第45頁 鉄の義務と血の意志
登場人物
イノ 白髪赤眼の旅人。中性的な顔立ちと体つきをしている、自由気ままな性別不明の若者。身長は165ほど。
リオラ・G・ペルテヌス 赤髪赤黒眼の竜人族。筋骨隆々の肉体を持つ好戦的な男。身長は210。
シード・ステイク 金髪金眼の鉱人族。瑛梁国憲兵団緊急選抜隊に現在配属されている熱狂的な機械・兵器好きの機械技師。身長は160ほど。
リトー・チューナー シードの手により脳髄以外人型の殺戮兵器と化した元軍人。危険物や搭乗型兵器を扱えるシードの同胞。全長は200ほど。
オービス・プロセル 瑛梁国憲兵団緊急選抜隊の隊長。軍人経歴を持ち、40代で身長は170越え。
ドレック・ポートマン 選抜隊の副隊長。20代の軍人で身長は170。
ラックス・メイカー 選抜隊の特攻兵。もうすぐ40代の大柄な男で、身長は180ほど。
ダリヤ・ディヴィー 選抜隊の整備士。30代だが見た目は若く、身長は165ほど。
ホビー・フルード 選抜隊の調査兵。選抜隊の中で最も若い。身長は165ほど。
フォン・フェルディナント バイロ連邦軍派遣隊「EH-6」大佐兼世界が誇る女性天才技師。「神速の腕」とも呼ばれ、開発と発明の才能が尋常でないほど秀でている。背は155ほど。
リピッシュ・タンク 連邦軍大尉であり、世界でも危険視されている大陸一の兵。「剛龍殺し」と呼ばれ、「龍」最強種に属する「鬼龍」の血が含まれた増強薬を飲み、竜人族を越えた力を得る。身長は190。
メッサー・ハインケル 連邦軍曹長であり、工作隊隊長。機械整備を得意とするエンジニア。現在消息不明。背は175。
ユンカース 連邦軍中尉。金属・電子機器を司る機人族である故に兵器を身体の一部として収納している。背はリピッシュとそう変わりない。
T・フィーヴァー 連邦軍特攻隊長。人体改造によって巨人の血の力を得た3mの重装型サイボーグ兵。アンデッド兵の被験者でもある。
ファーガス・ホルスト 弩級の輸送兼駆逐艦と共に来た艦長にして軍人の一人。未登場。
信じられねぇ。
その意味は様々だが、共通して感じた言葉はその単語ただ一つ。
あのバケモノ染みた人間みたいな何かは何なのか。
バイロ連邦がこんなものまで製造していたとは。
どうしてあの肉片からここまで完全に再生して復活しているのか。
信じられない。
『――SCRAP!』
拳の鉄鎚が下されるが、シードはなんとか躱し、受け身を取る。バッと体勢を立て直し、床にめり込んだ拳を抜こうとしているTの背後に回り、自作の小型の擲弾砲を撃ち放つ。
撃った本人も吹き飛ぶほどの爆発。直撃したティーガーは仰向けに倒れ、背の装甲が破壊される。
ガラガラと礫に半身埋もれたシードはすぐに起き上り、相手の様子を窺う。
(つーか、よく考えれば金属機器ごと再生するはずがねぇ。あんな肉片と部品から短時間で再生するのも変な話だ。だとすれば……)
考えられることは一つ。
もう一体、同じ個体がいるという結論にたどり着く。
クローンは既に実現可能な技術。倫理性をもたない連邦軍なら真っ先にやることのひとつだ。
しかし、どうして突然出てきたのか。電磁波の流れである程度は察知できるはずだがとシードは考えつつ、起き上がってきたもう一人のティーガーの顔面にもう一発擲弾砲を撃つ。
「まさか……ステルスか」
ここまで高性能のステルス。その上距離もあったため、電磁波を察知できるシードでも、五感の鋭いリオラでも気配の察知ができなかったのだろう。しかし、シードの驚きはそれ以上に、ティーガーがクローンとしてもう一体いたということだった。
ティーガーは踏みとどまり、砲弾のような速度で駆け、巨大な鉄拳を放つ。シードは電磁波を発生させ、全身を反磁性にすることで、ふわりと後方へ浮き下がる。背後の壁も金属であるため、もう一度反磁性で反射し、その身はティーガーに向かっていく。
磁性を逆にし、向かう速度を速め、ぶつかる直前で磁性をOFFにする。タン、とティーガーの装甲肩を蹴り、背後に移動する。そして両手に構えた拳銃サイズのランチャー2丁を撃ち放った。
2発目の強力な砲撃。グロテスクにも露わになった肉繊維と電線回路と人工筋肉が混ざり合った背中からは煙が生じている。
しかし、流れている血がすぐに凝固し、傷を塞いだ。その瘡蓋の中で新たに形成された繊維が絡み合っていく様子がうっすらと見える。
「不死まではいかねぇけど、それなりに厄介そうだな」
シードは息を切らしながら舌打ちをする。
「おいシード! なんだあのバケモンは! あれもバイロ連邦の兵器か!?」
「ああそうだ! ちょっとこれは俺だけじゃ時間がかかる!」
ドレックの声に応え、反磁性波動で一度向かってきたTを吹き飛ばそうとするが、そこまで効果はなく、それならばと自作のランチャーで吹き飛ばした。奥まで吹き飛び、壁に埋もれ、怯んでいる。
空になったロケットランチャーを捨て、牢屋の前に立つ。
(今の内に一人でも――ッ)
「シード! 俺たちのことはいい。リトーをなんとか起動させろ。今すぐ武器が使えるのはそいつしかいない」
オービスがそう声を上げる。シードは頷き、一番奥の牢屋へと駆ける。
「リトー……やっぱりか」
動かなくなった機械人形。シードは鉱人族特有の能力で鋼鉄の檻を素手で曲げ、中に入る。
「どうなんだおい、まさか死んでねぇよな」
ラックスも心配した声で訊く。今までの暴動で鋼鉄の壁が壊れ、ある程度剥がれていても完全に解放されたわけではない。壊れていても牢屋の機能は果たしているが、互いの顔は見えている状態にまで崩れていた。
「いや、電力が落とされただけだ。流し込まれた強い電気ショックで心臓が止まったのと一緒だ」
「ということは……?」
「無理矢理起こす」
鎖をすべて粘土のように伸ばしては引きちぎり、リトーの頭部を素早く分解する。
露わになった脳と、接続されたマザーコンピュータらしきボックス型の基盤。シードは脳を覆うように繋がれた基盤を鷲掴む。
「やっぱり、テメェは俺がいねぇと駄目だな」
バチン! と放電が鋼鉄の壁へと拡散する。鋼鉄と隣接している全員が軽く静電気で痺れた。
「シード、強くやり過ぎじゃねぇか?」
「こんなもんだ」とシードはリトーの頭部を接合して元に戻す。しかし、リトーはびくりとも動かない。起動音すら聞こえてこない。
その代り、ティーガーの駆動音が聞こえてくる。パラパラと礫が落ちる音が聞こえ、立ち上がってきたとシードは判断した。
『……KILL』
「おいシード! あのバケモンが来るぞ!」
「クソったれ、さっさと起きやがれポンコツロボット野郎! それでも俺が丹念込めて作ったマシンかよ! それともテメェの軍人メンタルはそんな程度か、チューナー元少佐!」
しかし返答はなし。ティーガーはこちらへと腕を伸ばす。
何かを開く機械音。見ると腕が変形しており、ミサイルが装填されていた。数は8。実包はステンレスでありながら非磁性体。電磁波でそれを感じ取ったシードは青ざめる。
「やべぇっておい! 頼むから起きてくださいお願いしますから何でもするからマジで起き――」
爆発が起きる。その威力は凄まじく、爆破点から先十数ⅿは放射線状に爆炎に巻き込まれ、天井や床の鉄を赤く染めていた。
爆発地点はシードではない。
ティーガーだった。
「――そーやって礼儀正しく頼めばいいんだよ、おチビちゃん」
シードは不意にみてしまった爆発から、後ろへと振り返る。禁句に等しいその言葉に反応することなく、唖然としている顔をしていた。
チャリ、とチェーンネックレスが胸部の鋼に当たる音が爆音の中鮮明に聞こえる。
「……ったく、俺が寝ているのをいいことに好き勝手言ってくれたな。しかもおまえに起こされるたぁ屈辱的だ」
展開した腕のキャノンからは煙が漂っている。それを収納させ、五本指の手へと戻った途端、傍に居たシードの頭を拳骨する。
「あづぁっ! なにすんだテメェ!」
「せっかく家族の元に帰れた夢を見ていたんだ。妻と息子の笑顔が見れたのはいいが、あいつの手料理食う前にこっちに戻ってきちまった。あのクレイジー野郎をスクラップにしたら覚悟しておけ、パンク野郎」
シード、本日何度目かの殺気を感じ取る。納得のいかないまま、シードも、数メートル先で起き上がったクレイジー野郎へと目を向けた。
「最悪の目覚めだぜ!」
*
「うおお、結構揺れてますね、大丈夫かな」
その頃、イノは山の外側にいた。標高は高く、四角の廃工場の数々や無造作な緑など、あたり一面の景色を見渡せるほどだった。
僅かな震度だが、山が揺れているのを足裏で感じ取ったイノは、「リオラとかまた暴れてるのかな」と呟いた。
岩肌の露出した斜面は雑草しか生えていない。照明の行き届いていないこの場所は薄暗いが、星空が見えることはなかった。
少し寒さを感じていたのか、腰巻きに使っていた赤いマフラーはちゃんと首に巻いていた。
そのとき、妙な音を聞きつける。
「ん?」とイノは首だけを動かし、左手奥を見る。
巨大な蜘蛛――に模した8脚のマシン。金属光沢があるが、よくみれば機械的というよりは生物的、しかし無機質。体長30mあるかないか、体高10mほどはあった。しかし色や質から古代兵器のものではないとイノでも判断できた。
頭胸部の爬虫類のような巨大な顎で2m弱の古代兵器に喰らいつき、丸呑みしているところだった。飲み込まれたそれは合成被膜でできたような柔らかいゴム質に無数の鋼鉄鱗が覆われたような巨大な後体腹部へと流れ込んでいった。かなり肥大しているので、その中身は他の古代兵器も飲み込まれているのだろう。
頭胸部の牙含む顎の上部。そこには上半身だけの細身の男性が繋がっていた。肌は灰の金属色に染まっており、蜘蛛の身体と人間の身体が繋がれている境目は血管と電線が筋繊維のように結合していた。まるで神話に出てくる上半身人間・下半身馬のケンタウロスだった。
「まずはこれだけ回収できればいいだろ」
その鉄の蜘蛛人間は呟き、その場を去ろうとする。巨体の割にその足取りは蜘蛛のように軽やかで静かだった。
「うっわ、なんだあれ」
思わず声を出したイノ。それに気がつき、その蜘蛛人間――ユンカースは身体の方角を変える。見回した後、やっとイノの居場所に気がつき、ゆっくりと視線を降ろす。
「……ん? 誰だぁお前さん」
気怠そうな声。四十代の中尉は癖のある灰黒の髪を掻く。
「あ、どうも、旅人やってるイノって言います。なんかその、その身体生活に困りませんか?」
少しだけ沈黙が走る。ユンカースは半目を二回ほど瞬きをし、
「……これアレだから、一時的に装着してるっつうか……融合してるだけだから。普段人間だから」
「そうなんですかー。てことは僕もそれ着れるってことですよね。着てみていいですか?」
「これな、俺専用だから無理だ」
「そうですか」
再び沈黙。その沈黙にふたりとも眠たそうな顔をするが、その無言を打ち破ったのはイノだった。
「あの、訊きたいことがあるんですけど、光る石知りませんか? ルミナスのなんとかってやつでして……」
ユンカースはそっぽを向き、「あー」と思い出そうする仕草をしていたが、心当たりがないのかすぐにあきらめ、
「……わりぃなぁ、それは知らんわ。あと旅人のイノさんとやらだっけ、悪いけどぉ、君不法侵入だわ」
一閃の光線が走った瞬間、イノの立っていた場所は爆炎に包まれていた。舞い上がる粉塵と、ぼとぼと落ちる溶けかけた土。窪みができたそこには何もなかった。跡形もなく溶けたのか、それとも避けられたか。ユンカースはめんどくさいと思いつつも、後者を想定した。
まずは懐を見る。案の定、イノはそこにおり、同時に矢のように蹴りが飛んでくる。見た目によらず軽いフットワークでユンカースは後方へ下がり、身体を仰け反らせ、間一髪で避けるが、ユンカースの目の前まで跳んできたイノは宙で前回り蹴りを繰り出す。それにも反応できたユンカースは腕をかざし、受け止める。ぶつかる激しい音が風を吹き起こす。
「んん? シールドは張ってあるはずだけどなぁ」
空いた左手をイノの前へ突き出すが、するりと躱される。
ドゥン! とその手からジェット噴射のような爆発が起きる。手のひらから砲火が繰り出されたようだが、イノはその繰り出した腕をぶら下がるように掴み、膝蹴りをユンカースの顎へ当てる。一瞬の視界がぐにゃりと揺れるが、すぐに正常な視界を取り戻したときにはイノの姿が忽然と消えていた。
蜘蛛の頭胸部上部、所謂背中に重い衝撃を感じた。8脚の金属筋繊維の束でさえ、その重撃に耐え切れず、崩れ、地面に腹をつける。眠たそうな顔は目を開き、苦痛に耐えるように歯を強く噛み締めている表情へと変わった。
すぐに立ち上がり、背後にいたイノからすぐに離れる。ユンカ―スは半笑いし、イノに対する見方を変えた。
「おいおい、こいつァちとやべぇんじゃねぇの?」
「まぁやばいようにしておきます」
そして消失。
腹部に違和感。突然軽くなった体。
(っ! まさか!)
咄嗟にユンカースは背後を振り返る。すると捕獲サンプルを貯蔵していた腹部が関節部を境目に切断され、中に入っていた様々な古代兵器は捕まった袋から出てこようとしながら山の斜面をガタガタと転がっていく。
「くそっ!」
頭胸部の大顎からワイヤーにも似た合成糸を転がっていく腹部へと飛ばす。強粘性と強度のある糸は別離した腹部を捕えることができたが、すぐさまイノに風を切るかのような蹴りで切断される。再び腹部は転がり出し、麓へと落ちていった。
一瞬だけ頭部に血管を浮かべたユンカースは8つの脚で大地を崩すほどにまで蹴り、イノを山に押し付けては捉える。その姿はいつの間にか巨大な蜘蛛型から2mほどの大きさをした、10本触手の軟体型へと変形していた。両手足、各関節や首を締め付け、ピクリとも動けないように絡めていた。
「捉えたりっとぉ」
上半身は変形していないようだったが、両腕が繊維化したようにほどけ、無数の細い触手へと変形する。先端は注射器のように尖っており、それをイノの眼前に近づける。
「大佐にどう報告すればいいんだぁおい。始末書書くのぉめんどくせぇんだぞ」
「すいません」
「早えよ謝るの」
素直に謝ったイノの眼には一切の恐怖が見られない。ひとつ息を吐いたユンカースは、
「俺に対してここまでやったのも大したもんだ。その人間を逸脱した身体能力を評して、脳髄はバイロ連邦繁栄の為に研究サンプルとして残しといてやるよぉ」
両腕の無数の触手がイノの顔面を裂き、頭蓋骨を切開し、脳を摘出する。
――はずだったが、脚の触手に感じる微かな振動とともに、イノの姿がいなくなっていた。目の前に捕縛していたはずだが、ここまで忽然と消えると魔法の域にさえ思えてしまう。
「んん? 逃げられたかぁ」
繊維状に分散してから人間の姿に変形し、ユンカースは辺りを見渡すが、人の気配すら感じない。せめて兵を引率するべきだったと頭をかいた。
「あ~、やってくれるぜ全くよぉ。シールドとか使えなくなったし、折角のキャプチャーも逃がされたし、大分痛めつけられたな」
気怠そうに溜息をつく。その八つ当たりか、地面に転がっていた古代兵器らしき機械の一部を踏み壊した。
「腹立つわぁ。また会ったら真っ先にぶっ殺そう」
*
独立山峰内部の独房のある通路の先は鉄製の柱が並ぶ広間だった。壁にはこの島独自の文字が羅列し、幾つかどこかへと通じる2mほどのアーチ型トンネルがある。
石ころひとつ落とせば水面の波紋のように響き渡る静寂な空間に、不釣り合いな轟音が反響する。
銃撃戦という名の砲撃戦。人にして人ならざる者同士の小さな戦争が繰り広げられていた。
『――SSSSHRED!』
ティーガーの拳をリトーとシードは躱す。地面に叩き付けられた拳は小さなクレーターを作る。
転がり、再び体勢を整える。
「不死兵計画って噂はマジみてぇだな……」
そう言ったシードに、リトーは鼻で(鼻はないが)笑う。相変わらずのスピーカーボイスは雑音交じり。
「ただしぶてぇだけだろ」
腕を伸ばし、手の甲から赤い熱線を放つ。避けられたが、右腕が当たり、簡単に肘から先が焦げ臭いにおいと共に離別する。後ろの柱もレーザーに貫通され、赤いラインが刻まれる。
ティーガーの姿は、先程のような重装ではなく、機体内部と筋肉繊維が剥き出しになっていたが、激痛と憤怒によって高密度の筋肉は盛り上がるように膨張していた。その表面はオイルと血によって光沢を増し、金属コーティングのように思わせる。内部機関は損傷ある部分も見られるが、少しずつ再生しているのが見て分かる。シードは焦りを感じていた。
健在の内部機関も残っているようで、人工筋肉繊維を裂けるようにティーガーの鋼腕と肩から一門の小口銃が出てくる。計4門のキャノンから小型ミサイルが発射され、シードとリトーとの間合いを引き離した。爆発点は地面に半径120㎝深さ54㎝のクレーターを作る。
「そろそろ決着つけっぞ! 戦略5を実行するからスタンバイしとけ!」
「テメェの指図なんざ死んでも受けたくないが……ここは仕方ねぇってところか」
リトーは背のジェットブースターを展開、踏み込みと同時に噴射させる。速く、高く跳び、3mあるティーガーの顔面へと向かう。
正直、リトーはどういった戦略かは全部把握していない。シードからは口答で説明されたのみで、内容も無茶のあるものだからだった。
しかし、印象に残っているのは2点あった。
ひとつは、それをシードが指示した時点で、既に準備は整っていること。
もうひとつは、対象が金属体の場合、まず浮かせること。
機械人形の鉄拳は怪物の鉄拳よりも一回りも二回りも小さいが、かなり重く、力がある。継ぎ接ぎだらけの強面を潰し、そして、肘の噴出孔からさらに加速させそのまま押し倒す。
頭部が地面へと持っていかれる直前、重心を崩し、ふわりと地面から離れた。
「よし」
その瞬間を見逃すはずもなく。シードは手を前へかざし、磁力を発生させる。
強力な磁力の手は重心と地面という重し・摩擦をゼロにされたティーガーを掴み、引っ張る。ある地点へと引きずり、投げ飛ばす。そしてもう片方の手で指を鳴らした。
発される電磁波。それは柱や地面に設置された小型装置を起動させる。
あらゆる位置にある十数の装置から発射された導線のようなワイヤーが、対象の肉体を貫通させ、固定させた。
そして放電。累計体感感電値は一万二千ボルトあり、それは銅貨コインを磁場間の反発力によって半分の大きさに圧迫する際に必要な電荷と同じである。
神経系がある人体に流せば、情報伝達が途絶、阻害され心臓や肺など重要な循環器系が機能不全になる。電流により熱が発生し、構成タンパク質が変性を起こし、破壊される。半分機械であっても同様だ。その一気に流れ込んできた電荷に耐え切れなかった場合、その回路は機能不全となる。
重さに耐えきれなくなった肉体はワイヤーに裂かれながらずるずると地面へ落ちる。他の元素を失い、炭素の割合が高くなったティーガーの肉体は黒炭に近い塊になっていた。部品も溶け爛れ、もう再生するような様子は見られない。しかし、肩部から頭部のみとなった部分はまだ生きているようで、目だけがこちらを睨んでいた。
『E……VAL……KL……EMA……』
「こっち見るんじゃねぇよ」
シードは銃を頭部に向け、一発撃ち放った。乾いた音が広い空間に反響する。
バチバチと放電しながら、頭部に穴の開いたティーガーは完全に停止した。電磁波を読み取り、死んだことを確認する。
「なんとか……ぶっ壊せたな」
「スクラップというよりはミンチだなこりゃ」
シードの方へ来たリトーはつまらなさそうにいう。
「結局不死身『並』のしぶとさってことだったな」
それを聞いたシードは鼻で笑い、
「ま、不死身なんて複雑な人体にできるはずがねぇってことだ。再生基準はタンパク質だ。それを壊死させちまえば回復しようもない。タンパク質も金属並の電導性があれば、多少は不死に近づけそうだけどな」
「んなことより、はやくオービス隊長たちを助け出せよ。道具使わずに枷とか外せるのお前しかいねーんだから」
「わかってるようっせーな」
ふたりは広い空間から立ち去る。
走る足音も次第に小さくなり、静寂と化した場には、金属とも有機物ともいえない塊が残っているだけだった。
どろどろと流れる血は焦げ臭く、黒く濁っていた。




