入型のホラースプラッタゲームだよ……?」
「おもしろそうですね!」
「行く気満々だなこいつ――いやちょっと待て」
恐怖の概念の影も薄いのか、目をらんらん輝かせるイノ。それにあきれるシードは、何かに気付く。
「ただのゲームオーバーじゃなくて、存在が消えるってのがあるのか?」
彼の疑問にカティスは頷く。
「電脳界は自身の肉体が電脳化するから、寿命や老化の影響はほぼなくなるし、再現世界みたいな条件付きの領域に入らない限りは怪我の心配もないの」
「でも、例外はある」とウノが代わりに話す。
「"消失"。魂の一片すらも残らず消え去る危険性も電脳界ではありえる。外部の世界は輪廻転生するとこが多いからその点の心配はないだろうけど」
「転生しても記憶なくなったらあんまり関係なさそうだけどな」とシード。
「魂の消失は通常の死とはまた違うみたい。忘れられやすいとか、あの世の方で不都合な問題が起きたりとか。ま、ここの感覚や価値観は個人によるわね。あたしらには何の関係もないわ」
「そんな大事なこと初めて聞いたぞ!」
「えー? シードが聞いてなかっただけじゃないですか?」とからかうようにイノは言う。「まぁ僕も知りませんけど」と笑いながら付け足すが。
「おまえマジで適当しか言わねぇな! つーかよ」
それを聞き入れたシードに嫌な予感がよぎる。改めて収益の種となる行事や職業のリストをザッと見返しながら口を開いた。
「……思ったんだけどよ、これぜんぶ、その消失するリスクがある奴なんじゃ――」
「せいかーい♪ じゃないとあんたたちの要望通り、一朝一夕で稼げないでしょ」
ニュースキャップを被った黒髪越しで可愛らしい笑みを向ける。安全が約束された世界だと気を緩ませていたシードは青ざめる。
「勘弁してくれよ……」
「オレは構わねぇよ」とリオラ。パネルを見ると、とっくに消失のリスクがあるバトルロイヤルにエントリーしていた。
「おまえ全財産失うとかのレベルじゃないんだぜ?」
「そんなお遊び感覚でやるもんじゃねぇだろ。戦いも稼ぐことも似たようなもんじゃねぇのか」
「リオラがまともなこといってますねー」
「っておまえもその怖いやつ参加したのかよ!」
イノとリオラの電脳パネルは消え、シュンと消える。残るはシードだけ。
「テメェはどうすんだよ」
ぐ、とためらいながらも、指は動かした。
「じゃ、俺はこのロボコンみたいな大会で。作った車同士でレース競わせるおもしろさはどの世界でも共通みてぇだな。……敗けたときのペナルティを除けば最高のイベントだ」
心底いやそうだったが、それを自分の大好きな分野で相殺している様子。話がまとまったと思ったウノは手を払う。
「じゃ、さっさと行ってきなさい。さっきも言ったけど、締め切りまであと5Ds……まぁあんたたちの基準でいえば100時間程度しかないから」
「これって時給換算でおいくらなんですか?」
「おいまったく話聞いてないバカがここにいるぞ」
「あ、招待きたよ」
カティスがそういうと、イノたち3人の目の前に円形のゲートが拡大・出現する。エントリー先の招待状だ。
「じゃ、達者でね。消失だけはないよーに」
「がんばってくださいね」
若い美女二人の送迎は嬉しいはずなのに、シードの足取りは重い。
「はーい!」と元気よくイノはサークルの中に飛び込んでいく。リオラは楽しみそうに、シードは仕方なさそうに各々のゲートへ足を運んで――サークルごと空間から消え去った。
8時間後。
ウノの家に突然3つのゲートが生じる。思ったより早く帰ってきたことに驚き、そして勝手に自宅侵入したことに叱責を唱えたが、カティスのなだめにより数分で終わった。
「で、みんなどうだったの? まさかその命だけ残してきたわけじゃないでしょうね」
一度や二度の挑戦でうまくいくはずがない。あまりにも早すぎる。そう考えていたゆえの発言だが、
「大勝ちだぜぃ!」
「優勝」
「あっはは、なんか脱落しました」
「なんなのこいつら!?」
思わず声を上げてしまう。
彼らの提示したステータスウィンドウを確認すると、確かにリオラとシードの所持金に総額数千万規模の資金が入っている。イノは0だったが。
「いやぁ盛り上がったぜ。やっぱ腕のいい奴はごろごろ転がってるが、それだけじゃあこの天才を敗れやしねぇよ」
(まぁ電脳界最大のレースじゃなかっただけ救いがあったにしろ、ステータスに反して意外とやるみたいね)
そう内心で感心をしていた一方、イノはリオラに声をかける。
「リオラ不満そうですね」
「数えきれねぇくらいの世界と繋がっている場所なんだろ? こんな生ぬるくあってたまるかよ」
「制限付きじゃあ仕方ないだろ。それに今の時期以外でやっている大会とかそれぐらいしかなかったみたいだしな。何も課金勢だって限界はあるし、お前が限度知らずなだけだろ」
それでも、優秀なファイター揃いだったはずだ。さっそくネットワークニュースにリオラのことが掲載されていることを脳内の情報取得ソフトより把握していたウノは妙な胸の高鳴りを感じていた。
(想像以上の逸材ね……リオラ・ペルテヌス)
馬は合わないけど、このふたりについていけば、いくらでもスクープが得られる――が、問題はこいつか。半ばあきれの目を向けた先は旅人だ。
「いやなにやってんだよお前」とリオラ。
「アイテム使わなきゃいけないところで無理やり通過しちゃったみたいでして。不正行為の判決ってことで追い出されちゃいました」
「バグ起こすなよ」とシード。
「わざとじゃないですよ。それより聞いてくださいよ、みなさんぜんぜん驚かせてくれませんでした。雰囲気系っていうんですかねあれ」
「それおまえの影が薄すぎて反応しなかっただけじゃねーか?」
「あ、かもですね!」
「いやそれで済まされるやつじゃないわよ!?」
頭をかいてはあんまり反省してないイノに、ウノまでもがツッコミの声を上げる。
「……まぁなんでもいいわ。それだけあれば――」
「じゃいきましょー! メルトさんの! なんでしたっけ!」
「ライブだ」
「ライブにれっつらごー!」
「話を聞けェ!」
「まぁまぁウノちゃん」
いまにも外へ出ていきそうなイノをウノは引き留める。
「その前にジャックポッドのとこだろ。調べはついてんのか」
リオラの一言で、「ああ」とウノは情報を掲示する。イノの首根っこを手放しては、
「場所は決まってるわ。ただパスワードがあるけど、どっかの掲示板とか調べたらすぐに分かるからそこまで苦労はしないわよ……まぁ、関わりたくないけどね」
俯く彼女を見る。命の保証がないとはいえ、ただの一説でここまで避けるのかと疑問を抱く。スクープを求めるなら、リスクがあれ進んでいくだろう。死ぬことが確定事項ならばまだわからないが、話を聞く限りはそこは曖昧だった。
訳ありなのはわかる。だが、聞いたところでそう易々と答える女ではない。結論として、リオラはなにも答えなかった。
今は示された位置情報と鍵を手に、向かうしかない。
「じゃ、行くわよ。シード・ステイク、あんたの提案、本当に通用するんでしょうね」
睨んだような目つきで問いかけるも、シードは鼻で笑って返した。
「そんなもん、確証なんかあってもなくても関係ねーよ。ダメならダメでそこでゲームオーバーだ」
「っは!? そんな曖昧な考えで――」
「そういうもんですよ人生。そっちのほうがおもしろいじゃないですか」
屈託のない笑顔に、思わず口をつぐんでしまう。この旅人は本当に何もない。能力も平凡以下。なのに、この底知れない何かを感じてしまうのはなんなのか。
「……ヤバくなったらあたしらだけでも逃げるからね」
「あったりめぇだろ、女の子の命が第一優先だ」
当然と言いたげなシードに対し、ふんと鼻を鳴らす。
「そういうとこだけは評価してあげる」
ウノの手から出現させた円形の平面ゲート。この先に進めば、運命屋に"遭える"。
息をのむウノとカティス。それに反し、恐れを知らないイノは友人の家へ入るかのように、その垂直に揺らぐ水面のような電脳膜の中へと飛び込んだ。あとから何のためらいもなく進むリオラとシード。
カティスの手を握る。息を整えたウノは、彼女と目を合わせ、二人同時に一歩、先へと進んだ。
【コメント(読まなくても大丈夫です)】
筆が進まない状態の中、思いついた言葉を適当に書いたため、だいぶ雑になってしまっている気がします。推敲を重ねていきたいと思いますが、お目汚しとなっていましたら本当に申し訳ありません。
本作は、いろいろ考えて書かないより、最初はある程度いい加減でも書いた方がいいというマインドで書いていきたいと思います。添削や加筆はそのあとでいいかなと。
ただ、ストーリーやキャラクター、世界観に対してだけは真摯に向き合っていきたいと考えています。
尚、打ち切りにするつもりだったこの作品を再び書こうとしたのは、今も尚、読んでくださる読者の方がいらっしゃったからです。楽しみにしてくださっている方が一人でもいるなら、筆を折るわけにはいかないと感じました。こちらの作品は相当長くなりますが、もう一度向き合おうと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
そして、読んでくださり本当にありがとうございます。




