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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第三章 孤独の影光 廃島フォルディール編
56/63

第55頁 光り輝くフラジール

 イノとリオラが瑛梁えいりゃん国憲兵団選抜隊と合流したのは月が水平線に沈み、日が昇り始めた頃だった。その場所は偶然にも、イノがシードと出会った廃墟の前だった。

 バイロ連邦軍の姿も死体を除き見かけることはなく、所々で立ち尽くしている古代兵器はその場で朽ちた老木のように動かなくなっている。石像ともいえる様は、小鳥が警戒なく羽休めするほど。感じられなかったはずの動物や鳥の鳴き声が聞こえたときは誰もが違和感を感じる。それをおかしな話だと目を合わせた。


 着いた海岸にはバイロ連邦の潜水艇が停泊していたが、何か正面から隕石にでも衝突したかのような穴があり、鋼鉄が熔けた形跡がみられ、修理が必要だとドレックは息を吐いた。

 しかし、内部はがらんどう。人の姿は一切なく、食料も設備も不備はないので、これに乗って帰ると提案したのはオービスだった。重体のラックスを医務室に寝かせ、潜水艇と廃材や資源、瑛梁国の船を回収に徹底した。気がつく頃には太陽が沈みかけ、島土からほんわかとした光が灯し始めていた。


「ご苦労だったな。お前の好きなブドウ酒は見つかったか?」と潜水艇の溶接作業を行っているオービスは振り返らずに、多くの資材を運んできたドレックに言う。

「ああ、あったぜ。樽にでも入っていれば最高だった」

 その報告に作業する手を止める。溶接用マスクを外し、振り返った。


「船が見つかったのか」

 しかしドレックは肩を竦める。

「崖の上にな。停泊地点が高さ50mもの隆起を起こすなんて、不幸というよりむしろ幸運だと神様にシャンパンを浴びせてぇよ」

 そうドレックはふざけるが、あきれてものも言えない表情は正直だった。

「あの連続した大地震だな」とオービスは溶接器具を置き、地面に置いた水筒を開ける。

 リオラとリピッシュの闘いによる影響は島全土に及ばず、周囲の海域にまでに至った。島が崩壊し沈まなかったのが唯一の幸運だろう。その影響の一つが、瑛梁えいりゃん国の船の座礁だった。ただ、その地点は海岸からあまりにもかけ離れており、損壊がひどかったとドレックは詳しく説明した。


「ところで、他の奴らはまだ帰ってきてないのか。うちのチームも地位が高い人ほどよく働かせるみてぇだな」

「皮肉もほどほどにしておけ。中で休ませている。2,3時間眠ればまたうるさくなるだろう」

「シードもそこに?」

「いや、見かけてないな。あの旅人らもだ」

 それを聞いたドレックは「そうか」と目を逸らし、口を閉ざす。

「らしくねぇことはすんなよ。ほうってやるのがせめてもの気遣いってやつだ。俺たちも悲しいことに変わりはねぇが、付き合いの長さが俺たちの比じゃねぇし、それに……いや、なんでもない」

「……」

「明日ここを出る。記念にそこらのコンクリに落書きでも残してきたらどうだ?」

 ドレックはここから見える半島にぽつりと建つ灯台を見つめる。

「代わりにやるよ。隊長は休んでろ」

「フン、年寄りを舐めんな」

「気遣いじゃねぇよジジイ。いいから代われ」

 溶接機を奪うように取ったドレックはオービスの目を見ずに、呟くように話す。

「こういう時ぐれぇ肩の荷を下ろしておけ。隊長だからって、何でも気負いすることはねぇんだ」

 マスクを着け、もうドレックが口を開くことはなかった。ぽつぽつと仄かに光る島を一瞥する。腰を伸ばしたオービスは資材の近くに置いてあった連邦国の言語で書かれた酒瓶を口につけ、口髭を濡らした。

「……やっぱり自国の酒がいちばん美味ぇな」


     *


 その丘から見える夕日は綺麗なものだった。その夕日を毎日見れるようにと、切り立った半島の崖の前に石墓を建てた。その先は綺麗な水平線。どこまで遠くを眺めても、陸地など見えそうにもない。

 その墓の前に立ち尽くすシード。彼の金髪が島の光を微かに反射する。

「これも戦争の一環。だから、人が死ぬのは当然だ……」

 そう言ったのはおまえだろう? 墓の向こうから憎たらしい男の声が聞こえてきた気がした。


「……聞いてるか、ダマスカス野郎。この任務が終わって、無事に帰国したらな、お前の新しい身体を作る予定だったんだ。もう設計図もかけている。この天才がいつもは落書き(ラフ)程度にしか描かない設計図を真剣に描いたんだ」

 身に着けていた武器を外す。軽くなった体は大きく息を吸った。


「兵器じゃなくて、ちゃんとしたヒューマノイドの機体ボディだ。結局はロボットだけどな、おまえを一人の人間として一緒に過ごしても悪くねぇって思ってたんだよ。毎日グチグチ俺の最高傑作に文句付けるわ、軍人の恥だのなんだの馬鹿言うわでうるさかったから、仕方なくだ」

 墓の前に座り、言い聞かせるように、シードは墓に話しかける。微かな笑みは、物哀しさを語っていた。

「けどよ、俺は人型ロボット作るの苦手なんだって知ってるだろ。あれすっげー難しいからさ、飽きるぐらい勉強したぜ。天才だからすぐに修得したけどな、ハハ……すげぇだろ。完成して、脳髄移植させて、完成した暁には、俺に今まで言ってきた悪口の分、礼を言わせたかったぜ。いっつも貶すお前の口から『ありがとう』って言わせたかったんだけどな……」

 自然と目から涙がこぼれてくる。誤魔化すために、シードは歯を見せて笑う。


「サプライズする前に、らしくねぇこと言いやがって……」

 鼻をすする。目が潤んでくるも、シードは決して泣いていないと心から否定した。ぎこちなく笑った声は、嗚咽が混じっていた。

「おまえは最期まで……俺の思い通りに動いてくれなかったな。この、凡骨ポンコツ野郎が……っ」

 涙を堪える声は小さいあまり、風にかき消される。

 太陽に置いていかれたように、うっすらとした夕焼けがすべて水平線に吸い込まれ、ぽっかりと浮かんだ空に星が見えてくる頃。涙を枯らしたシードは、ごしごしと袖で目を擦り、目元を赤くさせる。

「……そうだな。大の男が泣いちゃ駄目だよな」

 つぶやいたシードは立ち上がる。きらりと首につけた金色のチェーンネックレスを煌めかせ、石墓を充血した目で見つめる。


 敬礼。

「じゃあな、リトー・チューナー少佐。……天国にいけることを祈る」


 おまえの望んだ天国からお得意の見下した目で、俺の馬鹿げた人生を見て笑ってやってくれ。

 手を降ろし、歯を見せることなく微笑する。その力強い金色の目は、何かを決意したそれだった。

(……みんなのところに戻ろう)

 墓に背を向け、緑が燃える丘を下ろうとしたときだった。

 墓の傍にぽつんと建つ灯台――というよりは見張り塔のようにも、展望台のようにも見えた。しかし高さはそこまでなく、4階建て程度しかない円柱型の石造建築だった。

(声……? 誰かいんのか?)

 ここからでは何も見えない。もしかしたら聞き間違いかもしれない。

 しかし気になったシードは塔を見上げ続け、踵を返した。


     *


 塔の屋上――展望台には何もなく、見渡せるものは、丘とその先にそびえる独立した山峰、その反対側には一面に広がる大海原。静かに波立つ音は、風の音に負けてしまう。

 誰にも気づかれていないものの、一度潜水艇にて休憩を取っていたイノは着替えており、黒のズボンにブラックカラーのロングミリタリーブーツ、軍風の深緑の外套、その下にはサイズが大きめである薄い無地の白いTシャツを着ていた。赤いマフラーと真っ白な髪が風で揺らぐ。軍用の茶のグローブを付けた左手には古ぼけた日記。それは天体観測所にて見つけた、ある女の子の日記だった。

「ありゃー、ちょっと遅かったですね。夕日見れませんでした」

 来たばかりのイノは少し残念そうな顔をした。振り返ったイノの眼には幼い少女の姿が映っていた。島の地下深くの廃墟で出会った盲目の少女の亡霊。リボン結びにされた赤い帯の髪飾りを付けた金髪の少女の赤い瞳は景色を見渡す。純粋に、その瞳は輝いていた。自然と笑みが零れる。


『星が見える……』

 少女は海を見眺めた後、振り返って山を見る。仄かに灯す自然の光は、ふよふよと漂っていた地下の発光虫を連想させた。はしゃいでは喜ぶ彼女を見、イノは微笑む。

「これで、ちゃんと約束果たせましたか」

 少女はイノを見、満面の笑みで返した。


『うん! 旅人さん、ありがとう』

 島がもたらした灯は、少女の目に光を映していた。もしかしたら彼女の生きていたころは、このようなやさしい夜が訪れていたのかもしれない。

「はい。それでは、僕はいきますね」

 淡々と対応したイノは唐突に告げる。意外に感じたような表情、そして寂しそうな表情で、少女は旅人に声をかける。


『旅人さん……いっちゃうの?』

「またいつか会えますよ」

『ほんとうに?』

 ほんのわずかに浮かべた期待。イノはニッと笑って頷いた。

「もちろん」

 それを見、少女はこれ以上ないほどの喜びを顔で表した。


『……っ、じゃあ、私待ってるね! 旅人さん、またね!』

「はい! ……またいつか」


 そのことばを最後に、笑った少女の姿は仄かに光りだし、砂のようにさらさらと、風と共に分散していった。光の一粒一粒を見送ったイノは、母親のようなやさしい瞳を向けていた。

 少女の日記を置き、風を浴びる。後ろから足音が聞こえてくる。

「イノ、こんなとこにいたのか。なにしてたんだ」

 シードだった。イノは静かに返事をした。

「もう一度、約束してたんですよ」

「誰に?」と首を傾げる。

 イノは嬉しそうにシードの前で前屈みになり、


「内緒です」

 と笑った。サイズの大きい白のシャツから鎖骨と胸元が見え、思わずシードは目を逸らした。

(女だ! 胸が残念だけどこの仕草は女以外の何物でもねぇ!)

「そ、そうかよ……おまえやっぱわからん奴だな」

 言葉を濁したシードの顔は少し赤くなっていたが、イノが気づくはずもなく。

「この島の夕日は綺麗でしたね。この場所なら一番いい日の出が見れますよ」

「そうだな……たしかに綺麗だった」

 少しの間が空く。少し考えたシードは口を開いた。

「いっておくけどよ、日が沈む場所から日が昇ってくることはねぇからな」

「あ、そうなんですか? いい感じに間違えちゃった」

「ったく、旅人どころか常人でも間違えねぇぞそんな常識」

 そうため息をついたシードに「あっはは」と笑うイノ。「はは……」とその笑いは次第に小さくなり、ぽつりと言う。


「ロボ男さんのことですが」

 リトーの死について。ズキリと胸が痛む。だが、シードは決して悲しそうな顔をすることはなく、できるかぎり明るい表情で答えた。

「あぁ、あの堅物野郎のことはまぁ、なんというか、その……なんだかんだで息はあってたんだよな、互いにいがみ合ってたけどさ」


「それでな」と続ける。

「あいつ、あんな見た目と中身で子犬が大好きだったんだよ。けど俺は飼うのめんどくさかったし、動物好きじゃねーから、勝手に犬連れて来た時にはブチギレたよ。それで一週間も喧嘩したんだぜ? バカらしいだろ。今思えば、犬の一匹くらい飼ってもどうってことなかったな」

 笑顔を取り繕ってぎこちなく話す言葉を前に、イノはただ、聞いていた。

 悔いているのか、慈しんでいるのか。表情の意はわからずとも、こちらに真紅の瞳を向け、耳を傾けている意志はある。シードはひび割れた手すり壁の上に手をつけた。


「イノ、俺にも夢があるんだよ」

「……? 夢、ですか」

 そう尋ねるイノに応えることなく、シードは懐かしそうに話し始めた。

「ガキの頃から――」

「今もこどもっぽい身体ですけどね」

「口の中にアルキルリチウムぶっ込むぞ」

「そんな知ってる人じゃないとわからないツッコミはいいので。子どものころがなんでしたっけ」

「ったく、空気読めねぇ奴だよテメェはホントに」

 調子が狂うシードだったが、いつも通りのイノに戻ったことに少しホッとし、話を続けた。


「『アンフェミア』って知ってるか?」

「……いえ、知りません」

 ポカンとしたイノにシードは少しだけ落胆する。


「なんだよ知らねぇのかよ。正式名称は『ディーヴァス・アンフェミニウス』。すべての理想値を超えた、極彩色に輝くと云われる夢の物質だ。なんだってすげぇのは、そいつは感情や記憶、思考を持った知能材料なんだよ。とどめに自己増殖するときたもんだ。だけど生物じゃない。れっきとしたあらゆる金属の性質をもつんだよ。ま、資料ですら見たことねぇし、おとぎ話だと思われてるから、まともに信じる奴は馬鹿にされるんだけどな」

 シードはもう一度、イノの顔を見る。夢を語る少年のような、明るい笑顔だった。

「それを材料に、造りたいロボットがあるんだよ。兵器とかそんなんじゃなくて、ロマンあふれるマシンを考えている」

「何を作りたいんです?」

「――人間だ」

 嬉々として語る少年。それをただ、旅人は聞き入れる。

「命と高度な知性にこそ、マシンの到達点にある。心に寄り添える、心をもった存在はなにも知能生物の特権じゃない。そいつはあらゆる異人種を結びつけるネットワークとしてクロスリンクする役割がある。俺たちに足りないたったひとつの欠片(ピース)を埋めてくれるんだ。そうなりゃ、こんな下らねぇ戦争も、しょうもねぇ差別も今よかマシになるだろうよ」

 手振り動かし、熱っぽく語る。その様はなんてばからしいことか。なんて大人げないことか。

 だが、ここまで彼を笑顔にするだけの魅力。旅人の中で共鳴する熱は、確かにあった。

「それはシンレイ師匠……俺の恩人の夢でもある。技術が世界を変えて、新しく創り上げるんだと。俺はこの手で変えたい。恩師の意志を叶えたい。子ども(ガキ)の頃から見ていた最高のロボットを俺は作って見せるんだ!」

 彼の金色の瞳は陽光を映し、まるで星のように煌めいていた。少年のような無邪気さと、そしてその奥底で燃え盛る業火のような熱く、強く、重い意志。炭の一つさえも残さない炎が、彼の中にはあっただろう。


「それなら、僕たちといっしょに来ませんか?」

 ふとした旅人の言葉に、技師は目を向ける。だが、彼は軽く笑った。

「そっちにはそっちの目的があるんだろ? おまえらには恩があるから、これ以上手を煩わせるわけにはいかねぇよ」

「嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのに」

「来てほしいんじゃなかったのかよめんどくさい女かおまえは」と呆れる。

「まぁ正直、瑛梁えいりゃん国に留まっている俺も、本当はイノやリオラみたいに旅をしてみたいって思ったことが何度もあった。俺は俺として、やりてぇことをやって、俺の夢を叶えたいってな」

「! それじゃあ――」

「けど今じゃねぇんだ」と遮る。「憲兵団の一員としてやらなきゃいけないことだってある。戦いってのは前線や現場だけでどうにかなる話じゃねぇんだ。それに、世話んなった仲間を置いていけねぇよ。あいつらなんだかんだ、この天才がいねぇとままならねぇからな」

 星空を見つめ、シードは言う。隣に並んで話を聞くイノは、シードを見つめていた。


「……わかりました。叶うといいですね、その夢」

 少しだけイノの言葉に期待していたシードは軽く笑い、海を見眺めた。


「……」

 下の階と屋上を繋げる外側についた石階段。屋上のふたりの様子を見ていた人影は、音沙汰なしに去っていった。

 イノは背後に目を向ける。風が強く吹きつけ、赤いマフラーが大きく揺れた。


     *


 イノとシードが潜水艇前に戻ってきたとき、設置された照明の中、リオラも含め、全員が何か集まっているようにも見えた。岩のようなコンクリの塊の上に何かの装置が置いてある。

「……なんだ?」とシードは眉を潜める。

「打ち上げパーティーだったらいいなー」と呑気な事を言う。

「そんな悠長な考えをするバカは今療養中だからな」

「おい!」とドレックが二人に気づき、声をかけて走りよって来た。

「やったぞシード! 通信ができるぞ!」

 その吉報にシードは思わず疑ってしまう。それでも、ドレックの機嫌のいい顔はまったく変わることはなかった。


「!? 本当かよ」

「ああ! 多分あのオーバーロードによる完全停止システムダウンで強力な磁歪が弱まったんだ」

「じゃ、じゃあ本部と繋がるんだな!」

「そう! もしかしたら助け船出してくれるかもしれねぇぞ!」

「隊長が今交信中だ! 静かにしろ」

 舞い上がったシードとドレックをダリヤの一声で制した。

 装置に接続された通信機を片手に、オービスは報告をしている。一番離れているリオラは腕を組んだままその様子を見ており、一度イノと目が合うも、すぐに逸らした。


「――はい、無事に目標GR4-31は全回路を絶ち、島内全域、完全に停止しました。軍事的価値が消失した今、他国から技術を奪われることはないでしょう。しかし磁歪がなくなり、電磁場が大方安定した以上、この島に領土目的で目を付ける国が出てくる懸念も十分に考えられます。多くの国に留まらずアリオン国でさえ地図に載っていない島ですので、資源回収や博物調査、領土を求めた争いが起きる可能性はありますが――」

「おい、古代兵器は大丈夫なのかよ。あれこそ回収されたら……」

「焼失した島の回路同様に、内部がダメになっていました。叩き割ったら風化してたんです」

 今日一日調査していたホビーの答えに、シードは腑に落ちない顔をする。少なくとも、軍事大国のバイロ連邦の息が届くことはないだろうが、代わりに小さな争いが勃発するリスクもある。

「まぁ、最悪の想定が免れただけでも良しとするか」

「静かにしてろ」というダリヤの声を聞き流した。引き続きオービスと憲兵団本部との会話を聞く。

「はい、生存者は私オービス・プロセル含む5名。内ラックス・メイカーは重体であり、集中治療が必要です」

「……?」

 すぐに違和感に気づいた。それが確信に変わるのに、時間を要することはなかった。

「戦死者はリトー・チューナー」

 ことばを躊躇い、一度シードの目を見る。息を吸い、間を置いた。


「……そして、シード・ステイク」

「っ!?」

「ええ、非常に残念です。喪うには惜しい仲間でした。……わかりました。それでは、失礼します」

 通信機を切る。驚愕のあまり、唖然する他なかったシード。周りを見ても、驚いていたのはシードのみだった。

「ど、どういうことだよ隊長。なんで……」

 オービスはシードの方へ振り返る。厳かな目がシードを鋭く見つめる。

「ここに上陸する前、おまえは言っていたな。こんなとこで死ぬわけにはいかないと。お前なりの夢があるんだろう。だったら、こんなところに留まる必要もない」

「……え」

「その腕は誰もが認めている。瑛梁だけでなく、世界に通じる技量を持っている。ここに留まる必要なんてどこにもない」

 厳格に話す声調は変わらずとも、その内容はシードにとっては意をつくものであった。どういう風の吹き回しだと言いたくもなる。

「いい夢だと思うぜ、世界最高のロボット。ロマンがあるじゃねぇか」

 そうドレックはいたずらに笑った。

 まさか、とシードは思い返す。

「聞いていた……のか」

「さぁて、俺は何の事だか。詳しいことは隊長から聞いてくれ」

 顔が赤くなったシードはオービスを見る。しかしオービスはそれについては何も言わず、

「シード・ステイクは死んだことになった。4日後、本部から救援が来るが、その間に"奇跡的な想定外"で戦死者の生存確認がされなかった(・・・・・・)場合、本部に言い渡された契約も条件も、すべて破棄になる。その代わり、おまえは自由の身だ。……夢を叶えろ、シード」


「……っ」

 安定な人生か、夢を追いかけるか。

 当然、人生は楽しい方がいい。命を懸けるとしても、やりたいことを成し遂げた方がいい。そのような考えを持つシードの目は既に、迷いはなかった。

「……ありがとうございます、オービス隊長」

 そして、頭を下げた。その顔には笑みがこぼれているのが確認できた。

「ま、静かになるしな」

「おい」

 ダリヤの一言にシードは頭を上げる。そしてドレックの顔に目が行く。

「ていうか、なんで副隊長は意外そうな顔してんだよ」

「いや、おまえなら『勝手に人の将来決めんじゃねぇ』とかいうかと思ってたんだけど、案外素直だったからよ。おまえそこで反抗しねぇとつまらねぇだろ」

「つまらないっておまえ……本気で嬉しかったんだからいいだろ別に」

「今の内に隊長に対する鬱憤うっぷんぶちまけたらどうだ? もう死んだことになって選別隊じゃなくなったんだからさ」と悪戯な笑みで提案する。

「ドレック、あとで話がある」

「隊長、俺も死んだことにしてほしいんですが駄目ですかね」

「安心しろ、おまえは何があってもクビにはさせん」

「それってつまり一生働けって意味っすよね」

「労災保険も負担してやる」と目だけを向けてぼそりと言う。

「……まあ、前の職場よりは悪くねぇか」

 ドレックは呆れ顔で肩を落とした。「おまえがうらやましいぜ」とシードの頭をぽんと叩く。

「シード、今日の内に出航の準備をしておけ。救助といっても、島の調査という目的もあるだろう。万一おまえが見つかれば、逃亡者として相応の措置を取られる可能性もある。少なくとも、誤報した俺の首は飛ぶだろう」

「え、でも船はどうすれば……? まさかこの潜水艇動かすわけじゃないよな」

「あ、潜水艇に緊急避難用の小型潜水艇がありましたよ。性能は専門外なのでわかりませんけど、ひとつの海ぐらいは航海できる燃料と食糧は積んであるはずです」

 そうホビーはシードの前に来ては言う。

「ていうことは、僕らといっしょに旅するってことですね!」

 突然シードの真横から、話を読んでいないイノが声をかけてくる。すっかり存在を忘れていた一同だったが、驚く様子はなかった。

「どうしてそうなるんだよ。ていうか何食ってんだよ」

「なんか潜水艇の中にありました。この乾いたパンみたいなの、味気ない味がしますよ。食べますか?」

 もっさもっさと非常食を食べるイノにシードはため息をつく。

「いらねぇよ。つーか、おまえらと路線が違うし、関係ねぇ話だろ」

「えぇー、あっそこまでいっしょに頑張っておいて関係ないだなんて、シードも案外冷たいのね」

 どうした最後の女口調は、と思いつつも、あえて口には出さなかった。

「それに路線が違うってことこそ関係ない話ですよ。僕は視てみたいです、シードの夢。リオラもシードのことなんだかんだ気に入ってますし」

「おいオレは関係ねぇだろ」という声もイノはスルーをする。

「ということで交渉成立やったぜベイベーです。行きましょう」

「成立どころかまったく交渉にすらなってねぇぞ」

「リオラ、いいですよねシードと一緒で」とリオラを見る。「別にいいぞ」の一言で終わった。

「ほら!」

「『ほら!』ってなんだよ。あとそのドヤ顔やめろ!」

「いいじゃないか。この旅人らといっしょに行けば」とダリヤは腕を組んでは言う。それに乗じてドレックとホビーも口を開いた。

「俺も同意だ。仲間はいた方がいいぞ絶対。どこぞの勇者だってパーティ組んでるだろ」

「何が嫌なんですかシードさん」

「嫌ってわけじゃねぇんだけど……」と何か躊躇った様子でシードはぶつぶつという。

「俺たちのことを思ってるなら、なおさらここにいる理由はねぇよ」とドレックは言う。それに乗じてダリヤが口を開く。

「あたしらも舐められたもんだね。こっちのことはこっちでなんとかするよ。別にあんたがいなきゃどうにもならないほど、英梁は落ちぶれてないさ」

「もちろん心配してくれるのは嬉しいですし、会えなくなるのは寂しいですけどね」とホビー。「これ以上ないくらい、僕たちはシードさんに助けてもらったんです。あとは任せてください」

「というわけだ。てか隊長命令されてただろ、夢を叶えろって」

「おまえら……」

 ぼやけかかった視界をぬぐい取り、倒壊しそうになった感情を笑って吹き飛ばした。

「天才じゃねぇくせに偉そうなこと言いやがって」

「お? 新兵のくせに偉そうな口叩くじゃねぇか」とドレック。

「あとな、別におまえらのために残ろうとしているわけじゃねぇからな」と口を尖らせた。

「素直じゃないですね」

「ああ」とリオラとイノは小声で言葉を交わしていた。

「うるせぇぞそこふたり!」

「とにかく、折角ですし一緒に行きましょうよ。絶対楽しいですって! メカ作れるし、面白いし」

「それはお前個人の話だろ」

 話を聞いていたオービスは特に感情を示すことなく、口を開いた。


「……ちなみに行先はどこの予定だ」

 隊長に対しては反抗することなく、正直に応える。

「とりあえず、アリオン地方にある『厄神の祠』にいく。伝説級の龍が棲む場所には稀少な鉱石や未知の素材があるはずだからな。そこになかったら、サントゥにでも頼るつもりだ。世界一の科学大国だからなあそこは、なにかしらのヒントが見つかるだろ」

「確かリオラがいたとこそこでしたよね、厄神のなんとかって。あとはなーんにもなかったですけど」

 イノの話にシードは「え」と声を出す。

「行ったことあんのかよ……あの禁断の聖域に」

「はい」と即答する。

「僕とリオラはそこで出会ったんですよ。祠の中にリオラが閉じ込められてましてね、殺されかけました」

 笑い話として話すイノに対し、信じられないような顔をしていたのはシードだけではなかった。「本当かよ」という声も何処からか聞こえた。別大陸でも厄神の伝説は知られていたようだ。そこに行って無事に戻ってきたイノと厄神の正体でもあるリオラは彼らの反応に「?」の文字を浮かべた。

「……で、結局なんにもないってのは……」

 すると、厄神の張本人であるリオラが答える。

「土が死んでいた。まぁあとは、オレが閉じ込められていた真っ黒の鋼鉄みてぇな岩だけだ。今は粉々だけどな」

「……」

 沈黙したシードにオービスは呆れたような溜息をつく。

「シード。もう認めたらどうだ。みんなもう分かり切っている」

 金髪のエンジニアは見渡す。


「本当は行きてぇんだろ、旅人と一緒に」

「……」

「素直になれよ、シード。もうお前を妨げるものは何もないんだからよ」

 ドレックはニッと笑う。ダリヤもホビーも同様だった。そうだったのかと驚いている様子のイノに「普通に見てりゃわかることだぞ」とリオラは言った。

 そういうことならと、イノはシードの前に立ち、笑顔を向ける。

「僕たちはもう仲間ですよ。僕もその夢を叶えるの、手伝いますから。いっしょに来てくれませんか?」

 手を差し伸べる。軍用グローブを外した手は陶器のように白く、花のようにか細い。しかし、それを気にさせないほどの旅人の輝いた笑顔に、一度目を逸らす。

 だが、もう一度その紅い瞳を真っ直ぐ見つめ、旅人の差しだした右手をやさしく掴み、握手を交わした。

「……ああ!」

 このとき、いちばんの笑顔を彼は旅人に見せた。

 仄かに明るい夜の廃島は、夜明けを迎えるまで大地の星を瞬かせていた。


     *


「旅人と竜人族。この件は本当に感謝する。君等がいなかったら、バイロを止めることはできなかっただろう」

 小型潜水艇の整備と改造、出航の準備をし終えた頃には翌日の正午を迎えていた。大型潜水艇の傍に浮かぶ小型潜水艇の前の鉄粉の砂浜に、イノたちはいた。風は穏やかであり、雲が流れる晴れた空には鷹に似た鳥が旋回している。

「いや楽しかったですよ。こっちもこっちで好きなようにやってただけですし。こちらこそありがとうございました」

 イノはオービスらに頭を下げる。後ろに立っていたリオラは「おう」と無愛想にいっては欠伸を一つした。

 ドレックはイノたちの側にいるシードを見る。シードも向き合った。


「またな、シード」

「はい」

 敬礼をし、シードは声を張る。稀に見る彼の規律正しさにドレックは笑う。

「はっはは、おまえあのとき普通にタメ口だったじゃねぇか。別にいいよ、普通に話して」

「さん付けは忘れんなよ」とダリヤが口を割る。相変わらずの脅し文句にシードは釣られたように脅えた反応をする。

「お、おおう、わかったよダリヤ姉さん」

「そういうつけ方じゃねぇ」と言い返した。

「シードさん、みなさん、頑張ってくださいね」

「おう、おまえも頑張れよ、ホビー」

 シードはニッと笑う。ホビーも真似をしようとニッと笑うも、慣れていないのかぎこちなかった。

「ま、達者でな。身長伸びてることを期待してるぜ」とドレックはラックスが言うであろう言葉をシードに言った。

「うるせぇよ。ぜってーあんたより伸びてやっからな」

「お、言ったな? 175の壁はデカいぞ」

「越えてやるさ」

 ニシシ、と笑う。そして色を正し、オービスの前に一歩進んでは敬礼をする。

「隊長、短い間でしたが、お世話になりました」

 真剣な金色の瞳を見、選抜隊隊長は静かに言葉を捧げた。

「ああ。しっかり自分の夢を叶えてこいよ」

了解イェッサー!」

 最後の了解。互いに小さな笑みを向けた。


「じゃ、いきますか!」

「……おう!」

 敬礼を止め、振り返ったシードはイノの声に応える。首につけたチェーンネックレスが太陽できらりと光る。

 旅人の声は出航の合図。その希望にあふれた声は遠く遠く、高く高くへと響き、風に吸い込まれていった。

 シードは同胞に、そして相棒に別れを告げ、イノとリオラと共に小型潜水艇に乗り込んだ。発進した潜水艇は波を立て、海に旅立ちを告げる。

 次へ向かう大地を目指し、旅人たちは廃島フォルディールを発つ。日が輝く下、物静かな孤独の島は何も告げることなく、旅人を見送っていった。


今回で第三章は完結です。

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