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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第一章 風の旅立ち 水の都編
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第5頁 抱えているもの

「――先程はすみませんでした。もしかしてと思い、つい取り乱してしまって……」

「全然いいですよー」

 少女の家の中は清潔感で溢れていた。というよりは、自然の中にいるのと同じような感覚を覚える。一人で住むには少し広い木製の家だ。

 しかし、木の色は白く、白石の壁で造られたかのように感じる。観葉植物も多く、一方の壁全体に本棚がずらりと置いてあった。

「あの、お名前はなんて言うのですか?」

「イノっていいます」

 イノに続けて、リードも自己紹介をする。

「リードです。花の町のエーデルから来ました」

「もしかして、あのエーデルですか?」

「はい、そうですけど……?」

 すると、先程以上にぱぁっ、と花のように明るい笑顔で話した。

「私、あの町に咲く花が大好きなんです! とってもきれいですよね!」

「え、ええと、はい、と、とっても……きれいです」

 リードはあたふたと顔を赤くし、ぎこちなく答える。しかし強張りながらも最後に言った言葉だけは、はっきりとした声だった。

「ふたりはどうしてここに来たんですか?」

 イノは出された焼き菓子(リコッタ・クッキー)をもぐもぐと食べていたので、代わりにリードが答えた。

「ええと、旅してるんです。あ、俺はイノから旅人を学ぶためについてきているだけですけど」

「え、イノさんって旅人なのですか?」

 紅茶ディンブラでものを飲み込んだイノは答える。口の中で薔薇の香りに似たやわらかい香りがすーっと広がる。

「はいそうですよ。遠いとこから来ました」

「そうなんですか……あ、まだ名前言っていなかったですね。私はエリナっていいます」

 エリナと名乗った少女はそういって微笑んだ。リードは緊張しながらも、話したがりそうな顔で何かを話そうとし、色々と考えていた。

「エリナさんですか……そういえばさっき採っていた木の実って……」

「あ、木苺のことですか? あれはあとでジャムにするつもりです。あ、そうだ! イノさんは宿をとっていますか?」

「いえ、まだどこも宛てないです」

 その言葉に一瞬だけ不安を覚えたリードであった。

「よかったら私の家で泊まりませんか? 部屋空いてますので。それで、明日の朝に作りたての木苺のジャムをパンと一緒に召し上がりましょう」

「おお、本当ですか!」

 イノが感動したような声で、目を少年のように輝かせた。

「はい!」

 エリナも笑顔で答える。

「では、甘えさせていただきますか! ね、リード」

「うん! でも本当に良いんですか?」

「ええ、みんなで食べるのが一番楽しいですから」

「あ、ありがとうございます」

 心の底から嬉しそうな顔だった。幼い少年の笑顔にエリナは嬉しく感じていた。

「にしても、このお菓子や紅茶、おいしいですね。リードのとこより」

「おい」

「本当ですか? 手作りなんですけど、お口に合いましたか?」

「へぇ、全部手作りですかー。とってもおいしいですよ」

 イノは満足そうに食べ続ける。そろそろなくなりそうだ。

「もしかして、ぜんぶあの庭から?」

 リードも一口食べながら訊く。ケーキみたいなふわふわとしたクッキーを頬張り、レモンのグレイズの甘酸っぱさが旨味を引き出している。紅茶とよく合う。

「はい、最初から育てるのが好きなんです」

 外の庭を見ながらエリナは言った。艶やかな黒髪がリードの目を惹きつける。

「す、すごいですね」

 畑育ちのリードでも、驚き、感嘆の声を出した。

「ふふ、ありがとうございます。あの、無理して敬語使わなくてもいいですよ。気軽に話しかけてください」

「え、でも……」

 申し訳なさそうに言うリードだったが、エリナはくすりと微笑む。

「大丈夫。リード君は何歳?」

「じゅ、12歳だけど……」

「あら、じゃあまだ6つしか離れてないのよ。私は18歳だけど、それだけじゃない」

「は、はい……」

「ほら、まだ敬語使ってる」

 エリナは少しムッとしたかのようなふりをする。慌てたリードはすぐに訂正する。

「あ、うん、わかったよ」

「それでよし! これからもよろしくね!」

 咲いた花のようにエリナは笑った。

「う、うん、よろしくおねが……よろしく」

 顔を赤くしたリードのぎこちなさに、ふふっ、とエリナは微笑んだ。今度はイノに訊く。

「イノさんはおいくつなんですか?」

「わかりません」

 聞き逃してしまうほどにさらっと答えた。少しの間ができてしまう。

「……え?」

 エリナだけでなく、リードも半ば驚く表情になる。イノはふたりの反応に応えることなく、食べる手を一度止め、話を続けた。

「ずっと山育ちだったんです。それに旅を続けているうちに自分が今何歳か覚えていないんですよ」

「そうだったのですか……」

 エリナは心配そうな顔をする。しかし、その若さから17歳から19歳に見える。それはあくまで、イノに似ているフィルの齢を重ね合わせたエリナの推測に過ぎないのだが。

 その表情で気がついたのか、イノは気遣った言葉を添える。

「大丈夫です、特に気にしてませんよ。僕は気分でこっちの方が話しやすいので気にしなくていいです。気が向いたら話し方変えますんで。まぁよろしくです」

 一切悩んだような表情を見せずに笑顔で話すイノに、エリナは深く考えるのをやめ、笑顔で応えた。

「うん、よろしくね! イノ」

「……あ、イノ! お菓子全部食っただろ! 俺まだ一個しか食べてないんだぞ!」

 リードが思わず席から立ち上がりそうになる。イノはぽりぽりと頬を人差し指で掻いた。

「ありゃ、すいません。おいしかったんでつい」

「ふふ、また作るからちょっと待っててね」

「あ、すみません」

 エリナはお菓子が盛ってあった大きな皿を持ってキッチンに向かおうとしたとき、コンコン、とエントランスのドアノッカーが鳴る。

「あら、お客さんかしら」

 エリナは皿をカウンターに置き、エントランスへと向かう。

 その黒い髪を揺らす後姿にリードはぽーっと見惚れていた。

「……なぁイノ、エリナさんとてもきれいだよね」

 二人きりになったとき、リードが小声で言った。イノは変わらず普通の声で頷いた。

「そうですねー、心も綺麗ですし」

 急に浪漫ロマンある台詞じょうだんに、リードは笑う。

「はは、イノって人の心読めるのかよ」

「んー、読めたらいいですね」

 曖昧なことを言っては冗談に笑う。

 リードは胸に手を抑え幸せそうな溜息をついた。とてもうれしそうだ、というよりはときめいていた。

「どうしよう、なんかドキドキしてきた。これってもしかして初恋かな? でもエリナさん俺より年上だし……」

「なんかないかなー」

 食い足りないのか、がさごそとイノはいつのまにかキッチンの中をあさり始めていた。泥棒に等しい行為に思わず声を出した。

「っておいちょっと! 勝手にキッチンに入ったら――」

「――帰って下さい!」

 エントランスの方からエリナの声が聞こえた。何事かと思い、リードはエントランスへと向かう。結局何も取り出すことなく、キッチンから出たイノは椅子に座り、リードの紅茶に口をつける。

「今月の分のお金は払ったはずです。その話をするなら帰っていただけませんか」

 エリナは叫ぶように訴える。

 エントランスには高級なスーツを着た3人の男性がエリナと何か話しているようだった。

 一人はジェルを使って髪をやけに整えた小柄な中年男性、あとの二人は借金取りみたいな強面の大男と、サングラスをかけている、髭の生えた男性だった。見た目からして鍛錬を積んできたような、強そうな風貌に見えるが、一歩後ろに立っている辺り、ふたりはこの小柄な男の部下のようだ。

「そういうわけにもいかないんだよ。確かに今月の分は払ってもらった。だけどな、このままじゃ間に合わないんだよ。だから、『あれ』を売ってもらわないと、あんたも俺たちも困るんだ。別にいいだろあんなボロ廃墟。あったって何の得にもならねぇ」

 小柄の男性が眼鏡をくいっと上げながら偉そうに言う。後にいるふたりは口を開こうとはしなかった。

「あの塔は大切な遺産なんです! 価値とかそういう問題じゃないんです!」

 反論するも、男は声色を変え、ぎろりと睨みつけた。

「じゃあどうするんだよおい。代わりになんかあんのか? テメェの家を売るか? それともテメェの身体を売るか? それならまぁ間に合わなくもないが」

 にたぁっと笑う表情にエリナは悪寒が走る。

「とにかく、あいつもとっくに死んだ。じゃああの塔は誰のもんだよ。私のですとはいわせねぇぞ。あんな異色の人間と結ばれたってテメェは配偶者とは言えねぇんだよ。なぁ、あいつは死んだんだよ!」

「……っ」

 廊下の角で隠れながら様子を見ていたリードも堪忍袋が切れたのか、エリナの前に姿を現した。

「おい! いくらなんでも言いすぎだろ! エリナさんが可哀想だろ!」

「リ、リード君!?」

 突然自分の前に出てきたことにエリナは驚く。

「おっとぉ、この少年は誰だ? あれか、隠し子か?」

 冗談を言い、再びにたりと笑う。エリナはすぐに口を開く。

「お客さんです。今日初めて会ったばかりです」

 男は眼鏡をくいっと上げ、ぎろりとリードに目を向ける。

「ほぉ、君一人だけで来たのかい。なんだ、迷子にでもあったのか」

 挑発じみた言葉にリードは怒鳴るように話す。

「違う! 二人で来たんだ。もう一人は中にいるよ!」

 男は子供のリードの話をこれ以上聞くとはせず、本題に戻す。

「さて、こんなうるさいガキもいることだし、話そうにも話せなくなった。まぁ言いたいことは変わらないが、時間は過ぎていくばかりだぞ。そもそも、これは払えないあんたの責任だ。もともと払えてりゃあ、あの塔を売らずに済んだものの」

 苛立ちを含めた呆れた口調。悪意ある嫌味を無駄に歯並びのいい口から吐き出される。

「いや、そもそも借金を作ったあの男が悪いのか。おっと、そんなに睨むなよ。下手すればあんたの身柄なんざすぐにでも売りさばくことができるんだ。その紫の眼は貴重だからなぁ」

 エリナは警戒し、一歩引き下がる。

「あっはっは! そんな脅えた表情もいいものですなぁ!」

 顔を歪め、高らかに笑う男にリードは声を上げた。

「おい! いい加減にしろよお前!」

「リード君、それ以上言っちゃダメ!」

「その女の言う通りだ口の悪いガキめ。テメェもオークションに売りさばこうか? あ?」

 男は再び眼鏡をくいっと上げ、平静を取り戻す。

「ま、とにかく……次はねぇぞ。いいな」

 バダン! と荒々しく扉を閉められ、男たちは去っていった。静寂が耳を痛める。

「エリナさん……だ、大丈夫……?」

 リードは恐る恐る声をかける。彼女の表情は見たこともない程に暗く、脅えたようなそれだった。

「……エリナさん……?」

 リードの声に気が付いたのか、彼女はぱっと明るい表情に戻った。

「ああ、ごめんごめん! ぼーっとしちゃってた私。大丈夫だよ! ありがとねリード君」

「う、うん……」

 その笑顔がリードには辛く感じた。


 居間に戻ると、イノは壁際の本棚の傍で、並んでいる数々の本を見つめていた。「ほぉー」という声がこちらにまで聞こえてきそうな、そんな表情だった。

「すごいですねエリナさん。本棚のここの列全部神話ですよ」

 何の事情も知らない、それどころか先程何があったのかさえ聞こうともしないイノは呑気に話しかける。その様子にリードは少し苛立ちをみせた。

「えぇ、その本は全部フィルのものだったの」

 さっきの出来事が何もなかったかのようにエリナは笑って答える。

「そのフィルっていう人はどんな人だったんですか?」

「……」

 すると、エリナはすぐには答えず、黙り込んだままだった。イノは「ふぅん」といった表情で見つめた後、何か思いついた顔をする。

「そうだ、折角ですので外に出てみませんか?」

「……外、に?」

 エリナは意外そうな顔をする。「はい!」とにっこり微笑むイノは日が差している窓の外をみる。

「いい天気ですし、気分転換にみんなで外出ましょう。近くに何かいいところはありませんか?」

 イノの突然の提案にエリナは少し戸惑う。リードはそっとしたほうがいいってとイノに目で訴えかけたが、当然伝わるはずもなかった。

「そう、だね。折角だから私のお気に入りの場所に案内するね」

 エリナは先ほど被っていた麦わら帽を手に取り、エントランスへと向かう。

「ほら、リードも一緒に行きましょう」

「う、うん……」

 リードはなにか浮かない様子だった。しかし、イノはそれに気がつくことはなかった。

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