第53頁 星を照らせ
あちこちに横たわっている兵士を跨ぎ、金髪のエンジニアはてっぺんを目指す。頂上内部のコアとなる地点。そこにいけばどうにかなると信じて、肺や脹脛、横腹が痛くなっても構わず足を動かした。
冷え切った階段を駆け上り、上層へ登ったという実感を乳酸が溜まった筋肉で感じ取ったところで、進む先の道の異様さにシードは一度だけ走るスピードを緩めた。
(おいおいなんだよこの死屍累々)
全身武装のおかげか、血のにおいはそこまで強くないものの、通路に所狭しと倒れているので、走りづらいことこの上なかった。全員が死んでいるわけではないものの、大体が虫の息であった。立ち上がり、武器を構える力も闘志も撃たれた兵士には見られない。
その先を見ると、見たことのある姿が小さく見えた。
「――ッ、シードだ!」
シードが気づくよりも先に、ホビーが気づいていた。「おーい!」とシードは疲れた目に輝きを戻し、足元の悪さで躓きながらも歯を見せて、手を振りながら笑った。
「本当か!」とオービスは入口の奥を見る。
「急げシード! こっちだ!」
「早くしろドチビ!」
「まだかナルシスト!」
「鈍足!」
「バーカ!」
「おいなんで途中から貶してんだよ!」
先程の笑顔は何だったのか。感動を返せとシードは心の内で全員の顔を殴りたい気分だった。
「うるせぇ冗談抜きで急げっつってんだ!」
「……っ?」
近づくにつれて見えてくる彼らの真剣な表情。
制御システム室の広い空間に出る。思わず目を瞑るほどの眩しい照明は後から設置されたものだとすぐに分かる。明るかったことで、足元の血と、それを引きずった跡、そして壁際に横たわっている姿が目に入った。
「っ、ラックス……!?」
目を見開き、シードは血にまみれた同胞に駆け寄り、しゃがんでは呼吸などを確認する。
「まさか……嘘だろ?」
意識どころか、呼吸も、心臓も止まっていた。金色の瞳は呆然と男の遺体に触れ、見つめていた。シードの肩に手をやさしく置いたのはドレックだった。誰もが、未だ受け止められない現実を前に、立ち竦んでいた。
「シード! こいつの死を無駄にしねぇためにも、この島を早く停止させなきゃなんねぇんだ。悪いが悲しむのは後に――」
「うるせぇ! おい……死後何分だ!」
手を振り払われる。燃え盛るような瞳は怒りを示していた。
唐突な質問にドレックは面食らう。
「いや……たぶん10分は経ったと思う」
同胞の曖昧な答えにシードは怒鳴る。
「勝手に死なせんじゃねぇ馬鹿野郎! じゃあ10分どころか5分経ったかすらも分かんねぇってことだよな……!」
答える暇を与えることなく、シードはラックスの機動スーツの前面を外す。
「バッテリーはまだあるか」
スーツのバッテリーを抜き取り、それを加え、舌を当てる。頭部と心臓部を手で押さえ、息を一つ吸った。
(――帰ってこい!)
両の手から電気ショックが生じる。巨漢の筋肉が反射的にビクンと痙攣する。
シード自身が自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator)と化し、除細動を与え続ける。だが、あくまでそれは心肺停止の対処法であり、死亡とはまた異なる。ただ心臓が停止しているわけではない。それでも、僅かに皮膚表面の微弱な電圧変化を感じ取ったシードは、あてにならない奇跡を頼りにした。
シードも、この行為をするのは初めてだった。加減は直感であり、最悪どちらとも感電死するということも考えられた。離れているオービスらの皮膚にまでビリっと痺れを感じる。体力的に限界に近づいてきているも、除細動にしては強い電荷を流している。
もう一度。
動かない。
(頼む、戻ってこい! おまえはこんなとこで死ぬタマじゃねぇだろ!)
もう一度。
電気的反応有り。
(っ! もう一息!)
咥えたバッテリーを強く噛み、手に力を込めた。
バチン! と空間に響く電磁波。飛び上がるように電気的反射で筋肉が動いた男の心臓が、鼓動を再駆動させる。「ごふっ」と吐血と共に、呼吸を再開した。
「――っ!」
「嘘だろっ、動いたのか!」
ドレックが驚愕の声を上げる。当然、ホビーやダリヤ、オービスもその光景には驚きを隠せなかった。
言葉に出なかった喜びを塞がった口で噛み締め、ふぅ、と一息ついたシードは膝を立てては立ち上がり、歯型のついたバッテリーを口から出す。
「救命道具持ってただろ。あとはそれで応急処置してくれ。マニュアルは全員学んだはずだ。つっても、1日持つかわかんねぇけど」
「……っ」
救命道具を所持していたホビーとダリヤはすぐさま応急処置に行動を移す。
シードは副隊長を睨んだ。黄金色の輝きは刃として首筋をさする。
「悪い癖だな。紛争慣れしてるやつは、同胞死んでも国の為任務の為と言い訳づけて、それどころじゃないってなるっつー感覚が日常に出てしまう。国の為にだとか馬鹿げたことぬかして命捨てる奴も、それに何の疑いもなく放っておく奴もどうかしてるぜ。医者でもねーくせに勝手に死なせんなドアホ。戦友だろうが」
しっかりしろよ、副隊長。そう言い放ったシードは、オービスの顔へと視線を移す。
「これはあんたにも言ってんだぜ、隊長。航海中に起きた嵐のときとは随分大違いだ」
しばらく視線が合う。互いに変わらない表情は静寂を来す。ただ、部下の怒りはしっかりと伝わっていた。オービスは視線を落とし、口を開いた。
「……いや、すまない、シード。仲間の命を見捨てるなんて、確かにどうかしていた。隊長失格だな私は」
彼の放った謝罪は、重みがあった。これ以上踏み込んだところで、自分が調子に乗るのと一緒だと判断したシードは、
「……いや、こちらこそ言い過ぎてすいませんでした」
視線を下に降ろすが、動かしたかった首はそれ以上動くことはなかった。
そのときに、ドレックが話を割る。同時、時間が止まっていた錯覚を自覚させる。
「シード、リトーの奴は……」
「いや、まだユンカースと戦っている。先に行けって投げ飛ばされたよ」
「そうか……シード、なんとかこの制御装置の外壁を開けることはできたんだが、材質と構造的にルミナスの柱を入れるのが不可能なんだ」
「ルミナスの柱……? おいちょっと待てよ、まさか手に入ったのか?」
予想外だと言わんばかりのシードの反応を見、ドレックは中央の巨大装置の傍に置かれている金の塊を持ってくる。
「ああ。あの白髪の変な旅人さんがサプライズプレゼントしてきたんだ。とりあえず持っておけって」
「っ! イノが……?」
不思議そうに言いつつも、シードは目の前に煌めく光に魅了されていた。周囲の人工的な光など目に入らない。反射しているのか、それとも自ら光を発しているのか。どちらであれ、美しい光であった。
「これがルミナスの柱……すげぇ綺麗だな」
「感激するのはいいがよ、これを自在に変形できんのは鉱人族しかいねぇんだ。このタマゴみてぇな形した動力制御装置に接続できるようにさせてくれ」
「わかった」とシードは選抜隊が開けた扉を覗き込む。
「これか。当然というかすごい熱だな。ここにルミナスの柱を媒体接続すれば……」
「やってみるしかないだろう」
オービスの声にこくりと頷き、シードはずっしりと重たいルミナスの柱をその鉱人族の手で掴み、ある程度柔らかくなった後、粘土のように練り回し、変形させる。
「こいつは異常な伝導率を誇るから、ある程度の粘性、というか液体に近づければ、あとは言葉のまんま、この2、3箇所ある窪みのどこかにぶち込めば一部と化すだろ。そしたら動力の高熱で完全に溶けて、注射された血管の中を抗体が駆け巡る感じにこの島に行き渡る算段だ」
「大丈夫かその考え」
「問題ねぇ。俺は天才だからな」
「だから不安なんだよ」と誰もが心の中で言った。
「んじゃ、あとはここに押し込めばいい。絶対感電するから離れた方がいいぞ」
可能性ではなく確実だと言われた以上、全員は加工変形させたルミナスの柱を抱えたシードから身を引くように遠ざかる。
「これで成功すれば、この島はオーバーロードで完全停止、か」とドレックは言う。
「成功すれば、の話だけど」とダリヤは鼻で笑う。
「成功しますよ、絶対」
「お、気の弱いホビーにしてはえらい自信持ってんじゃねぇか。確信づけた証拠でもあんのか?」
「ドレック、一応だがその持っている銃を構えて入口のところに行け」
「なんだよ隊長、別に今更来ねぇだろ兵なんて」
「ドレック」
「はいはい、了解しまし――」
乾いた銃声が響く。ドレックが向かおうとした入口からではなかった。ドレックたちの対照――向かい側から声が聞こえた。
「悪いな金髪。こっちも真剣なんだよ」
「……!」
脇腹に鋭く、火傷しそうなほどの苦痛。叫びたくなるほどの痛みは経験したって慣れるものではない。
「シードっ!」
呆気なく、シードの身体はハンマーで叩き割られた岩のように崩れる。手に持ったルミナスの柱を落とし、傷から滲み出てくる赤い人体成分は汚れた作業着のような服を染める。
同時、唯一の入口から十数名の武装兵が囲う。銃口を突きつけられ、制御装置の前に選抜隊が集められる。
倒れたシードは傷口を手で押さえながら首だけを前へ向ける。聞いたことのある声の主を見ては驚く。シードが最近、それもこの島で会った人物だった。
「ハインケル……! テメェ……っ」
「あのまま死んだとでも思っていたかい。脇が甘いよ、僕にはコレがあるからな」
連邦軍曹長メッサー・ハインケルの右手にはスタンガンのような道具。それを首に当てる動作をした。
未完成ながらも、肉体を電脳化し、瞬間移動する『電子移動』の機能をもつ道具をメッサーは持ち歩いていた。そのことを、天望台と図書館が隣接した施設の裏での出来事を思い出しながらシードは歯を噛み締めた。メッサーはそれを見、嗤う。
「電脳技術か……クソッタレがっ……!」
「言っただろう。どの国が刃向おうが、バイロには敵わないと。最後に笑えば、なんだっていいんだからな」
侮蔑の意を込めた笑いを送る。
「ただ、あの瑛梁国に味方した白と赤の頭の野郎共が厄介極まりなかったがな」
「ふっふっ」と腹の底から煮えたぎるような、堪えた笑いをする。一歩でも動けば一斉射撃され、全身に鋼鉄のピアスを穿つことになるだろうと誰もが分かり切っていた。
「だがここでゲームセットだ。おつかれさん、瑛梁の土木工事の皆さん」
*
この人間に鋼鉄の弾丸を撃ち込んではならない。撃ってもいいのはプラズマレーザーのような、固体でも液体でもない弾だ。
そうでなければ、その人間は足場として利用する。レーザーも、その手一つで軌道を変えてしまう。
それでも、撃たなければ勝てない。フェルディナントは飛び回り、鉄パイプ一本で対抗するイノを撃ち続ける。
イノは既に疲れ切っていた。人間から逸脱している身体能力と再生能力を兼ね備えているとはいえ、赤い血を流す人間であることに変わりはない。疲労はピークに達しつつあり、息も乱れていく。傷の塞がりも遅くなっていく。ただ、その心にはまだ余裕があった。その白髪の旅人には最初から今に至るまでほとんど危機感を持ってはいなかった。
廃墟の屋根を駆け、半壊した工場の煙突群を渡る。
「愛着が湧くほどしつこいな貴様は」
「諦めてないからです。あなたもそんな意味ではしつこいですよ」
鉄パイプを剣のように振るい、思わず腕で防いだフェルディナント。生じた音は金属が弾けたような音、ではない。
骨が装甲ごと砕けた音だった。
「――っ! ぁあああああっ!」
大型機銃を向け、悲鳴と共に炎纏う徹甲弾を穿つ。爆炎にまみれたイノは遠くへ吹き飛ぶ。
息を大きく吐き、持っていた機銃を対物ライフル「バレットM82」の型へと変形し、遠くのイノを狙撃する。激痛が右腕を襲うも、その正確さは天才の域を超えている。
その銃弾はイノの胸部を貫通する。着地に失敗し、鉄くずの砂浜を転がる。目を向ければ、海と崖上の丘にぽつんと建った灯台のような展望台。
「こんな場所があんあったんですね。……まだ来るんですか」
その視界も切り替わり、息を吸ったイノは後方へ大きく宙返りし、撃ち込まれたミサイルを避ける。1mあるかないかの大きさのミサイルは砂を吹き飛ばし、爆炎は空へと登っていく。
「こんな大きいの、あのメカスーツに入り切りませんよね?」
イノは首を傾げる。巻き上がる砂と鉄と炎の粉塵の向こう側の空にフェルディナントがいることを把握していたイノは歯を噛み締め、足を踏み入れた。
「チッ、まだ来るか!」
舌打ちをした大佐は両腕を構える。
電脳技術によって、転送された自律ミサイルが放電と共に腕から出現し、発射される。
1mほどのミサイルが何発も向かってきた。
「……行きますか」
イノはミサイルを踏み、タンッ、と軽い足取りで跳ぶ。
まるでそこに地面があるかのように、イノは襲い掛かるミサイルを足場に宙を駆ける。
イノはふたつのミサイルを捕まえ、体重移動によって方向転換し、フェルディナントの方へ飛ぶ。ふたつのミサイルにぶら下がり、推進力で迫ってくる。
イノは「よっ」と二つのミサイルの上に立ち、タンッ、と跳ぶようにパッと足を離す。
瞬間、その姿はフッと忽然と消える。
「――!」
背骨ごと折られたかのような、気が遠くなりそうな衝撃が背中から感じる。
否、背後を取られたわけではなかった。正面の衝撃が背中まで貫通したのだ。
フェルディナントの懐には、鉄パイプを腹部に打ちつけたイノの姿があった。砕けたのは鉄パイプ。だが、そのショックを女性の華奢な肉体に響かせた。
ごぼぉ、と血が逆流し、口からあふれ出す。
見開く眼球と揺らぐ瞳孔。全身に行き渡る衝撃は心臓を叩き、呼吸をも困難にさせる。
失いかけた意識は思考性パワードスーツの機能を強制停止させる。耳に語り掛けてくるように聞こえてくる音声も、右から左へ流れていく。
目の前に見えたのは死の淵。眼下の廃島とミサイル着弾による小さな爆発が朧げな目に入った。
しかし、全身にのたうち回る痛みに溺れかけた中、フェルディナントが望んだことは、苦しみからの脱退ではなかった。
死に直面しても尚、勝利を得ることだった。
叫ぶ。
剥いた白目が光を取り戻す。
全身を力み、噛み締め、イノの顔面をその小さな手で握り潰さんばかりに掴んだ。腕から出力音が上がり、熱を発し始める。聞いたことのある燃焼音は、楽観的なイノを危機感へと持ち込ませた。
「ちょっ、それはマズいです!」
「――"撥爆"!」
2発目の放爆。小型核兵器と並ぶ威力は当然、大佐自身にも影響を受ける。
骨と筋肉に積み重なる負担は、容器にパキリと罅を入れ、損傷させる。それでも、水は揺るがない。
対象は海岸沖の崖上の丘に激突する。土を抉り、砂埃を巻き上がらせる。人ひとり分の小さなクレータが作られ、その中央に焦げた煙を上げ、血をまき散らした旅人の姿があった。顔は血に染まり、ぴくりとも動く気配が感じられない。呼吸する肺の動きさえ確認できなかった。
高度を下げたフェルディナントは、爆殺したにしては美しい原形を保っている旅人のもとへ近づく。異常なほどのそのタフネスは今まで見てきた堅硬な金属の中でも別格の耐性をもつ肉体だと評価する。
「まだまだ……ですよ。死んだことに……しないで、ください……!」
突如、息を吹き返した。虫の息でありつつも、懸命に呼吸を活動している。
当然、連邦軍大佐は驚愕を示した。
「……! 何故そこまでして我々の邪魔をする。この先の戦争に貴様は関係ないだろう!」
「はい……何も、関係ありません」
イノは立ち上がる。袖で顔を拭い、その真っ赤な瞳を向ける。熱く、しかし冷たい、静かな焔を灯していた。
「正直、この島の争いがどうなろうが、アリオン地方の戦争がどうなろうが、そんな先のことなんてどうだっていい。僕はただ、今助けを求めている声に応えようとしているだけなんです!」
心から叫んだ意志。否、それは自分自身の願いともいえた。
「随分と自分勝手な望みだ。そんなちっぽけなエゴを理由に我が大国の邪魔をするのか」
「はい。僕の望みは大体ちっぽけです。でも、僕は不器用だから、あなたみたいにたくさんのものは背負えないんです」
旅人はふっと笑った。安らかともいえる笑みに対し、大佐は皮肉を込めた笑みを返す。
「随分と情けないことを言うじゃないか」
「あなたが偉大なんですよ。世界を救える腕を持っているのに、それをあなたの国の為だけに使うのは間違っています」
「……どういうことだ」と眉を潜める。
「それを今から教えるんですよ。しっかり目を覚まして、この世界で起きていることを視直してみてください」
ただ、イノはやさしく微笑んだ。それは、この夜空の穏やかさそのものだった。
*
あと数秒も経てばすべての引き金が引かれ、この身を失う状況の中、奇襲に成功した生存者は誇らしげな笑みを浮かべていた。
撃たれた痛みで起き上がれずにいたシードは十数の武装兵を見る。全員がヘッドマスクを被っている。転がったルミナスの柱は固形としてシードの傍にある。
「なぁ、ハインケル……曹長だっけ。そういやまだ、見てなかったよな」
無様といわざるを得ない、床に這いつくばったシードは、脇腹から流れる痛みを堪えながらも、苦笑染みた表情を向けた。
素朴に思ったのか、一言の猶予を空け渡してしまう。
「何がだ?」
「俺の得意な……タネあり科学だ」
シードはルミナスの柱に触れた途端、その鉱石の中に秘めたエネルギーをこの身へと引き出した。
膨張し、鉱人族の肉体から強い電磁波を空間中に反響させた。それは目に見えぬ閃光として、HUDを視界代わりに頼りにしている兵の目を眩ませた。
「なっ!?」
「目が! 畜生見えねぇ!」
発砲音が響くも、シードから発した電磁力場は磁性ある弾丸をすべて逸らした。
「!? 何をしたおま――ぁがぐっ」
隙をつき、メッサーの持つ拳銃を蹴り飛ばしたのはダリヤだった。素早い動作で顔面に左裏拳、みぞおちに正拳突きをかまし、嘔吐しかけたメッサーの低くなった頭に後ろ回し蹴りで決着をつける。
「最後に笑うのは誰だって?」
吐き捨てたダリヤは表情を変えることなく気絶したメッサーを見下した。
「副隊長! それを早く!」
「ああ!」
ホビーの声に応え、ドレックはルミナスの柱を持ち上げた。重たく、シードの手によって軟度が高まったそれは、先程より持ちづらくなっている。鉱石からシードの手が離れたとき、乱雑した強い電磁波は途絶えた。
交差する銃声。オービスは両の手の武器でドレックを狙った敵を屠る。
「早く終わらせろドレック!」
足を踏み込み、ルミナスの柱を目の前の結晶回路の窪みの中へドレックは押し込んだ。
「頼むぞ……繋がれ!」
ドレックの込められた声。
それに応えるように、シードは見えない天へ向け、叫んだ。
「――いけえぇぇぇっっ!」
*
構えた大型機銃を弾薬のある限り撃ち放つ。罅深く損傷した骨に響き、痛みが伴うも、フェルディナントは叫ぶことで紛らわした。彼女の装着したパワードスーツの電力も僅かとなっていた。
迫りくる紅炎の弾丸を避けることなく受け入れ、貫通した弾丸は血飛沫を旅人の背から咲かせる。まるで炎の翼のように、瞳と同じ紅が噴き出し、舞い散る。
後に来る弾丸の爆発は周囲を熱で溶かした。緑燃える丘は赤色に変わる。
「……ッ、こんなときに!」
だが、その猛攻は短く、弾切れはすぐに訪れた。
同時、噴煙のように激しく揺らぐ、爆炎の裂け目に紅蓮の瞳が映る。それを碧眼の瞳で受け止めるには、あまりにも――。
「――歯を食いしばってください」
重たいものだった。
爆炎は消失し、風が肌に触れたとき、自分を守っていた鎧が既に崩壊を告げていたことをフェルディナントは理解した。
月が照らしたもの。空に浮かぶのは見えない星と二人の影。その質実剛健を纏う鎧と意志は、旅人の紅い拳によって崩れ去る。英知の結晶ごと、その腹部に揺らぎない一撃がめり込んでいた。
背に真っ赤で不恰好な翼を生やした旅人は、フェルディナントの壊れた翼ごと、下へ――地へと叩き落した。
空に残るは一人の旅人。
ふっと口元だけを緩ませ、旅人は自身の真っ赤な血の雨と共に落ち始めたとき、すでにその意識は何処へと消えていた。
*
あっという間の出来事だった。
接合したルミナスの柱はまさに雷光の如く、瞬く間に多大な熱量と電磁波を放出しながら融点へと達し、制御装置の一部へと溶け込んだ。
「うぉああっ!」
とてつもない放電音は異常な伝導率だけでなく、島の遥か底にあるエネルギーを吸い上げていることを物語っていた。放電により発生する圧波はその場にいた全員の身を飛ばす。高密度の金属と電子回路を纏う武装兵は感電し、一人残らず気を失った。
頂上の一点に存在している制御装置は、島中の接続された神経回路へと膨大なエネルギーを運んでいく。その流動するエネルギーには液状化したルミナス柱の結晶粒子が含まれていた。
体中に電撃が走るように。
全身に栄養が行き渡るように。
その煌めきは島全土の細部にまで至った。
細胞を入れ替え、古くなった皮膚の下から新しい皮膚が生成されるように、汚れた大地から活力が湧き上がる。廃れた工場は回路の老朽によって活動を停止し、駆動による騒音も、目を眩ます照明も、噴き出す有毒の蒸気も止む。
徘徊していた古代兵器は役目を終えたかのように活動を停止させ、動かぬ化石となった。目に灯した不気味な光も消え、島の一部と化した。
地中の金属は変化したルミナスの柱と化学反応を起こし、発光物質を生成させた。暗くとも、仄かに明るい、夜空に浮かぶ星が大地に降り注いだかのようなやさしい光が点々と島中を照らす。
廃島フォルディールに光が戻った。
「がふっ! ……はぁ、ハァ……」
草のふれあう音が耳元でささやく。辛うじて意識を保っていた軍人は痛々しい姿で倒れていた。
完璧だったはずの装甲は砕け、下に着ていた服も破け、少しだけはだけている。堅硬な鎧の中身はやわらかな女性の華奢な身体。しかし、その皮膚一枚下には屈強な軍人と並ぶ身体能力を備える肉体をもつ。だが、鍛えられたはずの身体に数多くの傷がつけられていた。
「……」
その碧眼をただ天へと向ける。聞こえるのは風と草の音色、そして自分の掠れた呼吸。真っ暗だと思い込んでいた空は、満点の星がちらちらと輝いていた。
「……静かだ」
小さな口を動かした。
続くうるさい音も麻痺して慣れてしまった耳は、静寂の音をうるさく聞き取ってしまう。しかし、どこか安らぎが感じられた。
いなかったはずの虫、動物。彼らの生きている音が少し遠くから聞こえてくる。気がつかなかっただけで、こんなにも命が存在していたのかと認識させられる。香る土のにおいがどこか懐かしい気分にさせる。
風が前髪を揺らす。
(私は……まだ未熟だったな)
こんなどこの誰でもない人間に、バイロ連邦の技術を打ち倒された。科学技術大国に並ぶ最高峰の技術力、世界に誇る軍事力が、たった一人のただの人間に敗けてしまった。
その悔しさを胸に、冷たい大地を背中で感じ取る。ぼんやりと映る空の光は次第に暗闇に飲まれていく。
風。薄らいでいく意識の中で、もう聴こえるのはそれだけだった。だが、段々と何かが近づいてくる。
行進する軍隊。兵士の足踏む音、戦車が雑草の生えた土を潰す音、誰もが自国の軍歌を謳歌している。
旗を掲げろ戦友よ
紅き栄光の旗を高く掲げ、命を捧げよ
旗を掲げた軍勢に道を空けよ
我々は戦友と共に行進する
盟友と共に勝利を掲げん
その手を掲げろ戦友よ
握る剣は壁をも断ち切り
構える銃は信念を貫く
その手は守るためにある
その手は勝利を掴むためにある
勝利を掲げろ戦友よ
旗を押し立て、進めよ
恐れることなく進めよ
我らの勝利の先に
希望の道は拓く
我らの勝利の先に
希望の道は拓く
届かぬ星に腕を掲げる。赤く染まった腕は、高らかに掲げる軍旗のようだった。
時代の革命者『フォン・フェルディナント』。
「Vaillo……erhalte die……Königin」
――バイロ連邦に栄光を!
世界が認めた技術師の女神は、今墜ちた。
沈みかけた大きな満月は、平等に光を照らす。




