第52頁 黒鉄の雨
仲間の後を追いかけるのは得意だった。彼らは随分と荒っぽい足跡を残すからだ。それが海岸沿いだろうと、どこかの暑苦しい砂漠だろうと、馬鹿に広い工場の中だろうと関係はなかった。
とても建物の中で行うようなことではない。互いの国の軍は狂っていると言ってもいい。精密誘導された爆弾が降り注いだ跡に生けるものとそうでないものが等しく微塵になっている。しかし、その中にシードの知る人間はいなかった。
「鉱人族だ! ひとりだけだぞ」
「どいてろクソッタレ!」
伏せ、弾を避けてから射撃する。
腕一本分の大きさの自作銃は劣化ウラン弾を発射させる。それはあらゆるものを貫通させた。
シードは声を荒げ、機械のように撃ち続ける。しかし、殺戮兵器を造るマッドサイエンティストの中から恐怖は消えない。慄いている。視界の外に敵の気配を感じるたび、戦慄が背筋を蹂躙する。
だが、恐怖がともにあることに、シードは震えながら安心感を覚える。絶望から逃げ、アドレナリンがもたらす興奮に溺れたものは生き残ることができない。何度体感しようとも、戦場の恐怖は切っても切れない。性悪女と同様、上手く付き合っていく方法を覚えていくしかないのだ。
撃つ。走る。踏みしめる。0.1秒前まで身体があった空間を弾丸が疾走する。壁や地面に突き刺さる弾丸。爆音。吹き上がる金属片と岩盤の土砂、そして真っ白な蒸気。こちらにしたら好都合。蒸気と共に噴き出た強い磁力の向こう側を、HUDを視覚代わりにしている敵は知覚することができない。
そこに、一、二、三、四。即席でできあがった磁力と蒸気のカーテン越しで五人の兵を始末した。
またひとつ、敵弾が頭上を駆け抜けた。
口の中に血の味がする。人よりも鉄の味が強い。まだ生きていることを証明する味。
種族として人間より少しばかり頑丈であり、特異体質を持つとはいえ、銃弾に当たれば怪我はする。当たり所が悪ければ即死だ。ファックと叫ぶ前にぽっくり逝ってしまう。
「あいつらは……なんでこっち行ってんだよ遠回りしてんじゃねぇよクソッタレ」
発する弱電磁波をレーダーとして頼りに、階段を駆け上り、兵士の死体を飛び越えたときだった。
砲弾でも撃ちこまれたかのような激しい揺れが足元をふらつかせる。壁に身をぶつけるように身を寄せ、膝を立てる。
「なんだおい! 地震か!?」
それにしては何かが違う。単純な物理的衝突の連続が大気ごと振動させている。なにがどうなっているかはわからないシードは、まず足を動かすことを優先させた。
この島を救うにはシードが必要。憎たらしい野郎は確かにこう言った。
(そう信じてぇとこだな)
「それにしても……バイロの武装どんだけ脆いんだ」
大量生産のコスト問題とこの島の目的が戦争ではないことの両方だろう。それがまさかたった数人の寄せ集め兵に押されるとは思いもしない。自分の武器の高威力とあの旅人らの異常性、そして仲間のゴキブリみたいなしぶとい強運が勝率を上げたのだろう。
こんなとこで死ぬわけにはいかねぇ。シードは戦場と化した鋼鉄の塔を疾走する。
*
一方、オービスら選抜隊の前には一人も敵兵がいなかった。統率がとれていないのか、フォーメーションが整っていないのだろうと何人かが推測した。
周りの壁や床が鉄製ではなく、古代兵器の表面に見られた石質の金属へと進んでいくにつれて移り変わっていく。響く足音が、いつの間にか口を噤んだかのように静かになった。
「くっそ! 重てぇ! 前の仕事の方がいくらかマシだ!」
「んなこたぁ前から分かってんだろうが。クソ重たい岩運ぶのが本来の仕事だぞ、採掘師」
理想の素材と云われた光る鉱石"ルミナスの柱"を片腕で担ぐドレックの愚痴をマッスルスーツのような機動スーツを背負うように着たラックスが言い返す。それに乗じて女軍人のダリヤも言葉を飛ばした。
「大の男が情けないこと言うんじゃないよ。シードよりヘタレだね」
「それは言われたかねぇな」
苦笑したドレックはホビーをちらりと見る。少しびくっと反応した彼は言う。
「ぼ、僕はそんなこといいませんよ」
「まだ何も言ってねぇぞ。……おいあれじゃねぇか?」
伝う汗が口の中に入る。見えた先は通路よりも断然広い空間。あらかじめ連邦軍が取り付けていたた照明が真っ暗な空間を照らしている。
「着いた……!」
その中央は床から天井まで繋がっている卵型の動力炉らしき制御装置。その素材は未発見の石質の金属。その周囲には最新の機械が接続されており、開けた壁へとコードが繋がっている。
「あれじゃないか? 動力炉の操作するやつ」
「いや、それよりも見てみろよこれ」
ゴトリとルミナスの柱を置いたドレックの服は汗でびっしょりだった。疲労困憊しているはずなのに、彼が思わず指さして見たものを全員は辿る。
壁や天井、そして床にまで刻まれた何かの記号と人を模した幾何学模様の壁画。何かを示した、何かの言葉だとはわかるが、何を意味しているかは知る由もない。
「この中で考古学専攻したことのあるやつ、挙手」
「副隊長、なんで僕を見るんですか。僕は地質学者ですよ」
「あんまし変わんねぇだろ」
「ラックスさんまで……」
「要は、これが何を示しているか、だ。隊の中で一番博識なおまえはこの絵を見て感覚的にどう思う」
ラックスの言葉を飲み込み、ホビーは眼鏡を一度袖で拭き、見回す。時間の無駄だとわかっているも、やはり歴史を知りたい心は全員持ち合わせていたようだ。
「……この島はたぶんですが、もともと住んでいたのは人間ではない、別の何かだったというようにみえます」
「どうしてそんなこと思った」とダリヤ。
「文字もそうでうが、正確すぎるんですよ。線の太さも角度も、すべて精密にこの壁画は描かれています。それに、人型のこれは……人間にしては少し形が変なんです」
「そしてこれです」とホビーは指さす。
「人と機械と動物が混じったようなシルエット。これが幾つかあるので、異人種、たぶん古来の機人族が住んでいたのが僕の考えです」
更にホビーは話を続ける。
「シードさんが見てきた古代兵器のことも考えると、何度か人間かこの海域の竜と戦ってきたのかと思います。そして滅んだときに、人間が上陸し、機人族の死体をもとに独自の技術が進んだのかと……」
「もういい。その考えたてほやほやの熱い仮説は論文に書いておけ。時間がない。軍が来る前にやること終わらせるぞ」
制止させたオービスは動力炉の傍まで歩む。
「にしても、古臭い遺跡っていう感じで、埃くせーよ」とドレックはやけに眩しい照明機を睨みながら言う。
「それに対して、この装置の新しい感じは、連邦軍なりに改造したのか?」とラックス。
「文明と今の技術を繋げるって相当すごいですね。やっぱり、あの"神速の腕"の技術と関係が……?」
「だろうな。与太話はあとだ。動力炉と制御装置の接続部を開けるぞ」
しかし、とっくに行動に移していたドレックはハッ、と笑う。
「隊長、やっぱ厳重なロックがかかってるみてぇだ」
「無理に開けたり壊したりしてもリスクは大きそうですね……」
不安そうに話すホビー。思いついたようにダリヤが提案する。
「となると、あれか。ハッキングみたいなやつ」
「ここはコントロール室だ。設定を書き換えて動力炉を停止させるか、オープンさせて、その売れば一生遊んで暮らせそうな金塊をぶち込むか」とラックスはバンバンと卵型の動力炉を叩く。
「……俺たちでコンピュータに強い奴いたっけ」
「皆目見当がつかないな。せいぜいシードくらいだろ」とラックスは笑う。
「じゃあどうすんのさ」とダリヤは不満そうに言う。
「ここは俺たちらしく、解体しようか。この鉄だか石だかわかんねぇマシンを」
「ま、そういうのは得意だしな、俺たち」
「ったく、最後は本業回帰かよ。で、これどうやって解体するのよ。ピッケルで掘るのかい?」
「脆くなってるところや緩みがあるはずだ。テメェのぶっ壊れた車を直したこと思い出せ」
大きめのリュックや腰につけた鞄から専用の道具を取り出す。
「しっかし、このメカともストーンとも言えねぇ素材はどう対処する。下手したらこの壁の歴史の教科書ごとバーンだ」
ラックスは大袈裟な手振りで話す。
「熱で溶かして上向きの筒状にすればどうだ。そこから鉱石を投下する」
「いや、ここに開閉口みたいな亀裂がある。ここは動力炉というより変電所みてぇなところだ。制御装置だこれは。だったらこんなところに扉作れるわけがない」
オービスは冷静な口調で髭を触りながら言う。提案したドレックは納得した顔で、
「よし。それじゃあ、そこを分解して開け――」
声が聞こえる。音が響きにくいものの、この静かな空間の中では、流石に聞き取れなければおかしい。全員が入口の方を見た。
「クソッタレ! 最高のタイミングだぜ!」
歯を食いしばり、ドレックは汗を流した。
「しかも数が多そうね」
「もう手をつけちゃいましたよ! それにこの外殻、固すぎて歯が立たない!」と青ざめるホビー。
「やるしかないようだな」
そうオービスが言ったときだった。
傍で機械音が鳴る。立ち上がり、前に出たのはラックスだった。
「俺が相手してやる! 早く終わらせろ!」
「ラックス!」
「テメェは黙って作業に集中しろドレック! 時間かかる程頑丈だったら尚更だ!」
「けどよ……!」
足音が大きくなる。あと一分もしないうちに敵兵が来ることだろう。互いの汗が伝い、滲み、気化する。
「俺ァ弾ぶっ放す方が性に合ってんだ! ちまちまツマンネェ作業なんざやってられるかってんだ」
「嘘はエイプリルフールだけにしておけ。お前の趣味裁縫だっただろ」
「うるせぇぞ二十代童貞。口動かす暇あったら手を動かせ」
入り口前まで歩む。両手に機関銃を構え、両腕・両肩の兵器を振るい上げ、ガシャコンと鳴らし、いつでも発射の準備を調える。
「ここは任せろ。3分で片付ける」
「――いたぞ!」
「構えろ!」
全身武装の兵士が一つのアサルトライフルを手にラックスに向けてくる。
ひとりの巨漢は特攻兵として、獣の如く哮る。
「かかってこいやぁぁああああ!!!」
敵は陣地に突入した。
男はガドリングの弾を吐き出すようにぶちまける。発火した強化銃弾は低コスト装備の装甲を簡単に貫いた。
弾丸一発一発に思いは込められている。敵の肉体を、臓物を、脳を撃ち抜き、屠る。舞い散る薬莢。血。鉄臭いにおいは、男を狂わせる。
ガスマスク越しでさえも、男が牙を剥いていることは敵兵でさえも理解できた。
「うぉあああああああッ!」
ようこそ我が国の敵よ。
テメェらが地獄の穴に飛び込んできたことを教えてやろう。
襲い掛かる鋼鉄の牙は兵士の肉を噛み千切る。牙はバッテリーを破壊し、炎上させた。弾切れになれば捨て、次の武器を持つ。撃ち込んだ爆薬は容赦なく命を粉砕させる。
しかし、男の装甲にも傷や損傷が目立ち、向かい来る弾丸は皮膚を斬る。
男は心で問う。
いつまでこんなことを続ける。
答える。まだ1分すら経っちゃいねぇ。
このクソッタレなバイロの野郎どもを殲滅するまで撃ち続ける、と。
「っ、ぬぐぁ!」
男の身体に数発の銃弾が入り込む。幾つもの内臓を蹂躙し、皮膚を突き抜ける。釘で打ち込まれたように次々と装甲を砕き、捻りこむ。
武器が無くなった途端、両腕のマシンアームを展開、両肩のミサイルを発射させる。
巻き起こった爆炎に両腕の機関銃口から火を噴き続ける。
数が多いのか、それでも猛攻は絶えない。
「ラックス!」
「ラックスさん!」
「邪魔すんじゃねぇぞテメェら! 一度手ェつけたら最後までやり遂げろって教わらなかったか!」
耳を劈くほどの銃撃戦。制御室に銃弾がほとんど飛んでこなかったのは、その男が受け止めていたからだった。
脚、膝、腹、胸……全身に何十発も撃ち込まれ、血飛沫が服を、両腕を赤く染める。どれだけ血を流そうとも、右目に穴が空こうとも、血管を千切り、筋肉が裂け、骨が粉砕されようとも、決して膝を崩すことはなかった。
男は叫ぶ。
トリガを引く。
爆轟。
屠った。
領土を争う戦争に出動できず、搬送任務に回された訓練校出の兵士が決して挑んではならない。そう感じさせるほどの男の狂おしいほどの志は限界をも超える。
「くそっ……」
「ラックス……!」
同胞は歯を食いしばり、目の前の強大な壁に挑む。仲間の、一人の男の決意の為に、邪魔などはできない。焦燥感が脳を駆け巡る。
「――まだまだァ!」
マシンはまだ動く。
まだいける。
生きる。
男は目を見開く。
一歩たりとも引かない足には血だまりが水溜りのように広がっていた。
撃つ。屠る。
撃たれる。叫ぶ。
痛みは当然ある。しかし、それ以上の高揚が全神経を刺激させていた。
唐突の気の抜けた音。弾切れだった。
「……っ」
あとひとりの兵が迫りくる。撃っても倒れないから弾切れの今、正面突破しようとしているのだろう。
「だーから、新兵なんだよテメェら」
目の前――兵の黒い頭部に突きつけられた拳銃。
シードには感謝しねぇとな、と男は引き金を引いた。
小さな拳銃にしては、身を屈めてしまうほどの重たい音が響いた。頭部に穴の開いた兵は後ろに倒れ、男が流した汗と血が混じった水溜りに背を擦らせる。
しん、と静まり返った中、ドレックが立ち上がり、男の元へ駆ける。
「ラックスっ!」
「ヘッ、やーっと全員くたばったか……」
ガシャン……、と男の巨体が目の前で崩れる。小さな振動がブーツの裏に重く響く。
「――っ、ラックス! おい! ラックス!」
全員が駆け寄る。
ドレックは背から倒れた男の両肩を掴む。
「……ドレック」
掠れた声で、力なくドレックの名を呼んだ。
「っ、もう少しの辛抱だ! 気を強く保て!」
「あんとき捕まって……檻に閉じ込められた時の賭け……覚えてるか?」
すぐには思い出せなかったが、段々と曖昧な記憶がよみがえってくる。しかし、ドレックにとって、そんなことはどうでもよかった。
「それがどうしたんだよ。おいダリヤ! 早く救命道具を!」
「あれ……やっぱりチャラにしてくれ。すまねぇな……」
小さく笑ったラックスはフッと脱力する。それを感じ取ったドレックは男の名を叫んだ。壊れたガスマスクから見える口元は、安心したかのように少しだけ歯を見せて微笑んでいた。
「おい嘘だろ……」
「ラックスさん……!」
「……」
呼応はなかった。鼓動はなかった。
「ラックス……大馬鹿野郎が……!」
目を充血させ、涙を浮かべるドレックの肩をオービスが叩く。
「あとは仕上げだ。泣くのは後にしておけ」
ドレックは黙ったまま頷き、ラックスの大柄な身体を壁際に運んでから、制御装置の前へ向かう。
それから2分ほどが経過したとき、岩が割れるような音が制御装置の壁から生じた。
「なんとか……開きましたね」とホビーは汗を拭う。ドレックとオービスは重たい扉を床に置く。
想像以上に、内部は緻密な構造をしていた。しかし、今の時代の先を走る技術のような、電線や回路基板とはまた違っていた。結晶体の物質が機械的な配置で内部を覆っており、配線もすべて結晶。決して澄んだ色ではなかった。マシンが石化したようなものだとその場の誰もが想像した。
「大昔の機人族が作ったのなら、有り得なくはない設計だな。……正直わけんねぇな、この回路は」といいながらドレックはそれに触れる。
「――熱ぁっ!」
咄嗟に手を引く。手に付いた火の粉を払うように、ドレックは手を振る。
「ただぶち込むだけじゃ、意味はなさそうだな」とオービスは言う。
「このルミナスの柱を加工しないと意味がないってわけか」とダリヤは腕を組む。
「それじゃあシードさんがいないと……!」
「ああ。あいつがここに来るそのときまで、ここを守らなくちゃなんねぇ。ラックスの死を……無駄にはさせねぇ」
再び聞こえてくる足音。ドレックは武器を構え、前へ進む。それに続き、全員が武器を持った。
残り少ない弾丸を頼りに、これが最後だと神に祈りながら、彼らは装填し、トリガを引いた。
*
輸送駆逐艦の艦長ファーガスは船首で待機していた。目的の物資と生ける化石である古代兵器を回収してくる派遣隊をただ待っている。さきほどまで竜人の一撃によって炎上していた輸送駆逐艦もなんとか鎮火させ、修理に入っているところだ。
増援の兵士も兵器も送り込んだ。偵察程度の他国の兵にそこまでしなくてもいいと思えるほどだった。どちらかといえば、古代兵器――万が一の為の鎮圧だった。
「……」
しかし、島の騒動は海岸を位置するここからでも十分に見えた。
把握した上で、ファーガスは口元を震わした。
「何が起きている」と。
原因不明の継続的な大地震の後、島は半壊状態。兵士の連絡も途絶え途絶えになり、肝心の責任者であるフォン・フェルディナントの連絡さえ取れない状況。工作隊隊長のメッサー・ハインケル、異質な竜人族と戦闘中のリピッシュ・タンクとも連絡が取れず、ユンカース中尉は戦闘中だと無線を切られる始末。まるで遊びに誘おうとしても友達に次々と断られる気分に近いものを感じていた。ただ一つ言えることは、
「異常事態だ……」
この余裕のなさはバイロ連邦軍ではあってはならないといわれるほど、今までは余裕で任務をこなしてきた。
断じて敗北はない。あるのは勝利のみ。そう信じ、今この軍に所属している。この任務は表面的には補足的だと謂われているも、だとすれば、時代の革命者や剛龍殺しが派遣されるはずがない。メンバー編成したのがフェルディナント大佐である故、この島や派遣メンバーに対する何かの企みがあるのだろうと考えていたときだった。
背後で大きな音が轟く。鼓膜を痛めるほど震わす粉砕音。何かが墜落したような破壊音は、先程も一度は聞いていた。兵士の叫び声も聞こえてくる。
「……っ」
腰の拳銃を抜き、装填する。ゆっくりと振り返ったとき、その拳銃を床に落とす。その武器が玩具にすらならなかったとでもいわんばかりに。
巻き起こる爆炎。その中央から出てきたのは、ここに一度訪れたリオラだった。無数の傷が刻まれ、血にまみれた姿は赤い鬼神を連想させる。力ない様子でも、誰も撃つことはできなかった。
その右手には、鋼の獣の首。それについて思い辺りの無いファーガスは、ゆっくりと歩み寄ってくるリオラの熱量にただ畏怖するばかりだった。
「おらよ」
と、リオラはその怪物の頭部をファーガスに投げ渡した。滑稽なほどの怯えた声でファーガスはそれを腹で受け止めるも、ボーリングの弾と同じくらいの重さに圧倒され、後ろに身を倒した。肋骨に小さなひびが入る程の痛みを伴った。
「リピッシュ・タンクは敗れた。そいつの故郷に墓を立てておけ。それを埋めてな」
「……っ」
重たい声だった。そう感じ取った上で彼らは心の中で愕然とした。
英雄の敗北。信じられない出来事だった。
「あぁ、あと」と付け足すようにリオラは言った。
「直ちにこの船を引き返せ。沈められたくなかったらな」




