第59頁 電脳界ぶらり旅
久し振りすぎて会話ばっかりになってます。ご了承ください。
そして、五カ月も更新できなくてすいません。
――Welcome To Helleil-Ohm!
それをはじめとした、数々の歓迎メッセージが視界を覆う。その深奥へと足場ごと勝手に向かっていた。いや、世界から出向いてくれるようなそれだった。
軽やかな電子音とともに視界に飛び込んだ景色は、イノにとって見たこともない異界が広がっていた。
「すっごいなー。みんなどこだろ」
一歩進み、先程来たであろうゲートが閉じられる。
はじめて訪れる大きなステーションの中心に放り込まれた旅人は、きょろきょろと辺りを見回すたび、感嘆のため息をもらす。。一面蛍光色の幾何学模様が描かれた白い床が続いているが、宙にはリフト状の地面がいくつも浮いている。その上には微発光している商店街やビル、広場が建っている。
また、区別はつかないものの、アバターと呼ばれる電脳界に来た異界人や電脳族も、その浮いているリフトの上へ行くために、重力に逆らって飛んでいる。
「ここだと普通に飛べるんだー。僕も飛んでみよっかな」
「あ、イノさーん! こっちこっち!」
後ろから声。振り返ると、カティスが大きく手を振りながらイノを呼んでいた。リオラもシードも一緒だった。
「……?」
しかし、首を傾げたイノは疑った眼差しで目を少し細めながら、彼らのもとへ歩む。
表情を戻してはお辞儀をし、丁寧にあいさつする。
「あ、どうもこんにちは~」
「何故によそよそしい態度取った今」
長身の金髪の青年が腕を組んではそう言う。顔立ちは美形と形容されるほどまでに整っており、強気な目は大人のような体つきに反し、少年のように輝く金色だった。
「あの……」と申し訳なさそうな顔をしているイノだったが、表情の割にばっさりと、その金髪の青年に尋ねる。
「つかぬことをお聞きしますが、真面目に誰でしょうか?」
「俺だよ俺! シードだよ!」
金髪の好青年は「嘘だろ!?」と叫んでは驚愕する。じとーっと上目づかいで自分より背の高いシードを見る。
「シードはそんな身長高くないですし、そこまで超絶イケメンじゃないです」
「おまえ大概ひどいこと言うな」
ネットのみならずゲームの世界にも近似しているこの世界では、自分の顔や姿形、能力値までも自在に設定することができると案内人のビーツが言っていたなと、イノは曖昧なりに思い出す。しかし本人にとってどうでもいいことだった。
「とにかくです、シードかどうかわかんないんで後で設定替えてください」
「別にいいだろ! ここ電脳界なんだからよ、理想の自分になったっていいじゃねぇか! 逆になんでおまえらはそのまま引き継いでんだよ」
棚に上げたシードはイノたちと向き合ってビシィッ、と指を指す。
「僕は僕のままがいいんです」
「設定とかよくわからんかった」とリオラ。
「私はー、みんながわかるように敢えてそのままにしたよ」
「……なにこの俺だけアウェイな感じ」
ガックシと肩を落とす。コンプレックスがないのは羨ましいことだなとシードは内心思う。それか自覚ないか。
「気のせいですよ。そんじゃ、レッツらゴーといきましょう」
「じゃあここで話すのもなんだし、別の場所で落ち着こっか」
「はーい」とイノはカティスの案内に従い、いっしょに行く。その後についていくリオラはちらりとシードを見ては、
「替えたくなかったらそのままでいいだろ。テメェの自由だしな」
と言いながら再び歩く。シードは唸り、頭を掻く。
「わかったよ! 俺らしさがあればいいんだろ! ありのままをぶちまければいいんだろ!」
「別にそこまで言ってねぇだろ」
*
『――ただいまセンター・ターミナルより標準時刻11:00をお知らせします』
世界に響く女声アナウンス。空に広がるカジュアルデザイン。床の模様も一変し、室内のよう
な雰囲気になる。
「世界ごと模様替えってか」
そのとき、あたりが陰り、薄暗くなる。見上げると、頭上に巨大な何かが泳ぐように通り過ぎていった。
「雲? クジラ?」
「カティさん、あれ! 雲クジラ!」
「あれはホエルキュムラス。コンピューティングの一種で、いろんなサービスやコンピュータ資源をあのクジラを通じて接続しているの。サーバ群を電脳界なりにデザインした生き物だと思うよ。ウイルスバスターの役割もしているし」
そのクジラから雲のようなものが分離し、様々な場所へと散布される。「ああやって情報通信してるのか……?」とシードは呟く。
ひとつの雲が上空に溶け込んだ途端、空に大量の電子記事や情報が立体的に広がる。映像画面もあり、他の世界の光景が映り込んでいる。
「……」
その中に、見覚えのある光景をリオラは無言で見つける。
バイロ連邦の突如の軍事力低下と、アリオン帝国領土を求めた戦争の行方についての記事が大量の情報スクリーンの端の方に掲載されていた。
(結局、争いは免れられなかったか……)
その情報をイノは見つけることなく、ただ目の前の光景に震えるばかりだった。
「すごいすごい! なんですかこの世界! 初めてですよ僕!」
「マジモンのサイバー空間だなこりゃあ」とシードも感心する。
「さいばー? シュワシュワした水に似たような言葉あるの知ってますよ」
「似てるのは否定しねぇけどジャンルが180度どころじゃない次元で違うからな。デジタルワールドっつーか、コンピューターの中の世界のことだ」
「なんだか難しいこと言ってますね」
「理解レベル低すぎ!」
「けど、これが人工じゃなくて元々自然として生まれた世界ってのがすごいですよね」
「さりげないようで荒っぽく話題をスルーしたなおまえ……」
カティスが円形の床のマスに乗り、それに続きイノたちも乗る。空間に表示された数枚のパネルの内、水色のパネルをタッチした途端、まわりの景色が溶けて水に流されるように、瞬時に一変し、人が賑わう都会へと変わる。物質らしさを感じず、ホログラムだけでできたようなCG的建造物や街道が広がり、空を見れば無数の電子回線が光の形で直視できた。
「今エリア移動したの。場所はー……言っても分からないか」
「ところでカティスちゃん、今からどこに向かおうとしてるの? 落ち着ける場所って言ってたけど」
「私の友達の家。電脳界の観光には人一倍詳しいから」
「そりゃあ楽しみだ」とシードは笑う。
「うっわー人じゃないのめっちゃくちゃいる。何星人?」
人間や亜人のみならず、地球外生命体のような人の形をしていないのもいれば、デフォルト化された人物もおり、興味津々になったイノは4mほどある樹と鹿が混じったような巨人に声をかけようとしたところをリオラに無言で止められる。「お、めちゃくちゃかわいい娘もいるじゃん」とシードは通りすがったエルフの少女に釘付けになる。
「そうだよこれが電脳界よ! まさにアバターらしい形。これが普通なんだって」
声を上げるシード。何言っているんだこの人、といった目でイノは言う。
「でも人間もいますよ」
「いやいやよく見ろ。どっかの異星人みたいな体形が目立つのも無理はねぇけど、よーく見てみろ。美男美女ばっかりだろ? おっさんや老人もいるけど顔は整っていることは共通している。おまえらは元々顔立ちいいから設定しなくてもいいだろうけど、こういう世界ぐらいでは理想の自分になれたって文句ねーだろ」
「僕は本来のシードの方が好きですけどね。顔立ちも十分にかっこいいですし」
「私も、前のシード君の方が接しやすいかな。あまりかっこよすぎると声かけにくいし……」
イノに続き、カティスも苦笑交じりで便乗する。
「……」
数秒固まったシードは、スクリーンパネルを空間上にオープンさせ、指で設定を選ぶ。その操作の速さは凄まじく、ほんの4秒でアバター設定を完了させた。塗装が剥がれ落ちるように、瞬
く間に本来のシードの姿に戻る。
「判断と行動力の速さに圧巻だよシード君」とカティス。
「ほらよ。これでいいんだろ」
「はい、そっちの方が僕は好きです!」
とイノは笑顔で言う。ほんの少し、シードはにやけてしまうも、すぐに隠した。
「でもシードって女の子の言葉には弱いんですね。カティスさん好み?」
「うるっせぇ! そんなこと聞くなよ」
「僕は好きです!」
「知らねぇよ」
「ありがとイノ!」
「カティスちゃん、ノリはいい方なんだね」
そのとき、騒めき声と、いつにも増して大きなBGMが流れてくる。聴いていて元気になるようなメロディと身体ごと心臓がはずむようなリズムに、音の鳴る方へと全員が目を向ける。
ビル群の巨大スクリーンに映った、番宣らしきPV。
「歌手か、電脳界でもそういうのは人気なんだな」とシード。
まじまじとPVに映る歌手を見ていたイノは視線を変えることなくぽつりと訊く。
「あのスクリーンに映ってる人は?」
「俺は知ってるぞ。電脳界の歌姫『メルト・クラシス』。未成年にして電脳族でもトップに入る世界的有名な歌手だ。誰もが魅了する可愛らしさと愛おしさ。まさに尊いといわんばかりの見た目も中身も可憐な唄う少女! どこの世界でもその美貌と歌声はまさに天使と崇拝されるほど!」
大げさにシードは嬉々と語る。「ドルオタなのかな」とイノは呟く。リオラは興味なさげに映像とそれに注目している観衆を観続ける。
「崇拝とまではいかないけど……一部除いて」とカティスは言う。「僕知ってますよ! それ信者っていうんですよね!」と言ったイノに応える人は誰もいない。
「ただ俺より13歳も若いってのが妬ましいけどな」
「種族で見た目と中身の年齢が違うっておもしろいですね。よく考えたらシードってもうすぐ30歳なんですよね。普通におっさんじゃないですか。なんでそんなに青いんですか?」
鉱人族であるシードは成長が遅く、30代でも青年のような若さを保っている。ただ、遺伝的な問題なのだろう、シードは特に成長が遅く、未だ齢15ほどの少年にしか見えなかった。
「だからこれは種族的に寿命の……おい精神年齢幼いって意味での発言かそれ」
「僕の知る三十代は、落ち着いているけど感情抑え込んでる感じでしたね。シードみたいなウェーイってノリじゃないです」
「ウェーイってなんだよワケわかんねぇこと言いやがって」
「え、こっちじゃ流行ってない感じですか?」
「あ、そうそう、私の友達ね、あのメルトちゃんとよく関わっているよ」
「マジでか! え、カティスちゃんも会ったりする?」
「うん、まぁ、最近は彼女、人気続きで忙しくなってるから、今はなかなか会えないけど」
「そっかー。でもいいよな、超有名なアイドルと接点あるって」
「あはは、実際もとから関わっていると、そういう実感はないよ。案外ね」
そう笑ったカティスを横目に、リオラは鼻でため息を突く。
「リオラずっと黙ったままですね。どしました?」
「……背中から降りろ」
背中にのっかかってきたイノは素直に降り、リオラの前に立つ。
「あの画面の女の子、僕も気になっているんですよね」
「そうかよ」と素っ気なく返す。
「あれ、怒ってます?」
「怒ってたらなんなんだよ。むしろ落ち着いてる。変な感じはするがな」
リオラは都市の街並みを見渡す。それに乗じてイノも見渡してみる。
「まぁ珍しい世界ですからね。電脳の中ですし、僕もここにくるのは初めてですもん」
「オレもだな。いろんなとこ行ってきたが、こんな自然の片鱗すら感じねぇのはそうそうない。
潔癖すぎるんだよ、要は」
「こんなに賑わってんのに、なんにもねぇぐらい無機質なのは違和感しかねぇ――って感じですか」
「それオレの真似のつもりか。……まぁ、そんな感じもしないわけじゃねぇな」
「だけど、あの歌手の女の子の唄には、そういうのが感じられないんですよね。普通の声と違うっていうか、なんかそういうのリオラも分かります? この懐かしい感じ」
リオラは再び少女の映っている画面を眺めるも、PVが終わったのだろう、そのスクリーンのチャンネルが変わってしまう。
「まさかテメェもそう思ってるなんてな。腹立たしいぜ」
「こーいうとこは相性合いますよね。あっはは」
イノは再びリオラの背中に乗り、肩車する。
「なにやってんだ白髪、降りろ」
「リオラの視点ってめっちゃ高いですね。あ、カティさんみっけ。話してる間に先行っちゃってましたか」
「ああそうかよ。いいから降りろ。ガキでもねぇんだからよ」
「うわー見て! 人がアリのようだ!」
もう手のつけようのない馬鹿らしさに呆れたリオラは、イノの脚を掴み、無理矢理剥がしては地面に叩き付ける。地面にヒビが入り、「はぅぅ……」とイノは痙攣しながら起き上がる。周囲がざわつくも、すぐにおさまる。
「イノー! リオラさーん! こっちだよー!」
「置いてくぞおまえらー!」
遠くからカティスとシードに呼ばれる。カティスの前にパネルが浮かんでいるので、またエリア移動するのだろう。「じゃ、いきますか」とイノはリオラを見てはカティスらのもとへ走っていった。




