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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第三章 孤独の影光 廃島フォルディール編
55/63

第54頁 True Heart 月明かりが照らすもの

 真っ暗になった島の土から仄かな光がぽろぽろと灯している。まるで草に留まる蛍の光。金色に似た光は土から発しており、薄暗くも島の形を照らしていた。

 ここからは島の中央の大きな山がよく見える。それだけでなく、星も十分に見れるので、望遠鏡が設置されているのだろう。

 騒動――島が『再起動』してから数時間で完全停止し、そこから一時間が経つ頃。イノはシードとリトーの三人で訪れた図書館の傍に建っている天体観測所の石床に寝そべっていた。脱いだ黒い上着コートと赤いマフラーは傍の机に畳んであり、ブーツに青っぽいジーパンに似たズボン、白いカッターシャツを着た姿でいるも、数多くの怪我で破けており、血がにじんでいる。

 建物の損壊が激しかったが、望遠鏡は無傷であり、不安定でありつつも倒壊していなかった。山も空も、星が映っている。月の光が、イノを照らしていた。

 空を眺めていたイノの左から足音が聞こえてくる。左に目を向けたとき、大きな影が覆う。

「あ、リオラだ」

 傷だらけのイノを見、ひとつ息を吐いたリオラは口を開く。

「ボロボロにやられてんじゃねぇよ。そんなに手こずる相手だったか」

「いやぁ、深夜は眠たいんですよね」と笑う。

「関係ねぇだろ」

「せめて昼だったらもうちょっと頑張れました」

「昼でも眠たそうなくせにか」

「あの、リオラ何で傷が治ってるんですか? 単細胞でもそんな風に治りませんよ」

「多細胞だからだ単細胞バカ。おまえが不思議がることじゃねぇだろ」

「不思議に思うのはいいことなんですよ。あれです、知的克己心」

「……知的好奇心だアホ」

「口が滑っちゃったんですよ。あの、言い間違いです」

「どうしてそこで意地を張る」

「お年頃なんですよ。大目に見てあげてください」

「他人事みたいに言うんじゃねぇ」

 リオラはイノの横に座り、空へと見上げる。イノは胡坐をかいて座るリオラの顔を見、再び星空を見つめる。

「ねぇリオラ」

 ぽつりと放った呼びかけに愛想なく応える。

「なんだ」

「戦争……なんとかやめられないかな」

 一度旅人を横目に、ため息をつく。少しの間を置き、

「人間は今を生きるのに必死なんだよ。後先のことわかってるつもりでも、実際は目の前のことで精一杯だ。そんな必死に生きる奴等同士の争いは当然正しいわけがない。だから誰が説得しようと、武力で解決しようとも止めようがねぇし、自分で気づかねぇ限り延々と同じことを繰り返す。間違って、罪を重ねていかねぇと学んでいかねぇのが人間だ」

「……今の人たちは未来の教科書を作るために、歴史まちがったことを実践しているんですね」

 何か違う気がするも、言い返すことが面倒になったリオラはイノの言葉を流した。

「まぁ、大体そんな感じだ。圧倒的な力があればやめさせることもできねぇわけじゃねぇ。……が、それが吉となるか凶となるかはわからねぇ。どちらにしてもろくな未来けっかにはなりやしねぇけどな」

「そうですか……なんだか経験したことあるような話しぶりですね」

「まぁ、これでも長く生きてきたからな」

 空を見つめる目は何かを思い出していた。懐かしげに竜人の赤黒い瞳は語る。

「オレの生きた世界は群雄割拠で、また弱肉強食だった。生きるために強くなろうとしたが、いつからだったか、強くなるために生きるようになっちまった。強くなるために、強い奴等を片っ端から食い荒らしたよ」

「その中に僕も入っているんですか」

「ああそうだ。オレがお前を倒さない(喰わない)限り、上へ進めねえんだ」

「僕にしたらはた迷惑な話ですけどね」

「誰にだって強くなりたい気持ちはある」

「そこまでして強くなりたい理由ってなんですか?」

 話の核心が突かれる。結論を問われたリオラは夜空から目を逸らし、ひび割れた無機質な石床を見る。

「護りたいモンを守れなかった。そんだけの話だ」

 複雑な感情は風の音に混じる。散らかっていた古ぼけた資料や冊子がぱらぱらと紙をめくられる。リオラの見つめた先は、遙か彼方に書き残された歴史の一頁。沈みかけた月のようにおぼろげになるほど遠く、しかし、水面に映る星のように鮮明に刻まれた記憶。

 イノは起き上がり、置いてあった黒いぼろぼろのコートを羽織る。赤いマフラーを首に巻き、色褪せた日記を片手に階段を降りようとする。その手に負った傷は塞がっているものの、少女のような柔かくも、雪のような白い肌もなく、全体に滲んだ赤い血が固まって枯れ木のように変色していた。

「シードたちのところに行きましょうか」

 返事をすることなく、リオラも立ち上がった。


     *


「なぁ天才エンジニアさん、なんかここにある素材でマッスルスーツとか作れねぇのかよ。担架でもいいからこいつをなんとかしてくれ。デケェし重いんだ」

 静かになった閉鎖空間は鉄と鉛くさく、籠っている熱が漂っている。どこかから風を感じ、それを頼りに瑛梁えいりゃん国選抜隊は外へと向かっていた。停止した電力は施設内を真っ暗にさせたので、各自のもつライトしか光源はなかった。足元に注意しながら一同は進む。

 重体でありつつも、シードによって命を取り戻したラックスの90キロはある巨体をドレックが背負っていた。前で先導していたシードは振り返り、ため息まじりに言い返した。

「あのなぁ、俺をどっかのアニメに出てくる悪の天才科学者と勘違いしてるだろ。あんな簡単にビックリなメカ作れたら苦労はしねぇって。てかさっきの頑張りの反動で手が痺れてそれどころじゃねぇの。あと撃たれてるし、もう今日はドライバーすら持つ気になれねぇ」

「文句言う元気あんならがんばれよ」とつまらなさげにダリヤは言う。

「それどっちにいった?」とドレックが訊くが、返事はなかった。

「まずはリトー(あのバカ)を探さねぇとなぁ。あいつのことだから心配はないだろうけど」

 シードは笑いながら言う。コツンと蹴った石ころのような鉄くずはカランコロンと音を立てる。

「それにしても、成功したんでしょうかね」

 ホビーは力のない声で言う。それに応えたのはオービスだった。

「あんなに忙しなかった音も今はまったくと言っていいほど聞こえてこない。蒸気も収まった。この停電をみれば、失敗したわけではないだろう」

「そ、そうですよね……」

 それでも、不安げな顔を浮かべるホビーの小さな尻をドレックはゲシッ、と蹴る。

っつ」

「合格発表前の受験者かおまえは」

「で、でも……もしも――」

「大丈夫だ! こんだけ頑張ったのに報われねぇわけねぇだろ? 今だけでもいいからポジティブにいけ」

「は、はい……」

「おっ、あれ外じゃないか? 少し明るいぞ」

 ダリヤが指さした先をシードはライトを向けながら目を凝らす。言われてみれば、と確かに外へと通じる穴があった。ひゅう、と冷えた風が外のにおいを運んでくる。

「俺が来た道とは違うけど、まぁいいか」とシードは呟く。

「ここからが本番だぞ、ドレック」

「はぁ、こりゃいいトレーニングですわ」

 がっくりするドレックを見、オービスは軽く笑った。


 真っ暗闇の金属の洞穴を抜け、目に飛び込んだ景色は驚くものだった。

「なんというか、すごい静かだな」

「うるさかったのが嘘みたいだ」

「すごい……島が発光してるのか?」

「綺麗だ……」

 山の中間地帯あたりだろう、その標高から見える一望はライトが不要に感じる程、煌めいていた。現実味を感じさせないような光は、鉱物だった実物よりも美しい。ルミナスの柱と同じ色の光は、島中に散らばっていた。

「どうやら、大成功みたいだな」

 そうオービスは言った。ホビーもやっと安心の表情を浮かべていた。

「ここまで上手くいくのもめったにない話だ。出世したより嬉しいぜこれは」

「これで、終わったんだね」

 ドレックもダリヤも、安心したような笑みを向けた。「ラックスにも見せてやりたかったぜ」

「ははは」とシードも笑った。魅了される一夜の景色は、心の奥にまで染み渡る。

 涼しさを感じさせる風は鼻につくにおいを運んでくる。火薬のようなものだと判断した時、ドレックの顔から笑みが消えた。

「おい、あれ……」

 見つめた先。まず身体が動いたのはシードだった。

「――! まさか」

 大きなパイプが並び、廃材が多く転がっている中、棒になった足を前に出す。近づく現実は否定したい思いを呆気なく打ち砕いた。

 山から露出した工場の壁。そこにリトーが腰を降ろし、背もたれていた。右腕と左足が千切り取られたかのようになく、鋼鉄合金の身体はところどころひびが刻まれ、プレスされたように潰れ、壊れていた。緑色のレンズライトも片方だけ消えている。

「リトー! おい! 大丈夫か!」

 シードは叫ぶように声をかける。後からオービスたち、そして最後にドレックが駆け寄る。ラックスを大きな廃材の上に降ろした。

 バチバチと切れた配線から電気が漏れる。リトーは身体を動かすことなく、雑音ノイズの混じった声で、ゆっくりと応えた。

「……あぁ、テメェか……遅かったじゃねぇか、バカエンジニア」

「まさか……」

「あぁ……敗けちまったぜ」

 搾り取ったような声で小さく笑う。シードはまなじりを決した。

「ユンカース! あいつはどこだ! どこにいった!」

「もう……どっかいっちまったよ……」

 静かな返答に「クソッタレ!」とシードは物に当たる。

「別に……いいじゃねぇか。当然、島は停止できたんだろ……?」

 歯を噛み締めながらも、「あぁ」と頷いた。点滅する片目でそれを確認しては、「ヘッ」と笑った。どこか安心したような声だった。

「じゃあ結果オーライだ。戦争は免れられねぇだろうが、俺たちが任務を遂行できたことで……バイロ連邦のイカれた時代が訪れることはなくなったってことだ。多くの国が救われたんだ……。その為に死ねるのなら……俺は本望だ」

「何言ってやがんだ脳筋野郎! 待ってろ、今すぐに治して――」

「やめとけ……メインの動力もぶっ壊れてるし、破片が脳髄にざっくり刺さってる。脳髄やられちまったらもう長くはねぇよ。体のパーツとは違って、替えはないからなぁ……」

 ぐぐぐ、とリトーは顔を上げる。数ミリ動かすたびに擦れる金属は、痛々しく感じ取れた。その目が示す先は、星が見える夜空だった。

「ヘッ、こういう感じだったなぁ……あんときと同じだ。目がかすんで、全身痛くて、もうどーでもよくなって……そんなときにテメェが俺を見つけた。……なんでおまえが戦場あそこにいたのかよく覚えてねぇけど」

 誰も何もすることができなかった。製作者であるシードでさえも、手を出せずに、拳を握りしめていた。リトーの言葉に含まれる意味を知った以上、救いたくても救えない。その悔しさを紛らわすために、彼の話を受け止めた。

「……資材集めで一番回収できるのは戦地だったからな。終わったあと死体からぶんどってたよ。お前を助けたのは、ただ……」

 俺を助けてくれた"師匠"と同じように、誰かを助けてみたかった。

 そう言おうとするが、シードは口を噤み、

「なんでもねぇよ。人間兵器の開発に丁度いい人材だったからだ」

 それを聞き、金属でできた人間兵器は笑う。

「ハハッ、テメェはどこまでも……憎らしいぜ」

「あぁ俺もだよ。どんだけテメェに殺されかけたか。毎日が戦場だった」

「そりゃあ殺したかったさ。命捨てた覚悟を踏みにじったんだ。あのまま死なせてくれりゃ楽に天国行けたのによ」

「戦争だろうが紛争だろうが命捨てること自体が馬鹿げてんだよ軍人気取り。人殺して天国なんざ行けるかってんだ」

「ハハ……言うじゃねぇかマッドサイエンティスト。やっぱテメェとは……虫が合わねぇな」

「オービス隊長」とリトーは声をかける。

「短い間でしたが、こんな問題ばっかり起こしてきた俺とシードを……憲兵団に加入してくださって、ありがと……ございます」

「……君等は我々の隊だけでなく、国に十分な貢献をしてきた。こちらこそ、礼を言いたい」

 重苦しく口を開いたオービスは、縷々(るる)述べることはなかった。

「リトーさん……」

 ホビーは惻隠そくいんの情からか、今にも涙をこぼしそうだった。

「ホビー……博士。あんたにもいろいろ教わったな。あぁ……そうだ、ダリヤ。今まで借りた金……返せねぇわ。すまねぇな……」

「馬鹿言ってんじゃないよ、死んでチャラにするなんて私は許さないからね」

「ハッハハ……やっぱ容赦ねぇぜアンタ」

 リトーは苦笑交じりに言う。ダリヤは強く言いつつも、声が震えていた。

「ラックス……寝てるようだが、あいつとは一番気が合ったな。もう一度話したかったよ……。ドレック副隊長、世話んなりました……このバカを……たの、みます……」

 途切れ途切れになってくる声。「ああ……!」とドレックは強く頷いた。

「待てよおい! 何勝手に死のうとしてんだよ! 俺は許さねぇぞ!」

 ガッとボロボロの肩を掴む。必死になった声とくしゃくしゃになった顔は情けなくも、いちばん気持ちが伝わってくる。リトーもシードのように本当の感情を表したかった。

 しかし、機械の身体である彼は言葉でしか感情を示せない。ただ、顔をしわくちゃにして泣くような、情けない表情は見られずに済むと、見えない涙を流したリトーは言葉をぽつりぽつりと吐き出していく。

「許さねぇって……おまえが俺を許した日が一日でもあったかよ。俺は……なかったぜ」

「けどよ」とリトーは続ける。金のチェーンネックレスがチャリ、と音を鳴らす。

「俺はこの三年間……こんな身体になってから、生きテいるありがタさを教わった。シード……おまえ、ノ……おかげダ……」

「っ!」

 雑音が濃くなる。心臓の音がなくとも、唯一の生体反応である脳波は、機械ですら測定できないほど微弱になっていく。

 彼の放った小さな声を、当然誰もが聞き逃すことはなかった。

「ほんとうはよ……嬉シかったんだ……生き、ツヅけれたこ、トが……シ、ド……おれをタス、テくれ、て……あり……ガ……」

 点滅していたレンズライトが消える。途切れた電気信号に、シードだけでなく、全員が気づくことができた。

 悲しいほどに、空は静かだった。風すらも吹いてこない一瞬はとても長く感じられた。

 鉄の身体は氷のように冷たい。

「んだよ……卑怯だぞ」

 搾り取った声を震わし、壊れた機械に頭をくっつける。心臓がない機械からは、当然鼓動が聞こえるはずもなく。それでも生みの親はその手と頭を離すことはなかった。

「最後のさいごに……そんなこと言うんじゃねぇよ……! こんの馬鹿野郎がァ……っ!」

 溜めていたダムは、決壊した。

 慰める声も風も、凪いだままだった。


    *


 連邦軍の戦艦がいつのまにか島からいなくなっており、母艦である潜水艇も激しい損傷を負っていた。海岸にまで辿り着く道中、誰とも連絡がつかないままであり、見かけた生存兵士も少なからずいたが、誰もが虫の息か、意識不明の状態だった。

 ぽつりぽつり光る島の明かりは灯篭にもみえた。命を落とした兵士の魂が浮かんでいるようだ。

 海に浮かぶ鉄の小舟。廃材と古代兵器の残骸で構成されたその機械船には、二人の姿が確認できた。

「ハッ、やってくれるぜ全くよぉ……」

 彼は生まれ持った自分の肌の色が気に食わなかった。合成被膜でできた人肌色のスキンはボロボロに破け、所々はだけた鉄色の肌が月明かりに反射している。ギシギシと軋む機体からだは骨が折れたように痛みが全神経に駆け回る。手で押さえた痛みからは、廃水のように濁った血が滲み出ていた。褐色のオイルは機人族マキナスである証拠。壊れた部位から種族のけがれた血が流れ出る。

 隠し持っていた煙草を濡れた手で取り出すが、一本もないことを知り、箱をぐしゃりと握り潰しては足元に叩き付ける。

 ユンカースは真っ暗な水平線を一瞥し、倒れるように座った。乗っている機械の船は機人族の特性によって造られたユンカースの身体の一部。リトーをほふったものの、彼につけられた傷は生易しいものではなかった。

「大佐……せめてあんただけでも……ハァ……生きなきゃなんねぇ」

 座ったユンカースの傍で横たわるように大佐フェルディナントが眠っている。気を失っているが、外側の軽傷よりも内部損傷が激しいだろうとユンカースはみていた。今すぐにでも治療が必要であると判断した以上、救難信号を送信して助けを待っていては遅すぎる。

「世界には、あんたが必要なんだ……死ぬんじゃねぇぞ……フォン」

 大佐を名で呼んだユンカースは痺れるような体の痛みの他に、懐かしみを感じていた。彼女の前で名前を呼んだのはいつ以来だろうか。

(こうやってこいつとふたりきりでいると、昔のことを思い出す……)

 彼は月光のように美しいフェルディナントの金の髪に触れる。どこまでも冷酷で、貫き通した威厳をその鋭い眼光で体裁をとってきた技術革命者。軍人としても技術者としても完璧をこなしてきた偉人も、軍帽を取り、気を失い眠っていればただの若い女性だった。二十四の歳であるも、その愛おしい寝顔はか弱い少女のようだった。

 ユンカースはその傷がついている頬をやさしく撫でる。微笑んだ顔に薄いしわができる。

(こいつは小さいころから忙しく生き過ぎたから、俺のことなんざすっかり忘れているだろぉが……)


     ※


「ヘぇ、その子は……?」

「私の娘だ。フォン、ご挨拶をしなさい」

「……は、はじめまして……。フォン、ふ、フェルディナントです……」

「すまないね、ちょっと人見知りなんだ」

「多分俺の背がデカいから怖がってるんだと思いやすけど。でもどうしたんですかぃ、基地に家族連れてくるなんて、なんかあったんで」

「折り入って頼みがある。……フォンを見てやってくれないか」

「……っ、それ本気で仰って……奥さんはどうしたんですかい。親戚とかも、面倒を見てくれる人はいるはずでしょう」

「……死んだんだ」

「なっ!?」

「外出中、事故に遭ってな……私は仕事で、フォンは留守番していたから無事だったが……」

「も、申し訳ないです」

「いや、いいんだ。あぁ、この娘はちょっと頭が切れていてね、舌を巻くほどの才能に気持ち悪がられて、身内でさえ引き取ってくれないんだ。私の両親も今は入院している。身近であてになる人はいない」

「じゃあフェルディナント准将はどうして……あ、いや、失礼、確か准将は」

「ああ。数日後、アリオン帝国の西部を侵攻する。私もそこへ向かうことになった。だからしばらくの間、フォンの面倒を見てほしい。頼む、この通りだ」

「ちょ、待ってくだせぇ! 顔を上げてくだせぇ准将。どうして俺なんかにそんなこと頼むんですかい」

「階級は大分違うが、お前とは古くからの親しい仲だ。それに、確か独身だっただろう」

「せめて一人暮らしと言ってくだせぇ……」

「あと、フォンは機械好きなんだ。何の影響か、機械いじりが得意でね。こうやって隠れているが、機人族のユンカースとは気が合うと思う。……無理な頼みだとは分かっているが、私が帰ってくるまで、面倒を見てやってほしい」

「……わかりやした。准将、いや、フェルディナントさんの頼みなら、俺はなんだって引き受けるでさぁ」

「すまない。では、よろしくお願いするよ。……フォン、前にも言ったが、パパはしばらく、ここには帰ってこれない。パパが帰ってくるまでに、私の部下のユンカースと一緒に暮らしてほしいんだ」

「……」

「大丈夫、パパは無事に戻ってくるし、ユンカースも気はやさしい奴だ。大丈夫、必ず帰ってくるから、いい子で待ってるんだよ。いいかい」

「……約束して」

「……もちろんとも」

「パパ……あいしてる」

「ああ、パパも愛してるよ」

「……」



「ねぇユンカースおじさん! みてみて! 時計直せたよ!」

「時計? 時計って……うおぉすげぇ! 俺の腕時計直してくれたのか! 結構破損してたはずなのに、買ったときと同じみてぇだ」

「うん! すごいでしょ?」

「ああ、とてもすごいなぁこれは。ありがとぉな、フォン」

「へっへへー、故障したものがあったらなんでも私に言ってね」 



「おじさんって機人族マキナスなのに機械とか直せないんだね。……ふふっ」

「うるせぇよ、俺ぁ障害患ってんだ。他の機人族やつらみたいなメカチックな演出はできねーっつーの」

「故障じゃなくて?」

「誤解されやすいけどよぉ、機人族はれっきとした人種の一種だ。そこぉ勘違いすんなよ」

「ちがうちがう。故障だったら、私が直してあげられたのにって」

「……!」

「私ね、すべての人にとって役立つものを作りたいんだ。戦争を終わらせて、平和にできるようなものを作るの。そしたらパパも帰ってくるし、3人で楽しく暮らせるよ。もちろん、おじさんの身体も直せるようにするんだ」

「フォン……」

「あれ、違うかな? でも、障害を直したかったら、いつか私が何とかしてあげるから、それまで待ってて」

「……いや、いいよ。その気持ちだけで十分だ。ありがとぉな」



「おまえもちょっとは学校の奴等と遊んでくれればいいのになぁ。今年で十歳になるってのにぃ、好きなやつとかいねぇのか」

「いないわよ。私が好きなのは機械だけ! 機械を作ることが今の一番の幸せなの」

「……そうかぃ。こりゃ結婚とか大変そうだ」

「大丈夫よ、私ユンカースおじさんと結婚するもん」

「――ブフォッ!」

「わっ、ちょ、コーヒー吹き出さないでよ、熱かったの?」

「……そこぁ無自覚なのか……まぁ機械バカでまだ十歳だもんな」

「ん? どういうこと?」

「いや、そんだけ嬉しかったってことだ。なんというか、ありがとぉな」

「はい、これで拭いて」

「あ、あぁ、すまんな」

「そういえばおじさんは結婚しないの?」

「……ん、んん、まぁ、お前を幸せにしてから考えるよ」

「私いま幸せだよ?」

「ああとにかく、今は考えてないんだ。モノ作りもほどほどにして、そろそろ寝ろよ」

「うん! おやすみ、ユンカースおじさん」



「――本当なんだ。おまえのパパは……フェルディナント准将は……」

「パパ……パパぁ……ッ」

「くそぅ……准将……必ずって言ってたじゃねぇかよ……!」

「――ぅわああぁあぁあああぁああ」



「ユンカースおじさん。私……軍に入る」

「っ! バッ、おまえ何言ってやがんだ!」

「どうしてもパパを殺したアリオン帝国が許せないの……私がパパの代わりに」

「馬鹿なことを言うんじゃねぇ! 復讐したってフォンの親父さんが嬉しがると思ってんのか!」

「でも私は悔しいの!」

「……それでもダメだ。おまえを幸せに暮らせることを准しょ――親父さんは望んでいる。幸せにさせてくれと頼まれてんだ」

「私だけが幸せになっても意味ないの!」

「……ッ」

「ねぇ、軍から何通も私宛の手紙……来てるんでしょ?」

「……! おまえっ」

「おじさんは本当にやさしい。本当に感謝してる。でも、私は決めたの。お父さんと同じように、国の為に、国の望むことを成し遂げるんだって」

「……」

「私の機械作りは世界中で認められている。コンテストも、いろんな大会でも全部優勝したし、国にいろんな貢献してきた。軍にまで私の才能を求めてる。私は……この腕を、国に捧げるわ」

「けど俺はフォンを――」

「私はッ! この恵まれた才能を、国の為に捧げたいの……! 国への忠誠の強さはパパだって同じだったはず!」

「……!」

「私は、望んでるの。……わかって、ユンカースおじさん」

「フォン……わかった。おまえがそう望むなら、俺はもう何も言わない。おまえの望む幸せは、お前が決めることだ。信じるがままに進めばいい」



「――貴様がユンカース中尉か」

「……ええ、そぉですが」

「話で聞いたぞ。機人族マキナスらしいな」

「まぁ、そぉですが、障害持ちなんでらしいことは……」

「構わん。派遣部隊『EH-06』を統率する以上、貴様も私の開発に協力してもらいたい。機人族としてな」

「……」

「どうした。異論があるのか?」

「いえ、ただ、変わってしまったなぁって……」

「何を言っている。私は私だ。何を物懐かしそうに私を見る」

「ああいや、なんか久しぶりに会えたのに、なぁんも反応しねぇんだなぁって思うとな、こっちも少しは悲しく――」

「貴様のことは知らん。無駄口を叩くな」

「……失礼しやした。……フェルディナント大佐」


     ※


 海の底はおびただしい数の竜が棲んでいるにもかかわらず、波は静かに揺れていた。大海に浮かぶちっぽけな船には目もくれないのだろう。

 雲で半ば隠れていた月が満月として光を大海原へと照らした。

「ユンカースおじさん……」

「――っ! 大佐……?」

 思わず触れた手を離した。寝言だとわかったと同時、まだ生きていると安堵する。

 聞き間違いだっただろうか、とユンカースは一瞬だけ考えた。

(いや、思い出していたからか。幻聴だなんて、俺も疲れてんだな)

 気のせいだろうと蒸し返していた過去を振り切り、前を向いては航路を確認した時だった。

「……また……腕時計こわしたの……?」

「!」

 気怠そうな半目が丸くなる。思わず、眠っている少女を見た。

「わたしが……なおして……」

 小さく動く口からは、あのとき聞いた言葉。忘れようとしていた思い出が全身に鳥肌が立つように湧き上がってくる。

「……ありがとぉな、フォン……おまえは偉い子だ」

 凍ったように冷たく、滑らかで硬い手は、温かくてやわらかい頬にふれる。頭をやさしく撫で、今まで伝えたかった、山ほどある言葉を強く搾り取るように、たった一言だけを声として少女に告げた。

「よく……ここまでがんばったな……っ」

 鉄の身体は冷え切っているはずなのに、とても熱くなっていた。これが心なのだと、改めて感じ取った機人は嗚咽を漏らす。

 透明で、熱いオイルが目から流れてくる。故障だと機人は一人笑った。

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