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神王伝史-GOD CHRONICLE-  作者: エージ/多部 栄次
第一章 風の旅立ち 水の都編
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第4頁 水の都の少女

 汽笛が空に響き、列車はゴトリ、ゴトリとゆっくり線路の上を進む。そして、ぴったりと終点の駅の乗り降り場に停まり、電動ロックが解除された手動の扉を乗客は開ける。

「着いたー!」

 列車から出たイノは背をぐぐっと伸ばし、声を上げる。

 広がる景色は海上の島の緑と塗装された歴史観ある街並み。通路はあるが水路中心であり、車ではなくゴンドラが通っている。さすがは運河の街だとリードは感心した。

 建物の石壁にはつたが張っており、緑も盛んであるようだ。

 駅前でもあるのか、人も盛んで賑やかな声も聞こえてくる。

「ここがサラボールかぁ」

「サドアーネな」

 イノの言葉をアウォードが訂正する。

「綺麗だなぁ」

 リードも水の都の景色に感嘆の声を漏らす。それを横目にアウォードは嬉しそうに歯を出して微笑む。

「じゃ、俺は行く場所と仕事があるからよ。おまえらはどうするんだ」

「え、ええと……」

「ぶらぶらしてますよ~」

 二人の反応にアウォードは「はっはは」とため息交じりに乾いた苦笑をする。

「目的もないんじゃあどうしようもねぇな。じゃあどっか名所でも行って来いよ。『海岸食の大石柱』や『サーティス大聖堂』みてぇな有名どころは結構あるし、この街の料理も上手いとこはたくさんある。『シャンドル・グース』はおすすめだ。ちと高いが、がっつり食えるぞ」

「お、それはいいですね」

 イノはごくりと唾を飲んだ。食べるの好きなんだな、とリードはイノを見て思った。

「あそこから見える商店街に赤レンガ店と民謡服を着た女性の銅像があるだろ。それが目印だから」

「あ、ありがとうございます」

 リードは律儀にぺこりと頭を下げる。それを見、軽く笑う。

「おうよ。じゃ、また会えるといいな」

 そう言い、アウォードは駅正面奥の商店街とは別の方向へと歩いていった。離れても、赤い髪と背に担いだ錆びた大剣が目立っていた。

「ついでに案内してくればよかったのに」と口だけを尖らす。

「仕方ないよ、アウォードさんも忙しいんじゃないのかな」

「そっか。それもそうですね」

 納得したイノはすたすたと先を行く。リードは慌ててイノについていった。


       *


 いくつかの通路とつながっている広場にある時計台は3時を迎えていたので、アウォードに奨められた料理店は夜に行くという話になった。

 しかし、イノはお腹が空いていたので、ふたりは小さな屋台でソフトクリームを買った。お金はイノが払った。

「リードって抹茶味好きなんですね」

「畑育ちだから」

 そうなのか、とイノはバニラ味のソフトクリームを舐める。リードは食べるのか早いのか、半分以上食べきっていた。

 歩行者専用の小さな石橋を渡る。その真下の水路にちょうど貨物を運んでいる手漕ぎ舟――ゴンドラが潜り抜ける。日影が多いので、涼しい風が通り抜ける。

「そういえば、ここって水路が道路の代わりだから、網目状にこの街中に水路があるんだよね。年に二回ほどボートレースが開催されるらしいよ」

「そうなんですか」

 イノは話を聞きながらペロペロとソフトクリームを堪能し、古い街並みやゴンドラが流れる青緑に近い透明色の水路を眺める。水路沿いの歩道は少し狭いが、人通りは少ないのでふたりで通るには少しだけ広く感じる。

 ふと曲がり角に目を向ける。苔の張り着いた階段が奥に何段かあり、緑が生い茂る、奥深い坂道の狭い通路だった。

「ん?」

 その通路の日差しに誰かがいた。イノと同じように髪が白く、しかし銀髪に近い青年がこちらを見つめている。紅い瞳のイノとは違い、黄色の眼差しを向けていた。

 その青年は無表情のまま奥へと走っていった。

「うん、なんか優勝した人には……イノ?」

 リードが気付いたときには、イノは曲がり角の先へと走っていた。

「ちょっ、おい、どこいくんだよいきなり!」

 リードはアイスのコーンの先を食べ、急いでイノの跡を追う。イノの右頬が少し膨れているのが後ろから見ても視認できたので、一気にアイスを平らげたのだろう。

 イノはひたすらと銀髪の青年を追う。入り組んだ道の中、見失わないように跡を追う。

 十字路に出る。煉瓦製の古い壁の高い建物や石畳の通路、民家の敷地から顔を出している木や草花。所々から暖かい日差しが差し込む。

「まるで迷路ですね。……あ、いた」

 イノはこちらを見ている青年を見つけ、跡を追う。

「イノ待てって! 何があったんだよ!」

 リードもイノとはぐれぬよう、必死に走っている。歴史観ある街並みを堪能する暇も無い。曲がり角が多いので、思い切り走れば街角に激突しそうだ。

「どこまでいくんだろう」

 水路がある街並みとは異なり、ここは路地裏のように、ひっそりとした、しかし神秘的な雰囲気を感じさせる街並だった。迷路のように狭くて曲がりくねった路地に人は誰一人いなかった。

「随分雰囲気が変わったなぁ」

 後ろからリードがイノを呼ぶ声が聞こえてきたが、気にすることなくイノは青年を追う。

 狭い路地裏から庭園にあるような新緑の植物がつくった緑のトンネルへと辿り着く。木洩れ日を浴びながら走り続ける。

「お、出口だ」

 トンネルを抜けると、庭園のような場所へと出る。同じつくりの古い石壁の民家が軒を連ねていることにかわりはなかったが、先程まで歩いていた街並みよりは広々としており、賑やかさがないというよりはのどかで、穏やかな雰囲気を漂わせる。坂道なので山寄りにある街のようだ。

 遠くだが、ここから青い海が水平線まで見える。吹き抜ける風が気持ちいい。

「さっきより空気がうまいなぁ。どこだろうここ」

 だが、銀髪の青年を見失い、さてどうしようかと思ったところで後ろからリードが走ってきた。息を切らし、小さな背中を動かし、膝に手をつく。

「はぁっ、はぁっ、イノ……なんで、ぜぇ……ぜぇ……いきなり……」

 汗を流したリードは辺りを見渡す。先程よりも緑が多く、涼しい風が火照った体を冷やし、髪をなびかせる。

「あれ、なんでそんなに疲れてるんですか?」

「突然イノが走り出したから必死でついてきたんだよ……っ」

 苛立ちの声を発するが、それについてイノは「そうですか」すら言わず、何も触れなかった。

「どこでしょう、ここ」

「ちょ、無視すんなよ」

「銀髪の男の人、いなくなっちゃいました」

「銀髪の? いたっけそんな人」

 しかし、辺りを見回しても銀髪の男どころか人一人確認できない。しかし、誰もいない雰囲気はなかった。振り返った際、少しだけ凸凹でこぼこした石畳の地面に転がっていた石ころに靴が当たる。

「そこらへんの家に帰ったのかも」

「ていうかなんでついていったの?」

 率直な疑問を浮かべた。イノはやっとそれのことについて考えたのか、

「んー、なんかついてきてほしそうだったから」と頭をかいた。

「なんだよそれ」と呆れた様子で息を切らしながら肩を落とす。

「まぁ困ったら人に訊きますか」

「え、それはちょっと」

 といいかけたところでイノは街の奥を見るかのようにじっと見つめていた。

「……どうしたの?」

「なんか聞こえます」

「え?」

 リードは耳を澄ます。すると微かに、細い金属をはじき鳴らしたような、綺麗な音が聞こえてくる。

「これって、オルゴール?」

「いってみましょう」

 イノはすたすたと音の流れる方へと歩む。リードもついていく。

 徐々に音が鮮明に聞こえてくる。聞けば聞くほど、綺麗な音だ。

 何の音楽かは分からない。しかし、懐かしさを感じる。リードはしばらく、その音色に耳を傾けていた。

「この家から聞こえてくる」

 目の前にあった白い民家の玄関前には広めの庭があり、幾つもの草木や花が植えられていた。瑞々しく色鮮やかな緑が暖かく感じる。大事に育てられているようだ。

「あ、おいしそうな木の実が生ってる」

 イノはオルゴールの音よりも食物に夢中だった。

「誰かいるみたいだね」

 リードの言う通り、庭にはブリムの広い麦わら帽子を被った一人の女性が、木に生っているイチゴに似た赤い実を摘んでいた。

 白いワンピースに白い手足がすらっと出ており、華奢な体つきをしている。流水のように美しい黒い長髪、そして煌びやかな紫色の瞳。

「綺麗な人だなぁ……」

 リードはその少女にすっかり見惚れていた。

 オルゴールの音が鳴り終わる。しん……と一瞬だけの静寂が訪れ、同時に風が吹き上がる。

 少女はイノ達の存在に気が付いたのか、その紫色の瞳を向ける。

 すると、ぱっちりとした瞳がさらに大きく開き、茫然としたような、驚いているかのような表情になった。まるで、目の前で信じられないことが起きたかのように。

「……っ、フィル!」

 人の名前なのか、少女はそう叫び、麦わら帽子が風で飛んでも気にすることなく、庭を出て、真剣そうな、しかし嬉しそうな表情でこちらへと駆け寄ってきた。

「え? 僕?」

 イノはきょとんとした表情で走る少女を見る。彼女の表情は泣き出しそうで、しかし嬉しさが込み上がっていたそれだった。

「フィル! ……ぁ」

 目の前まで駆け付けた藍色の長髪の少女は何かに気が付いたのか、ぴたりと止まり、我に返ったかのような表情になる。

「どうかしましたか?」

 しかし、少女はしどろもどろになるも、申し訳なさそうに謝った。

「あ……え、と……すみません、私の勘違い、でした……」

 透き通るような優しげな声に、リードはますます見惚れている。傍から見ても顔が赤いので誰が見ても分かるだろう。

「いえ、大丈夫ですけど」

 しかし少女はじっとイノを見つめ続ける。

「……?」

「……あ、す、すみません、よく似ていたので……」

 少女はぱっと眼を逸らし、恥ずかしそうに顔を赤らめる。その様子にイノは「?」を頭に浮かべていた。

「……なんかいいなぁ」

 少し嫉妬したリードは、誰にも聞こえないような声で羨ましそうに呟いた。

 少女は気まずく感じたのか、それとも別の気持ちが沸いたのか、ちらちらとイノを見つめ、頬を赤くしながら、小さな口を開く。

「あ、お詫びにと言ってはなんですが、私の家に上がりませんか? 今からティータイムをするつもりでしたので……よ、よければ」

「是非」

 イノはきらりと目を輝かせて即答した。お腹を少し鳴らしながら。


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