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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第三章 孤独の影光 廃島フォルディール編
51/63

第50頁 時代の革命者

 そこは鋼鉄の死が飛び交う場所と化していた。

 独立山峰内施設の上層部。天井にコードが張り巡らされている鉄色の広めの空間は、銃弾を交わし、投擲弾を放つのに適していた。

 近くをかすめる弾は高く澄んだ音を発する。通り過ぎ、遠く離れた弾は低く濁る音を奏でる。頭蓋をびりびりと震わす金切り声をあげて、この身に向かってくる。固く冷たい床に突き刺さり、爆炎を上げる。熱苦しいカーテンに次の一弾が穴を空ける。

「こっちだ!」とドレックが叫ぶ。額で乾いた血の汚れが、ヘタクソな前衛ペインティングのようにも見える。

 相手は全身武装フルスキンのアサルトアーマー兵。また、何かの人体実験か、Tティーガーのような巨体を持つ重装兵が数名確認できた。

「そのルートであってんだろうね!」とダリヤは銃撃音に負けないほどの大きい声で言いながらマガジンを換装する。トリガを引く。

 島内全域がひとつの装置と化しているフォルディールの動力室へと向かう瑛梁えいりゃん国選抜隊。それをバイロ連邦軍の武装兵が命令をもとに屠ろうとする。

「さっすがシードだ! あいつの作る武器は最高に気持ちがいい」

 そうラックスは哄笑し、真っ赤なガントレットのような機械鎧の腕を展開させ、腕から一発の20ミリミサイルを敵兵へ穿つ。無駄と思えるほどの大きな爆発は鋼鉄の装甲を吹き飛ばし、筋繊維が細かに絡んだ肉体を裂く。

 コンテナの中にあった、シード製作の火器は、無駄に威力が高く、安全性を保障していない問題を抱えた欠陥品だった。その中に一着だけの機動スーツがあり、それを今、ラックスが背負うように装着している。複合装甲板でできたそれは、機動性・筋力を補強する機能があるも、搭載された火力武器が装着者ラックスに注目された。機動スーツの振動と機動音。機械油の臭いが外の臭気と共に鼻の中へと侵入してくる。

 炸薬が爆ぜる音。弾丸が空を切る音。金属がちぎれる金切り声。オイルと埃と血にまみれ、鼻先数センチに死が張り付いている。

「ハッハハァ! 最高にハイな気分だぜ!」

 壊れかけた防毒マスク越しで笑い声を上げながら腕に繋がれた機関銃を放つ。肩部に構えられたロケットランチャーを発射し、一体の重装兵と八名の武装兵をほふったとき、その大きな背に担がれたバッテリーとコンピュータの背後23mから二名の兵がブルパップ式のライフルの銃口を向ける。

 それに気づいたオービスは俊敏な動作で機関銃18発を連続射撃。壁に穴を開けつつも、狙っていた兵の頭部に穿ち、始末した。遅れてラックスは気がつく。

「すいやせん隊長」

「慢心するなラックス。気を引き締めていけ」

「了解」

 銃弾が頬を掠る。

 振り向き、撃つ。

 彼らは上の階へと駆けのぼる。下の階とは違い、敵兵がいない。しかし、あと1分も経たないうちに、この場も銃弾と鋼鉄の破片が飛び交う死と隣り合わせの場所と化すだろう。

「急げ! こっちの奥へ行くぞ」

「シードとリトーさん、大丈夫かな」

 不安そうな顔を浮かべる。ダリヤはホビーの背中を強く叩いた。

「ホビー、心配したってなんにもなんないよ。あたしらはあたしらで、できることをやるんだ」

 緊張でこわばった表情の中にわずかな微笑を浮かべ、ドレックは走りよった。

「それに、さっき倒れた兵の無線から輸送艦の襲撃を受けたって聞いたぞ。バケモンが降って来たって」

「絶対あの竜人族だ。野郎、なんだかんだで協力してんじゃねぇか」とラックスは嬉々とした声で笑う。

「運が私たちを味方してるってことだな」

「この流れでいけば、バイロの目的を防げる……!」

「大詰めだ。誰一人死ぬんじゃないぞ」

 オービスの言葉を最後に、全員はマガジンを換装し、機銃に装填した。

「来やがったな……このままいくぞ」

「撃てェ!」

 そして、トリガを引いた。


     *


「あれ、女の人だ」

「……誰だ貴様は」

 当然、フェルディナントはイノの存在をこのとき初めて知った。標的は竜人族と鉱人族と瑛梁国の選抜隊。しかしその見た目はそのどれにも当てはまらない。映像カメラにも一度たりとも映っていない。兵の報告も受けていない。しかし、バイロ連邦の敵である可能性は既に考えていた。

 イノはフェルディナントの問いかけに耳が届いていなかったようで、名を挙げることもなく、用件を言った。

「すいません、ルミナスの何とかっていう光る鉱石探してるんですけど、心当たりありますか?」

 相手に敵意は無い。ただなくしたものを探しているような顔で尋ねてきたようだとフェルディナントは読み取る。

「さぁな。私が知る由もない。それを手にして何をするつもりだ」

「星を見せてあげるんですよ」

「……どういう意味だ」

「この島に本当の……んーちょっと違うかな、本来の明かりを取り戻すんですよ。約束しましたからね」

 疑い始める。結果としてこの男とも女とも判別がつかない人間は我々の敵になるのではないかと、ある質問を投げつける。

「赤髪の竜人族の大男と金髪の鉱人族の小柄な男のことは知っているか」

「あ、リオラとシードのことですか? そういえばどこにいったん――」

 発砲音。何の躊躇いもなくフェルディナントは笑顔で接したイノの眉間に銃弾を撃ち込んだ。

 その威力はリボルバーとして十分、撃たれたイノは勢いよく首が反れ、身は後ろへ倒れかける。銃口と眉間までの距離は10センチ強。不意打ちならば確実に仕留めただろう。

 そう考えていたときだった。

「ひゃ~、危なかったぁ」

「――!?」

 撃たれたはずのイノは倒れかけた身体をぐっと起こした。イノの眉間には銃弾は撃ち込まれておらず、額に掠った跡が僅かにみられただけだった。

 目を開いたフェルディナントは構わずトリガーを引く。

 二発を左足と右膝に。しかし片足を曲げるだけの小さな動きで避けられる。

 胸部と喉、腰部に撃つも、くるりとかわされる。

 その隙に顔面へ一発。今度こそ当たった。

 しかし、その顔面の前には右手があった。その手に握られているのは撃った銃弾。

「な……!」

 半径1メートルという近距離にして躱され、そしてキャッチする人間を逸脱した行為。それを眼前に、流石に驚きの声を微かに漏らしてしまう。一瞬だけ銃を握る力が緩まる。

 イノは持った銃弾を下投げする。その動きはフェルディナントでさえ捉えきれないほどの速さだった。

 被弾したのはフェルディナントの弾切れになった拳銃。指に当たることなく拳銃は天井高くまで吹き飛び、破損した状態で床に落ちる。イノの投げた銃弾は天井に突き刺さっていた。

「なにするんですか。僕何かしましたか?」

「……」

 フェルディナントは変わらず冷静な目つきでイノを見る。しかし、強張ったような表情は緊張状態を示していた。口の中が乾きだす。

「貴様は何者だ」

「ただの旅人ですよ。どこの国の人でもないです」

 イノは少し機嫌を損ねたようにフェルディナントを見つめる。フェルディナントは少しの間を置き、小さく柔らかい唇を動かす。

「貴様があのふたりと関係がある以上、バイロの敵であることに変わりはない。その上、『ルミナスの柱』はこの島にとって厄介な鉱石だ。見つけてもらっては困る」

「あ、やっぱり知ってるじゃないですか。それどこにありますか?」

「知ったことではない。だがそれを手にしたってデメリットがあるだけだ」

「そんなの僕の知ったことじゃありませんよ。そちらの都合上厄介なものっていう感じに聞こえましたけど、違いましたか?」

「……」

「あと、もうひとつあるんですけど……嘘は良くないですよ」

 パァン! とふたりの間に空気が破裂したような音が響く。鼓膜が破裂しそうなほどの、皮膚を傷めんばかりの強い大気振動。

 それが発生する手前、察したフェルディナントは後ろに倒れるように下がったおかげで、その響音――衝撃波ショックウェーブを避けることができた。周囲の機械機器が音さのように共振し、近くにあったガラス類は破損する。

 前面に軽い痛みを伴ったフェルディナントは衝撃波に身を流されたようによろめきながら、産業ロボットの柱のような機体に背をぶつける。作業中だったロボットは自動的に作動を停止した。

「ハァ……ハァ……」

 衝撃波。あの旅人が起こしたのかと推測する。しかしどうやってあの鞭のような音を出したというのか。

「ちょっと容赦なかったですかね」

 イノは右手を左手でさすりながら数歩前へ進む。

 先程の冷静な表情に警戒の色を見せる。焦りの汗が頬を伝う。

 このままでは危険だ。

 銃が通用しないということは異人種の可能性が大きい。人間だとしても、兵器に対抗できる者は自国のリピッシュとビスケルト合衆国のオーランド・ノッドのふたりぐらいのものであるとフェルディナントは思い返す。

 咄嗟に無線機を使って、兵やリピッシュ、ユンカースに救援を連絡する。

「こちらフェルディナント! 緊急――」

 目の前に持っていた無線機がぐしゃりと潰れながら上へ吹き飛ぶ。眼前にはアッパーを繰り出した拳。驚きつつも、それは白人の少女のように白く、とても力の無さそうな手の甲だ。しかし何故なのか、筋骨たくましい巨漢が握りしめた傷だらけの拳よりも強く恐怖を感じた。

 手首をコクンと曲げ、イノはノックする感覚でその裏拳をフェルディナントの額に当てようとした。

 たったそれだけ。それだけのことなのに、フェルディナントは本能的恐怖を察する。

 反射的な動作。一度の送り足後ろは、流れるようにイノから距離を半歩分だけ離した。

「――ッ」

 その腕を両手で抱え、一歩前へ送り足。相手の懐に入り、前隅に崩しながら、前回りさばきで踏み込み身体を沈める。イノの身体を肩に背負い、体重を流し、しかし重心は一点に、前方に投げ倒す。

 投技・手技16本の一種――一本背負い投げを繰り出した。

 この女性はあくまで大佐の階位を請け負う軍人。ただの機械技術者ではなかった。

 しかし、その技は人間に対して行う背負い技。

 その旅人が、ただの人間ではないことを連邦軍大佐は改めて思い知る。

 モーションは完璧。だが、叩き付ける音は皆無。イノの身体はフェルディナントから離れつつも、地面に触れていない。その掴まれた腕一本のみで全体重を支えていた。

(こいつ……っ)

 イノはギュルリ、と身体をねじらせ、フェルディナントの腰に両脚を巻きつけるように組み、重心移動で共に身体をひねらせる。抵抗する両腕はイノの両手によって掴まれる。

「あっ」

 半回転し、重心を崩した華奢な体躯は背中から床に叩きつけられた。軍帽が取れ、肺の中の空気が吐き出されたような声が出る。腕は抑えられ、完全にマウントポジションを取られてしまう。

「あんまりこういう脅しみたいなことはしたくないんですけど、光る石を持ってるならどこにあるか教えてください。僕が訊きたいことはそれだけなんです」

「Davis! Sighδ,Antrieb!」

 そう叫ぶ。頭上から機械音が聞こえたとき、フェルディナントの仰向けに倒れている身体を抑え込むように乗っていたイノの身体は作業ロボットアームに掴まれ、実験台らしきベッドに押さえつけられる。台上にあった工業用道具や機械部品がイノの下敷きになり、ガチャンと床に落ちる音も聞こえる。

「あいたた」と痛がっているイノの目の前には3本の天井に設置されたノーペイントの作業アームが手を広げ、今でも解体せんばかりに溶接機プラズマカッターや小さなドリル(タービン)を向ける。ギュィィン、という歯科医院でよく聞くような甲高い音が眼前で鳴り響く。逃げ出そうにも、床設置型のアームに手足を押さえつけられている。

 ぞわわ、と青ざめたイノは半笑いの表情で、震えた声でフェルディナントに交渉する。

「ちょ、ちょちょちょ待ってください。ここは落ち着いて話し合えば解決でき――」

作業開始(Zerfallen)

 耳に劈くほどの甲高い機械音の連続と断末魔が響く中、立ち上がっていたフェルディナントは、駆け足で開発室の奥へと急ぐ。


 奥の扉を開け、照明を点ける。その部屋には床から生えたように設置された六機のロボットアームとそこに椅子のように設置されている、前面が展開された一着のパワードスーツ。連邦国国旗のイメージである赤と白を強調し、黒いラインが入っているそれは、後部に数本のコードが接続されている。

(最終調整も先程行った。すぐに起動しても大丈夫なはず)

 フェルディナントは畏まった軍服を脱ぎ捨て、下に着ていたスーツ着装専用の黒いインナー一枚のみの姿になる。肌にぴっちりと密着したインナースーツは彼女の華奢でありつつも、腰回りや引き締まった脚部と腹部のくびれ、膨らみのある乳房や乳頭など、女性らしい体つきを強調させる。

 持っていた髪留めゴムで背中まである金髪を一つ結いにし、台座の上の椅子に座る。彼女の体重でアームが自動で作動し、スーツから彼女へ纏い始めるように接合する。

 最低限の固定ができ、立ち上がる。背負ったように担いでいるマシンの塊は彼女の全身へ行き渡り、アームによって外装部品の追加、部品と部品を締め付け、固定、結合させる。


 第一層、第二層の衝撃吸収材を繊維として緻密に構成されたアンダーアーマー。それを覆う超高強度・柔軟性を誇るカーボンナノチューブとナノファイバー技術による高分子複合材料。

「早くしろよ……」とフェルディナントは小声で急かす。

 そして外骨格を形成する、本人製造の特殊合金とその表面を覆う、厚さ2ミリしかない複合材。それは炭素繊維強化プラスチックを主とした一体成型発泡コアサンドイッチパネル。しかし目に見えない亀裂を生み出すという問題があるも、本人の手により解決。

 腕に、脚に、胴に機動スーツが装着され、アームによって固定される。キュィィィ、と傍で機械音が急かすようにうるさい声を上げる。


 扉の向こうから聞こえていた断末魔がいつのまにか消えていた。そう気にかけたとき、ゴドン、と重たい何かが落ちる音が床の振動を通じ、感じ取る。

「……」

(私の想定が外れることを願うしかない、か)

 電力はエネルギー密度が非常に高いリチウムイオン電池。大容量の電力を必要とするパワードスーツは、爆発することなく、放電や充電の電池制御コントロールを正確に行う必要がある。そのための電子回路は半導体集積回路(LSI)と組み込み技術によって、やわらかなハードウェアを可能とした。

 顔面部以外がマシンスーツに覆われる。装着専用機であるアームの動作が停止する。彼女の華奢な身体はそのスタイルのフォルムをある程度維持したまま、兵器と化した。

 鈍重には見えず、しかし密度の高い、スピードに特化した鋭利的なフォルム。不要な鎧は削ぎ落とし、最低限の装甲を備えた武装を装着している。重量的・回路的・コスト的に軽量化を図ったその傑作は、最新最良を求めるバイロ連邦にとどまらず、今世紀において理想値に最も近い素材と機能を備えている。まさに世紀の革命者の具現化であった。


 仮の名称『VF2』。フェルディナントが自分の為に製作した対空機動装甲着マルチフォーム・パワードスーツである。

『――情報記録更新及び初期化を作動……完了。動作シーケンス作動中……』

 装甲着スーツ内からナビゲーション音声が流れてくる。あまりナビゲーションを好まないフェルディナントだったが、初期動作のみは安全性の確認含めその機能を搭載させた。

「はー死ぬとこだった」

 扉を律儀に開けて入ってきたのは、マシンで解剖させたはずの白い髪の若い人間。 

 フェルディナントの最悪の想定通り、旅人は来た。負傷していればよかったのだが、疲れをみせつつも無傷であることに、思い通りのいかなさ故の溜息をつく。

「うっはー! なんですかそれ、カッコいい!」

 しかし、その気怠そうな顔から一気に輝いた表情に変化する。好奇心を示した子供のようにキラキラした目をフェルディナント――の装着しているアーマードスーツに向けていた。

「この際丁度いい。このアーマーの性能のテストに相応しい兵器を探していたんだ。貴様の方がそこらの兵器や自律ロボットよりもいい記録が取れそうだ」

 うっすらと笑みを向けるフェルディナントに、イノは「え」と冷や汗をたらりと流しながら苦笑した。

「お……お手柔らかにおねがいしまーす……」

「容赦はしない。結果として抹消する予定だからな」

「丁重にお断りしたいです」

 ギンと睨んだ碧眼の眼光に一歩下がるイノ。パワードスーツの表面鎧パネルが翼機のように、開いては閉じたりを繰り返す。飛行用に切り替えるための、気流抵抗に対する調整だろう。

『シーケンス終了。オペレーションは正常完了しました』

 その音声ナビゲーションを耳元で聞き、よし、と息を吐いた。

 静かに空気を吸う。

「Adrenergischer Rezeptor.――Operation」

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